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銃後のサタン・クロース  作者: 青島カイン
2/2

1st mission チョコレートは血の味がする

昨日の天気はどうだつた?

正解は「砲撃」だ。

王国軍は2日か3日ごとに砲撃を仕掛け、公国軍陣地を破壊する。

とはいえ数十人の死傷者を出し塹壕が埋まる程度だ。

しかし昨日はやけに執拗に砲撃を繰り返し、実に14時間も続いた。

そのため最前線の奴らはかなり疲弊しているだろう。

14時間もの砲撃は4ヶ月振りだし今攻勢を受けると被害地域は突破される。

そんなネガティブな想像をしながら特別支給のチョコレートとタバコが入った背嚢を背負う。

更に水筒、拳銃、銃剣、追加の肩掛けの鞄も装備していく。

仕上げに赤いスカーフと同じく赤い腕章。

さあ、仕事の時間だ。


武器弾薬、食料など通常の補給物資は専用の通路で馬車で行う。

ではなぜ「特別支給物資」があるかといえば甘味やタバコのような嗜好品は独占が起こりやすく部隊内でのトラブルになりやすいためだ。

しかも特定の人間が配るとその人間が訪れただけで条件反射で士気が上がるのだ。

そして一人ずつ接するので部隊でのトラブルがあったときに申し出やすい。

更には戦死者の個人特定が迅速であり、内地の家族への連絡がスムーズになる。

戦傷からは歓迎され、戦死者の遺族からは恨まれる。そんな仕事だ。


荷物も心境も重たいが救える命があるなら行ってやろうじゃないか。

そうして指揮壕から第三塹壕を走り抜ける。

後方基地的な場所なので塹壕内は人も少なく、排水用の溝まで作られているためまだ通りやすい。

だが10分ほど走って第2塹壕との中間地帯に出ると塹壕内は狭く、水も溜まっているのでたちまち走ることはできなくなった。

こんな悪路をあと40分も歩けば第一塹壕線に出られる。

そしてこの間に救援要請の信号弾も上がってこなかった。

つまりは幸運にもなんの邪魔も入らずに塹壕指揮所まで到達できた。王国軍の攻勢もまだ始まってないらしい。

補給物資を配る前に歯切りよく声を上げる。


「特別補給要員、入ります」


戦場の指揮所では簡潔さが求められる。

ゴタゴタと上官を立てるとか体裁だとかに気を配るのは中央司令部だけで十分だ。

すぐに入れ、と疲労の溜まった声が帰ってきた。

壕の暖簾を通り抜けると土だらけの階級章を付けた若い士官が粗末な作業台から首だけを持ち上げて出迎えた。

好青年を絵に描いたような奴だ。


「よく来てくれた。すでに命令は受け取っているから行き給え。…毎度のことだがよろしく頼む。」


士官は申し訳そうに頭を下げた。

軍服も泥だらけで疲れた顔をしていたが部下思いの上官なのだろうと本能的に感じた。

だが俺は知っている「こういう奴が戦場では一番に死ぬ」。

記憶に残らないように任務ですから、と壕を出ようとした。

すると頭を下げていた士官は一転して少年のような満面の笑みを浮かべて言った。


「補給を受ける前線の兵士とやらに現場指揮官は含まれないのかい?」


「…」


前言撤回。好青年ではなくガキ大将だったか。

だが部下のことを思いやりつつ自分の分はしっかり確保する。

コイツみたいのはしっかり生きて帰ってくる。

すぐに人形になるような甘ちゃんはゴメンだがコイツは違ったようだな。

そう思いながら背嚢の取り出し口に手を伸ばしてチョコレートの入った平たい缶を投げつけてやった。


「もちろん含まれます、生きて帰ってもらわねば困りますので。」


難なく缶を受け取ったソイツは玩具でも買ってもらったかのように笑っていた。

そうして壕を出て塹壕の中で銃の点検や見張りをする兵士たちにチョコレートの感じたとタバコを手渡していく。

タバコを渡す相手は左胸のポケットをみて決めている。

彼らは湿気ったりぶちまけることがないようにブリキのタバコ入れを使っている。

その形に膨らんでいる奴に手渡すというわけだ。

いつ攻勢か始まるかもわからないため時間との勝負だ。

もちろん簡単な励ましの言葉も忘れない。

「よく耐えた」「もうひと踏ん張りだ」「奴らに後悔させてやろう」

この手の言葉は薄っぺらく感じるかもしれないが極限状態の彼らにはよく効く。

そう思われているというのが心の支えになっているのだ。

何よりこんな一言で生への渇望を取り戻す兵士もいる。

と考えている間に周辺で待機する兵士のほぼ全員に配り終えたようだ。

話を聞いている限りでは今回の砲撃は塹壕の緩衝地帯にほとんどが着弾していたらしく俺の担当域に戦死者はいないとのこと。

ならば今回の任務は終わりだ。

前線指揮所に報告をして後方へ戻ろう。

そう思って指揮所へ歩きだそうとしたとき、中間地帯から聞き慣れない音が聞こえてきた。

斜面を岩が転がり落ちるような、雷が雲の中で燻っているような低い音。

当然この戦域に山はない。

だだっ広い平原だし天気も曇ってはいるが雷雨の兆候はない。

その正体はすぐにわかった。

見張り要員が敵襲の打金をしきりに叩いている。

同時に何か叫んでいるようだがよく聞こえない。

すぐ横で必死に機関銃の弾を装填している青年に何を言っていたのか尋ねた。


「アンタ耳でも詰まってやがるのか!?騎兵隊が来るんだよ!!」


…意味がわからない。

剣や槍で戦うような騎士の時代は終わったというのに騎兵が何の役に立つというのか。

公国軍では前線突破のために動く鉄の箱があるというのに。

だが俺の考えに反して機関銃の青年は必死だ。

しばらく中間地帯に目を凝らしていると青年の言葉の意味がようやくわかった。

紛れもなく馬だ。

だが騎士の時代の騎馬兵とは似ても似つかない。

王国軍は農耕馬に鉄の鎧を着せ、数人の歩兵を乗せた鉄のソリを引かせていた。

速度は人間が走るより遅いが見えているだけでも40騎はいる。

しかも砲撃の後ということもありベルト給弾の重機関銃が破壊されていたり土を被っていたりして使えないと聞いている。

青年が持っているのは30発の保弾板で給弾する軽機関銃。

それ以外の銃は手動装填かつ単発の制式ライフルと回転式の拳銃のみ。

陣地砲撃用の加農砲は動く馬には当たらない上に爆風で味方を殺しかねない。

そんな考えている間にも敵騎兵隊は存在感を増していく。

友軍も早いところでは軽機関銃による制圧射撃とライフルの射撃が始まった。

装甲車用の大型ライフルを取りに走っている奴もいた。

だが、直に敵軍は塹壕に到達し、ソリから手榴弾を投げ始めた。

そこから先は酷い有様だった。

手榴弾で吹き飛んだところから敵の歩兵が入り込み、取り回しの良いナイフや拳銃で制圧されていった。

公国側は多くが長いライフルにナイフを取り付けた銃剣で応戦するも狭い塹壕内ではまともに戦うことは出来なかった。挙げ句には金槌やスコップで応戦する羽目になった。

最終的には砲兵隊の加農砲で塹壕ごと砲撃して戦闘は終結した。

この間たったの三時間の出来事だった。

俺は自衛以上の戦闘は出来ない非戦闘要員なので退避壕に入れられ事なきを得た。

だが壕から出ると励ましの言葉に笑顔を浮かべていた青年の首だけが落ちていたりスコップに握ったままの腕なんかがそこら中に転がっていた。

泥濘の色も赤黒く変わり果て、封の開けられたチョコレートの缶も元の形が分からないほどに変形して散乱していた。

ふと、戦闘が終結した気の緩みからか背嚢に残ったチョコレートを口に運んだ。

今回のは特に牛乳と砂糖が多めのチョコレートだったはずだが、今ばかりは


甘みは一切感じられなかった

必ず帰れるなどと無責任な事を言っていた自分への嫌悪と喪失感だけが鉄と肉が焼ける匂いを通して染み渡っていた

今回もここまで目を通していただきありがとうございます。

前回のpre-missionの投稿から約二週間です。

色々調べつつ世界観とか主人公のイメージを固めつつ書き進めているのですが自分自身が感情に乏しいからなのか自分ならこう動く、というものがなかなか出て来ず意外に筆が進まないという日々でした。

しかしまあ好きなように書いてみようと思うので生暖かく読み進めてもらえると嬉しい限りです。

では次回にお会いしましょう。

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