4話「ナッセ、王国へ入隊申請!」
暖かい朝日が、とある二階建ての家を照らす。青い瓦を並べられた屋根。レンガ積みの壁。窓の下に白い花のプランターが取り付けられてある。オシャレになってていい感じの家だ。
サンライト王国で、ナッセはそこで暮らす事になった。
白銀の少年ナッセは既に起床しており、手洗い場で眠たそうに歯を磨いていた。
丁寧に奥歯のところまで歯磨きを届かせており、縦横無尽に磨いてカスを削ぎ散らしていく。と言うのも、こうやって歯磨きしておかないと歯は黄ばんだりして見栄えが悪くなる。虫歯になるのも論外だが、こういう毎日の習慣こそ将来に活きる。
コップの水を啜り、軽くうがいして吐き出して鏡を見つめる。
白銀だけの髪。輝くような黄金の目。普通の人間とは違うのが自分でも分かる。
「……転生を繰り返してきたせいか、オレもおかしくなってきてるな」
少し不安になっていた。と言うのも、初対面でリョーコに子供扱いされたからだ。
年としては十七。だが身長は相応ではなかった。初めて転生をする前の自分はまだ黒髪の青年で身長も今よりは高かった。
そして目もそれほど蛍光色っぽいものではなく、普通に黄土色だった。
「それはそれほど問題でもない……が」
ナッセは白銀の毛を摘んでサッサッと掻き出す。
もしかして成長が遅れ始めているのではないか。身長はもちろん、肌の状態も若々しい。胸につっかえる言いようのない不安が気になる。
このまま転生を繰り返し続ければ、赤ん坊のまま成長が止まってしまうんじゃないか。
「あらー? 起きた? 朝飯できてるからー」
こっちの不安など知ることもなく、呑気なリョーコは顔を覗かせて呼びかけていた。
はぁ、と溜め息をつく。決して自分は料理ができない訳ではない。なにしろ転生を繰り返しているんだ。嫌でも癖が染み付いてる。
決して不自由というわけではないのだが、リョーコが世話を焼かせてくれている。いい迷惑だ。
「つか、朝っぱらからなんでオレの家に入り込んで……、しかも何やってるんだぞ?」
食卓に着くと、香ばしい匂いが鼻に届いてくる。
白米の茶碗。目玉焼きにベーコンに、レタスが添えられた皿。ポテトサラダ。ミルクが注がれたコップ。
──息を呑むほど丁寧な料理の数々だ。
「料理できたのか……」
「なによぅ!」
頬を膨らます。
しかしよく見ると当のリョーコはエプロンを身に纏っていて、まるで若い主婦のように見えた。これも新鮮な感じがする。
前世じゃ、リョーコが料理を振舞ってくれた事は一度もなかった。
口に通せば広がる甘美な味。思わずほっぺが落ちそうだ。自分が作るのより美味しいのではないか。
「戦士より、こっちの方が向くんじゃないか」
「うっさい! それから戦士とか古風な呼び方やめて。斧女子。お・の・じょ・し!」
前世でも斧女子を名乗り、ブームに乗せようとしたことがあった。まぁ、鈍足の戦士など今時の時代じゃネタ職とされて笑われているから仕方がないのだろう。
ついでに言うと斧も戦闘に不向きな上にダサいので、これもネタ武器にされている。
リョーコは戦士を両親とする生粋の戦士。それ故、許せないのだろう。見返すために斧女子を名乗り、日々鍛錬しているらしい。
「……ごちそうさま。ありがとう」
合唱し、微笑んで会釈。リョーコはちょっと赤らめながら「ついで、だからね。ついで」って恥ずかしがっていた。
壁に掛けられたカレンダーを見やる。気難しい顔をするナッセにリョーコは気になった。
「そう言えば、前世とか言ってたみたいだけど」
「気にするな。厨二病でそう口にしてみたかっただけだ」
あしらうようにナッセは流した。だがリョーコはずいと身を乗り出す。
「ガチの厨二病は自分でそーいうこと言わないから」
見開く。時折鋭い指摘してくるのも彼女だ。じっと見つめてくる真っ直ぐな瞳にナッセは怯みそうになる。
「……お、お前には関係ないから」
「あ、ちょっ」
リョーコの制止が来る前に素早く食卓を抜け出した。そのまま外に出てしまう。
朝だけあって人々は疎らだ。冷たい空気と暖かい朝日。匂ってくる緑の匂い。ナッセは溜め息をつく。
隠していてもいずれバレる。それは繰り返してきた前世でも実証済みだ。だが、真実を明かすには早すぎる。
──バタフライエフェクト。少しの改変で後の未来に大きな影響を及ぼす。
こっちが子供故にリョーコが保護者ぶってきた。この変化が後の未来にどんな影響を及ぼすか分からない。なるべく失敗してしまう流れにだけはしたくない。
「見えぬ変化を気にしてもしょうがない。まずは……」
聳え立つサンライト城。赤いレンガで積まれた立派な風貌。太陽を模したマークの旗が風に揺れる。その門前でナッセは見上げていた。
サンライト王国を守護する精鋭隊は卓越した能力を連ねる実力者を七人。それ故にサンライトセブンと呼ばれている。
オレはそのメンバーとなって、共に国を守っていく。前世でそうしてきたように、また今回も入隊を試みるのだ。
午前十一時。城の中を通され、王が座する謁見の間でナッセは丁重に跪く。
「君は、確かナッセ君だったね」
「はい」
王冠を頭に乗せた白髪の痩せたお爺さん。優しい微笑み。好々爺としての彼はヨネディウス王。愛称を込めてヨネ王と呼ぶ事が多い。それだけ民に好かれていた賢君だ。ナッセはその懐かしい笑顔に顔を綻ばせる。
だが、脳裏には力尽きたヨネ王の事切れるシーンが映し出される。これまでの前世でもそうだった。
──今度こそ死なせはさせない! 天寿を全うして安心させたい。民に好かれる優しい王だからこそ長く生きて欲しい。その想いが熱く強く込み上げる。
「単刀直入に願います。私はサンライトセブン精鋭隊へ入隊を希望します」