1章 5 目的外使用だろうが見切り発車だろうが
あらすじ
異世界に召喚された凩。だが、待ち構えていたのは敵意むき出しの小太り男
良くないモノを感じた凩は先手をとり戦闘を開始する
武器持ち相手であるものも互角に渡り合うが、予想外の事態に足を薙がれ転倒
受け身も失敗し危機に陥る
スタン発生から3呼吸後
凩、辛うじて思考が回復。同時に体も動く様になる
〔―――にげ・・・〕
混濁する意識で反射的に間を空けようととする
だが体は動くがまともに言う事を聞かない
まるで、吊り糸が10mもあるような操り人形のような手応えだ
依然危機的状況には変わりない
だが、追撃は未だ来ない
〔ガキが、消えた!?〕
小太り男としても転倒させたのは予想外らしく、怒りで視野狭窄に陥っていた事もあり一時的に見失う
「おっと・・・そこにいたか・・・」
視線を落とした先に居た藻掻く凩を見て、小太り男は平静を取り戻す
「苦労させやがって・・・もう間違わねぇ!」
燭台が絡みついたままの軽い長鞭を捨て、新たに分銅付きの縄をおもむろに取り出す
再び攻撃の意を感じた凩はなんとか不十分ながら防御態勢をとりつつ小太り男から離れようと―――
「休ませねぇよ!」[ギュン]
未だ立ち上がれない凩に向け分銅が振り下ろされる
〔くっ![ゴギ]いづ!?〕
「はははは!」[ギュ][ブオン][ギィッ]
〔マズイ!〕
防御!回避!被弾!
〔距離を・・・!〕
「散々梃子摺らせやがって!」[ギュオ][ギッ][ボオ][ブン][ギイン]
被弾!防御!被弾!被弾!回避!
〔立て直し―――っ!!〕
「逃がさねぇ!」[ギュン][ブン][ギュ][ブオ]
防御!被弾!回避!届かず!
〔痛っつー・・・だが何とか立てた〕
被弾7発・防御3発、急所から逸れ骨は砕けずとも無視出来ぬ痛手
だが、敵前で倒れてこの程度の被害で済んだのは不幸中の幸いと言えよう
凩を見失った事、勿体付けながら武器交換をした事が重なりスタン回復の猶予を与えてくれたようだ
凩はぐらつく視界や頭を労わるべく後頭部をさす「―――っ!?」
掌に不快なぬめっとした生暖かい感触、これは大量の血!?
いや違う。凩は出血したかと一瞬思ったようだが、どうやら転倒時に頭をぶつけた機械からあふれ出した液体の様だ
〔割れたのが壁際の容器じゃなくてよかったぜ、中身も多そうだし―――
ん?そういえば壁際の容器の中身ってあんなに量あったっけ?〕
「おやおや、まだ立てる程元気があったとはねぇ・・・こんなに頑丈なら最初からこっち(縄分銅)にしておけば良かったぜ」
小太り男は薄ら笑い面だ
〔参ったな・・・もう被弾覚悟の接近はリスクはデカすぎる〕
縄分銅は鞭と形状は似ているが特性は大きく違う
基本薙ぐしか出来ない鞭に対し
真っ直ぐ投げる(ストレートパンチ)・振り回す(スイングパンチ)
さらに鞭より相手に巻き付け易く拘束(組みつき)という手段もある
鞭が平手打ちなら、縄分銅は拳といったところだろう
鞭と比べればトップスピードは桁違いに遅いが
重く堅い分銅のお陰で破壊力は高く、下手な受け方をすれば骨も砕けるだろう
〔分銅も掴めない事も無いが、紐の引き合いなんて鞭使い相手にやりたくない〕
凩は嫌な汗を感じずにはいられなかった
「お困りかな~~?んん~~~?」
小太り男は攻め手を休め様子を見る、その様は実に楽し気だ
途中怒りで我を忘れ殺意を滾らせていたが
どうやら本来は打ちのめすより甚振る(いたぶる)ことに目的があるように見える
〔近づくのは危険・・・仕方がないか、練度不足だが実戦投入するしかない!〕
覚悟を決めた凩は腰を落としタックルの構えを取る
淀宗の言う通り凩はこの辺りが非常に未熟、やろうとしている事がバレバレだ
「おっ?おっ?何か怖い事やろうとしているねぇ~?」
何か言っている小太り男を無視し遠間から一気に駆け寄るべく脚に力を溜め――爆発させる
凩は未だ作戦を変えるつもりはないようだ
〔もうぶん投げられはしねぇよ!〕
タックルの軌道から身を逸らし回避した上、分銅を回しながら距離をとる
何と情けない、こんなにも解りやすく悪手を晒すとは
小太り男の方が
凩がタックルを本気で決める気がない事など最初の構えを見れば瞭然なのに
凩はタックル途中の道すがらに落ちている適当な本を投げつける
だが小太り男には当たらない
「苦し紛れか?ははは!」
これは忍術でいうところの『乱定剣』
早い話が(主に緊急時)その場にあるものを投擲するだけの行為だが、これも名前が付くような立派な戦術だ
[ギッ、ダンッ!]
凩、強引に方向転換!相手の回避方向とは逆方向に跳ぶ!
だがこれでは相手との距離が開いてしまう
いや―――これが凩の狙いだ
「ぜぇいっ!!」
凩の手先にある光弾が撃ち出された
凩を馬鹿にすることに余念がなかった小太り男は反応が遅れ――
――いやだが、辛うじて避ける!
しかし1発2発で終わるはずがない
次弾、次々弾、次々々弾、次々々々弾、次々々々々弾、次々々々々々弾
途切れない!
最初の数弾こそ躱したり防いだりしたもの、次第に被弾が増え
「ぜぇい!」「ぜっ!」「ぜぇいりゃぁああ!」
「が」 「ぎゃ」 「ぐえ」
最早撃っただけ当る状態になっている!!
これ程有効な手段ならなぜもっと早く使わなかったのか?
それは単純に凩が気弾を信用していなかっただけなのだ
三人の師匠の内、(実戦投入できるという意味で)気弾が使えるのは淀宗一人
そしてその淀宗相手に気弾は全く通用していないし、淀宗自信もあまり気弾に頼らない
(さらに言えば他二人の師匠相手にはさらに酷いレベルで気弾は通用していない)
故に、気弾について学んだり体験する機会が他の技に比べ少なかったという事だ
そして理由はもう一つ、消耗が他の技に比べて圧倒的に大きいのだ
無駄撃ちしようものならあっという間に疲労困憊だ
だが、今回の出来事は凩の価値観を大きく変えるに十分な出来事だろう
凩は気弾を撃ち続ける
もう20発近く撃っているだろうか?
相当息も上がって来た
撃てば撃っただけ身を捩じらせ悶え苦しむ小太り男
自身より遥かに軽量な子供に一方的に打ち据えられる光景はさぞかし哀れに映るだろう
それは凩の目からでも同様だった
〔・・・〕
凩は不意に無心になり攻撃の手を止める
攻撃が止んだ事を不穏に思いながらも小太り男は凩を警戒する。だが動揺の色は隠[スッ]小太り男のベルトが掴まれた
いつの間に!?
確かに小太り男の方は凩を警戒して見ていたはずだ!
組み付かれた小太り男は慌てて凩の方を見―――体が宙に舞った
回る直前にチラと見えた少年の表情はまるで憐れむように見えた
―――〈千ヶ瀬 凩〉人生初の『慈悲深き攻撃』を成功させる―――
〔しまった!何、手心を加えようとしているんだ!〕
『慈悲深き攻撃』の成功に気付かない
〔このまま側頭部を叩きつけ―――〕
先の攻撃を悪しきモノと考えた凩は闘志を漲らせ―――
それに反応するかのように小太り男は身を庇うべく咄嗟に手を出す
[ガゴッ]
小太り男の肩は自身の体重を支えきれなかった―――が、側頭部直撃だけは避けられた
左半身痛打で最悪を何とか回避する
〔庇われた・・・だけど、肩は外した!〕
切れ味抜群の『二丁投げ(※)』大相撲でも中々見られない大技、実戦の場で見事成功す
だが『決まり手』ではない
(※『二丁投げ』相撲の決まり手
自分の脚の外側を使い相手の両足を纏めて刈りながら上手または下手で投げる技、非常に豪快に決まる事が多い)
「がああああっ!!」
痛み紛れの暴れだ、出鱈目に全身を動かしているが末端は見どころある速さだ
そして凩は投げの体勢から復帰できていない!
しかも尚、間合いだ!
蹴りが凩の左腹を捉え―――
否、防御!―――
だが間に合わず!
被弾!!
「ごっ!」
呻き声が漏れ出つつ大きく突き飛ばされる
のたうち回っているだけだが体重に加え、余計な意を挟まぬ動き故馬鹿にならない威力だ
〔痛ってな・・・淀宗さんのボディーブローより効くぞ〕
仮に不意に喰らっていようものなら内臓に軽くないダメージが見舞われた事だろう
打たれる覚悟が出来ていたお陰でダメージ軽減できたが
〔ははは・・・コレ、ヤバイな・・・〕
同じ攻撃を同じように喰らえば、後1~2回程度で戦闘不能は必至だろう
〔回復するまで休憩しないと・・・〕
小太り男は相変わらず呻き声を上げながらのたうち回っている
凩はダメージを覚られないようにしながら間を取るよう動く
が、場所が悪い小太り男の拳や脚の範囲外だが安心と言える距離が取れない
〔何とか隙を探し――っ!?〕
小太り男、暴れ中に偶然体勢の立て直しに成功、そのまま勢い任せの体当たりを敢行
極度の興奮状態故一時的に痛みを忘れているようだ
凩は幼少の頃からレスリング畑の父親に徹底的に鍛えられている。タックルなど見慣れていおり、対処も熟知している
だが、そんな凩ですら対処が遅れる見事な仕掛け
〔がぶれ(※)ない!〕
(※がぶり:レスリング等でタックルに来た相手を脚や腰を大きくひいて
相手を引き込む様に上からのしかかり下に潰す対タックルの基本動作)
勢いに任せた無心の体当たり、相撲で言うところぶちかましから電車道という感[ギッ]
〔極っ!〕
凩、潰すことはできなかったが右手一本のフロントネックチャンスリー(※)で捕らえる事に成功!
(※フロントネックチャンスリー:正面から仕掛ける首への関節技
見た目だけならフロントヘッドロックやギロチンチョークに似ている)
だが、勢いまでは殺せない! 凩の腰が伸び上がり始める!!
小太り男の右手が凩のベルトを掴―――いや、左手で制し阻止した!!
しかし末端を制したからといっても、全身の動きまでは!!!
ついに凩が勢いに負け後ろに倒され―――否、反り投げているのだ!
[ギヅッ]蹴られた左腹部が痛む
「おおおおおおおおおおおおっ!」
しかし構わず強行!
―――小太り男の体が―――浮いた―――弧を描く
『ハーフハッチスープレックス』
この形はそう呼ばれる
相手の頭を捕らえた状態でもう片方の手を相手の腋の下から背中に回し、相手を巻き込むように反り投げる技だ
[ズダアアアン!!]
着弾!
何という轟音、重さ90Kg超のバチを使って奏でる楽器は斯くも豪快な音が出るものなのか!
床板の一部が破断した音も合わさりさながら雷鳴だ
同じ轍は踏まぬと凩は素早く間合いを取[ヂビッ]〔―――っ!切れたか!?〕
強行のツケは肉離れ、幸い中度には到達していないか?
二度の投げ技を喰らい小太り男は明らかに先程以上に苦しそうだ
手足の動きもかなり鈍くなっている
気弾の間合い、ほぼ回避は出来ない相手、射撃チャンス
しかし先程のダメージ負った状態の投げ強行、その影響は少なく無く気を十分に練る事ができない
撃てても威力3割減の3~4発が限界だろう
凩もチャンスと見て反射的に射撃準備をしたが
自分の現状を考えると迷いが出て次の行動を決めあぐねる
〔・・・・・・〕
「ぐぅ――ああっ!!」
〔・・・・・・〕
「はぁあぐぅっ!!・・・つああっ!」
〔・・・・・・〕
「うううううう」
小太り男は年甲斐もなく涙を流しながら何とか痛みが治まる体勢を探ぐろうとする
だが動かすだけで激しい痛みが走る
そしてその痛みを紛らわすため身を捩る
痛みが治まる体勢から遠のく
これの繰り返し、痛みの堂々巡り
追撃するまでもなく体力やスタミナ・気力等を消耗するだろう
その様子を見て凩は射撃の構えを解いた
〔恐らく肩の靭帯か腱を変に伸ばしたな・・・動きも鈍い、内臓にも結構ダメ入ってるかもな〕
凩は様子を見続ける。その表情はまるで雲の往来でも眺める様な静かさだ
勝手に消耗を続けるなら無理に手出しする必要もない。ただ静観するのみ
小太り男はまだ藻掻き苦しんでいる
左腹部を差し出すに十二分の価値ある一撃だったようだ
凩は相撲もレスリングも『専門的』にはやっていません
師の動きを継ぎ接ぎでコピーしているだけです
そしてその師、3人全て複数の武術や格闘技をやっていました
つまり、凩の動きは何物でもない彼オリジナルの『キメラ体術』となっております