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1.異世界に来てしまいました。






「リーラさん……、ここ、どこでしょうか」


 辺りを広く見回しながら、私はぼんやりと疑問を口にしました。


「私もわかんないです。見た感じ、学院内じゃないっぽいですけど」


 リーラさんも同様、あっちを見渡し、こっちを見渡ししながら答えます。


 私たちが立っているのは、木々の茂った林の中。枝を伸ばした木々が私たちから太陽を隠そうとして、昼間だっていうのに随分と暗く感じます。これでこんなになだらかでなければ、故郷のユレアの山道にも例えられたかもしれません。


「さっきまでは校庭でしたよね。私たち、いつの間に学院の外に移動しちゃったんだろ」


 眉を顰めて、リーラさんが言いました。


「学院の外……、っていうか、街の外ですよね、ここ……」


 もう一度周囲に目を向けながら、私も答えます。


 当然の疑問です。だってさっきまで私たちは、学院の校庭脇のベンチに座りながら、話をしていたんです。ふと立ち上がったら周囲の景色が変わって、いつの間にか知らない場所にいた。そんなこと、在り得るのでしょうか。それとも、二人して夢遊病にかかってしまう、なんてことがあるのか。


「先輩、ひょっとして魔法使ったりしました? 瞬間移動的な」


 リーラさんの質問に、私はえぇと眉を顰めて答えました。瞬間移動なんて魔法、おはなしの題材としてはよく使われますが、実際に誰かが行使した、なんて記録は私の知る限りありません。学院内でそれを研究している先生がいるなんて話も、寡聞にして。


 ……あれ。……でも、待って。


「……なんか、そんな話、つい最近聞いたような気が」


「えっ、やだなぁ先輩。ただの冗談ですよ、冗談」


「あ、いえ。それはわかってるんですけど、そうじゃなくて」


 そうじゃなくて――。私は腕を組んで考え込みます。瞬間移動という言葉から、何かを思い出しそうになるのですが、あと一歩。思い出すことができません。


「それより先輩、少し歩いてみません? いつまでもここにいてもしょうがなさそうですし」


 リーラさんの提案には、本当のことを言うと少しだけ抵抗がありました。遭難した時は、なるべくその場を動かないで助けを待つべきなのではないかと。


 でも考え方の違い。リーラさんは、私の魔法でないにしろ、二人で瞬間移動してしまったと考えているみたいです。まずは知っている場所を探し、そこから学院に戻る。それが一番の道だと思っているようで、実際私も最終的にはリーラさんの考え方に合わせることにしました。


 待っていて助けが来る可能性、確かに低そうだって、なんとなく思ったんです。


「とりあえずは林の外を目指しましょう。案外学院の近くかもしれませんし」


 楽観的に言ってのけるリーラさん。あまりそんな感じはしないけど……、という本音は喉からは零さず、そうですね!と笑顔で彼女についていくことにしました。


 やがて、人が歩くような道に出会うことができました。


 ……いえ。人が歩くような道、というとまだまだ語弊がある気もします。相変わらず木は倒れているし、頭のすぐ上に枝が迫ってくるし、歩くだけにさえ一向に気を抜くことはできません。それでもまぁ、さっきよりは整備されてるって言えるのかなぁ。


「……道、なんですかねこれ。木とかいっぱい倒れててすっごい歩き辛いですけど」


 リーラさんの感想。ホントですよね、と相槌を打つ。


「それでも、なんとなくこっちの方に進むらしい、……っていうのがわかるだけいいかなぁ」と、私。


「町に続いていればいいですけどね。このまま険しい谷底とかに連れていかれたら最悪ですよ」


「……そういう想像やめましょう。冗談になってないですし」


 しばらく行くと、ようやく私たちは他の人に出会いました。


 ものすごくほっとしました。ほんの少しだけ、ひょっとして人のいない世界に迷い込んでしまったのか、と不安に思い始めていたところでした。


「すみません、ちょっといいですか?」


 倒木に腰を掛け、何やら話をしていた二人に、背後から声をかけます。


 振り向いた、手前は落ち着いた雰囲気の女性。薄い茶色の癖っ毛が特徴的で、白いシャツに長い草色のぶかぶかしたズボンを履いています。


 奥にいたのは赤い三角帽子の女の子。手前の女性よりもやや幼く、帽子からこぼれた白い綿毛のような髪の毛を風に揺らしています。全身赤を基調にしたシックなスカート姿で、足許は……、足許……。


「え、……犯罪者の護送中?」


 戸惑う私より先に、リーラさんが口を滑らせてしまいました。三角帽子の女の子の左足首には、大きな鉄球が、鎖でつながれてあったのです。


「なんじゃ? はんざいしゃじゃと? おぬしらどろぼうか?」


 緑色の目をきょとんと丸くし、独特な口調で私たちを見つめる三角帽子の女の子。


 あ、ごめんなさい不躾に。謝る私に、隣の女の人が少し困ったような笑顔をくれました。


「この鉄球は気にしないでください。火憐のファッションなんです」


「ふぁ、ファッションっ?」


「えみ、違うぞ。前にも言ったじゃろ、この鉄球はな」


「うん、うん、わかってるよ火憐。とりあえず話が進まないから、鉄球の話はあとにしよう」


 落ち着いた様子で、ぽんぽんと少女のお腹の辺りを叩く女性――、エミ、と呼ばれていたようですが、彼女の名前でしょうか。


 気にはなりましたが、いけません。名前を伺うなら自分の方から名乗らなくては。


「ええと、すみません突然お声をかけて。実は私たち、道に迷ってしまいまして。ようやく他の方に出会えてほっとしたところなんです。私はティリル。ティリル・ゼーランド。こっちはリーラ・レイデンです。もしよかったら教えて頂きたいのですが、えっと、サリアの街って、この辺りからだとどっちになりますか?」


「さりあの街?」


 二人の目が、きょとん、という音を立てて丸くなりました。


 あ、なんかこれ、まずいやつだ。私はごくりと唾を飲み込みます。


「ええっと、まずはご丁寧なごあいさつありがとうございます。私は、伊勢笑と言います。こっちは胡風か――」


「ファイヤーフォックスじゃ!」


「……という偽名の?」


「胡風火憐じゃ! よろしくなのじゃ!」


「あ、は、はぁ」


 先に挨拶をくれた二人に、私もきょとんと音を立てながら頭を下げました。不思議な自己紹介ですね、とリーラさんも首を傾げています。


「火憐の偽名のことは、まぁ気にしないで大丈夫です。火憐って呼んでやれば尻尾を振って喜びますから」


「なんじゃえみ。わしはまだ尻尾を出しておらんぞ」

「えぇそうね。

 それはいいとして、街なんですけど――」


 サリアなんていう街は、この近くでは聞いたことがないです。イセ・エミさんは少し困った顔で、そう教えてくれました。


「えっ、サリアの街を聞いたことがないんですかっ? ソルザランド王国の首都のことですけど……」


 突然に大声を上げるリーラさん。


「え――、あ、はい。ないです。火憐、知ってる?」


「聞いたこともないのじゃ。ここは山櫻共和国で、わしとえみが住んでるのは有洲市なのじゃ」


 サンオウ共和国の、ユズ市。お二人にとってのソルザランドの地名がそうであるように、私たちにとっても、これは初めて聞く地名です。


 あんまり考えたくはなかったのですが、やっぱり、これは……。


「あの、ティリルさん、リーラさん」エミさんが、恐る恐るといった様子で私たちの名前を呼びます。「間違ってたらごめんなさい。ひょっとして、お二人は、異世界からやってきたんですか?」


「多分、そうだと思います」


 驚くほどすんなり、私の口から肯定の返事が飛び出しました。


「えっ? 異世界? なんですか、何の話ですか、先輩っ? 先輩は何か知ってるんですか?」


「いえ、私も詳しくは知らないんですけど」慌てふためくリーラさんに向き直って、私の知る限りの説明をします。「以前、学院に紛れ込んできた『異世界から来た』っていう女の子と鳥さんに会ったことがあるんです。その人たちは、探し物をするために、あちこちの『異世界』を巡っているんだとか。私自身よくはわかっていないのですが、この世界が異世界だとすると、少なくとも私たちのいる世界とは地図も、歴史も違う。

 この方たちは、私たちの世界では誰でも知ってる『ソルザランド』の名前を知らない。私たちは、この場所がそうであるという『山櫻共和国』を知らない」


「異世界……。異なる世界、っていうことですか」


 そういうこと、と頷く。エミさんもうんうんと相槌を打ってくれます。カレンさんは、にこにこと首を揺らしています。あんまり話を聞いてくださっている様子がないです。


「二人とも言葉は通じてるけど、やっぱり私とも違う世界の人みたいだね。……日本とか、ジャパンとかっていう国、知らないですよね?」


 エミさんの質問。素直に知らないですと頭を下げます。


「やっぱりかぁ。……まぁね。私もソルザランドっていう国のことは知らないし、そうなんだろうな、とは思ったんですけど」


「えみはさっきから何を言っておるのじゃ?」今度はカレンさんが口を尖らせます。「そるざらんど、だの、じゃぽん、だの、わしは全然知らないのじゃ」


「火憐には期待してないよ。あなたはこの世界の人じゃない」


「なんじゃ? バカにしとるのか?」


「そんなこと言ってないでしょ。知らなくても当然っていうだけ。

 さぁ、そんなことより、異世界のお二人さん」


 ふっとエミさんが立ち上がって微笑んでくれました。


 柔らかい笑顔にほっとしてしまう反面、さてと区切られた話題には、この後なんと言われるのか不安も抱きました。が、そんな不安を打ち消すように。


「そうすると、多分お二人はこれから行くところの当てなんかもないと思うんですけど、どうかな。とりあえず私たちと一緒に、有洲市に来るって言うのは」


「おお。二人もせんせいのお店に行くのか?」


「私も雇われの身なので、おいそれとお誘いしてよい立場じゃないかもですが……、いいよね? 火憐」


「もちろんなのじゃ。せんせいも喜ぶのじゃ」


「ってことなので。問題ないかと」


 二人の提案に、私はもちろん喜んで、リーラさんも訳がわからないながらもとりあえずといった感じで、頷きました。お二人が優しい方でよかったです。


「そうとなれば、さっそく出発じゃ! よし、大サービスで三人とも、わしが魔法で運んでやろう」

「え、いいです。遠慮します。お願い。やめて」


「えみも遠慮することはないのじゃ。一人でも三人でも似たようなもんなのじゃ。さあ、行くのじゃ―」


 楽しそうに魔法を唱えるカレンさん。その魔法に呼応して、体が浮かぶ私たち三人。なにやらエミさんの腕が、カレンさんの足から伸びる鎖で固定され。私とリーラさんはそのエミさんの体にしがみつくように言われました。あれ、これ……、一人と三人では全然似たようなものじゃないのでは……?


 そして走り出すカレンさん。


 そして木々の枝や葉っぱを交互に、あるいは同時に顔で受け止める私たち三人。


「わ、私もう無理ですぅ~」


「頑張って、ください、リーラさん……。頑張って、しがみついて」


「も、もう無理ぃ……、手、離しますよぉ~」


「離しちゃダメ! もし火憐が気付かなかったら、下にも降りられないままこの辺りにふよふよ放置されちゃうかもしれないよ!」


「そ、そんなぁ~」


 どうやら振り落とされないように頑張ってしがみつくしかないみたいです。


「私も、最初にやられたときは、死ぬかと、思ったけど、今じゃすっかり、死ぬかと思うのにも、慣れっこで」


「それダメじゃないですかぁぁぁ」


「私もう無理ぃぃぃ」


「もうすぐなのじゃ! しっかりつかまってるのじゃ!」


 楽し気な女の子の笑い声と、苦し気な三人の悲鳴を響かせながら、私たちはどうにかこうにか町に辿り着くことができたのでした。




こちらも、どうぞ合わせてお楽しみください。


『ところのかみさまありがたからず』(著 出佐由乃)

 https://ncode.syosetu.com/n0155fm/

 

『遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡』(著 乾隆文)

 https://ncode.syosetu.com/n7701ep/

 

『エルフと鳥と、世界一の魔法使の娘』(著 乾隆文)

 https://ncode.syosetu.com/n5669ff/

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