ツンデレ令嬢と騎士系女子
「モードフィールド公爵令嬢、ステファニー・エメス・モードフィールド。貴様との婚約はこの場で破棄させてもらう!」
アリステリア国の第三王子、ジュリアス殿下が高らかに宣言する。
場所は、王城の大広間。年に一度開かれる、国王主催の夜会である。
「私の、悪行……」
「身に覚えがないとは言わせぬぞ!」
ステファニー・エメス・モードフィールド。
貴族であり、ジュリアスの婚約者であり、多くの令嬢の憧れである。
容姿端麗、才色兼備、頭脳明晰、才気煥発。彼女を称える言葉は枚挙にいとまがなく、まさしく公爵令嬢に相応しい人物である。
しかし、たった一つだけ欠点があった。あるいは貴族として当然であるとも言えるが、此度の話はそれについての事で間違いはない。
「貴様の傲慢さ、およそ看過ならん。今宵、その悪事を白日の元に晒す」
悪事。
ジュリアスの表情を見れば、これが冗談などではない事は明白である。疑う余地なく、ジュリアスはステファニーを断じようとしているのだ。
貴族であり、婚約者であり、いずれ妻となるはずの女性を。
「で、殿下……」
「言い逃れを聞く気はない!」
そう言われたきり、ステファニーは言葉を発するのを辞めてしまう。言葉にする事に、意味などないと覚悟をしたのだ。
悪行、悪事。
ステファニーは反論する事ができない。なにせ、身に覚えがあるのだから。
「社交会での度重なる傲慢な言動。地位の劣る者や平民への暴言。貴様の悪辣さは枚挙にいとまがない。この私の耳に入らないとでも思ったか!」
ステファニー公爵令嬢唯一の欠点。それは、その性格にあった。
他者への暴言など序の口で、気を害されれば取り巻きをけしかけて嫌がらせ行為にまで及ぶ。ステファニー公爵令嬢の名を知らない者はこの国に存在しないが、その理由はもっぱらそんな言動によるものだった。
高飛車という言葉は彼女のためにこそあるとすら言われる有様である。
ただ、それはこれまで問題として取り沙汰される事はなかった。貴族ならば、自らより下の立場(多くの場合は平民)を見下す者は少なくないし、何よりも実際に身体的な暴行に発展した事はないからだ。
なので、多くの貴族は問題として考えていなかった。気が強くはあれど、それは貴族としての誇りの現れなのだと。
ならば、何故王子はそれを問題としているのか。そんな疑問は、誰が問いかけるまでもなく判明する。
「ステファニー、貴様はオリーフィア・ランフランクを知っているな?」
「オリーフィアさん……ランフランク騎士爵の御令嬢ですわ」
オリーフィア。
騎士爵、つまりは準貴族という立場ながら、いずれは貴族の末端に名を連ねるだろうといわれるレナード・ランフランクの長子。そして、ジュリアス王子殿下の密かな想い人ではないかと噂される人物である。
「彼女に対する多くの嫌がらせ行為、それは貴族としての振る舞いを大きく逸脱するものだ! 民を導かなくてはならない立場にあって、よもや犯罪紛いの行為にまで及ぶとはな!」
オリーフィアへの行為。それが本音だ。
貴族としては多少気が強いという程度に認識されていたステファニーだが、相手が王子の想い人となれば話は別だ。目をつけられるのも仕方のない事である。
この場に、色恋にうつつを抜かした愚王子などと糾弾する者は一人もいない。あるのは、愚かにも弁える事を知らない令嬢のみだ。そして、ステファニーも反論する事はない。反論の余地はないのだと理解していたからだ。
ならば、この場に口を挟む者などいない。
たった一人を除いて。
「殿下! これは何の騒ぎだ!」
「お、オリーフィア!!」
恐れ多くもジュリアス王子殿下の話を遮り、声を荒げる者がいた。
話の渦中。オリーフィア・ランフランクである。
彼女はこの夜会に遅れて現れたらしく、状況を正しく理解していない。周りの様子を確認すると、その中心と思われるジュリアスに事態の仔細を問いかけたのだ。
「何故ステファニー様が俯いていらっしゃる?」
「聞くのだオリーフィア! 今、君へ嫌がらせをしていた女を罰していた!」
「はぁ?」
ジュリアスの宣言。それは、短くともこの状況をハッキリと表していた。現にステファニーは糾弾され、今まさに沙汰が言い渡されようとしていた。
だが、様子がおかしい。
話の行方を見守っていた多くの貴族たちが、同じ事を思った。しかし、ジュリアスは気が付いていないようである。
オリーフィアの眉間に寄った皺を、頭の上に浮かぶ疑問符を、ジュリアスは認識できていない。
「き、君が彼女から嫌がらせ行為を受けていたという調べはついている!」
「何の話だ! 私とステファニー様は親友だ!」
「な、何ぃ!?」
会場がざわつく。王子の話と、あまりにも食い違っているからだ。
そして、最も驚いたのはジュリアスである。彼が手にした情報は、人伝ての又聞きなどではない。配下を使い、ありのまま起こった事のみを見知った結果である。
噂話のように主観や感情の入り混じるものならいざ知らず、その確度は信頼できると確信していた。
だが……
「暴言を吐かれていたと聞いているぞ! それも日常的にだ!」
「ステファニー様は恥ずかしがり屋でいらっしゃる。照れ隠しに強い口調を使ってしまうなんてしょっちゅうだ」
「取り巻きをけしかけられたというのは……!?」
「ステファニー様と仲の良い私に嫉妬した令嬢がいた事は確かだが、けしかけられた事などない!」
「暴力を振るわれたと……」
「あれは……私の悪ふざけが原因だ。『私が男児であれば、ステファニー様のような方を嫁に迎えたい』と言ったらぶたれてしまった。顔を真っ赤にされて大変愛らしかったぞ」
「やめてオリーフィアさん……っ」
ステファニー・エメス・モードフィールド。
勘違いされやすい性格ではあるが、親しい友人は皆、彼女が噂されるような人物ではないと知っている。
その言動のほとんどは照れ隠しのためであり、後になってから「言い過ぎた」と言って落ち込むのだ。
「ほら見ろ! こんなに顔を真っ赤にさせて照れていらっしゃるステファニー様が私に嫌がらせなどできるわけないだろう!」
「や、やめなさい! 今すぐ!」
「しかも非力だ! こんな可憐な拳で何度打たれたとて痛くも痒くもない! これが暴力でなどあるものか!」
「それ以上言うなら絶交よ!」
「す、すまないステファニー様……」
二人の様子を見れば、ジュリアスの一人相撲であった事は明らかである。貴族たちの視線は、先ほどまで声を荒げていた王子殿下へと注がれた。
恋にうつつを抜かした愚王子などという声は聞こえてこない。しかし、その視線は言葉以上にものを語るのだった。
その夜会は、結局そのままお開きとなった。後日、ジュリアスからステファニーへ正式な謝罪が行われる事によって、二人の関係は修復される事となる。
◆
それから数年して、ジュリアスとステファニーは婚姻を結ぶ。ただ、生涯子宝には恵まれなかった。
ジュリアスは後にこう語る。
「花の間を割る草など目に障る。花なぞ、それだけを並べて花壇にしてしまう事が最も美しいに決まっているのだから」