2.異世界でお茶とお菓子を頂きました。
「あらあら、それは大変だったわねぇ~」
連れてこられた、のどかな町の小さなお店。
見慣れない不思議な雰囲気の漂う町並みで、やっぱり不思議な出で立ちのご主人さん。金の髪がきれいな、妙齢の女性でした、
「……い、ま、何か思ったかしら?」
「え?」
睨まれました、明らかに私が睨まれました。
どうしましょう。思い当たる節がありません。
「えっと、その、……き、きれいな方だなぁ、って、思ってましたけど」
「まぁ~、ティリルちゃんったら~! きれいだなんて、正直ね~」
頬を片手で押さえながら、くねくねと体を曲げるご主人さん。空いた方のもう片手で、私の肩をぱしぱしと叩きます。
私たちはご主人さん以外の四人、テーブルに向かって座らせて頂いてたんですが、ご主人さんとは逆側隣に座っていたエミさんが、そっと耳打ちしてくれました。
「せんせいの前では年齢の話がご法度なの。口にするのはもちろん、思うだけでもダメ」
ごはっと……、ああでも、多分しちゃいけないってことだろうな。ふんふんと頷きながら、私はそっと、認識を改めました。
妙齢の女性 → きれいな大人のお姉さん。
「んー、若干まだ引っ掛かるところはあるけど、まぁいいわ~。きれいだなんて本当のこと言ってくれるティリルちゃんにはやさしくしちゃう」
「せんせいは火憐にもやさしいのじゃ! だからカップケーキのおかわりが欲しいのじゃ」
もくもくとまだ手元にあるカップケーキを食べながら、カレンさんが調子よく言いました。
ご主人さん……、せんせいさんはにこにこ笑顔で軽く、だめよ~と受け流しています。
ところで、帽子を取ったカレンさんの頭に、キツネのような耳がぴんと立っているのは、これはあまり気にしない方がいいのでしょうか。椅子に座るときに尻尾も見えたような気がするのも、あまり口にしない方がいいのでしょうか。
そうですよね。ここは異世界だし、そういう人がいる世界なんだろうって思えば、特に気になりません。足首に鉄球を嵌めていることに比べたら、些細なことという気がします。
あぁ、でも、触りたい……。
「さて、それじゃあティリルちゃんにもリーラちゃんにも、このお店で働いてもらおうかしら~」
「えっ」
とかなんとかぼんやり考えていたところ、せんせいさんから唐突な提案が示されました。それに対して私とリーラさんとエミさん、三人の声が重なります。触ってみたいキツネ耳カレンさんだけ、引き続きもくもくしてます。
「働くって、……私たちが、ですか?」と、私。
「ここお店だったんですか?」とリーラさん。
「二人も従業員増やすんですか? 私はどうなるんですか? ワークシェアでお給金三分の一ですか? それともリストラですかっ?」やけに焦った様子で、声を荒げるエミさん。
「大丈夫よ~、あんまりお客さんが来ていないように見えるかもしれないけど、もう一人二人働き手を養えるくらいの黒は出てるのよ~」
「ホントですか、よかった」右手を胸に当てて、わかりやすく胸を撫で下ろすエミさん。
「それからリーラちゃん。ここはお店よ~。この私、仙丈星夏が店主を務める仙丈道具店。いろいろな珍しいものを売っているの~」
「珍しいもの?」
「最近入手したものだと、これなんかとっても珍しいと思うのよ~」
聞き返したリーラさんに、せんせいさんはそう笑って、いそいそとうしろの戸棚を漁ります。取り出したのは、予想よりも随分と大きな黒いもの。畳まれていたものをせんせいさんが「じゃーん~」と大きく広げると、手足があって人の体の形をしていたことがわかりましたが、……ええと、これは洋服なのかな? 本当に人の体の形に作られていますが、素材も布ではないですし、ちょっとこれは着るのに勇気が要りそうなデザインです。
「って! せんせい、それ私のウェットスーツじゃないですか!」
と、エミさんがせんせいさんを睨みつけます。
「あら~、でも私がお金を払ってお預かりしてるんだから、今は私の物でしょう~」
「預けてるだけです! お金を返したらちゃんと返してもらわないと困ります!」
「えみちゃんもう使わないって言ってたじゃない~」
えへへ、と人差し指を頬の辺りに当てて、ごまかしのポーズを取るせんせいさん。さっきからちょこちょこ感じていたんですけど、せんせいさんは見た目の雰囲気に反して、とてもかわいらしい仕草を取られることが多いように感じます。年齢を感じさせな
「何か思った~?」
お若いお年にぴったりイメージのあった、とてもかわいらしい仕草をなさることが多いように感じます。
せんせいさんはひとつ大きく頷いてくれました。……ほっ。
「まぁ、何やらよくわからないものを売っている不思議な道具屋さんだっていうことはなんとなくわかりました」
「ちゃんとしたものも売っているのよ~」
「ってせんせい、私のウエットスーツをさりげなくちゃんとしてないもの扱いしないでくださいよ!」
「それはさておき」
「リーラさんさておかないで!」
「置くのじゃ? わしも置くの手伝うのじゃ? どこに何を置くのじゃ?」
「話わかってない人は参加しないで!」
リーラさんの発言に皆さんが反応してくれます。なんだか楽しそうでちょっと羨ましい。
「そうじゃなくて! とにかくここが道具屋さんなのはわかったんですけど、私たちがここで働くっていのはどういうお話なんですか?」
あ、無理矢理本筋に戻しましたね。
「ああ、そのお話ね~。ええ、もちろん、あなたたちが良ければの話なんだけれど~。実はここにいるえみちゃんも、遠くから来て帰り路がわからなくなっちゃったらしいの~。それで、お店番と火憐ちゃんの面倒を見てもらうっていうお仕事内容で、このお店で働いてもらってるのよ~」
「はぁ」
リーラさんが生返事。
エミさんが元の世界に戻れないという話は、なんとなく先程道端で交わしたお話で私も気付いていました。せんせいさんは知らないのかもしれませんが、エミさんは異世界から来た人。異世界を渡るなんてこと、特別な力を持っている人でもないと、そう簡単に何度もできるとは思えません。
……あれ? でも、そうすると……?
「だから、もしあなたたちも変える場所がないのなら、と思ったんだけど、ティリルちゃんとリーラちゃんはちゃんと帰る場所がわかっているのかしら~」
「そりゃわかってます! 私たちはソルザランド王国のサリアから来たんです! 早く学院に帰らないと、門限を破ったら罰則があるんですよ」
「そるざらんど、おうこく?」
せんせいさんがきょとんと聞き返します。
そうですよね。エミさんもカレンさんも知らないと言っていた国。せんせいさんの方が物知りかもしれませんが、それでも知ってる可能性の方が低いと思いました。
「ごめんなさいね。私はその国の名前を聞いたことがないの~。だからきっと、ここから帰ろうとしてもすぐには帰れないと思うわ~」
「え、そ、そんな……」
「だからね。帰る方法が見つかるまででも、あなたたち二人ここにいたらどうかしらって」
「二人は学校に行ってたのかっ?」
カレンさんが机に両手をついて、飛び上がるように立ち上がりました。口の周りがカップケーキの食べかすでべとべとです。「火憐、口」そう言ってむぐむぎゅとカレンさんの口を布巾で拭いてあげるエミさん。お母さんみたいです。
「学校に行っておったのかっ? すごいのじゃ。わしも学校に行きたいのじゃ」
「あー。カレンさんは学校行ってないんですね」
リーラさん。そんな、露骨にああ納得みたいな顔するのはよくないと思います。
でも、ソルザランドでも、学校に行かない人は珍しいわけじゃありません。私だって、本来大学院を目指すなら卒業しておくべき予科相当学校には行っていません。この世界でもそれは変わらないんでしょう。金銭面とか、距離とか、後は家庭の事情とか。様々な理由で学校に行けない人は少なくないんだろう、と勝手に想像しました。
「てりるとりーらは審査学校に行っておるのか? 魔獣の倒し方とかはもう知っておるのか?」
「知りません」
何はともあれ即答しました。なんですか魔獣って。なんですかその物騒な単語。
「ここの学校は、魔獣の倒し方、なんてものを学ぶ場所なんですか?」
リーラさんが質問します。
「ん~、というか審査学校は、魔獣に襲われないように結界の外を移動する手段を身に付けるための場所ね~」
「ケッカイ、ですか……」
「要するに、安全な町の中にいる分には問題ないけど、町と町との間には魔獣が出るので、その対処法を学んでからでないと他の町に行くことはできませんよ、ってことなの」
エミさんが説明をくれました。
なるほど、説明自体はとても分かりやすい。ありがとうございます、と頭を下げた私は、それから冷静になって考えて、改めて「あれ? この世界には魔獣なんていう物騒なものが蔓延ってるっていうことですか?」と眉間に皺を寄せました。
「てりるたちのいたところには、魔獣はいないのか? それはいいのじゃ。学校に行かなくても旅ができるのじゃ」
「そうですね。旅をするのにそういったものは必要ないです。もちろん、学校で知識を蓄えた方が旅が快適になるとは思いますけど」
「ティリルさんたちの学校は、どんなことを学ぶ場所なの?」
エミさんが質問をくださいました。ええとと私が言葉を探している間に、リーラさんが説明をしてくれます。
「私が所属している予科は、読み書きとか計算の仕方とか、日常で使う知識を揃えるための課程です。ティリル先輩がいる本科課程は、より専門的に魔法の技術を磨いたり、知識を解明したりするものです」
「魔法じゃとっ?」
またカレンさんが飛び跳ねました。その緑の目がキラキラと輝いて、耳と尻尾がぴんと立って、まるで興奮した犬みたいに可愛らしいです。
「てりるは魔法が使えるのか?」
「え、あ、はい。一応……」
「地属性魔法か? 水や風まで使いこなせるのか?」
「え、ええと……。使いこなせるっていう程ではないですが、一応少しは。っていうか、属性?」
「ここの世界では火属性魔法が一番難しいらしいんですけど、ティリルさんのところでもそうですか?」
エミさんが口を挟んできました。「なんと! てりるは火属性も使えるのかっ?」カレンさんが興奮気味にぴょこぴょこ飛び跳ねてまとわってきます。
「属性、って言うのがよくわかりませんけど……。
火を操るのは、いろいろな魔法を使う基礎として考えられてはいますね。実際私も、最初に覚えたのは火を起こす魔法でした。水をお湯に変えたり、風を吹かせたり。そういう魔法を使うためにも、火を起こす感覚は必要になってきます」
「すごいのじゃ! てりるは神様なのか!」
「違うと思うわ」
机に両手をつきながらぴょこぴょこ飛び跳ねるカレンさんに、エミさんが早めに注釈してくれました。なるほど、そのままテンポで注釈を入れていいんですね。勉強になるなぁ。
「けど、なるほど。ティリルさんとリーラさんの大学は、私が行っていた大学の考え方に近いみたい。
ねぇ、よければその魔法、見せてもらえません?」
わくわくと目を輝かせるエミさん。
「わしも、わしも見たいのじゃ!」
ぴょこぴょこ飛び跳ねながら、カレンさんも私に注目をくれます。
いいですよ、と軽く返答。目を瞑り、胸の前に手のひらを作り。
「……精霊さん、私の手許に小さな火をください」
小さな声で、呟きました。
ところが、私の手許に火は起きません。え、何で?と慌てて同じ魔法を繰り返しますが、何度使っても結果は同じです。
「そんな……。どうして……」
「なんじゃ。てりるは魔法が使えないのか? 使えると言っていたのはうそだったのか。うそつきなのか。どろぼうのはじまりなのか。てりるはやっぱりどろぼうなんじゃな?」
「火憐ちゃん~? そんなに簡単に人をどろぼう呼ばわりしちゃダメよ~?」
「そうよ火憐。ティリルさんは嘘ついたわけじゃないのよ。ティリルさんだって調子が悪い時とかもあるのよ、きっと」
がっかりした顔をするカレンさんを、せんせいさんとエミさんが窘めてくれます。けれど、申し訳ないですが、私自身そんなことはどうでもよく感じてしまっていました。どろぼうって呼ばれるより、嘘をついたって言われるより、自分が魔法を使えなくなってしまったことの方がよっぽど重大事です。
慌てる私に、リーラさんが、ふと思いついたという顔で言いました。
「異世界っていうことは、ひょっとして、こっちの世界には精霊がないんじゃないですか」
「せいれい?」
私が反応するより先に、エミさんとせんせいさんが声を揃えます。答えるのもリーラさん。
「精霊は魔法の源です。心で念じたことが空気中の精霊物質に伝わり、それが現実の現象を操る動力になるんです。
この世界の魔法は違うんですか?」
「ちがうのじゃ! セーレーなんていうものはこの世界にはないのじゃ!」
「そうなんですかっ?」
今度こそ私が声をあげます。精霊がない世界。それでは、私が魔法を使えないのも当然です。
「そっか。じゃあ、私は、この世界じゃ魔法は一切使えないんですね……」
原因がわかってほっとしたような。でも改めて自分の役立たずぶりを認識させられたような。複雑な気持ちです。
「大丈夫よ~。えみちゃんも私も魔法は使えないし、むしろここでは使えない人の方が多いから、それを気にすることはないわ~」
「……はい」
せんせいさんに励まして頂いて、そのこと自体はとってもありがたかったんですけれど、やっぱり魔法が使えないことへのショックは大きくて、ついしょんぼりとした返事になってしまいました。
「さあ、じゃあお話はこれくらいにして、みんなでご飯にしましょうか~」
ぽんと一つ手を叩いてそう宣言するせんせいさん。エミさんもカレンさんも慣れた様子で、「そうですね、そうしましょう」とお手伝いに向かうご様子です。
ああ、私たちも何か、と腰を上げようとしたところ、今日のところはあなたたちはお客様だから、とせんせいさんに座らされてしまいました。
心苦しいところもありましたが、他の方のおうちであまり強硬にお手伝いを主張してもかえって失礼になることもあるでしょう。ここは素直にお言葉に甘え、私とリーラさんはその間、二人で今後のことについて話し合うことにしました。
けれど、ここがどこだかわからない、どうやって来たのかもわからない二人から何か妙案が生まれるはずもなく。気が付けば、外は夜。テーブルの上には皆さんが作られた美味しそうなご飯が並べられ、またわいわいと賑やかな食事が始まっているのでした。
「……ところでスプーンもフォークもなくて食べられないんですけど、なんだろうこの二本の棒は。何かの宗教儀式とかに使うんですかね」
「て、リーラさんリーラさん。皆さんこの棒を使ってお食事されてますよ」
「えっ、うっそなんですかあれ。どうやって動かしてるんですかっ?」
「ふわぁ、曲芸みたいですねぇ」
「せんせい! この中にお箸文化を知らない人が二人います!」
わ、ひそひそ話がエミさんにバレました。
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