ウニ対インドの参
『クソッ……ラッパと連絡がつかないっす』
何度もゴーグルについた発信機とシュノーケル型通信機を弄くり回すパイプウニ。それはもう半ばやけくそで怒りに任せて機械に八つ当たりしているようにも見えた。
『どうしたジパングのウニ達よ』
『仲間とはぐれたか?』
『これからあの島に行くのにそんなことでは先が思いやられるのぉ』
チンアナゴ達は嘲るようにそういう。その顔には笑顔を浮かべるための表情筋なんて元よりないが。
『くぅ〜、ぐうの音もでねぇぜ。どうする?1回基地に戻ってラッパの捜索を頼むか?』
ラッパは前から迷うことはあっても必ず見つかる範囲にいて、ちゃんと通信ができていた。しかし、今回は初めての長距離移動、日本周辺や中国やロシアとは距離が違うのだ。
ガンガゼはそのことが心配で、頭に生えた長い棘を意図せずに揺らしてしまうのだった。
『……戻らないわよ。ラッパの本遺伝子は人間達によって保管されてる。例え、ラッパが道中で迷っただけだったとしても、人間達は捜索なんてせずに低コストでラッパのクローンを作るでしょうね』
ムラサキウニが冷淡に苦虫をかみつぶすよ表情をしてそういう。
しかし、内心はそれ以上の可能性もあることを知っていたのだ。
ラッパウニの本遺伝子の保管がされていないかもしれない。
1年前まで一緒に仕事をしていた1世代前のMTA、ウニベースにして個体最小最弱とまで言われたコメツブウニの先輩がいた。
コメツブウニはその大きさなんと1㎝〜2㎝程度。ノナ達は平均しても170㎝ほどあるのに対して、名前通り米粒ほどしかなかった。
しかし、なぜ大きさに幅があるかというと、コメツブウニは千を超える群体だったからである。千体の1つ1つが同じコメツブウニネットワークを思考領域に持ち、コメツブウニ人格は1000匹分の思考力を束ねて作られた超演算能力を持ったインテリ系のノナだったのだ。
その頃、人間は100年ほど前のAI工学に関する資料をもとに急速に自動操縦技術を進化させ、急ごしらえとしてアンドロイドのMTAのコメツブウニを作ったのだった。
コメツブウニは小粒ながらも体内にナノ爆弾を持ち、魚類系MTAのエラの中に潜り込んで、そこで爆発し相手の脳を破壊する効率的な処理ができた。1000匹分の思考力を束ねた超演算能力は指揮系統としても十分力を発揮し、あらゆる方面に秀でた集合体だった。
しかし、某日。高知県での太平洋側MTA討伐作戦で巨大なジンベエザメベースのMTAに飲み込まれ全個体行方不明。ナノ爆弾の威力では到底ジンベエザメMTAには通じるわけもなくそのため、ノナ達は即座に作戦を中止し、東京大学で戦果報告を椅子にふんぞり帰って待っていた管理官に援助を求めたが、受理はされなかった。
今回のラッパのケースがコメツブウニと同じケース扱いをされているならば、再生産はされないだろうし、ラッパが助かる可能性もほぼゼロに近しいのだった。
『……クソッ!無事でいてくれべ、ラッパ』
エゾバフンウニが下を向いて、シュノーケルのマウスピースを強く噛んだ。
『もう行くのか?ジパングのウニ達よ』
『我らは貴様らが何をしようと意に介さない』
『幸福な旅路になることを祈っとるぞ』
Mr.ホワイト達はノナ達が仲間のことでとても不安だということを察することはできなかった。なのでそう言い残すと、Mr.ホワイト達は一斉にズルズルと海底に引っ張られるようにして消えていった。
後にはやっぱり4体のノナしかおらず、深い海がより孤独さを際立たせた。
『これより俺たちはナラタム島への上陸作戦を開始するぜ……ラッパを除いて』
『『『オーケー』』』
間。
1時間ほど過ぎ去りベンガル湾中央に浮かぶナラタム島まで残り10㎞のところまで近づいた。
道中にはこれまでには見たことのない知性を失ったような暴走状態のMTA達が襲いかかったりしてきたが、知性がなければ攻撃も一辺倒なわけでワカメを千切るよりも簡単に突破できた。
『さぁ、後少しのところぜ。レーダーにはこの先チンアナゴ達が言ってた例の甲殻類の反応がポツポツあるぜ』
『まったく……インド特有のとまでは言わないけれども小賢しい甲殻類程嫌いなものはないわね』
そういう間にも小型のエビ型MTAがわらわらとノナ達の後続についてくる。しかし、ジェットパックをつけているノナ達の速度についていけるわけではないので、追尾しようと追っかけるものの蹴散らされてしまうばかりだった。
しかしながら一方でこの湾はほぼエビが飽和状態のようにどこにでもいるためエビを見ない時間がないくらいだった。
このナラタム島近海には異様にエビやカニ種が多くまさに甲殻類の島。
『俺はちょっと親戚みたいに感じるんよ』
エゾバフンウニは周囲を漂う流線型の顔に髭の生えた虫のような生き物に謎のシンパシーを感じているが、残念ながらウニは棘皮動物門に分類され、エビは節足動物門に分類されている。いとこでもはどこでもなければ、見知った他人なのである。
『先陣は俺とガンガゼで、ムラサキとエゾは後方支援でいいっすか?まさかとは思うっすけど、本当に装備がウニ割スプーンだけなんてことはないっすよね?』
パイプはそう言いつつ、バックハンドで腰から拳銃型水中銃を取り出してみせた。もちろんノナ達はウニ割スプーン一本だけで突入するという体で作戦立てているのだが、もちろん誰1人そんなリスクは犯さない。隠し武器の一本二本は仲間を出しぬきながら持っている。
『任せんしゃい!俺のギロチンクラブが敵ば、ぼっぼろにしたがーや』
口約束なんてものはノナ達にとっては己の棘一本よりも軽いもので簡単に折られ捨てられる。
むしろその程度のことしか口約束ではしないので、逆に結束力は高いほうなのだ。
『じゃあ、棘皮展開状態で俺が突撃して毒で弱らせて、パイプが盾と捕縛を兼任するってことで』
ガンガゼがそういうと、先ほどまでオタマジャクシの尾のように流麗な動きをして舵の役割を担っていた髪の毛が伸び、針のような硬さを持っていく。その縫い針のように細長く黒曜石のように黒い棘は海にささる太陽の光を浴びて海の黒真珠のように輝いた。
『俺ダブルっすか……ラッパがいればなぁ』
逆にパイプウニはその髪の毛が固まるのではなく、両腕にMTA化していないパイプウニとしての特徴であるオレンジ色のサンゴのような棘を生やした。MTA化していないパイプウニの特徴とは言ったものの、そこの変身いや変態に関してもトランスジェニック技術が使われており、腕に生えた太いトゲの構造は擬似カーボンフレームと科学者間で呼ばれるほどのお墨付きである。
『もお〜、つべこべ言わずにさっさと突撃して死んできなさいよ』
『そんなこと言って、俺が死んだら悲しむくせに』
『減らず口が!』ムラサキウニはそう言って、パイプウニの背中を蹴り飛ばして、強制的に前進させる。
『危ないっすよ、もぉ』
『ムラサキはそういう年頃なんだろう。温かい目で見守っといてやれ』
『がんがーぜー?』
どこぞのチンアナゴではないが、ガンガゼがパイプウニに耳打ちしたことはすぐにムラサキウニに勘付かれ背後に回られた。通信機には個人通話機能もありそれを使ってガンガゼが言ったので、流体多し海の中では物理的に不可聴なはずだったのだが、人間には備わっていない第六感をムラサキウニは持ってでもいるのだろうか。
『行け行け!突入だ!前門のエビより後門のウニだ!』
『ぐぅ、ウニ使いの荒いウニ達っすよほんと』
パプアニューギニア近海、アラフラ海。
そこから東にある木曜島を超えていくと、コーラルシー和名を珊瑚海に着く。
ちなみにそこいらの2100年以前の端末ならば簡単に割り出すことができると思われるが、アラフラとはポルトガル語で「自由人」を意味する。
自由人、転じて遭難者。まさに今のラッパウニと同じである。
『ナラタム島……ナラタム島』
『どけいどけい!』
『邪魔だ邪魔だ!』
『ここは貴様のようなイガイガ動物が来る場所ではない!』
『下がって我らチョウチョウウオの聖なる決闘を棘でも加えてみているがいい!』
満身創痍なラッパウニを押しのけて台風のように現れたのはなんとも美しい魚の群れ。その1匹1匹が赤、青、黄色など派手な色を身に纏い、縦縞や点模様など十匹十色の美しさを放っている。
『お前らは熱帯魚の……』
『熱帯魚ではない!我ら太平のチョウチョウウオ一門、世界一広い世界で海の全てを覗き覗かれる者なり!』
『そして我らは印度のチョウチョウウオ一門、どの海にも負けない偉大なるお天道神様の使いの子孫一族がこよなく愛した者なり!』
今この自由人の海にてチョウチョウウオ二代派閥がまさに100年の種族争いを始めようとしているところだったのだ。
とはいえこの戦いは戦いの名を冠した祭り行事のような者どちらがこの7つの海を納める一族にふさわしいのかを争うことで、常にチョウチョウウオ以外を海のツートップに置かないという一族を超えた種族バリバリのプライドによるものなのだ。
インド洋対太平洋、こちらはこちらで厄介ごとに巻き込まれることとなる。
『なんなんだよぉ〜』