「これテンプレ乙女ゲームとか悪役令嬢転生もの小説みたいじゃん」と聖女は言った
乙女ゲーム世界ではないんだなこれが。
私の婚約者の王子の隣、黒いベールとローブをまとった女性が佇んでいる。
「紹介しよう、アレクサンドラ。彼女は女神様より力を授かった聖女だ」
「アレクサンドラ・アーレスティと申します。どうぞ、よしなに」
遂にこの時が来てしまった。彼女こそ、ヒロインに違いない。
私、アレクサンドラ・アーレスティ公爵令嬢はこの世界に生まれる前、
地球の日本、という国に住むOLだった記憶がある。
多忙な毎日での楽しみは乙女ゲームと、それを題材にしたweb小説。
だから自分が転生したこともわかったので、記憶を三歳で取り戻してからの
十三年間をその知識を活かして生きてきた。
……何というゲーム、あるいは小説なのかは、遂に判明しないままだが。
「アレクサンドラ、様。はじめまして、聖女です。……申し訳ございません、
こちらの世界で、名を名乗ることは、許されて、いないのです」
「いえ、どうぞお気になさらず。それも、女神の御心でございましょう」
聖女の召喚のことは知らされていた。王子、リソリベル・ラ・プラネシア……リベル様から。
前世での記憶を活かして、私は嫌われないように振る舞っていて、
それが功を奏したのか、仲は決して悪くはない。多分、両想い、のはず。
照れくさくってまだ確認はできていないけれど。
話が逸れた。この国には、予言がある。それは千年も昔の話、
女神より遣わされた初代の聖女が地に蔓延っていた魔を滅ぼし、
しかし女神の力不足により元の世界に帰れぬまま
長い眠りについたとき、彼女はこう残したとされている。
『いずれ天より大いなる、人ならざる人、来たり。
その時に再び私は目覚めるだろう。女神の力を授かった新たなる聖女によって』
初代の聖女を目覚めさせるために遣わされたのが、この新たなる聖女だ。
「重ね重ね申し訳、ありません。お二人のお時間をいただいて」
「どうぞお気に入りなさらないでくださいませ。世界を救っていただかねば、ならぬのですもの」
天より来るという人ならざる人を倒すためには、初代聖女の目覚めは必要不可欠。
あらゆる歴史学者がそう信じ続けていて、王族も魔道師団も騎士団もこれに同意。
天文学者はつい先日、遥か彼方からこちらへと向かう大きな光を観測した。
そうして召喚されたのが、目の前の彼女だ。
「聖女様には一晩お休みいただいた、これより、秘聖堂へと向かう」
「秘聖堂?」
私が聞き返すと、リベル様ははにかんで顔を背けた。
「その、王族と、聖女だけしか入ることを許されない、場所だ」
「まぁでは私はここで留守を?」
「ち、違う! その、貴女は、わ、私の妻になる人だから、王族、になる、だろう?」
「きゃっ」
「うわっ」
照れた私が頬を染めて恥じらいの声を出すのに被さるように、想定外の声が聞こえた気がする。
「……今の声は……」
「本当に、重ね重ね申し訳ございません。申し訳ございません、あまりに、その、素敵な物語のようで、
少々はしたない驚きの声が出てしまいました。どうか、聞かなかったことにしてください……」
「え、ええ」
今の時点で、何となくわかってしまった。
この聖女、多分悪い人では、ない…………!
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そうして王子に連れられて、私たちは王城の地下深くへと進んでいく。
本来ならば薄暗いであろう地下道は聖女の持つ守り袋から放たれる光に照らされていた。
「聖女様、そちらの袋は一体」
「女神様より授かった光の力を、わたしの宝物に宿しています。
その……わたしが………世界を救うために、ふんばれ、
じゃなくて、ええと、そう、臆さぬための、大事な品です」
ははん、さては好きな人の絵姿の入ったペンダントとかか?
あれ? そうなるとこっちの世界で乙女ゲームできなくない?
うーむ、同年代の男たちは性格悪くなりそうなフラグを
結構ぽっきり折ったナイスなイケメンたちばっかりなんだけどな。
乙女ゲーム的展開は目の前では見られないのだろうか? ちょっと残念。
「成程、私がサンドラの絵姿の入ったペンダントを持ち歩いているようなものだね」
「はわっ」
リベル様、そういう不意打ちは反則すぎる……
好きになっちゃうでしょ! いえ前からずっと好きですけど。
「お二人共、仲が良いですねぇ」
「はは、勿論。……さて、こちらが秘聖堂。聖女様、どうぞ御手をおかざしください」
「!……はい……」
王子の示す先には見知らぬ魔法陣。そこへ聖女様が手をかざす。
するとどうだ、魔法陣は青く光り輝き、石壁であった場所が扉に変わる。
開いた先の空間。魔法陣と同じ青白い輝きが室内を明るく照らす。
「あ……」
中を見回していた聖女の、ベールの下の視線が一点に集中するのがわかった。
美しい、金属の像。まるで生きているかのようなこれは。
「こちらが我が王国に伝わる、始まりの聖女像だ」
「これが、そうなのですね。街の教会で見るのよりも、ずっと……」
そこまで呟いて言葉を失う。素晴らしいものであることは違いないが、
どうしてこうも心が揺れるのかを言葉にできない。
背中に背負った大きな翼と、丸みを帯びた頭部は確かに教会や、
聖画に描かれているものと似ているがこの像はそれらよりはこう、つるん、としている。
まぶたはあるはまつげはなく、鼻も通ってはいるが少々堅そうで、
この髪型なら見えそうな耳に当たる部分も四角い。
けして造詣は細かくないが、それでも何故だろうか、こちらの方が、生きている、という気がするのだ。
「……違う……」
だから、聖女がそう呟いた理由が、わからない。
「違う、これ、聖女像じゃないっ!」
「聖女様?!」
「あー! そういうこと?! 女神様が『あなたなら絶対目覚めさせようと思うはず』って言ったのそういうこと?!」
聖女、一人で何かに納得して、ローブの裾を持って聖女像まで全力ダッシュ。
というか、今のが彼女の素か?
「女神、私の女神、ああ、あなたなのですかあなたなのですか?
あなたなのか、あなたによく似ているだけなのか、いずれにしろいずれにしろ、
私はあなたを目覚めさせます、どうぞ、お目覚めを、私はそのために、選ばれた!」
聖女は跪いて聖女像へと声をかける。その全身から、青白い光が放たれて、吸い込まれる。
どこへ? 勿論、聖女像……と、私たちが思っていたものへ。
かしゃん、と音がして聖女像の、その閉じられたままのまぶたが
ゆっくりと、持ち上がった。
「……あら、なに、ここどこ?」
「しゃ、」
「喋ったぁああああ?!」
王子は唖然、私は思わず悲鳴。先程まで聖女像だったものが、目を瞬かせ、
羽を震わせ、まるで生き物のように伸びをした。
その体が、どう見ても金属であるにも関わらず。
「ん、リソプレーズ? じゃ、あんまり時間経ってない感じかしら?」
「り、リソプレーズ、我が国の建国の王を知るそなたは、一体」
「え? なに、アタシのこと伝わってないわけ? 女神さまに頼まれて手を貸してやったのに?」
「わー! やっぱり、あなた様が、初代聖女、女神による目覚めを待つお方ー!」
きゃあきゃあと聖女が黄色い声を上げている。それでようやく、私の思考が戻ってきた。
「こ、このゴーレムが、聖女だったって、こと?」
「ゴーレムじゃないです! アニマクロム!生命たりし鋼の民!……ですよね?」
「そうね、そう呼ばれて……あんたアタシのこと知ってるの?」
「あなたか、あるいはあなたによく似た方のことを……」
ハッとして聖女は再び首を垂れる。初代聖女、という彼女に向けて。
「今、この世界に人ならざる人、天より来たる時。この国には、そう伝わっています」
「そう……女神様、ちゃんと約束を守ったのね」
「はい。そして、女神様から伝言を預かっています。あの時、帰してあげられなくてごめんなさい、と」
「スリープモードだったから、千年なんてあっという間よ。気にしないでよかったのに」
なんかいい感じで話が進んでるが、私と王子は置いてけぼりだ。
「ごめん、聖女様、ちょっと説明してもらえる?」
「あ、はい。わたしの推測混じりですけどまずこちらのわたしの女神、わたしの最愛、
わたしが誰より焦がれし麗しきお方が」
「待って。あんたアタシだかアタシのそっくりさんだかのファンなのは分かったから、
その仰々しい呼び名やめてちょうだい」
「は、すみません。では……ネラディマンテ様、でよろしいですか」
「あってるあってる」
「よかった……この美しき黒金剛の君は宇宙の遥か彼方に住むアニマクロムという
鋼の体と雷の御魂を持つ生き物で、光と闇に別れて争いを繰り広げて……ます?」
「アタシが知る限りは停戦してたわねー」
「それはよろしゅうございました、ええ、では……」
そうして聖女が語ったのは、初代聖女ことネラディアマンテが
この世界の女神に呼ばれて魔物と戦うも、
エネルギー切れでこのままでは死んでしまいそうになり、
更に当時の女神は力が足りず、彼女を元の星に返せなかったため
そこで星の魔力を少しもらいながらの休眠状態に入っていたのでは?
という考察だった。正解してたので初代聖女はちょっと引いてた。
聖女、何でもアニマクロムたちが出てくるアニメシリーズの大ファンだったらしい。
知らないアニメなので多分私の前世と彼女は別の世界出身なんだろう。
「で、神話に残る人ならざる人というのは、きっとお迎えでしょう」
「そうだといいけど。とりあえず外に出てみましょっか。ここ、電波悪いのよ」
「……この世界で生きてて、また電波って聞くとは思わなかったなー」
「え?」
私の呟きに聖女が反応して首を傾げ、やがてぽんと手を叩いた。
「あらやだ異世界からの聖女とか、これテンプレ乙女ゲームとか悪役令嬢転生もの小説みたいじゃん」
「テンプレ完全に逸脱してますわよ?!」
「アレクサンドラ?!」
リベル様がびっくりしてるが解説は後に回させてほしい。
その後、初代聖女ネラディアマンテは迎えに来た人ならざる人、
すなわち彼女の同胞たる金属生命体の面々と故郷に帰り、
生で推しとその恋人の再会を見られた感激のあまりむせび泣く聖女は
実は私たちより十は上のいい年の女性で唖然としたり、なんだかんだあったが
女神によって召喚された聖女たちは二人とも故郷に帰ったし、
天から来たのは敵ではなかったし、私と殿下はラブラブだしで
ハッピーエンドってことでいいんじゃないかしらね、多分。
聖女が帰る前、こっそり見せてもらったお守袋の中身は掌サイズの飛行機の玩具。
それをかしゃかしゃ動かせば、あらびっくりミニチュアの初代聖女像だった。
……毎朝毎晩それに声をかけてる人間は、きっと彼女くらいだったので
女神は彼女をこの世界に呼んだのだろうな、と理解した。
もしもどこかに原作の分からない乙女ゲーム世界に転生したと思う人がいるなら、伝えたい。
その世界、ロボットアニメの外伝とかかもしれないわよ、って――




