ウニ対リヴァイアサン ベート
某東京大学の深海基地から発艦されたステルス潜水艦・ブルーサブマリン。
そこにいるノナ達は次のイスラエル作戦に備えてあらかたの準備を進めていた。
「死海……死海ねぇ。ソドムとゴモラの話や死海文書なんて神聖な伝説に関わりのある湖。しかも、イスラエル自体に多くの宗教の聖地がある。なのにそんな神聖満ち満ちた土地にいるのが悪の象徴リヴァイアサン?おかしくないかしらん?」
「リヴァイアサンは紅海にいるんじゃなかったかぜ?」
「それはリヴァイアサンでなくて同一視されてるラハブの方だべ」
ノナ達が談義を繰り広げている中、三角柱型のクリスタルスピーカーが青く光る。それは少し前にノナ達と大戦乱を繰り広げたAI、イーシュワラが入っている。
「……何故、貴方達過度に神話に詳しいのです?」
機関内での機密情報関連の操作はコメツブウニが担当し、ノナ達の現地情報のバックアップや言語翻訳などはイーシュワラの担当に振り分けられたため、普段は機関内のネットワークとは違うネットに存在している。
「そりゃ、心はまだまだ妄想ワールドに輝く少年の刹那ってやつだからね?ゲームをやっていれば自然に身についちゃうものなのよね〜、困ったわぁ」
「それでも相手は真の宗教。素人知識で勝てないのは明白です。『例え』を使うならば、太陽と松明くらい知識量が違いますから私が同行するのも致し方ありません」
AI側面を更に断片化させられて、情報提供という目的から外れる原因となった断片は初期化されるの繰り返しで人類滅亡を計画するプロトコルが消滅していくのに反比例して、情緒豊かな物言いをする様に路線が変わってきていた。
「なんか微妙な例えだなぁ。月とすっぽんでいいじゃないか」
ガンガゼがいうようにまだ例えなどの技法は難ありだが。
「戦力は多い方がいいわ。昨日の敵は今日の友。張り切ってオーバーフローするまで働いて頂戴」
ムラサキウニはクリスタルスピーカーを上から掴んでフラスコのように振りながら微笑んだ。
「えぇ、お友達料金で請け負わせていただきます」
「お前電脳空間に息づいてんのに金とるのかよ。どうやって振り込めばいいんだっつーの」
「電脳空間でも金銭のやり取りは盛んなんですよ?『ゴットコイン』をご存知ではないようですね。国交がやり取りしにくくなった国同士が新たな貿易の場としても使われる全世界共通のネット市場です。現在、こういったサービス自体が手薄ですから所謂再燃というヤツですね。掘り起こしてみればそこには名ばかりの殻企業しかおらず市場を独占できた、というわけです」
有名な企業であれなんであれ、猛威を払った兵器群には打ち勝つことができず倒産の一途を辿ったのは間違いない。それは社員の生命を刈り取られたことも起因しているし、兵器群の対抗機関や汚染浄化の機関に研究員が吸収されたことにも原因はある。
なんであれ民間に渡ってきた技術の一部が復元不可能なオーパーツとなった。
「独占禁止法やらなんやらはどうなってるんだべ?」
「そこらへんはネット上ですから、大概の国の法律は治外法権です。このゴットコインを運営している企業も、ほぼ無法地帯の国家をほぼ買収した状態で運営しているので、法に穴を作って回避してる様子です」
「法に、穴を……」
いや、そもそも無政府国家の増えてきた現在の世界に法や秩序といったものが存在している方が珍しいのでは?
今となっては国民すべてが守るものではなく、どの国も一部の上流層の人間だけが遵守して人間らしさを誇示するだけのシステム、或いは正当防衛という免罪符と化したに過ぎない。
「ブラック企業な気がするべ……いや、労働基準法とかじゃなくて、単純に黒いべ…」
「イスラエルで実質政権を握ってる宗教団体【海の導き】も一時期はこのゴットコインとつながりがあった模様です。私たちが向かう先のイスラエルのエルサレム市は【海の導き】によって創造されたアラベスクという超高層マンションがあり、人口のほとんどはそこで暮らしています」
「サグラダ・ファミリアですら完成しなかったってのに、国単位の人口を収容するマンションってどうやって作ったんだ。なんかやばいカラクリがありそうだな」
十数年前にサグラダ・ファミリアは残りわすがというところで、戦争に巻き込まれてしまい、今は戦争の痛々しさを想起させる残骸となって、横たわっている。
こんな結末では計画者のガウディも浮かばれないことだろう。
「【海の導き】は教義上、アラベスクを聖地とし、その他の地より現れた人間を悪魔とみなすことがあります。しかも、リヴァイアサンを導き手として祀っているというのも、某保健機構との密会で語られていますね」
どうしてその某保健機構ことWHOの密会記録をこのAIが持っているのか、皆疑念が過ぎったがあえて突っ込まなかった。
「要は何?リヴァイアサンに関わろうとすると、その【海の導き】とやらが乗り込んでくるってことかしら?でも、宗教団体如きに何ができるというの?マンションは建てられても、核兵器は使えないでしょうって」
「アラベスクは上層部は生活区となっていますが、下層部一帯は化学的汚染が酷く人間が住めないということで、兵器収容や迎撃装備、大型ドローンの発信拠点等に使われている模様です。兵器の出自は不明。ですが、アラベスクに定住している人間の立場であれば、地上がこれ以上汚染されることも特段困ることではないと予想されます。よって、中威力兵器程度であれば、簡単に使ってくるでしょう」
超高層マンションを作る技術、大量の軍備、国単位の人、リヴァイアサンや他機構の影。
【海の導き】、教祖ストイコビッチの経歴と人脈に不審点が幾つも浮かぶ。
「【海の導き】の兵器、イスラエル全土の汚染、死海のリヴァイアサン……なんというか八方塞がりだぜ、いや三方槍攻めってとこか?」
「なんでもいいわ。今回の私たちのミッションはリヴァイアサンの調査。宗教団体とは関係ない。だから、奴らの目を盗んで、死海まで行ければこっちのもんよ」
「リヴァイアサンの調査を【海の導き】が邪魔したらどうすんのさ」
ラッパウニが携帯ゲーム機をいじりながら、ソファに顎を乗せてムラサキウニにそう言った。
「方法自体はシンプルよ。殴って通ればいいの。どうせ奴らには私たちが極東にある秘密組織なんて調べはつかないわ。それに相手はマンションに引きこもってる、何にせよ来ないんじゃない?」
ムラサキウニの脳筋な考えにラッパウニは口を開きかけたのをゆっくりと閉じた。
逆にガンガゼは「お、それでいいのか」と一人だけ納得してしまった。
「でも、嫌な予感がするだべ……」
エゾバフンウニは備え付けられた丸イスに座ったまま、俯いてそう溢した。
その顔はあっけらかんとした田舎っ子のようではなく、本当に深刻そうな様子だった。
「虫の知らせってやつ?海産類なのに虫とかやめてよねぇ、私たち棘皮動物でしょうに」
辛気臭い雰囲気を嫌ってかどうかは分からないが、ムラサキはそう言って鼻で笑った。
と、部屋に備え付けられた大きな金属製の自動ドアがスッと開き、パイプウニが入ってきた。
「っす、12時間後にとうとう着くっすよ〜!エジプトのリゾート地、シャルム・エル・シェイク!」
その知らせを聞くなり、ノナ達は一斉に狂ったように飛び上がった。
本棚に置物が割りにおいて合った漂流物のマラカスなんかを振りながら皆一同に狂喜する。
「いっえーい!バカンスバカンス楽しいなぁ!」
「ヒューヒュー!浮き輪持って水鉄砲持って、遊びまくるぞー!」
シャルム・エル・シェイクとはインドは紅海を挟んでエルサレム側にあるリゾート地の一つ。
綺麗な海に、ホテル、娯楽施設たっぷりの観光スポット。
作戦という名目で行くことができることをノナ達は喜んでいるのである。
普段もリゾートとは遠い存在ゆえにこの手の話には4倍弱点で弱かったノナ達にクリスタルスピーカーの住人から嫌な文言が流れる。
「作戦決行日時、2---年、-月-日、午前5時より。座標A直下水深50mに沈没した船のベース基地に行ってもらいます。バカンスは無しです」
そう、あくまでも近くまで行き、そこからはノナ達が北北東に向かってひたすら車を走らせるという悲しいプランだったのだ。
潜水艦を何度も発艦できない以上早期にこの作戦は終わらせる必要があり、滞在日数はわずか5日間のみである。
行きと帰り合わせて陸路での時間は車を使っても10時間。
よって調査に使える時間は4日間のみなのである。
これを聞きノナ達は一斉にこう言った。
「………はぁ?」