第7話 『愛』と『覚悟』
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――聖国のとある沼地
勇者4人が乗っていた馬車に咲いた一輪の欲の花。
その花から放たれたデザイアの邪気とウロボロスによる探知からの極時空間魔導の合わせ技によって、騎士団や冒険者たちはバラバラに各地へと跳ばされた。
聖国にあるとある沼地に跳ばされた聖国騎士団30名は正面にある、それなりに深そうな沼の上で煙管を吹かせている巨大な蛙に向かって武器を構えていた。
「おぉ……儂の相手は騎士様……煌びやかな装飾じゃのぉ～、街で売れば儲かりそうなもんじゃ」
「敵は知能のある魔物だ！ 魔法が使える者は準備をせよッ！」
「姿は明かさんつもりのようじゃな……仙法『沼之手地堕』」
聖国騎士団に敵対するのは『強欲』の大罪を司りし大蝦蟇である自来也、授かりし真名を五右衛門。
水辺に相性が元から良い、そして仙法という環境を大いに利用するスキルを使いこなす五右衛門にこの沼地は相性抜群なのだ。
もちろんソウイチから聖国騎士団が『七元徳』の魔物である可能性が高く、天使系統の魔物に変貌するかもしれないという話を聞いているので、五右衛門はそれなりに警戒しており、『隊長』の内側に潜む天使の気配もしっかりと感じ取っている。
――グジュグジュッ
「あ、足がッ！？ クソ動けん！」
「剣でも斬れない？ ど、泥だ！ クソッ！？」
五右衛門が使用した仙法『沼之手地堕』は、地面から泥の手を大量に発生させ、下へ下へと掴んだ対象を引きずり込む技である。
騎士団員たちは地面から突如出現した大量の泥手に足をとられてしまい、動きを封じられ、どんどん地面へと引きずり込まれていく。
五右衛門は唯一逃れた隊長の男2人を見ながら、煽るように声をかける。
「天使様の力の使いどころじゃぞ？ 隠しても無駄じゃ……ウチの主をお主らは阿呆と思っとるかもしれんが、さすがに我らが主を舐めすぎじゃ」
「蛙如きがッ！ 『悪を裁く翼を我に』！！」
――ゴウッッ！！
隊長の男たちから溢れた、白銀に輝く魔力が周囲を照らす。
6枚の白翼、身に纏っていた鎧も輝きを増し、一人は光り輝く剣を、もう一人は赤く光る槍を構え、宙に浮いていた。
彼らは『七元徳』が誇る天使型魔物である『主天使』である。
人間と同じような外見をしており、普段は自慢の白翼を隠し、種族を人間として活動している。
味方天使族のステータスを爆増させる力を持っており、指揮能力とサポート能力に秀でているが、ステータスも同じSSランクの魔物たちの中でも全体的に秀でている優秀な魔物である。
『主天使』の号令で五右衛門の技にかかっていた騎士団員たちが天使の姿へと変貌していく。
一般団員たちは自分が天使であることを知らない。
上位3階級の天使が号令を出した時のみ、いつの間にか天使化するように改造されてしまった身体が無意識に変化し、完全な天使型魔物へと姿を変えてしまう。
元の人間へと戻る時には天使だったときの記憶はまったく残らないという点が聖国でも騒がれない1つの要素である。
「貴様がEXと言えど……我らが力で全ての天使はSSランクの力へと昇華するのだ！ 1人で我らに挑んだのが間違いであったな！」
「下賤な蛙如きが……その口を永遠に閉ざしてやろう！ いけ！『力天使』たちよ！」
一般団員たちが変化したのは『力天使』というステータスと武技に秀でた天使である。
とにかく自己強化能力に秀でており、ステータスを上昇させてとにかく数で攻める恐ろしい天使だ。
SSランクと同レベルのステータスまで『主天使』の力で引き上げられ、物凄い速さで五右衛門へと武器を構えて飛んでいく力天使たち。
そんな状況化の中、五右衛門は楽しそうに煙管を吹かせていた。
「儂を前にして、そこまでバフを掛け合うとは……まさしく笑止って奴じゃな」
勢いよく飛びかかっていこうとしていた力天使の勢いが急激に失われる。
力天使と主天使たちは自身にかかっている全てのバフが消えているのを感じた。
そして、自分たちのバフが消えた以上に感じるのは、いきなりとんでもない魔力と闘気を放つようになった沼地中央に悠然と佇む五右衛門であった。
誰かが強くなればなるほど効果を発揮する『強欲』の力でもある、五右衛門のアビリティ『儂之物ハ儂之物、御主之物モ儂之物』が全てのバフを奪い尽くし、『黄金こそ唯一の賛美』で追加で自身にバフをかけるというコンボ能力。
「ほれ……敵は1人じゃぞ？ 気張ってみせんか？」
――ドンッ！
腰に携えた刀を抜いて五右衛門は勢いよく跳びはねる。
刀に『強欲』の魔力を纏わせて、宙で一振り、薙ぐようにして空を斬る。
――ヒュンッ！
「五右衛門流『空撫瞬ノ一筆書』……なんてどうじゃ？」
――ドシャツドシャドシャドシャッ！
五右衛門の着地とともに、自慢の白翼で飛んでいた天使たちが地面へと『堕ち』ていく。
『智慧の本源を断つ刃』の空斬り。天使たちから『飛』んでいるという文字を斬り奪う。自慢の白翼で飛ぶという行為を失った天使たちは、完全に沼地へと沈んでいってしまう。
「裁きの光槍ッ！」
「審議の光矢ッ！」
地に堕ちて尚、主天使たちは、さすがに空を飛べなくなったくらいでは怯まないと言わんとばかりにスキルを放つ。
その眼には、まだまだ自分たちの強さに対する大きな自信を宿らせており、自分たちはSSランクでも特別と言われてきたプライドの炎が燃え滾っていた。
放たれた攻撃を避けながら、五右衛門はそんな主天使たちを見て、少しだけ悲しさを感じてしまった。
「お主らのような存在が使い捨てとは……世知辛いもんじゃな」
――ドンッ！
突如沼地の底から浮かび上がり、2体の主天使を中に封じ込めるのは『地獄の大釜』。
沼地の一部が炎上をはじめ、大釜内にいる主天使たちは灼熱と化していく熱湯の中で藻掻き苦しむ。
「我らはッ！ 我らは栄光なる主天使なりィ！ き、貴様のような下賤な蛙如きに！」
「貴様には天罰が下るであろうッ！ 我らを倒しても多くの天使たちが貴様らの命を刈り取る！」
「それは困ったのぉ……儂らは主のために……誰一人として負けられんのじゃよ。誰一人として欠けることは許されんからの」
主天使の最期の吠えに五右衛門はポツリと呟く。
数分の戦いの中で、五右衛門は主天使たちの歩んできた道をなんとなく見た気がした。
だからといって五右衛門が逃がしてやろうなどとは思う訳がないのだが、完全に勇者とともに偵察であり使い捨てという役割で命を懸けさせられている境遇を見て、五右衛門は独り言を続ける。
「儂らの主は頭が悪くてのぉ……考えとる割に突発的じゃし、結局行き当たりばったりになりがちだったりと危うい王じゃが……儂らに対する想いはだけは凄いもんじゃよ。どんな魔物でも身内ならば全力の愛を籠めてくれるんじゃよ」
五右衛門たち『罪の牢獄』の魔物たちが、ソウイチのおかしいとも思えるような行動の数々に全力で付き従う理由。
自分という存在を生み出してくれたという恩以上に、常日頃から何気なく、ソウイチから注がれている全力の愛へ報いるために他ならないのだ。
スケルトンだろうがスライムだろうが、どんな魔物でも大事に向き合う姿勢。できることなら誰も死なせたくは無いという魔王とは思えないような甘い姿勢。そんな揺らぐことの無い大きな愛へ報いるために、五右衛門たちはソウイチが理想を叶えるために全力で進むのだ。
「これを語るのも自己満足じゃな……お主らの次の主が、きっとお主らにとって良い主であることを願っておくとしよう」
地獄の大釜による灼熱地獄によって光の粒となって消えていく2体の主天使たちにむけて言葉を投げかける。
楽な戦いに見えたが、戦場はもちろん、戦術も含めて五右衛門なりに完勝できるように自身で考えた結果の勝利なので、一安心という感じで煙管を吹かせる五右衛門。
「ふぅ～～～……主の前じゃ恥ずかしくて言えんからのぉ、覚悟を改める良い機会になったぞ。儂が話せば天使たちも口軽く話をしてくれるもんだから色々知ることもできたので満足じゃな」
五右衛門は今後戦うことになっていくであろう『七元徳』の天使たちのことを考えながら、ウロボロスの迎えを待っていた。
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