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第4話 バイク便ライダーの正体

 佐藤は、いつものように走っていた。


 平日の都内は、常に営業車やトラックが列をなし、どこの道も混雑しており、信号機も多いので、なかなか進まない。


 そんな中、


―ブオオオーン!―


 強烈なエキゾーストノートを轟かせ、彼女は愛車を走らせる。

 しかも、片側2車線の狭い道路の真ん中の中央線をまたぐように、ギリギリのところをすり抜ける。


 このバイクは、カワサキのニンジャH2 SX SE。国内モデルで、水冷998cc。つまり一般的に言うところの「リッターバイク」だった。

 最高出力が200PS、最高出力回転数が11000rpm。新車価格が約282万円もする、大型バイク。


 そして、実はニンジャ H2は、2018年のボンネビルスピードウィークで、時速337.064kmの最高速を達成し、2020年6月時点で世界最速記録を保持していた、モンスターバイクだった。


(今日の仕事も確実にこなす)

 彼女の瞳が、フルフェイスの奥で爛々《らんらん》と輝き、一部の隙もない挙動で、確実にバイクを操縦し、考える限りの最速ルートで、最速かつ法定速度+10キロ程度の、「スピード違反で捕まらない」ギリギリの範囲を狙って、走っていた。


 結局、彼女はたったの31分で大田区大鳥居にある、指定された町工場まちこうばまで、無事に荷物を届けていた。


 そして、次の仕事に向かう。


 夕方、彼女はようやく自宅に帰る。


 場所は、東京都郊外の多摩市の丘陵地帯。


 一戸建ての家で、家族と住んでいる。

 愛車のニンジャH2 SX SEをガレージに停めた彼女は、ようやくフルフェイスヘルメットを脱いだ。


 サラサラのロングヘアーが風に揺れる。

 その見た目は、明らかに20代か、せいぜい30代。


 実際、彼女はこの時、まだ27歳だった。


「ただいま」

「お帰り」


 リビングで出迎えてくれたのは、50代の母だった。


 見た目こそもちろん、年齢的な物もあり、体型も変わっていたが、その容姿、身長には似通った部分があった。


 娘の名前は、佐藤絵里奈(えりな)。母の名前は、佐藤留美(るみ)と言った。


「今日の仕事はどうだった?」

「問題ないよ。母さんの、いえ伯母さんの教えは守ってる」


「フルフェイスは?」

「もちろん脱いでない」


 実は、この家族には秘密があった。


 30数年前。江東区森下近くの都道で、バイクに乗って、トラックとぶつかって亡くなった、「佐藤」とは、佐藤貴子(たかこ)。留美の姉、そして絵里奈の伯母だった。


 貴子は、元々、レーサーをしていたが、引退。その後、バイク便ライダーに転身した。


 そして、彼女こそがかつて「伝説のバイク便ライダー」と呼ばれた女性だった。


 その運転技術は、レーサー仕込みで、なおかつそのスピード、正確さはまさに日本一というくらい、優れたものだった。


 レーサーと同時に、バイク便ライダーを誇りとしていた彼女は、確かに交通事故で亡くなったが、遺言書があった。


 そこには、

―私の跡を継いで欲しい―

 と書いてあった。


 妹の留美は、姉の影響もあって、バイクに乗っていたが、OLの仕事のかたわら、こっそりとバイク便ライダーを副業として始める。


 それが1995年頃のことだった。


 そして、留美が40歳前後の、2015年頃。


 まだ18歳の娘の絵里奈が母の跡を継いだのだった。


 なお、「姓」の佐藤は、留美が結婚した時に本来なら変わる。そして実際に変わったが、彼女は旧姓のまま通し、さらにその後、夫と離婚したことで「佐藤」姓がそのままになっており、娘も佐藤姓だった。


 ニンジャもまた、貴子が乗っていたのは、GPZ900R。留美が乗っていたのは、ZX-10、そして現在のH2 SX SEに変わっている。


「貴子伯母さんは、あの世で喜んでくれてるかな?」

 実は、絵里奈がバイク便ライダーを始めたのは、別に「強制」でも何でもなかった。


 彼女にとって、伯母に当たる、貴子は結婚せずに他界したのだが、そのためか、姪に当たる絵里奈を可愛がってくれたのだ。

 その「恩義」に報いるため、そして代々、続く「バイク一家」として、彼女は母の跡を継ぐことを決意。


「そうね。まあ、バイク便もそろそろ時代遅れだしね。さすがにあなたの代で終わりかもね」

「そっか」

 絵里奈が悲しげな表情で呟く。


 そして、フルフェイスヘルメットを決して脱がない理由。

 それは、貴子が生前言っていた一言から来る物だった。


―決して素顔を見せない謎のバイク便ライダー。カッコいいでしょ―


 貴子は、おどけてそう言っていたが、その実態は違っていた。


 彼女は、当時、珍しかった「プロの女性ライダー」として活躍したため、要は素顔を見られると、ファンに追いかけ回されることを恐れたのだ。

 何しろ、ストーカーなんて言葉すらなかった当時、アイドルの「追っかけ」に近い、強烈な、特に男性ファンが彼女を追い回すように出没していたし、家にまで押しかけられていた。


 彼女の妹の留美や、その娘の絵里奈に至っては、別に「追っかけ」や「ストーカー」を気にする必要もないのに、律儀に「遺言」というか「伝統」を守っていたのだ。こうして、「謎のフルフェイスライダー」が出来上がった。


 たとえ、海外のアプリ中心の、揃いのマークをつけた、某配達員たちが流行になっても、彼女たちは昔ながらの伝統を守っていた。


 もっとも、こうした物は、いずれ確実に「滅び」を迎えるし、それが時代の流れだ。


 だが、せめて「バイク便」の終わりが来るその日まで、絵里奈は明日も走り続ける。


 そこに「バイク便」がある限り。

                    (完)

というわけで、終わりました。唐突に思いついたので、書いたのですが、モデルはまあ恐らく想像できると思います。ちなみに、私、カワサキのバイクには一度も乗ったことがありません。ホンダ、スズキが中心だったので。ヤマハは借りようとしたら、何故か手違いでホンダになりました。

ちょっとオチが簡単だったかもしれません。いいオチを考えるのって、難しいんですよね。短編の難しさを感じます。

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