「魔女」と「騎士」
ああ…セレンさま。貴方はいつも素敵です。
私は貴方を一目見た時から、気付いていました。
貴方は前世で私が恋に落ちた人に間違いないわ。
今は勇気が無くて、こうしてそっと貴方を見つめる事しか出来ないけれど、いつかきっと貴方にこの想いを……。
熱く切なく胸が痛くなるような想いを抱えながら、一人の少女が物陰からセレンを見つめていた。
彼女の名前はイーリィ。
とある小さな村出身の、村娘。
イーリィは幼い時に自分の前世である記憶が蘇ったのだ。
彼女の前世は、魔女。
そして、前世で恋に落ちた相手は、自分を討伐しに来た騎士だった。
そう、その騎士こそセレンの前世である。
最強と言われた魔女と、最強と言われた騎士の戦い。
それは長く激しい戦いだった。
何度も相対している内に、二人の間には特別な感情が芽生え始めていた。
相手は自分を殺そうとしている敵。だから自分もただ相手を殺す為に全力で戦う。
それなのに…。
『私はいつの間にか、彼を愛してしまった』
『私はこの魔女を愛しているのか』
戦いの中で二人が、自分の内側に芽生えていた気持ちにはっきりと気が付いた時。
魔女は、騎士の剣に貫かれた。
(これで…良かったのかもしれない。でも、叶うなら、貴方と………)
魔女は一瞬、安堵したかのような、だが寂しげな笑みを浮かべ、その場に崩折れた。
「だ、駄目だ!死なないでくれ…!私は…!!」
騎士は魔女を抱きかかえ、涙を零しながら叫んだ。
「…、………、…る」
「…え?」
「…………」
『あいしてる』
微かな声で魔女は最期の言葉を告げ、事切れた。
「来世でまた巡り会って、絶対に…二人で幸せになろう」
騎士はそう誓い、魔女を密かに、そして丁重に葬った。
生まれ変わって、同じ時代の、同じ世界でまた巡り会えた二人。
一目で恋に落ちる筈だった。
だが、生まれ変わった騎士…勇者セレンは、前世の記憶をうっすらと覚えているだけだった。
そして一目惚れしやすい変人変態だった。
一方、生まれ変わった魔女イーリィはというと、前世の記憶を全て覚えていた。
そして、本命だけに対して極端に奥手になってしまっていたのである。
セレンがイーリィの住む村を訪れた時、イーリィは胸が貫かれるような、激しい恋心を覚えた。
やっと会えた…愛しい人。
すぐにセレンの胸に飛び込みたかった。
だが、イーリィは物陰に隠れた。
心臓がバックバック高鳴って、顔は真っ赤になり、とても声をかけられるどころでは無かった。
セレンがイーリィの村に滞在している間、セレンが村に住む女性にいきなりプロポーズしていた人数は五人。
決まって「貴女が運命の人なのか…!?」とか叫んでいた。
ちっがーーーう!!
運命の人は私!ここにいますわ、セレンさま!!
イーリィは心の中で叫ぶ。
だがセレンはイーリィの存在に気が付いてすらいない(イーリィがひたすら隠れているので当たり前なのだが)。
そしてセレンとイーリィは再会する事が無いまま、セレンはイーリィの村を後にした…。
「ああ…貴方がプロポーズする女性達が憎い…。でも、貴方に声をかける事すら出来ない自分がもっと憎いぃぃー!!」
イーリィは今夜の宿の部屋で一人、テーブルをバンバンと叩いて魂の叫びを上げていた。
セレンと再会になっていない再会をしてから、イーリィは村を飛び出した。
セレンを追いかけて。
後をこっそりつけてはセレンの姿を見て溜め息をついていた。
魔女だった前世の記憶が蘇った事でイーリィは、前世のような魔法の才能も一緒に取り戻したのである。
ステルスの魔法と移動の魔法発動で、セレンの2メートル先をピッタリとキープ!
道中、魔物に襲われたりもしたが、攻撃魔法発動であっさり撃退!
更には仲間の魔物まで出来た。
セレンを追いかけ始めてから数ヶ月、そんな日々が続いているのである。
ただのストーカーじゃねえか。
ちなみに今夜の宿はセレンの宿泊している宿である。
イーリィの部屋はセレンの部屋の隣の隣の部屋だ。
恥ずかしいから本当は隣の隣の隣の隣の部屋が良かったのだが、部屋が空いてなかったのだった。