底辺のおっさんは、職歴が異常だったそうです
確かに平成日本人が持つ知識はホルダーの言う様に悪魔の知識だ。
あやふやな人の記憶ではWeb小説の主人公達の様には行かないだろうが、俺達にはホルダーやヨンタの『視て知る』力がある。
記憶の持ち主が忘れた事ですら再生可能なバックベアード種ならば知識チートも容易だろう。
何せ俺は肉体労働全般を経験済みだ、測量の仕方も聞いた覚えがあるしな。
「マスター ヤマモト、ハッキリ言えば君の職歴は異常だ。
伐採から始まり庭付き1戸建ての完成まで全工程を経験していたり、使用するボルトナットや釘を作る工場や製鉄所、更には複数の工場での作業経験から発動機やクラシックカーですら生産可能なほどなのだが、バナナの皮剥きと言う必要性が不明な作業も君の記憶にある」
そう言われても仕事を選んでいたら生きて行けなかったんだから仕方がないだろ、ホルダー。
「つまり何が言いたいかと言うと、君の記憶を元に事を起こせばこの世界は飛躍的に発展させる事が可能だと言う事だ。
ミス アサオカやミス シモイの記憶にある知識もこの世界の発展に役立つ。
道の舗装方法
コンクリートの生成方法
蒸気機関の作成方法
燃焼式動力機関の図面多数
効率的な油の取り方
線路の設営方法など。
マスター ヤマモト、君の顕現能力と加工技術、私の『視て知る』能力、トイ様のガチャ召還を駆使すれば君はこの世界を統べる王になる事も容易いがどうする」
「王様なんてガラじゃ無いし、後が続かねーよ、馬鹿な俺じゃな」
世界の全てなんざ俺ごときじゃ背負い切れる訳がない。
そんな事よりも女将さんはどうしたんだ、黙ったままだが。
ホルダーとのやり取りを中断して女将さんの返事を待つが、女将さんは真っ青な顔で硬直していた。
あー、うん、なんだ、いきなり魔杖に「悪魔の知識を」何て声をかけられたらこうなるな、普通。
ざっと30秒くらい硬直していた女将さんは、ハッとした表情を浮かべるなり、給仕を手伝っていた2人の子供にカウンターの奥へ行けと怒鳴り、子供達を追い立てその背を守る。
まあ、魔杖から子供達を守るには正解だ、何せバックベアード種のヤツ等は視えないと能力の大半を失うし。
「あ、悪魔だか何だか知らないけど、ウチの子等に何かしたらアタイが承知しないよ!」
蒼い顔のまま両手を腰に当て虚勢を張って見せているけど小刻みに震えていた。
なるほどね、こうやって脅しておけば強欲なヤツくらいしか関わろうとしない訳か。
そして関わる者には地獄を見せると言う事か、ひとでなしめ。
「女将、お前は私の知識を望まず、我が子の安全を優先した。その行いは家族を愛する我が友の好むところ故に、汝が求めし知識を与えよう。
私が与えるのは手段の1つであり、それを成し遂げられるかはお前次第だと言う事を努々忘れるな」
「キャッ、な、ん、なんなんだい、 頭に、頭の中に何かへんなのが……」
ホルダーのヤツめ、結局は教えるのかよ。
両手で頭を押さえ、ホルダーから送り込まれる知識に戸惑う女将さんを眺めながら俺は事の終わりをぼんやりと待った。




