底辺のおっさんは、成れの果てを目撃する
天使達を一掃し、残る敵は運命の大天使である腐れ野郎のみ。
天使達の残骸で全身を白く染め、放心したような無表情で立ち尽くしている腐れ野郎に対して。
こちらは上空からシド、シロリ、アンの3名が狙い、両腕を掲げて威嚇しているブロゥと小刻み身体を揺すってリズムを取る卯実が出方を伺っている。
額の辺りに左右に伸びる角と前に突き出た角の3本角が印象的な仮面と白黒の甲冑にマントを着けた竹井君が進み出る。
「本来、本来、本来の姿と力さえあればこんな事には本来あり得ない。
そうだ、本来の力を取り戻せば本来あるべき運命へと導く事が出来るんだ、本来の姿さえ取り戻せばぁぁぁぁっっ!!!」
白くどろりとした天使達の残骸にまみれた腐れ野郎は血走った目を見開き、裂けそうな程に口を開けて吼えた。
その声は怨嗟に満ち、天使と言うよりも責め苦しむ亡者の叫びの様で恐怖を呼び起こす程だ。
「お前が言う本来の運命が正しいのならば、オレはその正しさごと運命を砕く」
「勇者、勇者、勇者、勇者など本来存在してはならないぃぃぃっっ!!!」
腐れ野郎は竹井君を勇者と呼び、左手で指差しながら光線を放つのだが。
竹井君は光線をマントで防ぎ払い退けて更に腐れ野郎へとゆっくりと詰め寄る。
「諦めるポよ、勝ち目は無いポゥ」
両腕を掲げてがに股摺り足でブロゥが詰め寄る。
あー、うん、なんだ、複数で相手をした方が確実なのは分かるんだけどさ。
違わないけど、違うだろ!
絶対にここは、竹井君と腐れ野郎の一騎討ちの場面だろ!
モノクソどうでもよいツッコミを入れたくなったが我慢していると、ソウセキを胸に抱いたヨウ、下井、トイ、ナミラさんの4人が俺の側にやって来た。
「山は越えましたわ。主殿」
「あっちはタケちゃんやブロゥに任せとけばなんとかなるやろ。シャルルンやのじゃっ娘はどないなん、モッさん」
「気を失っているだけっぽいが、詳しい事はイカれ坊主に診察もらわないとわかんねえな。万一の為にヨウは少し休んでて」
「お言葉に甘えさせて貰うわね」と言うなりヨウはその場に足を投げ出して座り、空を仰ぎつつ帽子で顔を隠す程に疲弊している様子だ。
「マスター、制限解除する為、魔力を所望します」
「いやいや、トイちゃん。もうウチらの勝ちは決まっとるんやから必要あらへんやろ」
「そうでもないわよ、腐っていても元は大天使なんだから」
トイの提案を下井は手を振って却下するのだが、トイの髪から姿を現した人形が神妙な顔で注意を促し。
「マスター ヤマモト。マキ様の言う通り、来るぞ」
ホルダーまでもが警告を発した。
まだ何かあるのかよ、勘弁してくれ……
「本来の力ぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
腐れ野郎の叫びと共に黒い魔力が放たれ、ガラスの割れる音と共に衝撃が俺達を襲った。
瓦礫と化した壁は吹き飛び、直したばかりの館に大穴を開け。
真帝国兵士の一部がこらえ切れずに地面を転がり、新入り達も重量のありそうなガーゴイルに掴まってこらえる程の衝撃。
お約束で当然なんだけど、人形さんや、自分で言っときながら飛ばされそうになるのはどうなのよ。
トイの髪を必死に掴んで飛ばされまいとするおまけ人形は兎も角、朝丘やジャンのおっちゃんは大丈夫なのだろうか。
「マスター ヤマモト、事が済んだらミス アサオカを誉めてやると善いだろう。彼女の結界があればこそ、この程度で済んでいるのだからな」
誰の視点なのか分からないが、膝立ちで今にも倒れそうなくらい肩で息をしながら右手を腐れ野郎へと向けている朝丘と、それを支えるジャンのおっちゃんの姿が見える。
改めて被害の確認をすると、ナミラさんは倒れたままのシャルローネ王女に覆い被さって庇っていたので比較的には無事。
俺も気絶中のリール王女を抱きかかえていた事と朝丘の結界のお陰で飛ばされる事もなく無事。
トイも地味に下井とソウセキを抱えたままのヨウが下半身を押さえていたので無事。
意外な事に1人離れている王様は、真帝国のあべしと出オチに庇われていたので無事だったので門の内側は全員無事。
門の外側、腐れ野郎の側にいる竹井君や卯実達は。
最弱の俺には決して越えられない壁の方々ですから無事ですよねー。
新入り達も固まって堪えたみたいだし、竹井君やブロゥは小揺るぎもしてないし。
上空のシド達も飛んだままで無事だし。
両腕を広げて大の字で立っている卯実も頬にかすり傷がある程度で無事。
無事じゃねえよ!
さっきの衝撃波を卯実が全身で受け止めてくれていたから無事なだけだろが。
年頃の娘の顔に怪我があるのだってよかねえだろ。アホか俺は。
「満ちる、満ちるぞ、満ちて行くぞ大天使本来の力がぁぁぁ」
天使達の残骸は黒く変色し。
蠢き。
腐れ野郎へと集まって行く。
「気を着けるポ! やポう自らを呪い堕天ポよ!」
ブロゥが警告するなり「『ウエストバーン』ポォァ」と締まりのない技名を叫び、腹から無数の光弾を散弾銃さながらに放ち、黒い天使達の残骸を攻撃しだした。
竹井君も手当たり次第に黒い残骸を攻撃するが、残骸は小さくなるだけで腐れ野郎へと向かって行く。
上空からシド、シロリ、アンも腐れ野郎を狙って砲撃をするのだが、奴に群がる黒い残骸に阻まれ効果は無く。
目覚めたての銀竜もいつの間にか飛んでいて、無数の光弾を残骸に放っていた。
魔法攻撃は少ないながらも効果があるみたいで小さな残骸なら消滅している。
だが、それも焼け石に水。
黒い残骸は腐れ野郎を飲み込み、1つの塊となって蠢く。
面攻撃となるシドのキャノン砲やシロリのバスターランチャーですら黒い塊は受け止め、竹井君とブロゥのW流星脚や、落下速度を利用したアンの蹴りも跳ね返されてしまった。
「ホルダー、どうなってんだあの不気味な塊は」
こちらの攻撃を全て跳ね返した蠢く黒い塊は伸縮を繰り返し、俺の危機感を煽ってきやがる。
破裂するのか?
卵の様に割れるのか?
「マスター ヤマモト。どうなるかは私にも分からないが、神の眷族である大天使の呪いと堕天。ただで済む事は無い。
山羊夫婦が分離合体し邪なる神々から解き放たれ時の比ではないはず」
山羊夫婦の呪いとかはよく分からんが、兎に角ヤバい事が起きる訳か。
「ヨウ、ソウセキが動けるなら2人であの塊を氷でも何でもいいから魔法で閉じ込めて」
ぐったりしたままのソウセキを無理矢理起こすのは気が引けるが、攻撃が通らない以上は封じ込めるくらいしか俺ごときには思いつかない。
「主殿、一足遅かったみたいよ」
了承でも拒否でも無く、ヨウは帽子で顔を隠しホルダーでそれを指し示す先には。
巨大な人型へと変貌をして行く腐れ野郎の成れの果てがあった。




