ウニ対インドの弐
ノナ達の施設から出航してかれこれ12時間半。すでにインドの東部に広がるベンガル湾にさしかかっていた。
本来ならば日本からベンガル湾まで飛行機を使ったとしても1日半はかかるというのに、なぜこんなにも移動スピードが早いかといえば、生物学者達が作ったノナを今度は工学系の偉人達がサポートアイテムを量産し、ノナ達の機動力や戦闘力の向上に貢献した。
その貢献しているサポートアイテムの代表例として水用ジェットパックなるものがあるからだった。
ランドセルのように背負うタイプで機動力を生かした操作を覚えるのにはかなりの練習が必要なのだが、頭部に人間の髪の毛のように生えた棘を器用に舵のように使ってバランスを保つことができるのでそれほど困ることはなかった。
そう、ジェットパック操作だけなら。
ベンガル湾沖には沢山のMTAが目を赤く光らせて待機していた。攻撃はしてこないものの暗い海底に姿を隠し、水晶体に反射した光が50から100は見上げている。そして何よりも異質なのは塔のようにそびえ立っているそれだった。
『ぎゃぁぁ!なにこれ!?巨大チンアナゴ!?』
ムラサキウニが水中マイクを通してその気持ち悪いMTAの姿に対する驚嘆を伝える。暗く深い海底から白く太いパイプに似たそれが水面に向かって伸びている。その正体こそムラサキウニがチンアナゴと形容したウナギ科アナゴ目のMTAだった。
『進化が遅いとヒューマノイド化しないんでしょ。やーいやーい雑魚!』
パイプウニはムラサキウニと打って変わって余裕そうにそう呟く。そして両手両足をバタつかせてチンアナゴの周りを一周したりして、その余裕さを見せつけるために挑発して見せた。それをムラサキウニとガンガゼは止めよう手を伸ばしたときにはすでに遅かった。
『誰が雑魚じゃと?』
『『我らのことか?』』
『無礼なウニじゃ』
『ヒトデを呼ぶか?』
『食ってしまえば良い』
どのように発声しているかは不明だが、口々に言葉を発するチンアナゴ達。
さすがはチンアナゴといったところか、パイプウニは生えていた一本に対して声をかけただけなのに耳聡く挑発を聞いたほかのチンアナゴ達も一斉に海底の穴から巨大な顔を這い出してノナ達を囲み、その巨大な目で睨みつけた。
『チンアナゴのMTAがいっぱい……わお』
パイプウニは現れた太く、長く、白いそのゴムパイプのような巨体の魚群に圧倒され、ついついシュノーケル型の通信装置を口から外しそうになってしまった。
しかし、チンアナゴ達は先も見せたその耳聡さでまたしてもパイプウニをどやした。
『我らはチンアナゴではないッ!』
『よく聞けウニの小僧!』
『我らの名前はホワイトスポッテッドガーデンイールじゃッ!』
『そうじゃったかのぉ。ワシはモルジブではスパゲッティガーデンイールと呼ばれておったが』
『黙れ!それは格好悪いじゃろが』
『ともかく、チンアナゴなどという名前で呼ぶな!』
『ホワイトスポッテ……はぁ、めんどくさいからホワイトでいいかぜ?』
ホワイトスポッテ……チンアナゴ達が仲間内で口論し出す前にと、ガンガゼが宥めるようそう提案した。すると、チンアナゴ達は一斉にガンガゼの方を見た後しばらく仲間内で相談し、1匹のチンアナゴが前に出てきた。
『よかろう。我らのことはMr.ホワイトと呼ぶがいいぞ。して、ジパングのウニ達よ、なぜ我が国を訪れた?』
『インドにちょっと探し人がいてな』
『正確にはインドのナラタム島だけど』
ナラタム島という名前を聞いた瞬間、チンアナゴ達はざわめきその周りにいたMTA達の一部は逃げるようにして深い海底に消えた。あたりにはチンアナゴとウニとただ漂っているだけのクラゲのMTAだけになり音のしない海に本当の静寂が澄み渡った。
『やめておけ。ナラタム島の周りには原初の同胞がいる。奴らは凶暴で知性がなく、とても下品な奴らだよ』
『貴様らを殺して島に持ち帰って体の一部にしてしまうじゃろ。悪いことは言わん、今すぐジパングに帰れ』
『しかも、あの島にはヤシガニとかいう奴を筆頭に甲殻機動隊なる甲殻類の蛮族がいるらしい』
『奴らに捕まれば、身ぐるみをはがされ』
『あの島に住むスパイシーな匂いの男に売り飛ばされてしまうのじゃ』
『『『悪いことは言わん、帰れ』』』
Mr.ホワイト達は四方八方から口々にノナ達に警告したが、逆にノナ達はやる気をみなぎらせゴーグル越しに目に火を灯した。
『いいわねぇ、アタシ逆に燃えてきたわ』
『俺もっす。強い敵をみんなで倒せたらすげー気持ちいいっすから!』
『お前達がそう言うなら俺もついていくぜ』
シラス……チンアナゴ達は自分達の計画を聞かない馬鹿なノナ達にはぁ、と1つため息をついてがっくりと背を丸める。
その反対にムラサキウニ、パイプウニ、ガンガゼはやる気に満ち溢れている。しかし、いつもならまだまだここからその連鎖は止まらないはずが、しばらく歯切れの悪い間が続いた。
『………あれ?ラッパは?』
そう、間を埋めるはずのラッパウニがいなかったのだった。よくよく思い出してみると、ナラタム島に向かう際ベンガル湾に突入する前から姿がなかったのである。ラッパウニはいつも1人でぼーっとしていることが多く、それを日常的に捉えていた仲間のノナ達は影が薄くてはぐれたことに気づかなかったのである。
『『『『ラッパァァ!!何処ダァァァ!』』』』
『えーっと…インドネシア、インドネシア」
ラッパウニ現在赤道付近、ミクロネシア近海を迷走中。
話をまともに聞いていなかったラッパウニはインドネシアのナラタム島に向かっているところだった。
もちろん、ナラタム島はインドにしかあらず、更に言ってしまえばインドネシアに行きたいならばメラネシアの方に向かうべきであってオーストラリア、ミクロネシア連邦のあるミクロネシア方面では断じてない。
無事インドに着くにはまず、東ティモールの数々の島に誘われずに通り過ぎ、その後インドネシアをスルーした後に待ち構えているシンガポールも通り越さねばならなかった。
「ナラタム島……何処だよ」
目的も位置も方向感覚も頓珍漢なラッパウニにとっては唯一の頼みの綱であったシュノーケル型通信機も圏外になってしまったのか応答も音沙汰もなし。
脱落1人目である。