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勇者が生まれた日(二話以降追加版)  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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2/3

幽霊が生まれた日

「子どもの霊が見えるんです」


 私はバートン先生に相談した。


「子ども?」

「多分、一年生か二年生くらいの男の子だと思います」


 先生は長い白髭を撫でた。


「その少年はお主に危害を加えてくるのかのお?」

「見てくるだけです。でもいつもじっと見てきます。あの子、どうして成仏できないんだろう……」

「ん、成仏?」

「そういうことですよね、ずっと廊下にいるし。何か未練があるのかも」

「実のところ、成仏したい霊などおらんのじゃよ」

「え、そうなんですか?」

「未練や後悔があるから霊になると?」

「そう、思ってました」

「そうではない、彼らはそこにいたいんじゃ。人が成仏させたがるだけじゃよ」

「じゃあ、私はどうすれば……」

「実害がないのなら気にすることはない。トイワースでは霊を見ることは珍しいことではない。霊は神の世界と通じておる。勇者の素質とは霊が視えるかどうかじゃ」


 私は自然と笑顔になってた。涙をぬぐった。 

 先生の口ひげが微笑みかけてくれた。



 〇



 廊下を歩くだけで見られている気がする。


 私は授業中に叫んだことがあった。廊下の曲がり角からこちらをじっと見ている何かと目が合ったからだ。

 これじゃあ普通に授業を受けることすらできない。


 教室を覗くとクラスメイトたちが談笑していた。

 私もいつかあの輪の中に入ってみたい。前の学校ではできなかった。

 私が編入してきた時点でもうクラスにグループがいくつか形成されていた。入り込む隙がなかった。

 霊についてクラスメイトや担任の先生に相談しようと思ったことはある。でもやめた。ただでさえ叫び声を上げる変な子だと思われてるのに、これ以上評価を下げるわけにいかない。

 友達のいないわたしにとってバートン先生は相談できる唯一の大人だ。

 でも友達が欲しい。友達がいれば何でも相談できて、変人じゃない普通の子になれるだろうか。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、柱の陰にあの少年を見つけた。


「あ、待って!」


 私が一歩踏み出すと彼の顔が引っこんだ。

 怖いなんて言ってる場合じゃない。

 あの子をどうにかしないと私は変人のままだ。



 〇



 翌日、教室棟の廊下が騒々しかった。


「私も見たよ。教室の扉が勝手にしまったの」

「足音きこえなかった?」

「きこえた。なんか人影みたいなの見えた」


 生徒たちの話す声がそこらかしこから聞こえる。

 ふと廊下の花瓶台の上で花瓶が倒れていることに気づいた。わたしはそれを元に戻した。

 途端、悲鳴が廊下を駆け抜けた。

 びっくりして振り返ると女子生徒が開いた口からソプラノを飛ばしていた。その視線の先にあの少年の姿を私は見つけた。彼の手に花瓶があった。そうか、彼だ。彼が花瓶を倒していたのか。


「そういうことか」


 私は納得した。おそらくこういうことだろう。

 彼の姿はみんなには見えていない。私には見えているけれど。

 きっとみんなには花瓶がひとりでに動いたように見えたはず。


「待って」


 わたしと目が合うと少年はまた逃げていってしまった。



 〇



 女子生徒は個室トイレから出てくると洗面台の鏡の前に立った。蛇口を捻り、彼女は両手に冷水を流す。軽く払った水気の残る手で、飛び跳ねた毛先を撫でつけた。

 手が止まった。水を出しっぱなしにしたまま生徒は凍り付いた。何かと目が合っている。

 鏡に黒い顔が浮かんでいる。焼死体のような黒い顔だ。それは女子生徒の顔のすぐ横にあって、井戸の底のような瞳孔と逆さ三日月の口元を浮かべている。

 女子生徒は悲鳴を上げた。



 〇



 廊下の先から生徒の群れが走ってくる。私には生徒たちが何かから逃げてきているように思えた。


「どうしたの」


 みんな逃げるのに必死で私の問に答えてくれない。

 嫌な予感がした。あの少年の顔が過った。

 私は生徒たちの流れに逆らい廊下をさかのぼった。


 辿り着くと女子トイレの前に倒れている女子生徒を見つけた。駆け寄ってすぐ、こういう場合は体を揺らしてはいけないことを思い出した。女子生徒へ触れようとしていた手が止まった。

 ふと気がついた私は傍に立ち止まっている少年の姿を見上げた。


「あなた」


 私は立ち上がって彼に詰め寄った。


「いい加減にしなさい。あなたはもう死んでるの!」

「後ろ、気をつけた方がいいよ」

「え?」


 私は背後に何かの気配を感じた。



 〇



「学長」

「ダッチマン先生、息を切らしてどうなされましたかな」


 廊下のT字の突き当りにバートン先生とダッチマン先生の姿を見つけた。何か深刻そうな顔で話をしているようだったが、そのうち二人はどこかへ走り去っていった。


「セレスちゃん」


 クラスメイトのアナベルとエスターがわたしの方へ走ってくる。


「いま校長先生とダッチマン先生が」

「女子トイレで何かあったらしいよ」


 アナベルの言葉を遮りエスターが結論を述べた。


「何かって?」

「知らない。見に行く?」

「別にいいけど」



 〇



「弱小霊か」


 人型の大きな黒い影が浮いていた。焼死体みたいだ。ぼやけている。二つの目と笑った大きな口を私は見た。


「校舎で悪いことしてたのは君だね」


 いつも私から逃げてゆく少年が真ん丸な目で影を見つめた。


「なんだぁ、おめぇ俺が見えるのか?」

「うん、見えるよ」

「なに見てやがる」

「別に」


 彼は怖がっていないようだった。


「気味の悪いガキだ。霊と何してやがる」


 霊? わたしは周りを振りかえり確かめた。ここにいるのは私と少年だけだ。それから倒れた女子生徒。


「君こそ何してるの?」

「教えねえ。霊とよろしくやってるような生身のガキにはな」


 影の二つ目が私を覗き込んだ。にたーっと笑った。


「ああ、そういうことか。おまえ気づいてないのか」

「よしなよ、彼女はまだ」

「俺が教えてやるって言ってんだ」


 影の手がまっすぐどこかを指差した。


「見ろ」

「え」

「鏡を見ろ」


 私は無意識に首を動かした。

 それは洗面台の鏡だった。私はややあって悲鳴を上げていた。

 私の姿が鏡に写っていなかった。この黒い影もなく、背後の少年だけが写し出されていた。


「自分が死んじまってること気づいた瞬間の顔ってのは何度見ても面白い。みんなショックを受ける。こんな自由で楽しい状態はねえってのになあ」


 私は両膝から崩れ落ちた。影の声を聞きたくなくて両手で耳を塞いだ。何も見たくなくてトイレの床にうずくまった。


「これだから不愉快なんだ新米のぺーぺーってのは。自分が死んだことに気づくと被害者面しやがる」

「悲しくない」


 少年の声がした。


「何も悲しくないよ」


 少年は得体のしれない影を前に素っ頓狂な顔をしていた。


「幽霊が鏡に写らないのは、他人を気にして生きる必要がなくなったからだよ」

「いいこと言うじゃねえか坊主、名言だねこりゃ」

「だから何も悲しいことなんてないよ。みんないつかは霊になるんだ。ロッタンは僕の幽霊の先輩だ」

「やかましいわホンダラ。この体の不自由さも知らねえで知ったような口利きやがって」

「あぶない!」


 わたしは声を上げた。黒い腕が少年へ伸びようとしていた。


「ああ?」


 影が虚をつかれた顔して固まった。

 少年が堂々と悪霊の腕を掴んでいたからだ。

 少年は影を持ち上げそのまま投げ飛ばした。野球ボールみたいに。


「おわー!」


 影がどんくさい声を上げた。


「駄目だよ悪いことしちゃ」



 〇



 ダッチマン先生とバートン学長は、女子トイレへ駆け付けるなり小さな黒い影を鷲掴みする彼の姿を見た。


「やめろお、消えちまう」


 影は必至に訴えている。


「もうやらない?」

「やらねえよ。だから離してくれ」


 少年は手を離した。


「ったく。とんでもねえガキだな。なにもんだ」

「アユム」


 少年は素っ頓狂な顔で答えた。

 ロッタンがトイレの壁を背にぐったりしている。



 〇



 女子生徒をのせた担架がダッチマン先生と一緒に僕の傍を横切っていった。


「アユム」


 その呼び声で廊下を走ってくるセレスの姿を見つけた。いつもの友人二人が両サイドにいる。


「あなたまた問題を起こしたの」

「起こしてないよ」

「じゃあこの騒ぎは一体何?」

「悪霊退治だよ」

『なんだあのガキ』


 強く握り過ぎたせいか霊は小さな黒い玉になってしまった。彼は僕の肩の上から聞いた。


「セレスだよ」

『彼女か』

「違うよ。勇者だよ」

『勇者? この舎弟侍らせてるようなガキが?』

「誰と話してるの?」


 セレスが僕の前で立ち止まった。


「アユムや、あとで校長室へ来なさい」


 バートン先生に声をかけられた。


「はい、先生」


 セレスが腕を組み、呆れたような顔をしていた。



 〇



 叫び声が聞こえた。廊下の端まで届いたに違いない。

 その叫びを辿ると6年生の教室が見えた。今は授業中みたいで、みんな席に着いてる。なのに一人だけ突っ立ってるお姉ちゃんがいた。

 お姉ちゃんが叫びの正体だと僕はすぐに気づいた。今も叫んでる。僕は何かよくないものを見た気がして、とっさに隠れてしまった。

 でも柱の陰から顔半分ほど出した拍子に目があった。

 お姉ちゃんはもっと叫んだ。


 お姉ちゃんはよく廊下で見かける。お姉ちゃんは毎日廊下を歩いている。それだけなら普通だ。僕が気になったのはお姉ちゃんがもう死んでるってとだ。

 それだけなら普通だ。お姉ちゃんは自分が死んでることに気づいてない。

 だったら僕が気づかせてあげればいい。

 僕はそう思って、まずお姉ちゃんを観察してみることにした。


 お姉ちゃんは同じ廊下をぐるぐる周ってる。もしかすると何か未練があるのかもしれない。成仏したがってるのかも。

 教室にいるときお姉ちゃんはずっと突っ立ってる。そこに席はない。多分、座ってるつもりなんだと思う。

 偶に先生に質問する。もちろん先生も、他の子たちも反応しない。聞こえていないからだ。


 ある日お姉ちゃんに追いかけられた。長く見つめ過ぎたせいだ。見ていることがバレた。でもお姉ちゃんを撒くのは簡単だ。お姉ちゃんは同じ廊下しか歩けない。違う廊下へ僕が行くと僕を見失ってしまう。死んだことに気づいてないからだ。

 だから気づかせてあげるために、廊下にある花瓶をわざと倒しておいた。お姉ちゃんに直させて気づかせるためだ。

 みんなにはお姉ちゃんの姿が見えてない。花瓶がひとりでに動いたように見えるはず。そこで悲鳴が上がればお姉ちゃんも気づくだろう。 

 そう思って花瓶をいくつか横に倒していたらダッチマン先生に見つかって叱られた。元に戻している途中にお姉ちゃんが花瓶に触り、それを見た女子生徒が悲鳴を上げた。


「よし!」


 ダッチマン先生に見えないように僕は小さくガッツポーズした。

 でもお姉ちゃんはどういうわけか、周囲の様子には目もくれず、僕の方へ走ってくる。僕は逃げた。次の手を考えよう。


 前々からよく分からない黒い奴がお姉ちゃんを見ていることには気づいていた。

 そいつは僕が近くに来るといなくなる。

 お姉ちゃんの叫び声を始めて聞いた日もそうだった。その黒い奴は教室内のお姉ちゃんをじっと見ていた。

 悲鳴がしてある女子トイレの前に僕が駆け付けたのは、そういうことがあってあまり日が経たない頃だった。

 トイレの傍で気絶する女子生徒の前に、黒い奴がいつもより大きくなって浮遊していた。駆け付けた僕に気づいてそいつは見下ろしてきた。

 僕が黒い奴と向かい合っていると、そこにいつものお姉ちゃんがも駆け付けた。


「いい加減にしなさい。あなたはもう死んでるの!」


 ああ、そういうことか。

 お姉ちゃんは僕を幽霊だと思ってたっぽい。

 でも今はそんなこと言ってる場合じゃない。


「後ろ、気をつけた方がいいよ」



 〇



「無暗に霊に関わるでないと言うたじゃろ」


 校長室はいつ来ても面白くない。殺風景だ。


「でも」

「いいもんの霊がいれば悪もんの霊もおる。お主は勇者じゃ、そんなことで死なれては困る」

「勇者はセレスだよ?」

「いい加減受け入れよ」

「でもセレスだよ」


 バートン先生はやれやれと首を振った。でも間違ってるのは先生の方だ。


「ドッティルさんが言ってたよ。僕が好きになる人が勇者だって。僕はセレスが好きだ。だからセレスが勇者だよ」

「言うたんか……」


 ん?


「予言者がそう言うたんか?」


 先生の目が迫るようだった。


「うん。言ったよ」

「そうか」


 先生が背もたれに深く座った。天井を仰ぎ見た。


「して、その霊をどうするつもりじゃ?」

『偉そうなじじいだ。な、アユム』


 黒い玉が僕の肩に乗っている。


「じじいじゃないよ、バートン先生だよ」

『バートン? 確かそんな名の勇者が昔いたような……』

「お主、ただの悪霊ではないな。アユムをどうするつもりじゃ」

『じいさん目利きができるのか。俺様のことはボッチと呼んでくれ。なーに、悪いようにはしねえよ。ちょっと面白そうだから憑いてるだけだ』

「いろいろなものに好かれよるのお」

『勇者の宿命ってやつよ』



 〇



 バートン学長はアユムを見送った。校長室を後にした彼が廊下を離れてゆく。


「お主もか、アユムや……」


 何かを見つけて白髭が笑った。

 アユムの左肩に黒い球、右隣をロッタンの霊がついてゆく。


「霊の友となる勇者か……」


 バートンはしばらくその背を見つめた。

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