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異世界を彷徨う小学生 ~とある学童の拳と足跡~  作者: 黒雁 田鉚
第1章 少年が見た夢の先
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1章 3 論理、直感、重んじるべきは何か

雪男は冷えてさえいれば人工的な冷気でも問題なく回復するようです

洒落たとか可愛いなどと言う言葉からは無縁な建物が並ぶ海沿いに倉庫街

人によっては武骨で無駄をそぎ落とした景観に機能美を見出すかもしれない

そこにある一つの建物、冷蔵冷凍専門の倉庫にその現場で働いているようには見えない二つの影がある

勿論その二つは凩と淀宗だ



二人は迷う事なく倉庫の管理センターに行き、そこの職員も滞りなく入館処理を終える

これが初めてではないといえ、子供を一人冷凍室に放り込むなど通常では考えられない行為だが

先の魔法顕現以降『常識』の縛りが緩くなったのに加え、淀宗の社会的立場により話はスムーズに進んだ


実は淀宗、ベテランの斥候員というだけでなくそこそこ名の知れた養鶏会社の社長令嬢という顔も持っている



その養鶏会社は何代も続く会社ではあったがこれといった特徴のない百凡の養鶏『場』であったが

淀宗慶子の父親・祖父が事業方針を転換させ大きく発展、名の知れた『会社』にまで成長させた



そのような事情で淀宗家は社会的には『上の下』程度の立場にいる

当然、淀宗慶子も中学校まではそれ相応の女学院に通っていた

一応礼儀作法は一通りできるし、ハープを奏でる事が出来るなど令嬢らしき事はできるので

無駄にはなっていない事は間違いないのだが現在の仕事には見事なまでに生かせていない

担任教師も泣いている事だろう




閑話休題




エレベーターを上がり目的階に降りる

冷凍室は高い保温性を持つ為、扉の眼前に来ても寒さを一切感じない



然るべき操作をし、二人は冷凍室内部に足を踏み入れる

片や防寒着、片や薄着だ

「あ゛ー、癒されるー」

「雪男にとってはこれが温泉なのね」

そんな会話をしながら冷凍室の扉を閉める



今回が初めてではないとはいえ、冷凍室による治癒はまだまだ解らない事が多いので

安全の為最初の30分程度は淀宗も同伴して経過観察をすることになっている



「これで歯も生え代わってくれればいいのに」

「確定はしていないけど人間が自然治癒しない所は無理なんじゃないの?」


淀宗が凩に同伴しているのは単なる責任問題的なこと以外に、寒冷地帯での雪男の回復能力調査という側面もある

世に認知されたとはいえ、妖怪・半妖の性質把握はまだまだ途上なのだ



「スポーツ仕様の差し歯で我慢なさい、それ本物以上に頑丈なのよ?」

「でもなぁ・・・」


魔法の顕現により素材分野の大幅な成長は先にも記した通りだが

その影響は機械だけでなく、医療にも大きな影響を与えていた



凩が着けている差し歯以外にも、関節や腱・血液も実用化され

試験段階ではあるが筋肉や眼球・臓器も作られているという

また噂ではあるが、特撮よろしく生体兵器も造られているとまことしやかに囁かれている




「不満な気持ちは解るけどね・・・はい、もういいわよ」

そういいながら淀宗は凩のまだケガが治りきらない箇所の確認を終える



一廻り年齢が離れているとはいえ密室の中で女性と二人きりでしかも接触までありとは

年頃の少年にとっては気恥ずかしい状況だが、凩は特に気にする様子もない



なぜなら淀宗の顔つきは決して悪くなく、男とも間違われることのないモノだが

お世辞にも美人や可愛らしい顔つきではない。一言で表すなら『精悍』


さらに胸の方もバストサイズこそ90どころか100以上あるのではというレベルだが

カップサイズは見事なまでの『無』

ついでに言えばバストサイズの数値を上げているのは胸筋より背中周りの筋肉のお陰だったりする



そんな訳で彼女には大変申し訳ないが、女性的魅力を見いだすのは如何せん難しい容姿だ

(まあ、それ以前に凩がまだ性とか恋愛とかに対して強い興味や感情を持っていないという点も大きいが)




淀宗自身、その辺りはコンプレックスではないものの非常によく理解しているので

この二人きりという状況も特に意識しておらずリラックスしている



「ところで淀宗さん、さっきのオレへの不意打ちはどうやったんですか?」

「んー、あれについて? 肩を叩く際に柔での崩しをして、崩れたところに直接気弾を撃ち込んだのよ」

「あ、方法もですが・・・今は不意打ちを成功させた心構えについて聞きたいんです」

「ああ、そっちの方ね」


淀宗はひとしきり間を置き「抽象的な事だから正確ではないけど」と前置きをした上でこう続けた



「凩君に慈悲・・・優しさを与えようと思いながら撃ち込んだのよ」

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

〔は?〕


意味がまるで解らない、予想外の答えに呆〔!?〕

突如鋭く不穏な気配を感じ転がる様に淀宗から距離を取る

凩の元座って居たところには淀宗の脚が突き出されていた



お互い座っていながら打つ方も打ったり、避ける方も避けたり

演舞だったら拍手の一つでも浴びていたかもしれない



「こ・・・怖ええ・・・」

不十分な体勢とはいえ格上の前蹴り、食らえば冷凍室内とはいえただでは済まないであろう一撃に凩は不快な冷たさを感じる

「そう怖いでしょ?」

そんな恐ろしい一撃を放ちながら、諭すような口調で言葉を続ける

「人は基本的に悪意や危険には敏感に反応できるわ」

「でもね、善意や優しさに対しては瞬間の反応は難しいのよ・・・そう、痛みには鋭く反応できても心地よさには鋭く反応できないようにね」

答えに窮している凩へさらに淀宗はこう続ける



「・・・気付いてないの?」

「何が―――っ!」

指摘されようやく気付いた、首の付け根に淀宗の手が凩を労わる様に添えられていた


首は人体の最大級の急所、体の構造に疎くとも知らない人はそうそう居ないだろう

その急所を易々と触られた、これは戦場であれば痛恨の失敗だ



「淀宗さん・・・もしかして、この手は優しい気持ちで?」

「そんなところね。道に迷った弟弟子に実例を交え教えるなんてとても慈悲深いとは思わない?」

この回答に凩は冗談とも本気とも判断できずロクな返事ができなかった



「つまり慈悲の思いを持って攻撃をしろ・・・と?」

しばらくの間を置き落ち着きを取り戻した凩はそう質問した

「全てではないけど方法の一つね。実際、倉庫前でのアレはそういう感じでやったし」

しかし落ち着いたとはいえすぐには理解できかねる内容だった


確かに『意を消す攻撃』というのは凩が武術を初めてすぐに教わったので、嫌と言うほどその言葉は聞いてきた

だが、優しさや慈悲を持ってというのは初耳だった



「慈悲をもって傷つけるなんてまるで狂ってる奴みたいなんじゃ・・・」

思わずそう悪態をつく凩だったが淀宗は曖昧な笑みを返すだけで何も答えなかった



――――――



「先程は動揺していました、失礼な発言お許しください」

そういいながら頭を下げる凩

自分の師匠を狂人扱いしたのだから当然だろう


「別にいいわよ、こっちも表現がマズ過ぎたわ」

淀宗は淀宗で頭を下げる


「それにしても、そんな考え方があるとは思いつきもしませんでしたよ」

「こればかりは経験の差ね、凩君の倍長く生きて何十倍も色々なモノを見聞きしてきた・・・早々負けてやるものですか」

「その経験を聞けば価値観とか視点が360度変わるかもしれませんね」

「凩君、多分だけど・・・・180度って言いたかったんじゃない?」

「あ」


先程の空気はどこへやらいつも通りの雰囲気が帰ってきていた

その様子を見て淀宗は腰を上げる



「凩君、これからも強くなりたいと思うなら忘れないでよ」

帰りがけに声をかける

「私にしろ、凩君のお父さんにしろ、私の師にしろ教えられるのは外側だけ」

何度も聞いた文言

「『武術は一人一流派』先人の忠実な再現だけに終わらせず、似せて自分のモノにする」

それ程重要な事という訳だ


「壁にぶつかったら基本を思い出す事ね、凩君は幸運にも三人も師匠がいるわ。必要な事はきっと教わっているはずよ」

「解りました、早速今日の事を踏まえて修行します!」

「いや、ケガをしっかり治しなさいよ」

そんな言葉を交わしながらお互い別れの挨拶をして淀宗は冷凍室を出て行った



残った凩の耳に届くのは重い反響音のみだった





冷凍室内は恐ろしい程の静寂・・・と、いう訳でもない

空調音か何かの駆動音かそれ以外の音か解らないが常に重い音が響いている


最初は五月蠅くも感じたが今は慣れてそうでもない



凩はそんな中で一人修行を続ける


先程あった『慈悲の心をもった攻撃』を会得するべく

優しい気持ちを絶やさないよう注意を払いながらシャドーボクシングをしている


〔・・・予想はできていたが妙な気分だな〕

いつもとかなり違う感覚でやっているので動きにキレがない


〔ってかそもそもこれで合っているのか?〕

『そうだ、こんな時は先程言われた様に三人の師匠達の教えの復習を』などと思っていたが



「?」



不意に妙な感覚が走った

敵意でも善意でもない―――


〔この部屋内から?〕

『直感を大事に』そう教わってきた凩は確認せずにはいられない


〔・・・誰か居る?〕

そう感じ、方向はまるで解らないが感覚の出処を適当に歩いて探る事にする


数歩進んだところで先程の思いは確信に変わる

〔誰か居るのは間違いない―――じゃあ、この感覚は呼んでいる・・・とか?〕


その思考に呼応するかのように例の感覚が強くなる

〔呼んでいるんだな!・・・まさか呼んでいる理由は!!〕


―――タスケテ―――

〔やっぱりかよ!!!〕


助けを求める声が聞こえるか否かの時点で凩は既に声の方向へ走り出していた


声はあの棚の陰から―――

凩は残りの距離をあっという間に消化し声のする点へ目を向ける


そこで見たのは予想外の光景

「鼓桃!?」


なんと鼓桃が虹色に輝く光の渦に飲み込まれそうになっている

―――タスケ「掴まれ!!」

鋭く踏み込み手を差し伸べ[スッ]その手は通り抜けた



鼓桃の姿も声もない

在るのは絶えず形を変える光の渦とその唸り声のみ



完全に飲み込まれてしまったのか!?

いや違う



〔鼓桃―――じゃない!〕



冷静に考えればおかしなところだらけだ


何故、セキュリティがしっかりしている密室に鼓桃がいるのか

何故、低い音さえ響く室内で声の方向がはっきり解ったのか

何故、聞けばすぐ解るはずの声を姿を見るまで鼓桃だと認識できなかったのか


挙げればキリがないだろう



確かに武芸では『直感』や『読み』は極めて重要な要因だ

例えばボクサーは相手の攻撃に対し『見て』『考えて』『対処を決める』という事はしない

そんな事をしていたら考えている間に被弾三昧だ


故に『攻撃が見えた』或いは『危険を感じた』という時点で行動が出来るように日々トレーニングをしている

だからあんなに至近距離からのパンチを易々躱せるのだ



凩も当然そういった修行を日々しており『直感』の優秀さを常々感じていた事だろう

だが、今回の件は格闘ではない。考える時間があった

なのに直感のみに頼り、見事に現状認識を誤った



その誤りに対するペナルティは・・・

〔!?引き寄せられ――っ!!〕

光の渦が渦潮の如く凩を飲み込もうとしている


〔何でこの渦の波が鼓桃に見えたんだ!?〕

〔何でこの渦の唸りが鼓桃の声に聞こえたんだ!?〕

考える事は何故認識を誤ったかという事ばかり。今は反省する場ではない、脱出を優先するべきだ

そうは思おうとしているはずだが精神と身体の動きが一致しない


「畜生!考えろ!!何とかして逃げ―――」

ここにきて再び大きなミス

このような現在進行形の急場こそ直感や読みに頼るべきだというのに



「おおおおおおおおお!!――――あああああああああ!!」



抵抗むなしく完全に飲み込まれ―――

―――光の渦ごと消え失せる


行く先は畜生道か修羅道か餓鬼道か

少なくとも天道ではないだろう



元居た部屋は最初から何事も無かったように低い音を響かせ続けていた

初回の連続投稿はここまで、次回からいよいよ異世界です


更新はゆっくり数日に1度ペースでいききます

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