ウニ対リヴァイアサン へー
レーザーが四方八方に飛び交う。
兵士級の五人の銃撃雨を食らってはただでは済まない。
そのはずだったのに、あの白黒で黄色な――トゲチョウチョウウオはまるで海の中にいるように敏速に天井や壁なんかを走って躱す。
ドレスのようなヒレの名残りにすらレーザーは当たらず、四苦八苦だ。
「どういう手品だぜ!?こんだけぶちかましてやってんのに速すぎんだろ!」
「速いだけじゃない!動きが不規則すぎるッ!」
「だべべべべべべべべーー!」
もうこの三人に関して目で追うのも難しくなっていた。
上下左右を空間の制限なく、余すことなく使うあの二人組にただ翻弄されているだけの状態である。
「速いですねェ。まだ5分も経ってないですよォ?」
「今度は俺のターンだァ!クハハハァ!」
トゲチョウチョウウオ特有のヒレの間に隠した鋭い針が、ノナ達に振り下ろされる。
線による攻撃はすさまじく、コンクリートの地面にくっきりと綺麗な溝を何本も彫り込んだ。
チョウチョウウオ種特有の踊るような戦い方は海の中でも陸の中でも変わらず、ふわりとしたヒレの袖がバレリーナのように舞う。
「なんて美しい戦い方なのッ!?」
「感心してる場合か!パイプ!棘皮展開状態であの攻撃を止めろ!俺たちがその間にぶち殺す!」
「ノナ使いの荒い奴っすねぇ!でも、了解!」
パイプウニ特有の硬質な太い棘を腕から生やし、前線に出て二匹の切り裂くような攻撃を耐えしのぐ役を買って出た。
奴らの針がパイプウニの太棘に当たるたびにキィィィンという高周波の嫌な音を立てる。
「硬そうですねェ~」
「小賢しいなァ、けど俺たちにもこれがあるんだよォ!」
レーザー攻撃を連続バク転で回避し、コンクリートの柱に棘を突き刺して空中に留まった片方のトゲチョウチョウウオが懐から黒く重厚感のある何かを取り出した。
それは照準も定まらないままノナ達に向けられ、轟音を3回も放った。
「グアッ!」
「ピストル!?なんで人間でもないあんたらが!?」
それは高速で直線を描くように飛び、パイプの腕から生えた太棘にめり込んだ。
それによってパイプウニは姿勢を崩され掛けたが、幸いなことに身体へのダメージはすくなかった。
その様子を見て片割れは不機嫌そうに舌打ちをし、天井を這って次の攻撃の機会を伺うように距離を取った。
そのピストルはガンマニアが古いピストルのパーツをまねてつぎはぎしただけの粗悪品。よって名前はないが、もしそんなものをMTAが使いこなすようになったらどれほど恐ろしいか。
改めてノナ達は今敵対している相手が今までの自然界の者ではなく、人間社会に帰属するものだということを認識させられた。
「いっちょ前に魚ごときがガンマンごっこっすか、西部劇っすか、オーケー牧場っすか!」
「フラメンコに必要なのはピストルなんかよりも、マラカスなんじゃなくて?」
「どうしてお前らが拳銃なんて持ってるんだや!」
「そりゃあァ、新人類になる俺たちが使えないわけねェだろォ」
新人類。
ノナ達はそのフレーズにぞわっとした何か取り返しのつかない事態が自分たちの知らない水面下で発動しているのではないかという不安感を覚えた。
ノナ達の微妙な変化を側線で感じたのか、地に足ついてる片割れが憐憫の目を向けながら口に吐く。
「あなた方はどうやらあの方の意思を聞くことができないようですねェ。可哀そうに」
「なんだよあの方って!」
ラッパウニがパイプウニの棘盾に隠れながら問いかけるも、トゲチョウチョウウオたちは冷酷に無知であることを笑うだけだった。
「......さぁ?カルト。カルチエがどうやら到着した様子。私達はお役御免です」
「セィワール、も少しだけ遊んでこうぜェ?だめかァ?」
「ダメです、また噛まれますよォ?さァ、悲しい藻屑の皆様、まもなく到着でございまァす。ディープブルーより来るお方、我らがドン」
「我らがキングッ!」
「「カルチエ・ザ・ボスのお通りだァ!」」
二匹の掛け声とともに地が震える。
通りにあるコーヒーショップのくすんだ窓ガラスがその巨躯を震えながら映す。
灰色の人に非ざる硬い肌。絶海の覇者たる風格を漂わせて、足元を這う雑魚に一切の配慮ない堂々とした歩き方でコンクリートを踏みしめるソレ。
「巨大なサメ......」
誰かがぽつりとつぶやいた。
全容がわからずとも、本能的に超自然の存在を理解してしまったのだ。
『反響をもとに全長と体重を予測。オーバー5m、体重400kg超え!メガマウスクラス!戦闘能力未知数!巨大MTAとの会敵まで5、4、3、2――
「グゥゥォォオオオオオオゥゥゥッッ!!!」
咆哮。
雷霆でも落ちたように感じる轟音。
窓ガラスは悉く砕け散り、立体駐車場にあった廃車も逃げ腰になったかのように数センチ後ろに動いた。
建物すら震え、人も、MTAも、ただの羽虫でさえ本能的に姿を眩ました。
鼓膜がはじけ飛びそうな生き物から発せられるものとは到底思えない轟音を浴びてノナ達はまともに立っていられなかった。
あのイーシュワラでさえ、ショートしたように音を発することも光ることもなくなってしまった。
絶対的な神の降臨。
この咆哮の持ち主は生物を遺伝子レベルで屈服させる力がある。
人が手を伸ばすことさえ許されない、まさしくポセイドンの如き神。
そんな生物が頭を垂れて、異端者を探すようにその黄金の瞳を覗かせる。
「カルト、セィワール、こいつらはなんだい?」
深海にすら響き渡りそうな重低音が最下層から建物全体を怯えさせる。
禍々しく輝く黄金の瞳の下にある渓谷のように深い口と切り立った歯。
一つのバイオームのようなそれは全てこの巨大なMTAのごく一部に過ぎない。
迫力のある恐怖の前に銃を構えるなんて愚かな行為は無駄だと誰しも悟った。
それはこの巨大な神を目の前にした人間も同じだったことだろう。
「この方々はカルチエの縄張りに許可なく踏み込んだ不届きものですゥ」
「俺たちと同じのくせに、あの方の声が聞こえない憐れなフナムシくん達ィ」
二匹はノナ達を笑いものにするが、その言葉に反論できるほど今のノナ達は余裕がない。
瞳は二匹の返答を聞いても不変を保った。
まるでノナ達を計る天秤のように。
「......なんでも構わねぇ。外に引っ張り出しな」
「「仰せのままに」」
言葉の後には、ノナ達は何の抵抗もすることなく太陽の下に引きずりだされていた。
「......ッあ」
ただただ絶句する。
瞳ににらまれるだけでも、体はセメントで固められたように動くことができなかったが、この巨躯を眼前にしたときはそれをはるかに上回る恐怖が脳を焼いた。
大きすぎる体。
サメらしい顔に長い人型の手足を持った奇怪な黒い怪物。
腕や脚からは脱皮しかけのような破れた皮膚辺が巻き付き巨大な海の亡霊のように見せている。
「あんたら、この辺の国の生き物じゃないね。アタシの縄張りまで何しに来た?」
破れかぶれの船の帆ような背ビレをピンと立てて、ノナ達を見下ろす海獣カルチエ。
その威圧に皆喉元を踏み潰されたように声が踏み潰され、肺から漏れた空気だけが喉を伝って言葉らしきものに変わる。
「それは......」
「早くしないと、カルチエの恩情もなくなっちまうぜェ?」
「カルチエは短気ですから、素早くこたえることを推奨しますゥ」
「お前らも黙ってな、アタシは今こいつらを問いただしてんだよ。分かるか?」
カルチエに睨まれて、囲んでからかっていた2匹の子分はつまらなそうに立ち止まった。
そしてカルチエの目を無言でぐっと見返すがやがて両方ともため息をついてとぼとぼと歩き始めた。
「はいはーい......つまんないのォ、行こうぜセィワール」
「いつものコーヒーショップにでも行って、レモネードでも飲みましょうか、カルト」
2匹は窓の割れたコーヒーショップにその窓枠から入って消えた。
「私たちは......リヴァイアサンという存在について調べに極東から来ました」
ムラサキウニが王に申し上げるようにカルチエの問いに応えると、不機嫌そうに歯を見せた。
「リヴァイアサン、ねぇ。ミカダッシュのろくでなしどもが裏で手をひいてんだろうなァ」
カルチエの口からミカダッシュという言葉が出てきたことにノナ達は驚いた。
曰くパーシヴァル、ミカダッシュとは宗教団体【海の導き】の本拠地アラベスクの中東近辺での別称。
人間クラスの知性を持っているMTAだったとしても、人間クラスの知識は持っているとは思えない。
個人的に因縁があると言うことか。
「なんか知っているのか?」
ガンガゼが思ったことを即座に口にするも、カルチエは答えようとしなかった。
「お前に質問する権利はないよ。黙ってアタシの質問に答えてりゃいいんだ」
「......」
ガンガゼは不満げに視線を下げた。
鉄砲玉なガンガゼとはいえ、相手が相手。
殴って勝てなそうな相手には本能的に攻撃せず逃げる気を伺うのである。
ウニという種自体が防御特化で、後手な生物であるのだから。
と、ノナ達を見下ろし続けていたカルチエはあるものに目をつける。
「なぁあんたら、面白そうな玩具を持ってるねぇ。それを寄越しな。そしたら、即刻この町から出ていかせてやるよ」
それ、と言って棘のついた長いヒレで示す。
その線を辿った先にあったのは夏葉式レーザーガン。部下の2匹がピストルを持っていたように、カルチエも銃の形をある程度知っていた。
カルチエは銃のように複雑で威力の高い武器を好んでいる。
この辺りでは戦争も多く、アラベスクから出てくる遠距離自動操縦型の武器も見かけるからだ。
「ど、どうするべか?」
スーツによって温度調節されて熱くないはずなのに冷汗が頬を伝う。
差し出さなくては恐らく丸呑みされる。
いや、鮫なのだから噛み砕かれるか。
幾らウニが棘針を持っていたとしてもパイプウニ以外は硬いわけでは無い。
突き刺す点は強くとも、横からの攻撃には折れやすくできている。
普通の生物ならそれでも棘の激痛に引くところだが、カルチエが明らかに既存の生物規格に納まらないのは目に見えている。
一寸法師のように腹を割いての脱出は不可能。
逃げるしかないのか。
と、カルチエが小賢しさを感じ取ってか言葉を付け加える。
「あんたらはきっと選ぶしかないだろうよ。アタシの縄張りに勝手に入ってきて生きて帰れるのは、貢物を出す奴だけだ――あるいはアタシとやり合うかい?」
差し出すか、逃げるかではない。
差し出すか、戦うか。
一帯の主としての大きな余裕と慈悲として、選択肢を与えてくれることに感涙すべきか。
それとも傲慢に嘲ることに憤怒すべきか。
どちらにせよノナ達は争うことのできない強大さに悔しさを覚えた。
「グっ......ここは渡すしかないわ」
「最悪これからは逃亡戦法を取ればいいっす......命より重いものはないんすから」
極論己の能力で対応すればいいだけ。
渡されてまだ数時間しか経っていない未使用の兵器を敵に渡すなんて水天宮の上層部が知れば、御冠になるのは間違いないだろう。
ムラサキウニはせめてスーツとアタッシュケースだけは取られないようにしようと考えていた。
諦めて銃を献上しようとしたその時だった。
「目を瞑れッッ!」
頭上から何者かの声が響き、同時に小さな丸い影が飛翔した。
「!?み、みんな伏せるのよ!」
ムラサキウニは直感的にその命令に従うべきだと判断して皆に声を掛けた。
それによりノナ達が一斉に伏せると、頭上約6メートルあたりで強烈な閃光が発生した。
太陽の光を反射した細波よりも熱く輝くそれに思わず、カルチエはバランスを崩して倒れ込む。
「何をしたァァア!!」
噴火の雄叫びが四方に飛び散るが、バランスを崩したカルチエはふらりと足を滑らせて、先ほど2匹の子分が入っていったコーヒーショップを下敷きにした。
「何が起こったんだぜ!?」
「まさかまさかの増援が来たとか!」
「ウチの組織にできるのはせいぜい変態組織との取引くらいだけよ」
「なんでもいいっす!兎に角逃げるっすよ!」
「逃げるって……どど、どっちにざにっ!?」
差し出した銃を拾いながらあたふたと大通りやら小道やらを指差すも、パニック状態で意見がまとまらない。
そんなノナ達を囲むようにガラクタの寄せ集めのような二台の継ぎ接ぎバイクがやってきた。
「んなっ!?」
更に上からもう一台、立体駐車場の2Fからワイルドな車体が壁を突き抜けて飛び出してきたのだった。
ドガッシャァンッ!
盛大な破砕音を響かせてなんとか着地した車には、ゴーグルをした全身を包帯のような布で覆った人間が乗っていた。
其の人間は窓から顔をだして低い声で怒鳴るように言った。
「早く乗れ!そう長くはもたない!お前とお前とお前はこっちだ!それ以外はバイクに乗るんだ!」
「い、一体何なのよ!?」
ムラサキウニが銃を構えるが、男は大きくクラクションを鳴らして抗議する。
「そんなこと聞いてる暇ないだろ!生き延びたかったら一先ず俺たちに従うんだ!生きるのか!?死ぬのか!?」
切羽詰まったこの状況。
カルチエは倒れてはいるが、死んではいない。
このまま10秒もすれば怒り狂って襲い掛かってくるだろう。
一番に車に乗り込もうとしたのはガンガゼだった。
「ムラサキ、パイプ行くぞ!俺たちはまだ生きるんだ!」
手を差し伸べて導くガンガゼ。
刹那、風が吹いて巻き上がっていた土ぼこりを吹き飛ばす。
ムラサキウニはふふっ、と苦笑を浮かべてその手を掴んだ。
「はぁ......こんなワイルドなエスコートは初めてだわ」
「僕もう無理......家に帰ってゲームしたいよぉ~」
三人が乗り込んですぐに車は発進した。
安全確認もシートベルトの確認もなく、大通りを突き抜ける。
ガタガタの車体を揺らし、歩道も車道もありはしないように我が儘に突っ走る。
「僕らもあんなおっかないのが目覚める前にとんずらするっす!」
「お、俺も逃げらにゃ!」
車には入りきらなかった二人も、ゴーグルフードのバイクに乗せてもらい別方向に疾走した。
風を切り裂き、熱帯に舞う砂と規格外の怪物の絶望にはさまれながら、謎の集団に連れ去られたノナ達の数奇な運命は刻々と進む。