夫の楽しみは、妻のお世話係
「はい、口開けて〜、あーん」
「………あ〜」
羞恥に耐えながら口を開けると、夫であるカーティスは嬉しそうに私の歯磨きを始めた。
シャコシャコシャコ、小気味良くブラシが動いて、私はされるがままだ。
今日は、カーティスの休みの日。
つまり、私がカーティスにすべてお世話される日である。
朝起きた時に、顔を洗うところからスタートして、何から何までやらないと気が済まないのだろう。
結婚して半年、いまだに慣れずにそわそわしてしまう。
貴族の男性が甲斐甲斐しく侍女のように妻の世話をすることなど聞いたことないが、カーティスはそれをやりたがる。
なんでもそういう両親を見て育ったから、自分もそうしたいと思うようになったんだとか。
確かに、結婚してからというもの、同じ家で暮らすお義父様は、気がつくとお義母様の世話を焼いているのを目にしている。
これのことかとようやく納得したものだ。
「結婚したら、エルマの世話は僕にさせてね」と婚約中に言われた時は、かなり戸惑ったのが、今は違う意味でわたわたしている。
「エルマの世話は、僕に全部やらせて!」
結婚初日に嬉々としてお願いされたから、断れなかった。
とはいえ、全部やっていたら時間がいくらあっても足りないので、カーティスが休みの日だけという約束だ。
つまり、私の夫は今大変満足なのである。
「かわいいエルマのお世話、最高」
ほらね、ご満悦なのよ…、私は喜んでいいのかわからないわ。
「はい、ぐじゅぐじゅぺっして」
言われるままに口をゆすいで、歯磨き終了だ。
「さて、お着替えしようか。今日はどのデイドレスにする?」
「…決めるまでだからね?着替えは侍女に頼むからね?」
「んー?」
ニコニコしているカーティスに念を押す。
はじめてお世話された日に、着替えまで手伝われそうになって悲鳴を上げたというのに、カーティスはちっとも反省していない。
ドレスの着替えまでしたいと顔に書いてある。
「…そこを譲ってくれないなら、もうカーティスにお世話させてあげないから」
「大人しく部屋の外で待ってます」
こう言えば、絶対にやめてくれるとわかってきたので、まあいいとしよう。
そんなにお世話したいものなのかは、やっぱり私にはわからない…。
ドレスに着替え終わってから、カーティスを部屋に招いた。
髪結いまで侍女に仕上げてもらったら泣かれたことがあるので、手付かずのままだ。
「したい髪型はあるかな?」
「カーティスの好きにしてくれたらいいわ」
「それは腕が鳴るね」
そう言って、カーティスは慣れた手つきで髪を梳かしていく。
侍女顔負けの技術なのだから、毎度驚いてしまう。
ふんふふん、と後ろから鼻歌まで聞こえてくる。
鏡越しのカーティスの顔が、何をしている時よりも楽しそうで、その顔が見れちゃうとまあいいかと思ってしまう。
今日も見事に、ふわふわで可愛くまとまった。
「カーティスは、髪結い屋さんになれそうよね」
「お褒めに預かり光栄です、奥様」
「揶揄ってる?」
「ニヤケそうなのを我慢している」
綺麗に仕上がった髪を眺めてから、カーティスは私の前で膝をついた。
それから覗き込むように訊いてくる、
「エルマ、お茶にする?それとも、軽く何か食べる?」
こう聞くってことは、振る舞いたい何かがあるってことだ。
さすがに半年でそれぐらいはわかってきた。
「ふふっ、カーティスに任せるわ」
「じゃあ、テラスで朝食にしよう?サンドイッチを作ったんだ」
それは料理長も、朝からキッチンを占領されて大変だったことだろう。
「いただくわ」
「やった!」
カーティスは私をふわりと持ち上げると、横抱きのまま1階のテラスまで移動し始めた。
カーティスが休みの日は、基本的に私が床を歩くことはない。
だから、カーティスが休みじゃない日は、運動不足にならないように散歩を欠かさないようにしている。
すれ違う侍女も執事も何も言わない。
向こうからしたら見慣れた光景で、私だけがまだ恥ずかしがっているというのだけが些か気に食わない。
…カーティスが楽しそうだから、いいけど。
テラスに出る手前で、義両親とかち合った。
お義母様は、私と同じようにお義父様に抱き抱えられていた。
「父上たちもテラスですか?」
「ああ、一緒でも構わないだろうか」
「もちろんです」
そのままお互い降ろされることもなく、テラスへと運ばれた。
テラスのソファーには大量のクッションと膝掛けが用意されていて、そこに座らされた。
すかさず、膝掛けがかけられた。
「寒くない?」
「平気よ、ありがとう」
私がそう言うと、カーティスはうんと嬉しそうに頷いて、キッチンに行ってくるから待っててと言って去っていく。
「あいつも、まだまだだな。エルマ、膝掛けだけで足りているか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、では私もキッチンに行ってくるよ。愛しい人、少し待っていてくれ」
お義父様は私をも気遣ったあと、お義母様の手の甲にキスを落として、テラスを出て行った。
「男たちがごめんなさいね、エルマ」
「いえ」
「嫌なら嫌って言っていいんだからね」
「あんなに嬉しそうにされると、私も任せたくなっちゃうので」
「そう、そんなところまで遺伝しちゃったの。お互い苦労するわね」
お義母様が大袈裟にため息を吐かれたので、くすくす笑ってしまう。
つまり、お義母様も嬉しそうな顔を見ると拒めないみたい。
カーティスたちはすぐに戻ってきて、お手製のサンドイッチを食べさせてくれた。
紅茶もしっかりカーティスが淹れてくれた。
お義母様は、お義父様特製のオムレツを食べさせられている。
うん、お世話している時の口元の緩み方が親子そっくりだわ。
「エルマ、味付けどうかな?」
「私好みにマスタードが効いてて美味しい」
「よかった!」
「自ら質問するなんて、まだまだだな」
「父上は口を挟まないでくださいよ。僕とエルマの時間なんですから」
「カーティス、お茶も美味しいわ」
「ありがとう、エルマ」
「あなたたち、張り合うのはやめなさいよ」
侍女や執事に見守られながら、なんとも平和な時間を過ごしている。
私も時が経てば、お義母様みたいに平然としていられるようになるのかしら。
それはそれでいいのかしら…?
「エルマ、何か気になることがある?」
カーティスが首を傾げるので、私は笑った。
「んーん、今日もありがとうカーティス」
了
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