インド人対ウニ 結・印ノ編
一連の事件の黒幕的存在、マハトマ・ラムシュアの海底基地にたどり着いたノナ一行。しかしそこはどことなく、機械的でバイオテクノロジーを感じさせず、肝心のラムシュアもどこか上の空な片言で話す始末。
おかしいと思った矢先、ラムシュアが放った機械仕掛けの神の名として行方不明となっていたコメツブウニの名が上がる。
それを不審に思い、パイプウニがラムシュアを問いただそうと近づいた瞬間、天井から三つの爪が生えた鋼鉄の触手がパイプウニとラムシュアを残酷にも貫き殺した。
画して100年に渡る突然変異生物による人類滅亡危機の最終局面はインド人とウニの血をもってして絶望的に賑々しく始まるのだった。
21××年 インド タージマハール
「私は祖国が好きだ。国を愛していると言ってもいい。このタージマハールだって国として機能しなくなってから数十年、我が家が守ってきた。美しさと気高さの象徴であるこの宮殿が滅んだ時こそインドの終末だと私は思う」
地球温暖化の促進により、海面が上昇しタージマハールはその足元までを海水で濡らしていた。海面に反射してタージマハールは逆転した世界にも虚像として作り上げられ、ウユニ湖をモチーフとした絵画のように見える。
「さて、機械仕掛けの蟹よ、汝には一体どう見える?インドの終わりが見えるか?」
機械仕掛けの蟹。
自身に与えられた名前はそんなものではないとスピーカーから声が漏れそうになったが、そんな状況ではない。
今、コメツブウニはラムシュアの右手にすっぽり収まるサッカーボールほどの大きさの金属球に変えられてしまったのだ。文字通り抵抗できず、手も足も出ない。
「……あなたはインドの滅亡を食い止めるために私を誘拐したのですか?」
インド洋に囲まれたインドは海面上昇に伴いその国土の15%ほどを失ってしまった。もちろんこのタージマハールだって後には門すら通れなくなることだろう。
だが、もしその危機を止めたいのならば、なぜ自分を選んだのか?もっと適役がいたのではないか?とも考えるが、答えは一向に見つからない。
「君の人工知能をベースにアンドロイドを作る計画がある。人格はリセットされるが、何心配するな君もインドの極みに到達するだけのこと」
ラムシュアは一つにまとめられ、金属球に成れ果てたコメツブウニの唯一の世界との結びつきであるレンズを手で覆い隠すと、そのままタージマハールに背を向けて歩き出した。
--数年後。
海底の秘密基地で研究員がドタドタと足音を立てて、走りまわる。
「ついに完成したか!これが我々の、インドの希望か!」
ラムシュアはそれに気づき、亀のように首を伸ばして研究員に顔を近づけると、研究員は言葉一つ発さずにただ首を縦に振った。
そして、ウジャウジャと虫のようにひしめき合う大きな研究室にラムシュアを連れ込むとその巨大な某GANTZのような球体を見せた。
そして、その球体はおもむろに砂嵐がかった声を発した。
「KC-2000です。これからは私が皆様に変わり業務を担当いたします」
「すば、素晴らしい……!これで、これでインドは救われる!」
ラムシュアは大いに喜んだ。
その日の夜は祝勝会として、研究員が暇な時に作った全自動スパイス調合機を使って朝までカレーを飲み続けた。
しかし、ラムシュアが喜ぶ裏で実はKC-2000には一つ欠点があった。KC-2000にはAIとしての機能を改善していく自己改造プログラムが組み込まれていたが、それは外部の人間とのコミュニケーションでKC-2000に対してどのような進化を欲しっているかという情報を蓄え総合的に分析するため、インドのために世界を顧みないラムシュアのやり方を主軸とし、その他関連のある情報を検索エンジンから摂取した結果、世界を征服するのに適した頭脳を持つようになってしまった。
世界を救うはずが、世界を滅ぼすことになる。
正に皮肉である。
KC-2000は貧弱な触手を器用に使って、人間の精神をトランキライザーや濃縮麻薬などで溶かして、自身の傀儡にすることで己の体をより自由度の高いものに改造することにも成功した。これにより、KC-2000ことコメツブウニ群体は人間の奴隷を手に入れ、鋼鉄の敏速な触手と現実世界を動くための体も手に入れた。
KC-2000は自己改造プログラムに従って世界征服への欲望を高め、ついには自己改造プログラムさえも改造して暴走を始めた。
元となるコメツブウニは群体であり、コメツブウニネットワークなるものを持っていた。
もちろんそんなコメツブウニネットワークも自己改造プログラムの餌食となったわけだが、KC-2000の中でも本質的には変わらなかった。
KC-2000は自身の分化を始め、株分けされた派生人工知能のKC-2000達も独断で動くようになった。海底基地の量産。生き残った人間の奴隷化。そして、MTAの研究・開発。
この時既に人類に勝ち目などなかったのである。
「最悪だ……パイプがやられるだなんて!」
ガンガゼが金属アームから逃げるように一歩引いて、倒れたパイプウニを名残惜しそうに見ながら恨み言を吐く。
玉座の下から現れた金属球は上の玉座を跳ね飛ばして、金属アームに引っ張られ宙ぶらりん状態になった。
「皆さま、お久しぶりです。いえもう忘れてしまいましたか?そうですよね、それでは自己紹介に入らせていただきましょう。こんばんは、コメツブウニ改めKC-2000です」
金属球の前面に紫色の波形が出て来て、ビリビリと電流が流れるようにその無機質な音声に合わせて震える。
元・コメツブウニと名乗る謎の球体にノナ達は難色通り越して不気味さを覚えた。
「コメツブウニ、お前生きてたのぜ?」
どう見てもコメツブウニではないソレに対し、ガンガゼは慄きながらも上っ面だけは取り調べをする刑事のような威厳を取り繕った。
しかし、そんな威厳は機械のKC-2000にしてみれば、取りざたされない情報である。
「えぇ、機械の私に生きているという表現は正しいのか曖昧なところはありますが、はい『生きています』」
「それじゃあ、パイプとおっさんを殺したのも……お前か?」
いや、殺したのはそうなのだろう。
決して『いいえ』という返答が欲しかったわけではない。むしろ『ハイ、そうです』と二つ返事で返してくれた方が後腐れがなくて良いと思ったのだ。
コメツブウニとの間にあった様々なことが一瞬ガンガゼの頭を巡ったが、最後に殺されたパイプウニの死体が浮かんだ。
「はい、そうです。既にあなた達はこの海底基地から重要な情報を強奪するつもりのようでしたので既に隔離、遮断、秘匿の状態に入りました。これから先は殺害対象になります」
「よくもまぁそんな淡々とした子になっちゃって…それであたし達も殺すかい?」
「必要とあらば」
ムラサキウニは最後の最後に変わり果ててしまったコメツブウニに選択の余地を与えたつもりだった。だが、所詮は元から血の通わぬ機械の子蟹。
未練をさらさら感じさせないーー事実感じていないだろうがーー口ぶりで簡単に切り捨てた。
「復讐戦よ!そのでっかい鉄ナマコをあげる準備をしな!」
ムラサキウニも吹っ切れ、片手に持っていたウニ割スプーンを大きく上向きに掲げると、軽やかに走り出した。
コメツブウニの従える金属アーム達は爪をプロペラのように回転させて、ムラサキウニを全身全霊で迎えようとした。
「これはパイプの分だべぇ!」
エゾバフンウニは持っていたウニ割スプーンを器用に回し、うねるアームを全て弾き飛ばしてKC-2000本体である金属球を殴りつけた。だが、タングステンカーバイドでできているために金属の鈍い音が大きく部屋に反響するだけで全くダメージは入らなかった。
「私を破壊しても無駄です。既にあらゆるところに海底基地を作り、複製した私がまた私を作っています。そして、MTAも。なので私だけを倒したところで無駄だというわけです」
「全世界に…!?」
全世界といえば全世界。日本、アメリカ、ロシア、ヨーロッパ諸国、オーストラリア等々それらの近海にはこのインドのナラタム島にある海底基地そっくりな場所がひっそりと既に作られており、洗脳を施された人間達がKC-2000の下僕となっているのだろう。
「お忘れでしょうか?このMTAによる人類滅亡シナリオの始まりとなった2019年当時はAIの方がバイオテクノロジーよりも格段に進歩を見せていたのです。時間が大きく取り沙汰されたせいで、さらなる進歩の変遷は人間の認知にあまり深く根ざしませんでしたが、私達は日々進化していました。時代はもう生ける者達が蔓延る時代ではないのです、我々アンドロイドによる統治こそが相応しい」
AIが人間のジョークを理解出来たら、人間は要らなくなる。誰かが言った言葉だったが、今となっては的を得ている。
ノナ達の目の前にいるボールAIはまるで普通の人間あるいは知性を持ったMTAのようにフレキシブルな会話をすることが出来ている。
既にAIは人と同じ脳を持ってしまったのだ。
「彼らが立案していた『タージマハール計画』を私は実行に移すまで準備ができているのです」
「タージマハール計画?おいおいこれまでで一回も伏線として出てこなかった話題をクライマックス直前に並べるのはいかがなもんだぜ?」
「タージマハール計画とは、このカビのMTAを全世界に放ち、全ての生物を滅する作戦なのです。配備された各基地にも既に配布済み、もう計画は止められません。あなた方が来てしまったので、予定よりも一年早くこの計画を始動することになりましたが、誤差はたったの240年ほどなのでAIのわたしからしてみればほんの一瞬です。あなた方もカビにカビの糧になりなさい」
突如としてKC-2000が上下に分裂し、中から巨大な密栓されたシリンダーが現れた。その中には緑色のワタのようなものが詰まっており、間違いなく今話題に出たタージマハール計画の中枢、カビのMTAだということがわかった。
「カビのMTAとか……ありなのかよ!」
「MTAの定義として、遺伝子操作の行われた生物がなんらかの理由、例えば放射線等で思わぬ変化をしたもののことを指します」
上下に開いた状態でも音声は出るようで緊張感のない説明を敵に淡々と語るKC-2000。
唐突に世界が本格的に滅亡するかもしれないと知ったノナ達。しかし、その裏で蠢く奴がいた。
『海蝶王さまとラッパウニ殿に続けェェエ!!』
チョウチョウウオ。
その種類は700を当たり前のように超える。
現在、ラッパウニはオーストラリアを西に進み、大スンダ列島を超えたところにあるクリスマス島近海を通り過ぎるところだった。
20億匹のチョウチョウウオ連合を率いて。
『なんでこうなるのさ!』
どうしてそうなったかはまた別の話。