3.そして無事に帰ってこられました。
銀のスプーンとフォークを出して頂いて、美味しいお食事を頂くことができました。
お米のご飯、というものを初めて食べましたが、パンとも小麦の麺とも違って、不思議な、でもとても美味しいご飯でした。
皆さんとても優しくて、ご飯も美味しいし、お借りしたお風呂も快適でしたし、その上寝る場所まで用意して頂いちゃいました。本当に不自由のない歓待を受けてしまっていて。思わず馴染んじゃいそうになりますが、でもやっぱり不安は付きまといます。早く帰らないと、授業を無断で欠席してしまうことも、内容で後れを取ってしまうことも、とても心配です。
「先輩……」
暗い部屋で、隣で寝るリーラさんが呟くように私を呼びました。
「私たち、このまま帰れないんでしょうか」
「……そんなこと、ないですよ」
力なく、答えます。私はリーラさんの先輩。不安がる彼女を励まさなきゃいけないのに、こんな弱々しい言葉しかかけられないのが悲しいです。ミスティだったら、きっともっと自信を持って口にするんだろうに。『大丈夫に決まってるわよ! 来られたんだから必ず帰れる! 絶対に方法はあるわ!』なんて。
――と。
「二人とも、ちょっといいかしら~」
部屋の外からせんせいさんの声が聞こえました。どうしたんだろう。はいと応えて扉を開けます。
「こんな時間にごめんなさい~。お客さんが来たんだけれど、どうやら二人のことを訪ねてきたらしいのよ~」
「え、私たちに、お客さんですか?」
「まさか! この世界に知り合いなんて!」
リーラさんも起き出し、私の後ろに付きました。
せんせいさんも「そうよねえ~」なんて小首を傾げています。
訳は分かりませんが、でもそれはきっとせんせいさんも同じ。私たちが確かめなきゃ、せんせいさんを困らせるだけです。
行ってみましょうとリーラさんを促し、着るものを整えて下階に降りました。
せんせいさんが、お店の中に通してくださっていたようです。テーブルに座ってお茶を飲んでいたのは、灰色の髪の若い男性。穏やかな、整った顔立ちが特徴的な、緑のマントの人物でした。
「初めまして。お迎えに上がるのがこんな時間になってしまい、申し訳ありませんでした」
椅子に座ったまま、こちらに微笑みを向ける男性。見覚えのない笑顔に、警戒心が強まります。
「初めまして……、ですよね?」
「迎えに来たって、どういう意味ですかっ?」
臆しながら私が答えると、それをしっかり感じ取られてしまったか、リーラさんが強い語調で男性を睨みつけました。
「お二人を元の世界に連れ戻すための迎えです。最初の位置から随分移動なさっていたようで、それでつい探し回ってしまいました。面目ない」
「え……、元の世界に?」
「どうして、あなたにそんなことができるんですか。あなた何者ですか!」
「ティリルさん――、でしたね。あなたはご存知ですよね。青い鳥を連れた、エルフの少女のこと」
あ、とうっかり口が開いてしまいました。
異世界を旅し続けるという、少女と鳥のこと。半年ほど前に学院に訪れて、探し物をして帰っていった二人。ミスティと二人で学院内を案内したのを、覚えています。
「あなたはあの二人の――、メルロンドさんのお知合いなんですか?」
「いえ、知り合いではありません。私が一方的に彼らのことを知っているだけ」
不敵な笑みで、男性が答えます。
「私は、彼らが持って、そして探していた三つの創世の法具の作り手です」
「――えっ?」
さらに、驚愕の声が漏れた。
リーラさんが、横で首を捻っているのが見えます。せんせいさんも話が見えないと不思議そうに頬元に手を当てています。
二人にもわかるように、端的な表現で、私は男性に聞いてみました。
「つまり……、あなたは神様ってことですか?」
「私のことをそう呼ぶ人もいますね。神にもいろいろな意味合いがあると思いますが……、造物主という意味であれば、その一因であると考えて頂いてかまいません」
背筋に汗が走りました。
まさか、世界を作った神様に実際に会えるなんて、夢にも思っていませんでした。思わず緊張してしまいます。
「なんだかよくわかりませんけど」緊張で言葉を失った私に代わり、リーラさんが口を開きます。「つまりあなたは、世界を作った神様で、その世界と世界を渡り歩くのも簡単なことだと、そういうことですか?」
「はい。その解釈で問題ありません。
本当は私が手を出すのはいいことではないんですけどね。まぁ、あの二人が原因で世界同士のつながりが少々歪になってしまっているので、その後始末をしているんです」
全く困ったものです、と眉間を吊り上げながら穏やかに笑う男性。よくわからないので、とりあえず私は「はぁ、そうなんですか」と相槌を打ちました。メルさん達が困りものだ、と言われているみたいで、なんだか素直に頷くこともできませんでした。
「まぁ、そんなこちらの都合はどうでもいいです。さぁ、そんなことより元の世界に帰りましょう」
そう言って立ち上がる男性。
疑問はあるけれど、異論は全くありません。私もリーラさんも、学院に早く戻りたくてやきもきしていたのです。
「あら~、二人とも、もう帰っちゃうのね~。ちょっと淋しいわ~」
せんせいさんが、そんなことを言ってくれました。本当にありがとうございましたと、お世話になりましたと、私とリーラさん、二人揃って頭を下げます。
「こちらこそ、楽しかったわ~。火憐ちゃんとえみちゃんには私から伝えておくわね~」
優しく手を振ってくださるせんせいさん。もう一度、頭を下げて、お店の外に出ました。
外は真夜中。月が丸くてきれいです。
「では、行きますよ」
「はい、お願いします!」
男性に頭を下げると、男性は広い場所を選び、何やら魔法のような力を唱え始めました。
ゆっくりと、視界が揺らいでいって、そして――。
気が付くと、辺りは昼間。リーラさんと二人、校庭の脇のベンチに座っていました。男性はいなくなっていました。
「……帰って、来られたんですね」
リーラさんがしみじみと呟きました。
「そうですね。学院の庭ですね」
私も、答えます。
がららんごろろん、と鐘が鳴りました。次の授業が始まる合図です。
「……夢じゃ、なかったんですよね」
「現実でした。エミさんもカレンさんも、せんせいさんも、みんなみんな、実際にいましたよ」
自分のほっぺたをつまむリーラさんに、そう言って答えます。
夢じゃなかった。頂いた美味しいごはんで膨らんだお腹が、私にそう伝えてくれました。
「精霊がないなんて、不思議な世界でしたね」
リーラさんの感想に、私もぼんやりと頷きます。
メルロンドさん達みたいに、違う世界に、また新しいお友達ができた。もう二度と会えないかもしれないけれど、きっと貴重な体験だった。そんな風に思うことができました。
「ああ……」
そして、溜息をついてしまいます。
どうしたんですか?と首を傾げるリーラさんに、私は口をへの字に曲げて見せました。
「カレンさんの耳、触ってみたかったなぁ……」
「それは、……正直、私もちょっと後悔です」
ねー、と顔を見合わせてから、校舎に戻ることにしました。
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