1章 6 勝者の権利と少年の求める道
あらすじ
不測の事態も自前の悪運強さにより切り抜け
見事、逆転の一撃を決める事に成功する
これで、小太り男の生死与奪は凩の手に渡ったも同然となった
投げが決まり事実上の『勝負あり』から数分程度経っただろうか?
小太り男は怪我はともかく痛みも大分鎮まり時折呻く程度までになった
尤も、とてもではないが戦える状態とは思えないが
一方、凩の方は体・気とも順調に回復し、身体操作・気の練り上げ共に問題なく使えるレベルまで回復した
ただ、受け身失敗した頭部と強硬のツケを払った左腹部のダメは抜けていない
しかし、その程度の負傷は問題にならない
小太り男を何とかして元居た場所まで帰れば今日明日にでも回復しきれるだろうから
だが、凩の様子がおかしい
〔・・・やるしかないのか?〕
静かな表情だった凩の顔が苦々しくなる。まるで追い詰められているようにすら見える
どう見ても圧倒的有利・・・いや、決着はほぼついているはずなのに―――何故?
〔やれと言うのか?〕〔でも他に方法何て・・・〕〔でも思いつかない〕〔ならばやるし・・・いや!〕
明かな動揺と硬直、もし小太り男が動けるなら見逃すはずのない大きすぎる隙だ
呼吸も荒れ、汗は止まることなく滴り落ち続ける。戦闘中、どの段階で見せた汗より明らかに酷い
〔父さんなら―――淀宗さんなら―――先生なら―――〕〔クソっ、頭が痛い―――〕
吐気ではない、だが何かがこみ上げ胃をかき回し喉を焼き脳を締め上げる
一体何に悩み何をしようとしているのか?
凩は時間を使い悩みに悩み続け―――小太り男の腕が縄分銅の方に伸びていくのを見た
―――凩の表情が覚悟を決めたモノとなる
痛みも不快感も―――そして悩みも隠れた
「止めましょう・・・もう、無駄に怪我することもないんじゃないですか?」
なるべく丁寧な言葉を使う
交渉だ
不慣れではあるが交渉方法の一つは『戦術』に使えるとして淀宗さんから教わった事がある
それを実践する時が来たのだ
「オレを元居た世界へ戻してくれればこれ以上の事はしません、ですが・・・」
一呼吸置いて凩は手をかざす
「従わないなら、覚悟をしてもらいます」
手の先に再び光が集まり始めた
小太り男は憎々し気な表情を作り
「だ[ドシュッ][ドムッ]
痛みに体が硬直す――いや、くの字に曲がった!?
脱臼した肩に気弾を当てた直後、下腹部にサッカーボールキックを見舞ったのだ
恐ろしい踏み込みと離脱の速さ
言葉を聞く前に表情から拒絶される事を察し、突進気弾からのコンビネーションを実行したのだ
「従わないなら、覚悟をしてもらいます」
手の先に再び光が集まり始めた
小太り男は先の連撃の痛みが治まっておらず
苦し気に呻く
「てめ[ドシュッ][ガギッ]
一瞬呼吸が止まり咳き込む、だがその咳き込みも上手くできない
罵ろうと開けた口に気弾、続けて顎を踏みつけたのだ
もし頭を少しでも浮かしていたら大惨事だっただろう
「従わないなら、覚悟をしてもらいます」
手の先に再び光が集まり始めた
3度目の警告、小太り男もいい加減に学習したか
もう余計なことは喋ろうと[ドシュッ][ビッ]
気弾・殆ど怪我していない腿に命中、打撃・耳を削ぎ落す勢いで思いっきり引っ掻く
小太り男に真新しく鮮度抜群の痛みが提供される
「従わないなら、覚悟をしてもらいます」
手の先に再び光が集まり始めた
必要なのは敵意を示さない事・・・
だけではない
「わが、わがっだ・・・従う、従うがら」
焦って何とか恭順の意を不自由となった口で何とか告げる
小太り男は凩の前に屈服した
凩、人生初の降伏勧告を成功させる
「つまり、さっさと帰るのは無理って事?」
小太り男は首肯する
凩は天井を仰ぎ見るハメになる
凩はあの後様々な質問をし状況の確認を急いだ
入手した情報を纏めると以下のようになる
・この家の装置では異世界からの引き込みは出来ても送り出しはできない
・凩を引き込んだのはこの装置が偶々見つけたから。名指しの引き込みではない
・光の渦が鼓桃に見えたりしたのは精神干渉魔法による不安の増幅と簡易的な思考誘導の結果
・この世界に召喚した理由は実験サンプル採取の為
・この家に備蓄はあるが、自給自足はしていない
・ここは荒野の真ん中だが、二日程歩けば町に出られる
・治安こそ中々に悪いが地球と価値観や社会システムは似ている
大体こんな感じだ
敵対していた輩の発言故、全てを鵜呑みにできない
ただその小太り男だが、少し変化がある
何故か降参直後より消耗していたり、戦闘中は無かったはずの傷がついていたりしている
些事故、気にするべき点ではないかもしれないが―――
―――『何故か』その変化を見ていると発言の信憑性があるような気がしてくる
凩は相当なショックを受けていた
この危機から脱せると確信した直後にまだ入り口でしかないと知ったのだから当然だ
ただでさえ先程の『降伏勧告』で精神を削っていたのだ、直ぐに立ち直れというのは酷だろう
180cm近い男を倒せる実力があったり、日頃から修行に明け暮れていたとはいえ
彼は少し前まで命の危機とは無縁な一般的な学童となんら変わらず過ごしていたのだから
凩は茫然と意味を持たない言葉を呟きながら目を押さえ『失望』を隠せないでいた
武芸者は常在戦場。戦場で作戦なく弱き姿を見せるのは非常に危険な行動だ
だが、小太り男から見ればどうだ?
武装し圧倒的有利にあったはずの自分を
数段小柄な体で『ぶん殴って』『投げ飛ばして』『甚振り』『生命を脅かす』
正に異形の化物
そんな化物を小太り男は『失望させた』
強い存在の不興を買う、これがどれ程拙いかはどんなどんな年齢層でも解るだろう
例えば年上の肉親、例えば教師、例えばガキ大将、例えば先輩、例えば上司、例えば上位の取引先
これらの不興を買ったら?
程度の差はあれど嫌な事になるのは間違いないだろう
小太り男はそれをやらかしたのだ
「ま、待っでぐだざ!ゲホッ、ぐださい」
焦っていた
「イイじょうほ、イイげんぎゅげっがありま、ゲホッゲホっ」
とにかく、機嫌を直す為にできる限りの事をしなければ
「机・・・引ぎ出し、ゴホっ」
自分にとって最大価値のある物を差し出す
「青いノート、研究レポート、ガホっ」
命乞いとしてはよくある光景だ
「差し上げます・・・差し上げます・・・」
そして、鈍った判断力で導き出した答えが
「だがら・・・ゆるじで、くださ・・・」
間違っているのもよくある話だ
凩は予想外の光景に少々戸惑う、そして判断力が鈍っているのは凩も同様
故に何も逡巡する事なく言われるがままに机を調べノートを手に取った
青いノートは複数あったが、どうやらそれら全て小太り男の言う
『研究レポート』とやらだった
片っ端から目を通していく
格式ばった書き方ではないし、術により言語が理解できるようになったとはいえ
専門的な言葉も多々あり内容の2割も理解できるか怪しかった
が、その理解できた2割未満が大問題だった
考えても見てほしい
何故、補給も困難な荒野のど真ん中で研究をしているのか
何故、男は切羽詰まるまでこのノートを伏せていたのか
何故、研究サンプルであるはずの凩をいきなり甚振ってきたのか
単純に研究結果を盗られない為・・・という点も確かにある
だが、3つ目の疑問点を考慮すれば・・・
『研究内容が人を甚振る様な事を多々する表沙汰に出来ない内容』
だという事は想像に難くない
ノートに書かれていた内容は魔力に関する記述が多く
特に『魔力の抽出・強化・吸収』をメインに研究していたようだ
これだけなら真っ当な研究に見えるが、察しの良い読者の皆様であれば予想できるだろう
科学の進歩は輝かしいモノだけでなく非常に残念ながら後ろ暗いモノも存在し常に付き纏う
魔法研究も同様という事だ
そんな内容を人生20年も生きていない少年が目の当たりにしてしまったのだ
「――――――」
凩は無表情だった
「―――――――――」
だが、感情は不自然な程よく読み取れる
「あ・・・あ・・・」
男は自分の失敗にいまさら気付いた
「やめ・・・ゆるし・・・」
許しを請う気持ちばかりが逸り口がついていかない
『魔力抽出方』
飛び込み追い突きの間合い
『効率よく抽出させるには苦痛を与え続けること』
前蹴りの間合い
『肉体欠損は魔力減少させるので怪我は最低限に控えることが望ましい』
鉤突きの間合い
『精神的に追い込むと抽出純度が上がる事を確認(精神苦痛のみだと抽出自体できない)』
掴みの間合い
『抽出効率の男女差は現在検証中』
男の右腕を掴む
『抽出対象は身長成長完了以降は適さな「ひぃっ!」
[ペキパキパキパキパキバキバキボキ]
乾いた木材がゆっくりと裂けるような音がしている
男の右腕が折られ『続けて』いる
別に細切れにしている訳ではない、信じられない程ゆっくりと脇固め(※)を極め
(※脇固め:捩じり上げた相手の腕を自分の脇で挟み込む技、掛け方は多岐にわたる
やり方によって極まる箇所が肩だったり、肘だったり、上腕だったり、痛み無く大きく崩すだけだったりする)
限界点ギリギリまで曲げられ続けた男の骨が疲労骨折をしているのだ
「――――――」
凩の目には輝く流体の入った容器に鈍い光の流体が入っていく様が見えているが気にも留めていない
男は暴れている『つもり』だった
だが、男の右腕その物が杭となり背骨に打ち込まれたかのように動かない
何とか動く腰より下を懸命にばたつかせるが肝心の右肩より先に全く力が伝わらない
そうしている間にも腕は極められ続けゆっくりと骨が裂けていく
肉体が破壊されていく様を痛覚と視覚で味わう、もう悲鳴どころではない
骨が折り終わる先に痛みの限界点を超え男の意識は剥ぎ取られた
同時に容器に流れ込む鈍い光の動きも止まった
この瞬間、凩にとって人生初となる闘争での勝利が確定した
だが、あまりにも若過ぎる彼にとっては
勝利という美酒の味は唯の苦味だとしか感じられなかった
目標の4000字以上には達しておりませんが
キリがいいのでここで切ります
次回、1章の最終回とエピローグをお送りします