インド人対ウニの転
「オーウ、ハジーメマシーテー。ドチラサマデスカ?」
玉座に座っていたインド人らしき男は目を丸くしてイントネーションの外れた片言の言葉で挨拶をして一礼した。
「何故片言……お前がマハトマ・ラムシュアかぜ?」
「イカーニモ、カクニモ、ワタシガラムシュアデース!好キナ物ハカリーデース!ヨロシク」
マハトマ・ラムシュア。
インドにおいて名だたる多国籍企業の一つとされていた『ビッグハンド社』の四代目社長。
元々幹細胞の研究をして、手足のない人に本物の手足を提供することを目標にしていた医療研究機関のような企業。
しかし、新しい研究者を迎えるために無理なヘッドハンティングや合併を繰り返した結果、市場のチームが社の理念そっちのけで動物キメラの研究を始めてしまった。
その末路が2026年に起きた『液状化キメラ死体写真流出事件』につながる。
社は一時倒産の危機に襲われるが、合併していた他企業を切って、苦渋を飲みながらもなんとか持ちこたえた。が、そんな企業にすでに力などないわけで、22世紀の現代でも立場向上は望めていなかった。
「安直な片言外人キャラは嫌われるわよ。つか、あんたこの国の出身なんでしょ?」
「ソーデス。ワタシ、インド。ミンナモ、インド。世界ハ、インドニナリマース!全テハ、機械仕掛ケノ神ノ言上通リデース」
機械仕掛けの神、そういうとラムシュアは玉座から立ち上がり、その両手を天高く掲げた。
「機械仕掛けの、神?なんなのよそれ。まぁいいわ、あんたがMTAを使って世界に悪影響を与えようとしているのは間違いなさそうね。私たちに大人しく捕まりなさいな、あんたには聞かなきゃいけないことがいっぱいあるからね」
「ソレハ……願イサゲデース。コノ滅亡シタアジアヲ救エルノハ、インドシカナイノデース。スベテヲインドニスレバ、ミンナモウレシイ。ダカラ、インドニシナクテハナリマセーン、ヨ?」
立ち上がったラムシュアはさも当たり前のことを言うようにアジアをインドにすると言った。
ムラサキウニはそれを聞いて救えないバカを見るような目でじーっと見るが、ラムシュアは本気で何が食い違っているのかをわかっていない様子だった。
「ヨ?じゃねーっすよ。わざわざこちとら仲間一人失ってまでやってきたんっす、ここであんたに逃げられるくらいだったら、尺を気にせずに戦うつもりっすよ!」
パイプウニはしびれを切らし、両腕の棘大盾を構えたままレッドカーペットの上を一直線に走り抜け、ラムシュアに体当たりをかまそうとした。
そのレッドカーペットの両脇に立つインド人はそれを意に介さない、どころか見えてないんじゃないかと思うほど音一つ立てることなく静観していた。
「クラエ!キャラライナリーパー!」
ボフッ!
静観しているのはエキストラだけのようで、ラムシュアは思いっきり赤みの強いオレンジ色の球体をパイプウニに投げつけた。盾の大きさも相まって命中した球体は突如水風船が破れるように中からオレンジ色の煙を拡散らせた。
「ギャァァア!イタイ!イタイっす!全身が針で刺されてるみたいっす!」
じかに食らったパイプウニは数秒もかからずに悶絶し、玉座の間手前の階段を転げ落ちて悶えた。粉末の空気汚染の速さは尋常ではなく、爆散からできるだけ遠くにいたノナ達の方にもすでに火の粉のように降り注いでいた。
「何々!?すごい痒いのに、かいたところがとても痛いッ!」
「しゅ、シュノーケルだ!シュノーケルをつけて顔を守るんだぜ!」
「ひぇ!パイプの二の舞にはなりたくないべ!」
皆自分を守るためにシュノーケルを陸にもかかわらず装着する。実はこのシュノーケルには汚染された海洋でも活動できるように、ガスマスクに近いフィルターが施されており、数時間程度であれば役に立つのだ。
「フゥーハハッハ!コレガインドノ唐辛子、キャロライナリーパーデース!機械仕掛ケノ神、コメツブウニ様ニ逆ラウカラコーナルノデース!」
「え?お前今なんてッ!?」
おかしなことがノナ達のニューロンサーキットを錯綜した。目の前の黒幕の口からかつて死んだ仲間の名、コメツブウニの名が飛び出した。
大型MTAに食われて行方不明になっていたコメツブウニ群体のことをこいつは知っている。しかも、カルト宗教よろしく神のように崇めている。
そこにノナ達は今まで感じてきた恐怖よりももっと深い恐怖を感じた。
「何故、コメツブウニのことをお前が知っているんすか!?答えてくださいっす!」
パイプウニは香辛料の赤煙幕を死に物狂いでかき分けて、ラムシュアの胸ぐらを掴み、ウニ割スプーンを喉元に寸出で突き立てる。
「oh!ソレハーー
ラムシュアが何かを言いかけた時、不意に天井からムカデのような金属の触手が猛スピードでラムシュアの背中めがけて飛来した。
「パイプ!避けてッ!」
ムラサキウニの慟哭も虚しく、パイプウニがその金属製の触手に気づいた時にはラムシュアの背中を串刺しにし、そしてパイプウニの両腕の棘盾をすり抜けてパイプウニのど出っ腹を貫通していた。
二人の体は向かい合ったまま串刺しにしている金属製の触手とともに宙に浮き、口から大量の赤い血を吐いた。
「びん、なぁ…ぎちゃ、ダメづぁ……ゲボッ!」
パイプウニはくちからダラダラと血を垂らしながら、そう言って動かなくなった。ラムシュアの方は何かを語るつもりはなかったらしく、静かに目を伏せて死んでいた。
触手は二人が死ぬのを確認すると、喉に絡んだ痰を吐き出すように、二人の死体を地面に叩きつけた。
香辛料まみれで赤かった大理石のフローリングはペンキを滑らせたかのように赤黒くなり、擦れた血だまりが現れた。
「パイ、プ…パイプッ!」
「無駄だアレじゃあもう死んでるぜ…!今はあの気持ち悪い機械野郎を破砕するのが先だ!」
触手は五本に増え、3つの鋼鉄の爪がガチガチと火花を散らして音を鳴らす。
やがてラムシュアの座っていた玉座が部隊ごと持ち上がり、下から白金に輝く巨大な球体が姿を現した。
「な、なんだこれ……」