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【連載版】呂布の武と郭嘉の知を授かった俺、信長の乱世で成り上がる  作者: あちゅ和尚


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第8話 小さな耳

 痣の男は、すぐには口を割らなかった。


 縄を打たれ、膝をつかされても、目だけはまだ逃げ道を探している。


 龍之介は、その目を見ていた。


 怯えている。


 だが、ただの下っ端ではない。


 捕らえられた時、何を黙り、何を捨てるかを考えている目だった。


 信長は、男の正面に座っていた。


 怒鳴らない。


 脅しもしない。


 ただ、札を指先で転がしている。


 桶の底へ貼れと言われた小さな札。


 あれ一枚で、台所から若の膳へ続く道が見える。


 飯は人を生かす。


 だからこそ、飯の道を押さえられれば、人は殺せる。


 龍之介は、今さらながらその事実に背筋を冷やした。


「名は」


 信長が問う。


 男は黙っている。


「どこの者だ」


 やはり黙る。


 権六が一歩前へ出ようとした。


 だが、信長は手で制した。


「よい」


「若」


「痛めれば、こやつは言う。だが、言われたことを言うかもしれぬ」


 信長は男の顔を覗き込んだ。


「そうだろう」


 男の喉が動いた。


 信長の目が細くなる。


「龍之介」


「はい」


「こやつは、何を怖がっておる」


 また、見ろと言われた。


 龍之介は男を見る。


 顔。


 首筋の汗。


 縄を打たれた手。


 足の向き。


 信長を恐れている。


 権六を恐れている。


 だが、それよりも、言ってはいけない名を言うことを恐れている。


 そしてもう一つ。


 自分が戻らぬことで、誰かが動くことを恐れている。


「自分が吐くことだけではなく、戻らぬことを恐れております」


 龍之介は慎重に言った。


「ほう」


「この者が戻らぬと、別の者が気づく。気づけば、口封じか、手仕舞いに動くかもしれませぬ」


 平手様が静かに頷いた。


「ならば、男を捕らえたことを伏せねばならぬな」


「はい」


 龍之介は続けた。


「そして、弥助殿の母御をすぐに守るべきです。敵が弥助殿を動かすために母御を使ったなら、次はその母御を消すか、別の脅しに使うかもしれませぬ」


 藤吉郎がぴくりと顔を上げた。


「母御は、城下の南外れにおります」


 信長の目が藤吉郎へ向く。


「知っているのか」


「はい。井戸でよく水を汲んでおります。腰が悪いので、重い桶は弥助殿が運びます」


 権六が眉をひそめる。


「なぜそこまで知っておる」


「水場で順番を間違えると、叱られますので」


 藤吉郎は真面目な顔で答えた。


「誰が腰が悪いか、誰が急いでいるか、誰が怒ると長いか。覚えておかぬと、水ひとつ汲めませぬ」


 又左が小さく笑いかけたが、すぐに表情を引き締めた。


 信長は藤吉郎を見たまま、言った。


「よし。藤吉郎、案内できるな」


「できます」


「新五」


「はっ」


 新五が一歩進み出た。


「お前が行け。藤吉郎を連れ、弥助の母をこちらで保護しろ。騒ぐな。近所には、腰の具合を見に来たとでも言え」


「承知しました」


 新五の返事は短かった。


 余計な熱はない。


 だが、動きに迷いもない。


 龍之介は、その横顔を見た。


 普段は又左の横で静かに控えている若者。


 けれど、こういう場で、信長は迷わず新五を呼んだ。


 それだけで、新五がただの若い取り巻きではないことは分かった。


「龍之介」


「はい」


「お前も行け」


 龍之介は顔を上げた。


「私も、ですか」


「弥助を動かした手を見たのはお前だ。母親の顔を見れば、また何か見えるかもしれぬ」


 信長は、少しだけ目を細めた。


「ただし、前に出すぎるな。お前が出れば目立つ。藤吉郎の足と、新五の口を使え」


「承知しました」


 信長は最後に権六へ向いた。


「権六」


「はっ」


「この男は、表には出すな。逃げたことにも、捕らえたことにもするな。消えたことにしておけ」


「心得ました」


 痣の男の顔が青くなった。


 自分が消えたことにされる。


 それが何を意味するのか、分かったのだろう。


 信長は男へ視線を戻す。


「お前の命は、まだ取らぬ。だが、お前を使った者が、お前を助けるとは限らぬぞ」


 男の唇が震えた。


 信長は立ち上がった。


「考えておけ」


 それだけ言い、男に背を向けた。


 龍之介は、その背を見ながら思った。


 信長は、首を取るだけではない。


 相手の恐れを残す。


 恐れを動かす。


 それは槍よりも静かな武器だった。


 弥助の母は、城下の南外れにいた。


 低い家。


 傾いた戸。


 干された布。


 小さな畑。


 藤吉郎は、まるで自分の庭のように細い道を抜けていく。


 新五は一歩後ろ。


 龍之介はさらに後ろを歩いた。


 信長の言う通り、龍之介が前に出れば目立つ。


 見慣れぬ若者。


 昨日から城内で噂になっている者。


 そんな男が急に町の外れを歩けば、人の目を引く。


 だから、前に出るのは藤吉郎だった。


「おばば」


 藤吉郎は戸の前で声をかけた。


「藤吉郎です」


 中から、かすれた声が返る。


「何じゃ、また腹を空かせたか」


「今日は違います。いや、腹は空いておりますが、それは後で」


 藤吉郎の軽口に、家の中の空気が少し緩んだ。


 戸が開く。


 腰の曲がった女が顔を出した。


 弥助の母だろう。


 龍之介は、その顔を見た瞬間、胸が重くなった。


 怯えている。


 だが、何に怯えているかを隠そうとしている。


 藤吉郎を見る目は優しい。けれど、その奥に疲れと不安があった。


 新五が進み出る。


「弥助の母御か」


 女は驚いて頭を下げた。


「は、はい」


「弥助は無事だ」


 女の肩が震えた。


「まことでございますか」


「まことだ。だが、今は詳しく話せぬ。しばらく那古野の内へ来てもらう」


 女の顔色が変わった。


「私が、何か粗相を」


「違う」


 藤吉郎がすっと間に入った。


「弥助殿が、少し面倒に巻き込まれました。母御がここにいると、また悪い奴に使われます」


「悪い奴……」


 女は戸の内側を振り返った。


 龍之介はその動きを見た。


 何かある。


 女は隠している。


 しかし、悪意ではない。


 怖くて隠している。


「母御」


 龍之介は、できるだけ穏やかに声をかけた。


 女がこちらを見る。


「誰か来ましたか」


 女の目が揺れた。


 答えは、それだけで十分だった。


 新五が一歩前へ出る。


「何を言われた」


 女は唇を噛む。


 言えない。


 龍之介はすぐに新五へ目で制した。


 強く聞けば、女は固まる。


 脅されている者は、問い詰めれば味方の声まで刃に聞こえる。


「母御」


 龍之介は膝をついた。


 目線を少し下げる。


「弥助殿は、生きております。今、那古野で守られております」


 女の目に涙が滲んだ。


「ですが、このままだと、弥助殿はまた狙われます。母御もです。ですので、何を言われたかだけ、教えてください」


 女は震える手で、戸の内側を指した。


「そこに……」


 藤吉郎が素早く動き、戸の裏を見た。


 そこには、小さな木片が挟まっていた。


 黒い印がついている。


 桶の底に貼らせようとした札と、似た印だった。


 新五の顔が険しくなる。


「いつからだ」


「昨日の夜です」


 女は震えながら言った。


「知らぬ男が来て、弥助に言うことを聞かせろと。聞かねば、家に火がつくこともあると……」


 藤吉郎の顔から笑みが消えた。


 新五は木片を手拭いで包む。


「龍之介」


「はい」


「どう見る」


 龍之介は木片を見た。


 印。


 脅し。


 火。


 台所。


 桶。


 すべてがつながる。


 これは弥助一人を動かすためだけではない。


 那古野の下働きたちに、「言うことを聞かねば家族が危ない」と知らせる種でもある。


 誰か一人が折れれば、そこから広がる。


「火の脅しは、本気とは限りませぬ」


「なぜ」


「本当に火をつければ騒ぎが大きくなります。今は、静かに台所へ入りたいはずです。ですが、そう思わせるだけで十分です」


 女の顔がさらに青くなる。


 龍之介はすぐに言葉を継いだ。


「だからこそ、今のうちに母御を那古野へ移します。家には、母御が腰を痛めて城へ呼ばれたとでも流しましょう」


 藤吉郎が頷く。


「それなら近所も疑いませぬ。母御はいつも腰を押さえています」


「余計なことを言うんじゃないよ」


 女は涙混じりに藤吉郎を睨んだ。


 その一言で、少しだけ空気が戻った。


 藤吉郎は頭をかく。


「すみません。でも、そういうことにしましょう」


 新五が手短に決める。


「行く。荷は少なく。火の始末だけしてくれ」


 女は頷いた。


 龍之介は、家の周りを見た。


 細い道。


 低い垣。


 隣家の窓。


 誰かが見ている可能性はある。


 ここで慌てて連れ出せば、敵に悟られる。


 藤吉郎が小声で言った。


「母御には、私の背負子を持たせます。野菜を城へ運ぶように見せればよろしい」


「できるか」


 新五が問う。


 藤吉郎は胸を張る。


「何度もやっています」


「なぜだ」


「飯をもらうためです」


 龍之介は思わず息を漏らした。


 この少年の人生は、飯と道と人の隙間でできている。


 だからこそ、使える。


 そして危うい。


 信長の近くに置けば、間違いなく伸びる。


 だが、使い方を誤れば、真っ先に危険な道を走らされる。


 龍之介は胸の内で、自分に釘を刺した。


 この少年を便利な耳としてだけ見てはいけない。


 人として見ろ。


 そうしなければ、また冷たい目になる。


 弥助の母を那古野へ入れるのに、騒ぎは起きなかった。


 藤吉郎が野菜の荷を背負い、母御が腰を押さえながらその後を歩く。


 新五は少し離れて見守り、龍之介はさらに後ろから周囲を見た。


 門番には、新五が短く話した。


「台所の手伝いだ」


 それだけで通った。


 新五の名が、静かに効いた。


 声を荒げるでもなく、力を見せるでもない。


 けれど、門番は深く聞かない。


 龍之介は、それを見て思った。


 道を通すのは、武だけではない。


 名。


 顔。


 日頃の立ち位置。


 それもまた、城の中では力になる。


 弥助の母は、台所近くの空き部屋に入れられた。


 弥助はそこへ連れてこられた。


 親子が顔を合わせた瞬間、弥助は泣き崩れた。


「母ちゃん……」


「馬鹿。生きてるなら、先に飯を食え」


 母はそう言いながら、弥助の頭を抱えた。


 藤吉郎は、少し離れて見ていた。


 握り飯を一つ、そっと弥助のそばへ置く。


「あとで食べな」


 弥助は涙でぐしゃぐしゃの顔で頷いた。


 龍之介は、その光景から目を逸らさなかった。


 これが、戦だ。


 戦場で槍を振るうことだけではない。


 台所で脅される少年。


 母を人質にされる家。


 握り飯を置く小僧。


 そういうものまで含めて、乱世なのだ。


 若い頃に読んだ戦国は、もっと鮮やかだった。


 武将の名。


 合戦の名。


 城の名。


 だが、ここにあるのは名前になる前の人の暮らしだった。


 それを踏み潰して進めば、早い。


 けれど、その先に残るものは何だ。


 龍之介は、答えをまだ持っていなかった。


 夜、信長の前で報告が行われた。


 木片の印。


 弥助への脅し。


 母親の保護。


 台所裏の木戸。


 社で捕らえた痣の男。


 そして、藤吉郎の働き。


 信長は黙って聞いた。


 普段なら、藤吉郎の軽口に笑っていたかもしれない。


 だが、今は違った。


 台所を狙われた。


 それは、信長の腹を触られたに等しい。


「台所の木戸を閉じますか」


 又左が問う。


 信長は首を振った。


「閉じれば、向こうは気づく」


「では、開けたままに?」


「開けたまま、見張る。戸の音を少し戻せ。油を拭け。今まで通り、開けにくい戸に見せろ」


 新五が頷く。


「承知しました」


「台所の者には、すぐに事情を言うな。だが、困っている家、脅されやすい者を拾え」


 信長の目が龍之介へ向く。


「龍之介」


「はい」


「お前が言った、困っている者は買われる、脅される、揺らされる。あれは当たりだ」


「若様のお言葉にございます」


「そうだったか」


 信長は笑わなかった。


「ならば、わしの言葉としておけ。台所、馬屋、蔵、門。困っている者を拾え。だが、恩着せがましくするな。恩は重すぎれば恨みに変わる」


 平手様が静かに頷いた。


「よき御判断にございます」


 権六は腕を組んだまま言う。


「しかし、若。人を増やせば、口も増えます」


「だから、最初は小さくやる」


 信長は藤吉郎を見た。


「藤吉郎」


「はっ」


「お前は新五の下で、台所と井戸と馬屋を回れ。ただし、偉そうにするな」


「はい。偉くないので大丈夫です」


 又左が吹き出した。


 権六がまた睨む。


 藤吉郎は素早く頭を下げた。


 信長の口元が少しだけ緩んだ。


「飯は増やす。だが、食うだけでは許さぬ。見たものを、新五に言え。分からぬものは分からぬと言え。話を大きくするな」


「承知しました」


 信長は新五へ向く。


「新五。藤吉郎を使え。だが、走らせすぎるな」


「はい」


「小さい者は、見えぬ場所へ入れる。だからこそ、失えば気づくのが遅い」


 藤吉郎の顔から少し笑みが消えた。


 新五も深く頭を下げる。


「心得ました」


 龍之介は、信長の言葉に胸を突かれた。


 使う。


 だが、失うな。


 信長は危うい。


 人を道具にもする。


 けれど、道具としてだけ見るわけでもない。


 その揺れがあるから、龍之介はこの男から目を離せない。


 信長は次に龍之介を見た。


「龍之介。お前は、槍と蔵と道の三つを見る」


「三つ、でございますか」


「嫌か」


「いいえ。ただ、私に務まるかどうか」


「務まらねば捨てる」


「……承知しました」


「だが、務まれば使う」


 信長は静かに言った。


「お前は戦場でわしの負けを返した。だが、それだけなら一度の刃だ。これからは、負ける形そのものを減らせ」


 龍之介は息を呑んだ。


 負ける形そのものを減らす。


 戦う前に、詰まりを見つける。


 人が買われる前に、困りごとを拾う。


 敵が入る前に、道を知る。


 それは、ただの内政ではない。


 ただの忍び働きでもない。


 信長の戦い方そのものを変える芽だった。


「承知しました」


 龍之介は深く頭を下げた。


 その声は、自分でも思ったより強く出た。


 同じ頃、清洲では坂井大膳が報せを待っていた。


 左頬に痣のある男は、まだ戻らない。


 だが、戻らぬ者は珍しくない。


 失敗したのか。


 捕まったのか。


 逃げたのか。


 大膳は、まだ判断しなかった。


 早く動きすぎれば、相手にこちらの焦りを読まれる。


 織田三郎は粗い。


 危うい。


 だが、鈍くはない。


 その側にいる山本龍之介という男も、ただの武辺者ではないらしい。


 大膳は、静かに指で膝を叩いた。


「那古野の台所は、どうなった」


 控えていた者が頭を下げる。


「まだ確かなことは」


「確かでないなら、確かにしようとするな」


 配下の男が顔を上げる。


「は?」


「今、無理に確かめれば、こちらの手が伸びていると知らせることになる」


 大膳は目を細めた。


「噂を出せ」


「どのような」


「織田三郎は、拾った流れ者に台所まで覗かせている。家中の者を信じず、飯炊きの女まで疑っている、とな」


 配下の男が頷く。


「はっ」


「それと、山本龍之介は人の心を読む化け物だ、ともな」


「化け物、でございますか」


「強すぎる者は、味方にも嫌われる」


 大膳の声は静かだった。


「那古野の内で、あの男を怖がる者が増えれば、それでよい」


 配下は深く頭を下げて下がった。


 大膳は、廊下の奥へ目を向ける。


 そこには、守護・斯波義統のいる一角がある。


 名目上の上。


 動かぬまま、重い名。


 清洲は、名と実がずれた城だ。


 そのずれを使う者が勝つ。


 大膳はそう考えていた。


 そして今、那古野にもずれが生まれている。


 若き信長。


 得体の知れぬ龍之介。


 道を走る小僧。


 静かに動く新五。


 荒い又左。


 ずれは、広げれば割れ目になる。


 大膳は薄く笑った。


「織田三郎。どこまで拾った刃を抱えられるか、見せてもらおう」


 清洲の夜は、静かだった。


 だが、その静けさの下で、また言葉が道へ放たれた。


 那古野では、藤吉郎が二つ目の握り飯を食べ損ねていた。


 弥助へ渡したからだ。


 そのことを又左にからかわれ、藤吉郎は口を尖らせた。


「腹は減っております」


「なら、自分で食えばよかっただろう」


「弥助殿の方が、今日は腹が空く日です」


 又左は少し黙った。


「お前、変なところで男前だな」


「男前より飯前がいいです」


 又左は今度こそ笑った。


 新五が横から言う。


「藤吉郎。明日から俺について動け」


「はい」


「ただし、勝手に人の懐へ入るな」


「入れそうな懐があれば、つい」


「ついで入るな」


 龍之介は、そのやり取りを少し離れて聞いていた。


 藤吉郎が来た。


 新五が動く。


 又左が関わる。


 信長が仕組みを作ろうとしている。


 清洲は噂を放つだろう。


 龍之介の名も、良くも悪くも走り始める。


 もう、戦場で一度勝っただけの流れ者ではない。


 那古野の中で、役目ができ始めている。


 槍。


 蔵。


 道。


 人。


 それらを同時に見る。


 重い。


 だが、逃げる気はなかった。


 龍之介は、手を開いた。


 昨日より少しだけ、力の抜き方が分かる気がした。


 握れば壊す。


 開けば落とす。


 ならば、その間を覚えなければならない。


 武も。


 知も。


 人との距離も。


 遠くで、信長の声が聞こえた。


 誰かに命じている。


 若い声だった。


 だが、その声の先で、那古野の形が少しずつ変わっていく。


 龍之介は、静かに息を吐いた。


 清洲の影は濃い。


 だが、那古野にも小さな耳が生まれた。


 それはまだ名もない。


 飯を求める小僧と、静かに動く新五と、荒い又左と、得体の知れぬ流れ者が作る、頼りない耳だった。


 それでも、何も聞こえぬよりはいい。


 龍之介は顔を上げた。


 尾張の夜は、昨日より少しだけ広く見えた。


第8話─了

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