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あめつちにただよう  作者: 渡守
本編
10/13

セシリの獣



 ありとあらゆる分野の書物が、迅速かつ大量に大広間の書架に並べられた。先ずはここ百年余りの間に記されたり、蒐集されたものばかりが並ぶ。


 『セシリ』を守護する霊獣が、うたた寝より目覚めた。


 この地を治める霊獣は変わりもので、音よりも人の使う文字を読むことを何よりも愛でる。

 御方が手を伸ばすのは未読のものからだが、既に読み終えていたものを所望することも多々あった。望みのものを速やかに見つけ出し御前に差し出すのが、側に控えている神官達の務めであった。


 『セシリの獣』は起きている間中、並べられた書物、書簡、巻物、文字をひたすら読みふけることを望んだ。



 開架式を好み、自ら読みたいものを手に取っていく。読み終えた書物を神官が邪魔にならないように片付けていく。

 気になる書物に当たったのか、読む速度が上がった。むさぼるように読み終えたあと、控えている神官に、



「タンシアに関しての読み物は他にあるのか」

「集めて参ります」

「早くな」

「かしこまりました」



 神官達が慌ただしく動き出す。

 書架から、求められているものが抜き出され並べられていく。系統立てしようとする神官達の努力を無にして手を出された。

 整理される時間も待てないらしい。





【月報】


・藍の月


 今年の声明科の入学者数は例年と変わらず。


 注視すべき点。


 守護霊獣憑きが2名。内訳は男女各一名ずつ。各人に、文官と神官及び武官を配置。

 内、女学生であるタンシア様は人語を解せず。流暢に話される霊獣語の速さについていける者達を至急養成すること。

 また、浮世離れし過ぎている彼女には、学内での生活に手厚い配慮が必要である。

 彼女の重要課題は、生に執着できる何かを早急に見つけること。

 同じ守護獣憑きであるスティル様が、何とかしてくれればいいのだが。

 スティル様は、既に服薬中。声薬との相性は良好とのこと。保険として、別薬試飲の希望あり。


 守護霊獣憑き候補生が1名。性別は女で、名はリータ様。北の大国のやんごとなき身分だとかで、護衛の数が半端ではない。減らす旨の申し立ての必要がある。

 それにしても、高飛車すぎて話しにならない。学府内では出自は強制的に秘され、誰もが同じ立場であるという掟がなければ、どのような次第になったか考えるだけで恐ろしい。

 そして、次から次へと金の使い道を考え出してくる。




・紺の月


 タンシア様が、お付きの文官達を避けられがちである。いくら優秀であったとしても相性が悪いのであれば、近々、総入れ替えが起こりうるか。

 しかし、霊獣語に長けた文官の養成が未だ終わっていない。至急の度合いをあげるよう申し送り。

 神官達が、楽しい唱歌について調べ始められた。見つけた楽しげなのを歌い終わった後、肩を落とされている方々多数。

 もっと突き抜けて歌われたら良いのではないかとの助言が仲間内からでて、一時険悪な雰囲気に。


 スティル様の書庫通いが本格化している模様。司書たちが久方ぶりに腕が鳴ると、手ぐすねを引いてまっているとのこと。

 土木、治水は完璧の布陣だったらしいが、しぶとくて食用だと尚良い植物とか、凍湖でも生きていける食用生物など、予想もしていなかった質問にあい裏方右往左往。

 スティル様はどうやら食料自足を目指したいらしい。





・朱の月


 学府で不動の不人気第一位だと他認されている講義をタンシア様とスティル様が聴講されるときいて頭に血がのぼった。

 当日、教室が満員御礼で卒倒しそうになった。

 リータ様が何か問題を起こしたらしいが、全く気づかず仕舞いだった。反省である。


追記

 タンシア様が、名前を呼んでくれた。

「ダラル先生」

 もちろん霊獣語の発音である。天にも上る心地とは、このことか。


補追

 私だって呼ばれました。

「ナサル先生」

 霊獣語の響きはいいですよねぇ。




・紅の月


 タンシア様とスティル様が恋仲であるという噂がまことしやかに流布中。

 噂を聞きつけたリータ様より真偽の尋問をうける。


「そのような噂がっ!?」と、仰け反るように驚いておいた。

 猿芝居もいいところとの評価をもらう。同僚の辛口には閉口する。

 咄嗟の対応、なかなかのものだと自負したのだが、世間の評価は厳しい。

 人の恋路に首を突っ込むと大概ひどいことになるので、静観の構えを堅持することをお勧めする。



 スティル様にお孫様がいらっしゃるとの報がかけめぐる。情報元が霊獣様であれば確定である。大激震。


 リータ様、大荒れとの報告あり。真面目に講義に出席される回数が増えていただけに、残念である。一念発起してくれればいいのだが。




・丹の月


 タンシア様の歌を拝聴する機会に恵まれる。明るい伸びやかな歌声に、皆一同に聞き惚れた。

 誘われてスティル様も輪唱で渋々参加。初めは真面目に詠唱されていたのだが、次第に興に乗り始めた結果、絶妙な掛け合いとなり最後は笑い声で締めくくりとなった。

 我らに拝聴の機会を与えてくださった霊獣様方には感謝するばかりである。




・涅の月


 リータ様を追って、霊獣様がご降臨。尊称、北の御方。その尊大さと無慈悲さに恐れをなすもの続出中。

 リータ様には、急遽住まいを内殿に移っていただく。隔離とも言う。

 候補の冠が外れるやもしれぬと期待が高まる。


 タンシア様とスティル様は引き続き連れ立って、聴講を継続されており楽しそうである。一緒に行動されることが多いせいなのか、お二方が醸し出す気配が似通ってきているとの声がちらほら聞かれる。恋仲説が再燃中である。

 スティル様の霊獣語の上達度合いが加速度的に上がっており、霊獣語養成に回されている文官達が内々に相談をしているらしい。




・漆の月


 北の御方が、タンシア様へ頭を垂れた。甲斐甲斐しく、タンシア様の世話を焼く姿には、先日の暴君ぶりの影すらない。

 タンシア様との絆をかけて、霊獣様同士がやりあうのかと厳戒態勢が敷かれたが落としどころがあったようである。


 再開された聴講では、タンシア様を挟んでスティル様と北の御方も座されていて緊張感半端ない。そのことをスティル様に伝えれば、


「……気配を滅しているだけで、タンシアの霊獣様はどんな時も側に常駐されてます」


 気の毒そうな視線を向けてきた。


「スティル様のもですか」

「最近は側にいらっしゃることが多いです」


 あんな狭い教室に霊獣がお三方もっっ!?

 タンシア様とスティル様の聴講を受け持った教師達から声にならないうめき声があがった。



追記

 リータ様の扱いを北の大国に問い合わせ中。




・墨の月


 タンシア様は、北の御方の存在に慣れ始めたのかぎくしゃくとしたこわばりが無くなり始める。

 手をつないでの散策などを見かけるようになり、微笑ましい限りである。とても初々しい。

 一緒にその風景を見ていたスティル様が、


「私は首根っこを引っ張り上げられることが多かったんですが」

「首根っこを押さえつけられるような無茶をしでかすからだろう」


 霊獣様が楽しそうにスティル様の首に手を回し、それを笑いながら避ける様子も十分にきらきらとしております。



追記

 リータ様の処遇について北の大国より宰相の訪問を受ける。

 タンシア様の友人、もしくは侍女となりうるか打診あり。今のところ、かなり難しいと回答。リータ様の意識改革をしない限り無理な相談である。




・乳の月


 体調を崩されたのか、タンシア様が聴講にでる頻度が落ちてきている。書庫に入り浸っているスティル様にそれとなくお聞きしたところ、言葉を濁された。

 お加減がそんなに悪いのかと心配で仕方が無い。

 医務官を寄越すこともできるのだが、霊獣様がすぐにでも完治させる筈なので体調云々ではないのかもしれない。

 内殿から漂ってくる緊迫感に気づく生徒もちらほらと出てきた。



追記

 リータ様はタンシア様の侍女になるそうである。侍女としての心構えを改めて習わせるよう宰相から頼まれる。




・灰の月


 タンシア様の聴講が全くなくなる。

 スティル様に事情の確認したところ、挽歌の詠唱に来られていたことを知る。

 霊獣様への挽歌の詠唱について、書庫内の資料を慌てて読み漁る。

 芳しくない記録ばかり見つかり落ち込んだ。豊かな表情で霊獣語を話すお姿を二度と見られないかもしれないのか。

 やりきれない。




・卯の月


 北の御方が、タンシア様に無事憑かれた。当代様と呼ばれる。

 初代様は静かに永遠の眠りにつかれたとのこと。

 挽歌の詠唱後、タンシア様の身体の欠損は無く、声も無事で当代様は見事守りきったかに見えた。


 タンシア様は記憶をごっそりと失っていた。初代様が持っていってしまわれたのだろうか。


 当代様が献身的に尽くす中、文官の総入れ替えがなされた。




・水の月


 タンシア様の記憶は戻らないままである。そのことに当代様の焦りはないようだ。

 近々、学府を出立するとの宣言を聞かされる。

 取りあえずは北の大国で静養されるとのこと。学府の内殿でもできるかと思ったのだが、他の霊獣に出会って万が一攫われたらと心配でならないらしい。

 あの暴君がこれほどの心配性だとは、驚きである。


 彼の地で、タンシア様の心身の疲労回復がなされることを願って止まない。



 タンシア様が北の大国に転移された同日、スティル様も国許に転移された。




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