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A single thought

作者: 八月一日









A single thought

八月一日








 私は高校生活の3年間を、片想いをして過ごした。相手は同じ文芸部の先輩。ずっと好きといえずに胸に押しとどめてきた。空想と妄想と幻想をいくえにも折り重ねた言い訳を作って、この想いを伝えることなく、胸に押し込めた。

 この感情は表に出してはいけない。

 時折、爆発してしまいそうになるこの想いの塊を押さえつける反動で胸がひどく傷んだ。痛すぎて日常生活にも支障がでた。痛くて痛くて…それでも涙が出るわけではなかった。それでも私はこの想いを押さえつける。

 目の前には卒業という節目で終わりが待ち構えていて、胸の痛みがさらに増す。きっとこのままじゃ私は壊れてしまう。はりつめあげてじわりじわりと私を蝕んでいくこの痛みに。

 壊れてしまわないように私はこんな、叶いもしない思考に落ちる。

 空想にふけることもあった。

 激しくて痛い胸の鼓動に耐えながらも先輩に告白する自分、驚きながらも受けてくれる先輩。

 そして、空想の果てになんてありえない事だろうと嘆く自分がいる。

 妄想にふけることもあった。

 この片思いは実は両想いで、先輩から告白されるんじゃないのか。

 これこそありあえなすぎると自分がみじめになり、自虐的に笑った。

 幻想を抱くこともあった。

 すべてがうまくいって幸せな日々を先輩と送っている。

 何を言ってるんだ、表に出さずにねじ伏せてるのに。

 現実ではありえないことを幾重にも想像して否定してきた。それらは絶対にあり得ないことだから。


 先輩が卒業してしまうほんの少し前のこと。友人の梨緒((りお)には全てを見透かされていたこともあってすこしいざこざにもなった。

「希衣((きい)はさ、このまま片想いで終わらせる気?何にもしないで」

 確かに私は何もしてはいなかった。ただその先に待ち構えているかもしれない絶望に怯えてる。

「そりゃあさ、確実に好返事が来るとは限らないけど、その好きって想いをねじ伏せて我慢するのがただしいとは限らないででしょ。現に見てるこっちがキツイ」

「…ねえ、梨緒。この前貸したみずうみ読んだ?」

「希衣?何話題転換しようとしてんの」

「読んだかどうか」

「読んだけど」

「じゃあ話が早い、私はラインハルトでいいの」

 シュトルム作『みずうみ』透明感のある綺麗な物語のようで後々苦味が襲ってくる、なんともいえない物語。

 ラインハルトというのは一人の女性を愛し、愛し続け去った男。老人になってもその想いは変わることがなく、だた一人の女性だけを胸に抱いたある意味…ある意味…。

「ラインハルト?はっ、想像の産物と同じ道をたどるってわけ?」

「一人の人を愛し続けて年老いていくってのもいいじゃない」

「希衣、妄言も大概にしなよ。それ、ただ逃げてるだけだから」

 梨緒はいとも簡単に私の状態を言い当てた。そう、いろんなものをいいわけにして逃げてるだけ。ただその先にある答えが怖くて、怖くてたまらないから。

「じゃあさ、梨緒なら何のためらいもなく言えるの?全部が全部綺麗で偽善的な物語のシナリオ通りにはいかないのに。白雪姫だってあのあと幸せになったかなんて誰もわからない、そんな、そんな想像とも言い切れないガラクタ同然の希望を持てるの?」

「……」

「過度の希望は、いつか絶望にかわって容赦なく牙をむいてくるってわかってるから、言わないんだよ」

 過度の希望が先輩への告白なら、絶望に変わるのはそのすぐあとだ。

 希望はかならず絶望に変貌する。今までのちっぽけな私の人生の中でいくつもの希望と絶望が過ぎ去っていったからこそ、わかること。

 いろんなものをいいわけにして逃げて、希望が絶望に変わるのを見たくないから、私はこの想いをねじ伏せて表には出さない。

「…希衣はそれでいいの……希衣はそれでいいって言うのっ!?」

「だって、絶望に変わるってわかってるなら最初からな希望なんて持たない方がいいでしょ」

 希望を打ち砕かれて絶望を目の前に突き付けられた時のあの感情は、なんとも耐えがたい。両親の離婚の時も、妹が事故にあって二度と歩けなくなった時も、大好きだった祖母が病院のベッドの上で冷たくなっていくときも、すこしずつ私の心は摩耗して、今がある。

「そんなのっ……」

 何故か大粒の涙を流して泣きだした梨緒を抱きとめ、泣きやむのを待った。

 その中で、梨緒の言った、

『それじゃあ、希衣はいつ幸せなれるの』

 ねえ、梨緒。私はきっとこの先、人としての幸せを迎えることはできないから、その分梨緒が幸せになって。

 


 梨緒に私の幸せをたくした日から3日後。卒業式当日は在校生の出席は自主的で、部活交友のある後輩たちが参列しているこの式会場。

 次々とクラス代表者が呼ばれ、証書を受け取っていく。すすり泣く声がいくつも聞こえるなかの式は終り、卒業生退場。体育館からでてきた卒業生は後輩に囲まれていく。

 そのなかに私もいた。数は少ないとしても、もともと人材不足にはなれのある部、先輩の周りには数人の生徒がいる。私はそこから一歩離れたところに立っていた。部員の会話の中で先輩が大学に受かったの聞いた。

「おめでとうございます」

 ただ、この一言すらも言えない。先輩という希望から私は逃げているから。

 先輩の周りにいた一人が私に気付き、手をひいて先輩の元につれていこうとするも、私はやんわりと後輩の手を振り払いその場を後にした。

「卒業、おめでとう…ございます」

 聞こえもしない、蚊の鳴くような小さな声で紡ぎだした言葉は、先輩に届くことはなく、雑踏の中へと消えた。

 こうして私の片想いは成就することなく、3年へとなった。

 どことなく肩の荷が下りたようにも思えるのにそれ以上に胸に開いた大きな穴のせいで毎日をぼーっとすることが多くなった。

 それなのにルーズリーフに紡ぎだされていく物語はキラキラと輝いて、私が本当に書いたのだろうかと疑いたくなるくらいに眩しい。

 ああ、どうして私と先輩は物語の登場人物として出会わなかったのだろう。

 毎日をぼーっとすごしている私に、梨緒は何も言わず今までどおりの友人だった。昨日のテレビの話や話題が上がれば笑いあい、昼休みになれば弁当を食べながら和やかなひと時を過ごした。


 ここに来るたびに胸が締め付けられ、それを押さえつける私がいる。

 鍵を開けて部屋に入り電気を付け、自動的に2年だった私が3年になり部長と座っている席に座る。

 ここでもぼーっとしている自分がいる。

 鞄から取り出したルーズリーフに物語をかいているこのときは全てを忘れられているきがする。けど、それはきがするだけで手が止まれば思い出す。ふらふらと伸びていく私の手が手に取ったのは、先輩の作品が乗った、文芸誌。

先輩の書いた物語を何気なしに読む時に襲いかかってくるこの感情はなんだろう。わけもわからずに涙を流して、文芸誌にシミを作っていく。シミが増えていくにしたがってしだいに嗚咽を交え始め、とうとう収集がつかなくなった。私はこんなにも弱かったのだろうか。膨れ上がっていく先輩への想いを幾重にもねじ伏せてきたのに。

 卒業式の時もっ、せりあがってくる泣いてしまいそうな感情をねじ伏せたのにっ……。

「希衣いるの…希衣っ!?」

 泣きじゃくる私を見つけたのは梨緒で、あわてた様子で私のもとへ来た。

「希衣、ちょっとどうしたの…これ」

 梨緒が手にしたのは先輩の書いた物語。

「バカ…今更になって泣くくらいならなんでいわなかったの」

 私は梨緒に抱きしめられ、梨緒の胸で幼子のように泣いた。

 これが私の高校3年間。

 密度が高すぎて私にはもったいないくらいの3年間。

 私はこの3年間を胸に抱いたまま生きていく。

 きっと…いや、絶対。もう誰かを好きなることなんてない。こんな気持ちは、先輩だけだ。

 

『よく書けてるじゃないか』

 

 先輩のその何気なく言っただろう私の物語の批評は、死ぬほどうれしくて…死んでしまってもいいとさえ思った。

 これからさき誰も好きにならない代わりに私はずっと、ずっと書き続ける。

 いつになるかわからない。だけど、いつか私の本が世に出た時、この広い空の下のどこかで見てくれますか。

 私の書いた物語を。


fin


初めての投稿がこのような、甘くないつらいだけのお話となりました。

どの作品を読ませていただいても、告白の場面に行けるだけの強さを持った人物が多かったのでこのような人物像になりました。

片想いに、甘くないつらいお話・・・

次回は甘いお話が書けることを祈って。

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