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あめつちにただよう  作者: 渡守
本編
11/13

タンシアの獣



 タンシアは記憶を失った。消えた記憶の大半に私はいないから全然構わない。



 記憶を失った原因が何であるかについて、きちんと説明をした。

 長く生き続けた獣の終焉にタンシアが立ち会い、彼の獣が望むとおりの挽歌を詠唱して見送ったこと。その際に、記憶が持ち去られたのではないかと見解を述べた。

 私の説明を他人事のように静かに受け止めていた。

 強大な力を有していた霊獣を甚大な災害を引き起こすこと無く静かに眠りへと導いたことは、人の世において大勲章ものの行為となるのだがわかっていない。多分、記憶があったとしても、タンシアにはわからなかったはずだ。


 記憶がないことで、混乱気味のタンシアの世話を焼くのが本当に楽しい。


 朝日とともにタンシアを目覚めさせ、自ら用意した衣装と装身具で飾り立てていく。

 食も手ずから与え、散策に連れ出す。片時も離れたくなかった。




 どんなことでも叶えてやるから、望みを言えと迫れば、


「人の言葉を覚えたい」


 そのような返しが入ってくるとは、思いもしなかった。

 タンシアの望みは叶えてやりたかったが、霊獣語以外の言葉が発音されるのは嫌だった。折衷案を出してくれたのは、書庫に入り浸っていた男だった。


「人の言葉を覚えたいとのことですから、文字を教えれば良いのではないですか。確か書庫に教本が多数ありましたよ」


 運ばせた教本をタンシアに見せれば、喜んでくれた。早速、教本をめくり文字を書き写している。人語の音と文字が一致していくようだったが、こちらの意を汲んで音読はしないでいてくれた。



 タンシアの体調が良くなった後、住まいをどこに定めるべきか迷っていた。長く守護していた国に連れて行くか、それとも新天地を目指すか。

 タンシアが住みたいと思う場所で、楽しく過ごせたらと思っていた。焦らず、のんびりと決めよう。



 しかし、教本に挟み込まれた紙片がその考えを粉砕してしまった。紙片には、タンシアが失くしたとされる記憶が記されていた。それが本当のものなのかどうか、知っているものはこの世にいない。


 読んでしまったと、困った顔でタンシアがこちらを見上げてくる。

 何も言わないが、記憶がないことを強く不安に感じている。一番弱っているところを人は突いてくる。

 揺らいでしまった気持ちに引きずられ、タンシアの体調が優れなくなった。


 もっと早くに対処しておけば良かった。無くなった記憶を埋めてあげようとささやく輩を、周囲から一掃した。



 長く守護していた国に戻ろう。あそこは、タンシアとの関係が一切ない。悲しませる記憶をこれ以上、寄せ付けたりはしない。

 急くままに、『セシリ』から引き上げることを告げた。



 連れてきた北の大地を、タンシアの手を引き案内する。壮麗な宮城よりも賑やかな市井を見せて回った。私も初めて見る小銭を二人で握りしめ、市場を見ていく。

 甘そうな匂いに誘われて、買った焼き菓子が二つ。タンシアから一つ手渡された。

 食べるのが勿体ないけれど、絶対に食べる。




 タンシアのために守護をかけ直して、気づいたことがある。守護がかけやすいのだ。私の力が強まったわけではない。

 この世界は少し穏やかになった。


 思っていたより早くに亡くなった獣は、甚大な災害を引き起こすだけの力をタンシアのために降り注いだのか。きっとタンシアが生きている間、世界は穏やかに違いない。

 タンシアの身体の中に埋め込まれた護玉を摩耗させぬよう願ったのか。


 一番側にいるのは、私だ。

 けれど、死してなおタンシアに注がれる気遣いが腹立たしいし、悔しくてならない。



 情が、あめつちにただよう。





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