11 懺悔
「こちらが揚羽さんの自室になります。あちらの制服に着替え次第、李音様の元へご案内いたします」
ふと丁寧に整えられた室内を見渡すと、薫さんが着ているメイド服と同じデザインのものがハンガーにかけられ、用意されていた。白と黒を基調とした洋風のデザイン、背中には大きなリボンがついていてスカートはふんわり丸く大変可愛らしいデザインだ。
しかし、それは容姿端麗の薫さんだから着ていても許されるデザインな訳で……私なんかが着たら大変見苦しいものをお見せすることになるのでは……? 背中に冷や汗が流れる。
「あの、もっと地味な制服はないのでしょうか……?」
恐る恐る聞いて見たものの、新参者が自分の意見を言うなんて厚かましかっただろうか? 思っていたとしても黙って従うべきだっただろうか? しかしこのデザインだとあまりに可愛すぎて自分が着こなせる自信がないのも事実だ。ぐるぐると自己嫌悪に陥っていると薫はキョトンと目を丸くして嘘偽りない笑顔で
「あら、きっとお似合いだと思いますよ」
と微笑んだ。
「お着替え、お手伝いしましょうか?」
「え! だ、大丈夫です、じじじ、自分で出来ますので!!」
慌てて後退りをするが薫は有無を言わせないといった笑顔を表情に貼り付けたまま、ジリジリと近づいてくる。揚羽は借りてきた猫のように縮こまり……やがて観念した。
いそいそと着ている服を脱ぎ、そのまま酷く痩せ細った腕や足をあまり見られないように着慣れない制服を頭からスッポリと被ると新品の衣服の独特な匂いがほのかに鼻をくすぐった。後ろのリボンがうまく結べずに困っていると薫はそっと手伝ってくれた。キュッと気合いを入れるようにきつく結んでもらうと改めて鏡に映る自分の姿を目の当たりにした。
同い年の女の子より一回り痩せた腕と足。なぜか痩せ細っていても胸だけは人並みに膨らんだのが唯一の救いで、後はシャンと伸びない猫背と夜の帳に沈む漆黒の鴉のようなみっともない黒い髪。
反対に隣に映る薫を見ると、スラリとした長い手足、絹のような白い肌、豊満なバストとくびれ、ゆるく美しく巻いた髪に……あ、だめだ……なんか悲しくなってきた……。
人と比べれば比べるほど、自分はなんて惨めなんだと思い知らされる気がした。そういえば拓也の結婚相手の……綾乃さんだっけ……? あの人も綺麗な人だったなぁ……。思い出したくないことなのに、どうしても思い出してしまう……。うりゅっと涙が目尻に溜まる前に唇をギュッと噛み締めて痛みで涙とさよならをした。
「それでは李音様のお部屋にご案内いたしますね」
着替えが無事終わり、また屋敷の中を案内される。広い屋敷なのに他に人の気配はなく、ここで働いているメイドは薫だけなのかと問いかけると薫は「はい。ここには現在、李音様と私だけです」と答えた。
そしてついに、我が主人、李音様の自室の前へと到着した。薫は案内が終わるとまだ他の仕事が残っているのでと言って立ち去った。
私はしばし、部屋の前で深呼吸を繰り返し、心をなんとか落ち着かせようと試みるが全然落ち着かない。
しかし、ここで立ち尽くしていても何も始まらない。意を決して扉をノックすると間も無くして「入れ」と中から声が聞こえた。ギィと少し重たい扉を開け、中へと進む。するとそこにはソファにふんぞり返って座っている李音の姿があった。
「遅い」
ピシャリと叱りつける声。私は怖くて小さく「ひっ」と悲鳴をあげるとすぐに謝った。
「も、申し訳ありません……」
お辞儀をする度に長い髪がバサバサと振り乱れて自分でも鬱陶しいなと思った。
「で、どうなった」
李音は面白くなさそうに頬杖をつきながら問いかける。
「え……? どうなった、と、申しますと?」
言葉の意味が理解できなくて、オウム返しで質問を返してしまい、彼はますます不機嫌そうに眉をしかめた。
「金を用意できて、彼氏と上手くいったのか?」
それはただの確認だったに過ぎない。当然だ。手を貸した彼にはそれを聞き、結果を知る権利がある。そんなの頭の中でわかっていた、わかっていたけど……もう二度と思い出したくもない忌まわしい記憶となった拓也との思い出が全部脳内にフラッシュバックしてきて、また心臓が痛くなった。
「……申し訳ありません、彼とは、別れました」
「別れた?」
今度は李音が揚羽の言葉をオウム返しで聞いてきた。グッと力を込めて唇を噛み締める。今日だけで痛めつけた唇はすでに薄皮が破れ、ほのかに血の味がしていた
「彼は……他の方と結婚するそうです……。お金は私が至らないばかりに持ち逃げされてしまいました……。せっかくのご厚意を無駄にしてしまい大変申し訳ございませんでした……」
深く深く頭を下げる、とてもじゃないけれど罪悪感に押しつぶされそうで彼の顔をまともにみることができなかった。
しばしの沈黙。
やはり怒っているのだろうか……? 彼が何か言葉を発するまで顔を上げずに待っていると、やがてゆっくりと口を開いた。
「……泣いているのか?」
その声は初めて聞く声色で心の底から心配をしているかのような、それは優しい声だった。
「……え?」
言われて顔を上げ自分の頬に手を当ててみる。確かに大粒の涙が溢れて止まらなかった。それはボトボトと音を立てて床に落ちていく。このままでは李音様の部屋を汚してしまうと思った私は慌てて自分の服の袖で涙を拭った。しかし拭っても拭っても涙が止まることはなかった。
「も、申し訳ございません……ッ! 申し訳ございません……ッ! 申し訳ございません……ッ!」
自分自身でコントロール出来ない焦りとただひたすらに抱いた罪悪感から、ただひたすら懺悔を乞う以外、どうすればいいのかわからなかった……。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
貴方にとって、特別な物語になれますように。
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