ウニ対リヴァイアサン ギメル
船内での盛り上がりや盛り下がりを経て、手間取ったりしながら沈没船の中に作られた秘密基地にて、ノナ達は装備を受け取ることとなった。
沈没船の中に作られたらしいとある薄暗い空間。
そこに置かれているのは酸素発生器なるものと、少々の電気的な灯りだけ。
その電力を賄っているのは上に繋がっている波力発電機と、使わないときに電力を貯める蓄電器。
意外にもこの沈没船の中はしっかりと水抜きや改装がされており、数人程度であれば快適に暮らせそうなものだ。
残念なのは海中を見る窓がないという点くらいなものか。
「この度は夏葉研究所をご利用いただきありがとうございました。わたくしは夏葉研究所訪問販売課2係で販売員をしております、水瀬 雷鳥と申します」
幾つかの積み荷の前に立ってお辞儀をする人間の男。肌も髪も白いというのに、目だけは赤いものだから人間ではないのではと疑うほど見た目は人外離れしていた。
「はじめまして、ミスター?ミセス?水瀬さん。上の人が直接私たちに外注のものを受け取らせるのって初めてじゃないかしら?」
「上には上がいる、らしいけど俺たち会ったことないっすよね。人との接触は避けろって言っときながら自分らで用意するなんて頭おかしくなったんすかね?」
ノナ達は一つ一つの個体が独占的な研究対象であり、MTA技術の進歩にもつながる足がかりである。
そんなものをそう易々とは他機関に詳らかにされたくないという思いのある上層部はなるべく、人との接触を控えさせていたのだ。
「それに関しましては、うちの所長があなた方のそのボディについて興味を惹くものがあり、あなた方の上層部にあたる人間との交渉の末にこのような形に。夏葉の条件として、直に観察……じゃなくて、謁見する代わりに、値引きと輸送を承っておりました」
隠密派なノナ達の某大学機関--通称・水天宮は海洋関連のテクノロジーに関してはずば抜けたものを持ってはいるが、逆に資源や武器の開発には劣っている面がある。
銃などの器用なものを量産するラインは未だに計画段階でごねているし、資金繰りでも困っていた。
今回のリヴァイアサンの一件は水天宮としても、是非調査したいものだったので、仕方なく夏葉研究所と交渉した。
「つまり俺たちの体目当てってことか?」
「ガンガゼ、言い方!言い方!」
「歯に絹着せぬのであれば、まぁそういうことです。あなた方のボスからは接触してもいいと言われているのですが、触れてもいいですか?」
水瀬はそう言いつつも、嵌めていた白い手袋を脱いでいた。
「別に触るくらいなら俺はいいぜ。でも、トゲには気を付けろよ」
ガンガゼが適当にそう言うと「では、失礼して」と水瀬はガンガゼの目と鼻の先まで近付いてまずは目の中を覗き込んだ。
次に腕を持って袖をまくり、動脈なんかを調べだす。
ノナ達の容姿は限りなく人間に近いものなので、素人目での違いといえば髪の毛の代わりをしている逆立った棘くらいだ。
「ふむ、なるほど……これは……すごいディテール……むふふぅ……まるで人間みたいだ……本当にこれをウニから……?素晴らしい……髪の毛は、触れるのはやめておきましょうか……ふぅ、なかなか良かったです」
一通りガンガゼの体を弄り尽くしたらしく、すっきりとした笑みを浮かべながら手袋を嵌め直した。
ガンガゼはと言うと、硬直したまま動かない。
「さすがは水天宮の皆様が創られただけありますね。いやぁ、圧巻のMTA技術でした。では、こちら約束のものとなります。それでは、わたくしはこれで。この度はありがとうございました、またのご依頼お待ちしております」
水瀬はそれだけ言い残すと、薄暗い下フロアに続く廊下に消えていった。
影すら見えなくなったところで、ムラサキウニが息を吐いて呟いた。
「……アイツの手つきすっごいうねってたわね」
グネグネと指を動かしてムラサキウニが苦笑いを浮かべながらそう呟いた。
「ガンガゼ、大丈夫?変な病気うつされてない?」
水瀬は特に何かを仕込んだわけでは無いが、指の一本一本が独立した蟲のように蠢動していたために、気味悪すぎたのだ。
ラッパウニもガンガゼの方に手を置いて心配するが、案の定未だにガンガゼは硬直状態でわなわなと震えていた。
「お、おそらく大丈夫だぜ。研究者ってのはどいつもこいつも変態揃いだな……アハ、アハハ」
乾いた笑い声に憐みの念が当てられる。
「それでぇ……ガンガゼのお触り処女と引き換えに貰えたのは何かしら?これ、銃?」
「処女言うな!」
ムラサキウニが積み荷を勝手に開け始め、ポイポイと中に収まってたものを穿り返していた。
その中から奇妙なエメラルドグリーンを基調としたサイケデリックなアサルトライフルのようなものが出てきたのだ。
他のノナ達も開封の儀に参加しだす。
「説明書が同封されてただべ!あえーっと?『夏葉式レーザーガン』、『IMAスーツ』、『夏葉式バラエティギア』だそうだべ」
積み荷の中に入っていたのは五人分の装備一式だった。
近未来的な黒いスーツや、緑色に光る稲妻模様の入ったアタッシュケースなんかも入っていた。
「どんな機能とか書かれてないの?使い方もわからないんじゃ使い物に何ないんだけど」
「何何……『ウニことノナの皆様には手短に説明せよとのご要望により、この度送らせていただきました装備一式の説明は簡潔に述べさせていただきます』」
「俺たちのこと赤ちゃんだとでも思ってんのかよ」
エゾバフンウニはそのまま説明書を読み上げ出した。
『まず、夏葉式レーザーガンですが、引き金となっている部分を引くと、亜音速でレーザーが照射されます。このレーザーは15秒ほどで3センチの鉄板に穴を開けるほどの威力があり、またその射程距離は確実保証は100mとなります』
『続いて、IAMスーツですが、正式名称Instant attack mitigation suitです。銃弾のような瞬間的攻撃に対して絶大な軽減性能を発揮します。あくまで軽減であり継続的なダメージに関しては性能が落ちます。しかし、50キロ程度の加圧であれば耐えることが可能です』
『最後に夏葉式バラエティギアとなりますが、アタッシュケースの中身は超小型爆弾やレーザーガンの替えのパックなどがあります。アタッシュケース内別途資料要参照』
中学生程度なら理解することができるような簡単な文章だった。
粗雑であっても要点のまとまった説明をノナ達が理解するのは容易いものだった。
「あーはん?要はチョー強い装備入れといたからな、ってことだよな?」
「わざわざこんな強い装備必要っすかね?ただの調査なら、ぱっと行ってぱっと帰ればいいってのに」
ラッパウニは夏葉式レーザーガンを手に取って構えの姿勢を取ってみた。
照準器なんかも覗いたりしてみて、言葉とは裏腹に随分と乗り気なようだ。
しかし、照準器は二重丸に十字がついてるだけのシンプルなものだった。
「もしかしたら、私たちになんか隠してることがあるのかもねー。なんならリヴァイアサンと戦わせるとか全然あり得ると思うわ。何考えてるかわからないのよねー人間って生き物は。いいように使われてるのかもしれないわね、私たち」
ムラサキウニは訝しげにそう言った。
笑ってはいるものの、その本心はきっとブラックだろう。
ノナ達は人間の技術に惚れ込んで協力しているものの、人間自体は狡猾な知性体として認識している。
「使われてないし、俺たちは使われてやってんの。人類がいなくなったら、漫画とかアニメとかゲームとか、もう一生見れなくなるじゃん」
「確かにそーねぇ、私も化粧品がなくなるのは困るわ」
「うだうだ言っててもなんも始まらないぜ。俺たちはやることだけやって後は自由に生きる、そうだろ?」
「「「「そうだ!」」」」
シンクロしたウォークライが沈没船の装甲に反共する。
ウダウダした悩みなんて後回しにして、さっさとやってしまおうと皆一様に武器やスーツを装備し始める。
「じゃ、これ着るか……おい、どうやって着るんだ、これ?」
「あー……なんとかして詰めればいいんだよ!」
甲冑奉り、いざや出陣せん。
目指すは北北東、死山血河のアラバの海なり。