1章 2 伸ばした拳の先に在るは人か空か
最近はそうそう見ないかもしれませんが
異世界モノといえばこの乗り物でしょう
凩は背後に迫る気配を感じた
振り返る、トラックだ
・・・一応念の為に付け加えるが別に轢かれるような進路ではない
数呼吸後、停止したトラックから降りる運転手
溜息をつきながら凩に近づく
降りて来た運転手は、見た目からして頑丈であると解る作りのオーバーオールと作業着に身を包み
癖は強く長さはセミショート~ミディアムの髪を盆の窪の両脇で一つずつ束ねた
凩より僅かに高い程度の身長の女性だ
「遊ぶ約束もいいけど、自分の状況解ってるの?凩君」
そう凩に投げかける女性
「淀宗さん」
「みんなごめんなさいね、このバカはまだ怪我が治りきってないのよ
だからこれから冷凍保存するからね」
淀宗と呼ばれた女性は凩の友人達にそう諭す
「凩・・・お前浮気か!?」
「つーか、付き合ってるとなると淀宗さんが犯罪者に・・・」
「え?何が犯罪なの?」
「ああそれはね、未成「よーし小僧共、その喧嘩買うわよ。あと面倒くさいから纏めて掛かってきなさい」
友人達の言葉を遮った淀宗の表情は実ににこやかだ
しかし言葉は見事な宣戦布告だし、態勢は実に堂が入った戦闘姿勢だ
「また明日なー!」
「じゃーなー!」
「はいさよならー!」
「逃げろー!」
芝居じみた恐れと雑な挨拶をしながら撤収していく友人達
煽るだけ煽って撤収とは実に小学生らしい光景だ
そんな様子を微笑ましい半分呆れ半分
「凩君も普段あんな感じなの?」
「否定したいんですけどね・・・」
「そうなの? もうちょっと大人かと思ったけど・・・
ま、武芸者としてはともかく、小学生としてはそれで正解かもね」
「武芸者を否定されるのは正直キツイですよ」
「否定はしていないわよ、ただ今の凩君が想像以上に小学生をしていたものだから『つい』ね」
「・・・そうですか」
少々不満げな表情を出しながら凩は淀宗と呼ばれた女性の運転する軽トラックの助手席に乗り込み目的地に移動するのだった
「凩君、傷の具合はどう?」
「押せば痛む程度です」
「5日間冷凍室で寝るだけで骨が粗方くっ付くなんて便利な体しているわね」
「雪男の半妖ですから」
「本当に半妖凄いのね」
そんな雑談を挟みながら凩を乗せた軽トラックは倉庫街の中を進む
その倉庫街は物流の拠点であり大きな倉庫が数多く立ち並ぶ
扱われるのは日陰に保管すればいいだけの物もあれば、大きな温度変化や湿度変化を嫌う医薬品、はたまた貴重な美術品等モノは様々
それらに応える為、様々な用途に合わせた様々な種類の倉庫が存在するのがこの街
物品のベッドタウンとでも呼べるだろう
そんな街なので倉庫全体が巨大な冷凍庫のような倉庫も勿論存在する
彼らの目的地はそこだ
尤も、本来は生身人間を放り込む為のものではなく主に食品を保管する為の施設なのだが
「さて凩君、いつも通り消毒して冷凍し[ギャッ]
淀宗の横っ面を高速の何かが通過した
否!通過したのではない、避けたのだ!
〔不意打ち失敗か!だが!〕
凩は躱された拳をそのまま横に払い、横薙ぎ鉄槌打(握り拳の小指側横面での打撃)を放ち[スルッ]「え?」[ストン]
凩はいつの間にか拳を突き出したまま跪いて―――いや跪かされていた
「何をさ「凩君」
混乱し思わず漏れた独り言を淀宗は制す
「駄目ね思考に頼り過ぎ、不意打ちになってないわよ」
いきなり殴りかかる凩にそうたしなめる淀宗
世間一般から見れば論点が大きくズレている叱責に見えるが、当人達にとっては妥当な内容だ
「はー・・・今日はいけると思ったのに」
「弟弟子にそう簡単には遅れはとらないわよ、凩君」
そう、凩が武芸者であるようにこの女性『淀宗 慶子』もまた武芸者なのだ
彼女は凩の事を弟弟子と言っているが、年齢も1廻り(12歳)違う事もあり殆ど師弟の間柄だ
『武芸者たるもの常在戦場たれ、いつ何時の不覚も恥と知れ』
凩も淀宗もそう言われ育ってきた
その心構えをモノにする為に淀宗は凩に『挑戦常時歓迎』と伝えている
(因みに淀宗も自らの師に常時挑戦を許されている)
つまり、先の行動は淀宗と凩の日常的な修行の一環と言うわけだ
淀宗はやりとりを終えると、指を掛けている凩の腕を引く
すると凩の体はまるでリモコンで操作されたようにあっさり立ち上がる
魔法か?
違う、柔だ
彼女は斥候員、つまり異世界の調査を生業としている
淀宗は標準的な成人女性とあまり変わらず162cmと戦場のみで生きるには物足りない
しかし、もとより強くなる喜びと体格が劣る不利を知っていた為、幼少より武術や格闘技にかなりを注ぎ込んできたのだ
結果、戦場に適応。凶刃・剛拳・魔術飛び交う実戦の中でも技や術を生かせる様になっていた
また懸命に打ち込んだ甲斐があり、その低い身長を補うが如く体重は凩より11kg重い66kgまで育った
プロレスラーやボティビルダーの様な筋肉が盛り上がった体形ではなく
体の軸が頑丈に鍛えられた分厚くも引き締まった体形で、ぱっと見では標準体型と見紛うばかりだ
(まあ、それでも軽量級な事に変わりはないが)
強いから斥候員を続けられたのか、斥候員を続けたから強くなったのかは不明だが
彼女は気付けば、そんな常に死と隣り合わせの戦場に8年近く身を置く猛者にまで成長し
さらに非公式時の活動を含めれば10年近くなるベテランとなった
「相手をよく見て作戦を考え実行する・・・この部分は良くできているわ」
〔解っているんだよ・・・そしてこの先指摘される内容だって・・・〕
「でもまだ思考に頼り過ぎているわね。武が骨にまで染み着いていないわよ」
〔解っているんだけどなあ・・・〕
「ま、このことも何度も言ってるから耳だこでしょうけどね」
「足踏みが長くて申し訳ないです」
「あと一皮なんだけどね、これさえ克服できれば・・・」
凩の自虐とも謙遜とも取れる発言に対し淀宗は否定もフォローもいれない
その事に凩は少しばかり不機嫌にな・・・っていない
「そうそう、あともうひとつ」
淀宗はそう言いながら冷凍室に向かうべく凩に背を向け―――いや、違う流れるように再び向き直っていた
そうと気付いた時には、手の先にある光弾がに何かが命中、霧散していた
「バレバレよ」
『気弾』
古来より様々な創作物で見かける定番の遠当て技
ほんの数十年前まで伝説や創作の域を出なかったが
魔法が現実となった現在、実際に修得可能な技となった
その事が広く知られると老若問わず多くの『男の子』が修行をするようになった
だがノウハウの蓄積も殆どない事も手伝い、修得難易度は非常に高く
さらに修得したところで射程2メートル強の威力は平手打ちレベル止まりという人が多く
トドメにプロスポーツマンになるのと同様、素質やセンスも大きく関わる様で多くの『男の子』が涙を流し挫折した
しかし凩はその気弾を使えるのだ
しかも実戦に投入できるレベルの威力と射程がある
相当な拘りと厳しさを以て鍛練をしただろうという事は容易に想像できる
だが、その切り札もあっさり射抜かれ止められた
気弾を射貫かれ、驚きの思わず硬直した凩に少しばかり嬉しそうな淀宗の声が掛かる
「二段構えの奇襲とは考えたわね、しかも意もさっきの突きに比べ上手く消せているわ」
端的に良い点を褒める、別にこれは皮肉ではない
「でも技の選択が良くなかったわね、意は隠せても気の練る動きが見えていたわ。それだと次にに何が来るか簡単に解るわよ」
同時に悪い点も指摘する、これはどんなジャンルでも見られる指導法の一つだ
「オレの気の練り、そんなに解りやすいですか?」
「解りやすいというより、凩君に気弾を教えた一日之長があるって事よ」
そう、淀宗は凩以上の気弾使いなのだ
凩の威力が彼の利き腕ストレート級なのに対し
淀宗の威力は彼女の前蹴り以上もあるのだ
体格や鍛え方にもよるが、不意に食らえば内臓破裂は免れないだろう
「まだまだ敵わないかー」
「そうそう負けてあげないわ」
そう言いながら、励ますように凩の肩をポンポンと軽く叩い
「っ!?」
軽くない!凩の膝が折れた!
まるで肩口から土嚢をねじ込まれたような衝撃に凩はなにも抵抗できずに仰向けに潰される
身動ごうにも体軸に砂が流し込まれたかの様にとてつもなく重く動かせない
〔追撃に・・・!〕
肉体的には動けなくとも精神的には防御しようと覚悟を決める
〔さあ来い!落ちはしない!〕
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
来な[コツン]
〔え?〕
「背面攻撃の警戒がなってないわね」
仰向けに転ばされていたはずの凩、なぜか後頭部が突っつかれた
〔あ・・・体が動くまで回復していたのか・・・〕
体が動かなくなったのはほんの数呼吸程度ですぐに回復していた
この数呼吸無防備なだけでも十分に問題だが、さらに防御する事に必死で凩は体の回復に気づかず
その必死な精神が肉体を引っ張り体を無意識のうちに丸めていた
その結果、腰以外は地面から離れていたのだ
「反省点が多いわね」
なにも言い返せない
「不意打ちでも相対していても攻撃の基本は変わらないわ」
「攻撃の意を覚らせない事・・・ですよね?」
凩は立ち上がりながら低い調子で答える
「私も凩君のお父さんや師匠に散々打ちのめされたものよ」
「今のオレのようにですか?」
「そうよ。コレ、身に染みるでしょ?」
「父さんも何やってんだか・・・でも、高い効果はありそうですよ。ホント」
そう言って二人は今度こそ冷凍室に向かって歩みを進める
凩にもう攻撃の意欲はない、肉体以上に精神的に制されてしまっていた
凩、またしても淀宗に完敗する
凩は淀宗に対し奇襲を週2~3のペースで仕掛けている様です
そして、接待を除けば全部空振りしています