2話
部室に沈黙が落ちていた。
蛍光灯の唸りが天井から低く響き、机の上に濃い影を落としている。
陽介のスマホ画面には「二次落選」の通知が光り続け、冷たい光が彼の指先を照らしていた。
その指は震え、缶コーヒーを握る手は汗で濡れていた。
椅子が軋む音が沈黙を裂き、誰もが一瞬、視線を動かした。
窓の外では観覧車が静かに回り続けていた。灯りは夢の残骸のように窓に映り、沈黙を見守っていた。
「……どういうこと?」
結衣が低い声で問いかける。
「さっき、結果待ちって言ったよね。」
陽介は視線を泳がせ、口を開いた。
「いや、その……今、届いたんだ。ほんとに今。」
声は震え、言葉は空回りしていた。
誰もがその必死さに違和感を覚えていた。
拓真が赤ペンを机に置き、冷静に切り込む。
「本当に通ってたのか?」
その問いに、陽介の肩が跳ねた。
赤ペンのインクが机に滲み、沈黙の重さを強調する。
「通ったんだよ! 嘘じゃない!」
陽介は声を荒げる。
だが、誰もがその必死さを「虚勢」と感じていた。
直哉がスーツの袖を握りしめながら、静かに言った。
「俺も新人賞に応募したことあるけど……一次通過なら、通知はもっと前に来るはずだ。」
机の下では履歴書の封筒を靴で踏みつけていた。
声を吐き出すたび、手が震え、視線は机の木目を追い続けていた。
「就活に逃げたい。でも、逃げたら作家になれない。俺は……どっちも失うかもしれない。」
そしてさらに小さく呟いた。
「未来が怖い。履歴書も原稿も、どっちも手から落ちそうだ。」
その断片的な吐露が、場の空気をさらに重くした。
結衣がスマホを見つめながら、冷ややかに言葉を重ねる。
「いいね数しか誇れないって言われたけど……少なくとも私は嘘はついてない。」
画面には「売名作家」と書かれたコメントが次々と流れていた。
「嘘で飾るくらいなら、私の炎上の方がまだ正直だよ。」
結衣は一拍置き、視線を陽介から拓真へ移し、冷たく続けた。
「嘘をついてまで夢を語るなら……夢そのものが嘘になるんじゃない?」
さらに直哉へ視線を移す。
「嘘をつくのは陽介だけじゃない。拓真だって、自分の原稿を隠してる。直哉だって未来から逃げてる。」
その言葉は部室全体を刺し、誰もが息を詰めた。
「俺だって……俺だって作家になりたいんだ!」
陽介は叫ぶように言った。
「でも、何も成果がないって言えないだろ! だから……少し盛っただけだ。」
彼は笑いかけようとした。
「でも俺は本気なんだ。」
しかし誰も応じず、笑いは空気に溶けた。
沈黙が再び訪れたが、今度は誰かの咳払いが混じり、緊張の質を変えていた。
美咲が制服の袖を握りながら、ぽつりと呟いた。
「盛っただけ、って……それ、嘘だよね。」
制服の袖に染みた油の匂いが、彼女の生活の重さを語っていた。
その誠実さが、場の空気をさらに揺らした。
沈黙は続いたが、今度は誰かの呼吸が荒くなり、心臓の鼓動が聞こえるようだった。
陽介は言葉を失い、缶コーヒーを机に置いた。
金属音が乾いた響きを残す。
誰も笑わず、誰も慰めなかった。
沈黙は、蛍光灯の唸りと重なり、部室を支配した。
だがその沈黙は、先ほどよりも冷たく、重く、別の質を帯びていた。
拓真が赤ペンを拾い上げ、インクの滲みを見つめながら言った。
「ここは成果を競う場じゃない。嘘を重ねる場でもない。
でも……俺たちは、そうやって自分を飾らないと立っていられないんだ。」
その声は冷静に聞こえたが、赤ペンを握る手はわずかに震えていた。
陽介は机に突っ伏し、声を絞り出した。
「俺は……嘘をついたんだ。」
その自白は、沈黙に耐えきれず漏れ出したものだった。
誰もがその瞬間、胸の奥に自分の嘘を思い返していた。
蛍光灯の光が机の上に濃い影を落とし、影は揺れていた。
結衣はスマホを握りしめ、直哉は履歴書の封筒を踏みしめ、拓真は赤ペンを震わせ、美咲は制服の袖を握りしめていた。
陽介の嘘は暴かれた。
だが、それは彼一人の問題ではなく、部室に集まる全員の姿を映す鏡だった。
結衣の視線が陽介から外れ、窓の外の観覧車に向かった。
直哉の足が震え、拓真の赤ペンが再び止まった。
誰かが口を開きかけて、すぐに閉じた。
観覧車の灯りが窓に揺れ、沈黙を見守っていた。
誰も口を開かず、蛍光灯の唸りだけが響いていた。
沈黙は、まだ続いていた。




