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囚われのアゲハ蝶  作者: 蝶々ここあ
第二章 華
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56 メッセージ

 広いリムジンの中、沢山の屈強な男達に囲まれて薫も華も逃げ道などどこにもなかった。冬花が一番奥の座席の真ん中に座り、その彼女を囲むように両隣には大柄な男が二人。そして向かって右に薫、左に華。二人の横にも見張のように男がピッタリとくっついて座っていた。


 冬花は目の前のテーブルに置いてあった高いシャンパンに手を伸ばし、栓を抜くと用意してあったワイングラスに並々と注ぎ上機嫌でそれを飲み干した。


「薫。貴方の結婚相手が決まったわ。近々婚約パーティーを開くからそれまで屋敷で大人しくしていることね」


「……お言葉ですが冬花様、私はどこにも嫁ぐ気はございませーー」


「貴方の意見は聞いていないわ。いつまでも過去に囚われていないで前に進みなさい。それが貴方のお父さんのためにもなるのよ」


「……ッ! どういうことですか?」

 

 何故自分が婚約することが父のためになるのか薫は全く理解できなかった。現在薫の父は原因不明の病にかかり、ほぼ寝たきり状態だ。回復の見込みは薄いらしく、病院に長期入院させるのは可哀想だと冬花が渋り氷河家の屋敷に医者が通ってもらう形で自宅療養をしている。


 しかし、湯水の如く冬花がお金を使うためこの頃は医療費の支払いが滞ることがあった。なので定期検診をお願いしている医師がツケを渋り始め、訪問を断る様になっていたので見かねた執事が薫に相談し、冬花とは別ルートで他の医者に定期検診をお願いしようと計画を立てているところだった。勿論、その支払いは薫の給金から出すつもりでそのお金は冬花を通すことなく、幼い頃から信頼している父のお世話係の執事に任せるつもりだった。


「貴方勝手にあの執事にお金を渡して別の医者を送りつけようとしていたわよね? まずは母であり、当主である私に話を通すのが筋ではなくて? だからあの執事は私にとって信用ならないので解雇したわ」


 冬花はお酒が適度に体に入り、気分が最高潮にハイになってきたのか少し早口気味に捲し立てるように、そして無駄に興奮気味に声を荒げた。


「私は私が認めた人間以外、屋敷に立ち入らせるつもりはないわ。それは例え医者でも同じことよ」


「それならきちんとお父様の治療のためにお金をーー」


 反論する薫の言葉を遮り、威嚇するようにワイングラスをテーブルに叩きつけ置くと中の液体が車内に飛び散った。むせ返るような強いアルコールの匂いに鼻がつんと痛くなり、思わず鼻を押さえた。


「黙りなさい。大和さんの治療費はこれからもずっと莫大なお金がかかる。でも稼ぎ頭がこの家にいない以上お金は減っていくばかりだわ。……でも薫、貴方が嫁げば大和さんの治療費は今後相手側が全額援助してくれるそうよ」


 それにね、と冬花は言葉を続け、自身の隣に置いてあった箱を手に取り徐に開いてみせた。そこには様々な宝石がついたアクセサリーが隙間なくびっちりと詰まっていた。ダイヤモンドの指輪、ルビーのネックレス、サファイアのブローチ、エメラルドのイヤリング、他にも金銀プラチナ、どれもこれも冬花のお気に入りのコレクションだ。我が家の大切な財産がこの女に食い尽くされた原因はこの宝石を見れば一目瞭然だった。冬花は愛おしそうに自身の指に一番大きなダイヤモンドがついた指輪をはめて、うっとり恍惚していた。


「もう既に婚約の支度金を頂いてるの。貴方に拒否権はないわ」


「ッ! 勝手にそのお金も使ったんですか?」


「あら、氷河家のお金は私のお金よ。どう使おうが自由でしょう?」


 少しも悪びれた様子がない目の前のこの悪女を見て、どこまで傲慢で浅はかなのだろうと蔑んだ。一体何故父はこのような女を家に招いたのだろうか? 何もかもに腹がたった。私は死ぬまでこの女のご機嫌を取って、駒として生きていかなければいけないのだろうか? そんな人生に絶望を感じた。


 もう口答えするのも疲れ、ひたすら黙り込んでいるとあっという間に氷河家に戻ってきてしまった。冬花が当主でいる限りもう二度とこの屋敷に足を踏み入れたくないとまで思っていたのに、最も簡単に連れ戻されてしまった


「薫を奥の部屋へ軟禁して。食事は普通に与えていいわ。この反抗的な態度じゃ引き渡すのは早めがいいわね。二日後にパーティーを開く準備をして頂戴」


 一通り男達に指示を出した後、華は私についてらっしゃいとママに声を掛けられたのでお姉ちゃんを見送った後、大人しくついて行った。部屋に入るなり、ママはとても機嫌が良さそうに鼻歌を交えながらふわふわのソファへ腰を下ろした。そして自身の隣をトントンと手で叩き、座れと指示をしてきた。華はおとなしく隣に腰を下ろすと冬花は愛おしそうに我が娘の頭をゆっくりと撫で始めた。


「華。勿論貴方も早くお嫁に行くのよ。薫が嫁ぐのは所詮二流の家柄。貴方には一流の家に嫁いで貰うわ」


「……でもママ、李音様は華の事を全然これっぽっちも好きじゃないみたい」


 それは華も同じ気持ちだった。今までどうにか誤魔化してずっと李音様に抱いている感情を恋心だと騙し騙し生きてきたが今ならハッキリとわかる。華が本気で好きになったのは嵐お兄ちゃんただ一人だ。勿論、李音様のことも好きだ。でもそれはきっと恋愛対象としての意味じゃない。


「あぁ、可哀想な私の華。大丈夫。私が何とかしてあげる」


 ぎゅっと強く抱きしめられ、お互いの顔が近づくとママからアルコールの匂いがぷんぷん漂ってきた。この匂いは嫌い。ママはお酒が好きで毎日浴びるように飲む。最初は上機嫌で優しいんだけど段々酔ってくると暴れたりすることもあるのだ。今はまだ適量だからか随分機嫌が良さそうだった。


「これを李音さんに飲ませてみて」


 そう言って差し出してきたのは無色透明の液体が入った小瓶だった。栓を抜いて鼻を近づけて匂いを嗅いでみるとツンと鼻を指す、薔薇のような強い匂いで刺激された。


「これは?」


「これはね、Edenと呼ばれる惚れ薬よ。ママは昔からこの薬の研究をしててね、最近ようやく完成したの」


 冬花は怪しく微笑みながら、部屋に常駐してあるワインの栓を抜いた。こんな真っ昼間だというのにまだ飲むつもりみたいだ。早いところ話を切り上げて部屋に戻らないと。このまま絡まれ続けるのは少し面倒だなと思った。


「ママが作ったの?」


「正しくはママが支援している研究者がね。効果は保証するわ。だってこの薬を使ってママは今の座を射止めたのだから」


 その言葉に華は目を丸くして驚いた。まさか、それって……つまりーー


「この薬を大和さんに飲ませて……後はワンナイトでも子供さえ出来ればこっちのものよ」


 いつもだったら身内にも警戒心が強くこんなに不必要にベラベラ喋ったりしないのに。今日こうして口を滑らせてくれたのは幸なのか不幸なのか……。華はよくわからない感情で心がいっぱいになった。


「まぁ試作の段階で試したから少し副作用が出たみたいなんだけど、おかげで私が当主になれたし結果オーライって奴ね」


 笑上戸が始まったのか壊れたラジカセみたいにママは一人で転げ回るように笑い続けていた。大分悪酔いしてきたみたいだ。華は小瓶を握りしめ、無理やり笑顔を作った。


「ありがと、ママ。これで李音様は華のものね」


「飲み物でも食べ物でも何でもいいわ。それを絶対に口にさせるのよ」


「うん。怪しまれないよう上手くやるね。華、疲れちゃったからちょっと休んでくる」


 くるりと背を向けて、ママの部屋を後にした。そして自分の部屋に戻り、綺麗に整えられていたベッドへ思いっきり飛び込んだ。すると跳ね返りの振動が体に伝わってきてその余韻に浸っていると自然と深いため息がこぼれ出た。やがてベッドの揺れが治ると先ほど無理やりポケットに捩り込んだ小瓶を取り出し、空にかざしてみた。


「……ちょっと前の華だったら喜んで使っただろうなぁ」


 でも今はちっとも興味が湧かなかった。仮にこの薬を使って李音様が華の虜になったとしても全然嬉しくない。だってそんなのただ虚しいだけじゃないだろうか? 現にママは満たされていたのだろうか? いや、きっと違う。満たされていたらあんなにお金やお酒に溺れないだろう。きっと本当の意味では正妻だったお姉ちゃんのお母さんに勝てなかったんだろうな。


 そして次にパパのことをゆっくり思い出してみた。記憶の中にいるパパは華がどんな我儘を言っても笑って許してくれる優しい存在だった。でも今ならわかる。パパは私に沢山優しくしてくれたけど、それはただ自分が犯してしまった過ちの罪悪感からくる優しさだったのだろう。通りでどんな我儘を言っても許されていたわけだ……。華が愛されてるから許されていたんじゃない。パパは自分が許されたいから許していただけなんだと悟った。


「なんかもう、疲れた」


 二日後に開かれるという姉のパーティー。きっと李音様や凪様、そしてあの女も出席せざるを得ないだろう。そしてその時にこの薬を盛れという意味なのも理解した。でももうママの言いなりになるのも、自分の心を偽るのも全部、全部疲れてしまった。


(華はどうすればいいんだろう?)


 いつも行動する時は自分自身の意志でちゃんと動いていると思っていた。でも思い返せば頭の中にいるママが喜ぶような行動を選ぶように衝動的に突き動かされてる気がしてこのままではただの都合のいい操り人形だということにようやく自分で気づき、初めてその声に、ママに逆らいたいと思った。


 華はスマホを取り出し、李音へメッセージを送ることにした。内容は二日後に薫の婚約パーティーが開かれるということ。そしてーー

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貴方にとって、特別な物語になれますように。

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