爆弾処理
先の大使館でのごたごたから早くも1週間、イザベラの怪我の具合も大したことはなくあの忌々しい顔が恋しくなることもなかった。そして個人的にはこっちの方が重要なのだが左右田にとびかかったことも何とかうやむやにできた。俺たちコントラクターは契約社員だから不祥事だけはマズイ、即刻クビにされて路頭に迷ってしまう。嫌な借りが一つできてしまったがこれはこれで良しとしよう。
今何よりもよくないのがこの環境である。現地警察に引き渡す予定の装甲車を自走で輸送するはずだったのだがあろうことか道中で故障、砂漠のど真ん中で絶賛修理中である。そして俺はトラックの上で監視活動中だ。クソ目立つしクソ暑いのなんのといったところだ。
「警察め、契約先を間違えたな。あんな会社俺も聞いたことがない。誰も動く装甲車とは言っていないだと、全くふざけてる」
珍しくグレッグが他人をメタくそに言っている。気持ちは大いにわかる。俺も奴らがここに居たら置いて行ったところだ。
実のところ不動車は向こうに置き去りにしたのだが数少ない生き残りもこの様である。どうもパイピング抜けらしい、不幸中の幸いかまあすぐに動けそうだ。
トラックの屋根に50口径を置く。今回は何故か俺がこのデカブツの射手らしい、適当こいてると隣からの視線が痛いので双眼鏡を覗き周囲を観測する。道の先から砂埃が立っている、大きさからして車か何かだ。
「イザベラ、見えるか?移動中の物体、1時の方向だ」
「見えてるわよ、シボレーのSUV。車両前方に装甲板、恐らくVBIEDよ。1km先から道なりに突っ込んで来る、車速は概ね時速60km恐らく加速中、風は無し」
「他の奴に知らせよう」
「さっき言った。言われなくてもするわよ」
「言われてからじゃ2流ってやつか?」
「そんな事より150m以内に入られる前に仕留めること、じゃなきゃ死人が出るわよ。気合入れなさい」
「分かってるよ」
引き金を絞る。砂埃と共に肩を殴られたかのような衝撃が走る。
「命中、でも弾かれた」
「おいおい、あの装甲板50口径弾くのかよ!」
「じゃあ抜けるまで撃ちなさい!」
「無茶言いやがる!」
次弾を薬室に押し込みスコープを覗く。明らかに近くなっている。撃ててあと2発か。余裕はない。
狙いは同じ場所、運転席であろう場所だ。
大きく息を吸い、小さく吐く。
発射、手ごたえはある。だがまだ動いている。
「硬過ぎなんだよ!メタルスライムか何かかアレは!」
「大丈夫よ、もう1発。もう1発同じところに撃ち込みなさい」
「だめだ!あのバカ硬いのはやれない!隠れるぞ!」
「隠れたところで助かる可能性は薄いわよ、やりなさい」
「なんたってお前はそんなに落ち着いてるんだ?」
「場慣れよ場慣れ、あんたと違ってベテランなの。そんな事より撃ちなさい、死ぬわよ」
移動目標の同じ場所に3発叩き込めとはなかなか厳しい事を言いやがる。
「目標、正面から真っ直ぐ突っ込んでくる。速度は時速70km。距離300m」
スコープを覗く。銃身の熱が揺めき景色を歪ませ、心臓の鼓動が静かに身体に響く。大丈夫だ、根っこは落ち着いている。
車が路面のギャップを拾い跳ねている。合わせようと思うな。もう少し先に平らな道がある。狙うならそこだ。ダイヤルを回し調整を済ます。さあ、キリングゾーンだ。引き金を絞り、落とす。聞きなれた轟音、砂埃。観測手がいなくてもわかる。パーフェクト。外したとは思えない。
だが本当に止まるのか?あの装甲だぞ?
「大丈夫よ、50口径を同じ箇所に3発はあの感じの雑な装甲だと…」
車が道を外れ始めた。ハンドルを戻す仕草もないあたり運転手が死んだのか。
「ほら、よく見なさい。見事に割れてるわよ。重機関銃があればもっと楽なのだけど」
前の2発で亀裂でも入ったのか装甲板がチョコレートのように割れていた。
「なるほど、わかってたのか。心配して損した」
ボルトを引き巨大な薬莢を取り除く。薬莢が地面とぶつかり全てが終わった事を告げる鐘が鳴る。
「まあ、次はもっと早くやりなさい。私ならこの倍のマージン残せるわよ?」
「さりげなく自慢してんじゃねーよ。お前らと違って凄腕じゃないんだよ、俺は」
この部隊の基準はおかしい。俺だって同期の中じゃ優秀な方だったし部隊での成績もそう悪くはなかったはずだ。
だがこの部隊では得意のはずの戦技もいいとこなしだ。
「自信無くすよホント」
拾い上げた薬莢を地面に叩きつける。この薬莢を拾う癖も改めなければ。
ふと見るとグレッグが車両を調べている。VBIEDなんて今更目新しくもないだろうに。
「何かありました?爆薬と肉片以外に」
「いや、少しおかしいと思ってな」
「何がです?VBIEDなんざここいらじゃあ当たり前でしょうに」
この辺りでの爆弾騒ぎなぞ喧嘩より多いくらいだ。今更だろう。
「タイミングだよ、故障はともかくVBIEDをここに持ってきた以上情報が洩れてたんだろう」
「1人に言ったら10人に言ったと思え、みたいな感じですかい」
「なんだぁそりゃ?」
「自衛隊のポスターですよ、俺の駐屯地にも貼ってあったんですよ」
「なるほどな、でも今回は違うだろう。ウチの社員はそこら辺徹底されてるから他所から漏れたんだと思うぞ」
「へぇ、信用なさってますねぇ。俺らの事」
車をのぞき込む。中身は案の定といったところだ。血と薬品の臭気で満ちている。
「だとすれば奴らですかねぇ。大体、あいつら内務省の許可とか取ってるんでしょうか?」
「分からん、取り敢えず上に回すことにする。調べるのは俺らじゃないからな」
「ですな」
こんな所に長居はしたくない。皆んなもそうらしく車の修理も終わっていた。車に乗り込み町の方を見ると黒煙が上がっている。どうやら向こうも爆弾騒ぎらしい。警察の皆様はご苦労様です、そう心の中でエールを送る。
「爆弾処理って言われたがあるのは子供の仏さんが1つだけか。誤報か?」
先日の爆弾騒ぎの模倣犯かどうかはわからないが遂に俺たち民間要員にまで仕事が回ってきてしまった。
「いや、どうかな」
武石がトランクから50cm四方のロボットを取り出す。
外見は秋葉原で作れそうなロボットだが大事な機材だ。たとえ吹き飛ばされてもまた秋葉原に買い出しに行けばいい。
一応足回りはキャタピラだし無線でも操作できるが信頼性がイマイチなやつでちょっとした凹凸で転んだり電波を失って迷子になったりする。機械のくせにどこぞの看護師を思い出すドジっ子属性だ。
「ああ全く、日本に帰りたいねぇ」
額から流れる汗を拭う。こんな環境の中よく集中出来るものだ。俺だったらイラついて仕方がないだろう。
「ビンゴ、服の下に雑な手術痕だ。剣崎、スーツの準備だ」
「よく分からないな。手術痕なんてある奴にはあるんじゃないか?」
車から対爆スーツを下ろす。前々から思っていたがまるで着ぐるみのようだ子供に人気が出るんじゃないか。
「知らないのか?連中は死体をローストチキンみたいに中に詰め物をするんだ。俺の勘が正しければ恐らくあの死体も中身はTNTのオンパレードだろうぜ」
「へぇ…面白くはないな」
「まあ、少なくとも50m以内は立ち入り禁止だ。隊長、周囲の警戒をしといてくれ。剣崎、お前は車で待て必要なら呼ぶ」
最後のファスナーを閉める。
「仰せのとおりに、それじゃあ頑張ってくれ」
車を盾に周囲を見渡す。野次馬が多い、さっさと終わらせてくれよ。
照準器を覗く。ベランダから高みの見物をしてる奴、子供連れの奴、色々いるが大半は爆発すれば怪我で済めば御の字だ。紛争地だからといって危機管理意識が高いわけではないらしい。
「おい剣崎、1人じゃやり辛い作業がある。お前もこい」
武石から無線が入る。
「あいよ」
小銃を担ぎ走る。爆心地にご案内だ、何かあったらまず助からないだろう。
「来たぞ、何すりゃいい?」
「配線を切りたいがこっちからじゃ爆薬が邪魔だ。取り出したいからちょいとグロいが腹開けといてくれ」
ニトリル手袋をはめ腹をこじ開ける。弾力のあるに肉が目一杯反抗する。まるで体を弄ばれるのを嫌がるかのようだ。
血液と肉が粘度の高い音を発する。まるで怨念のように耳にまで纏わり付くようだ。
視線の先では武石がプラスチック爆弾がどの角度でなら出せるかあれこれ向きを変えている。
「ひどいなこりゃ、どちらかというとソーセージといった方がよかったか。ガワと中身の比率的に」
「そんなことはどうでもいいんだよ、こっちはうんざりしてるんだ。さっさと終わらせてくれ」
いい加減気分が悪くなってきた。そういえば昼飯はくそマズイ海外メーカーのレトルトだったけか。ああ失敗した思い出しただけで余計に気分が悪くなってきた。
「まあ待て、こうすれば。…よし、取れたぞ。あとは中の配線弄るだけだ」
「見せなくていいから早く終わらせてくれ」
取り出された血塗れのプラスチック爆弾を眺める。容積的にあいつの胴体一杯に詰めていたことは想像に難くない。こんなのは冒涜だ。一体こいつが何をしたと言うのだ。
「ほいよ、ご要望通り。終わったでござんすよ」
武石が基板と思わしき物を投げ捨てる。
「なあ、なんでそんなに平気なんだ?何かしら感じないのか?ガキの死体とかアンタ子持ちだろ?」
「あー、そうか。それが普通だったか」
「なんでそんな事もあったなという顔をする?」
「そりゃお前、こんな事を何年もやってればこれが当たり前になる。俺たちの常識は世間の非常識ってやつだ。まあ、お前もそのうち慣れる」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ」
人間は大概に狂っている。これでそう思ったのは何度目だろうか。
少年の亡骸を持ち上げるとそれは本当に命があったものなのかどうかを疑うほどに軽かった。
結局あの不幸な子供の遺体を引き取る人間は現れなかったそうだ。それがあいつが犯罪に巻き込まれたのか親が仕向けたのかを意味するのかは分からない。
ただ言えるのはあいつは誰にも見送られる事無く旅立つという事だ。あれは沙織と同い年ぐらいだろうか?本来ならば笑顔でいなければいけない年頃だ。ましてやローストチキンだと。ふざけやがって、どいつもこいつも弱い立場の人間を好き勝手にしやがる。
悶々と考えていたら見事にガク引きだ。銃弾が地面に叩きつけられる。
「外れ、トリックショットでも狙ったの?」
無言でボルトを引く。
「ここで上手くやるコツはああいった物は直視しない事よ。じゃないとあなた、壊れるわよ?」
「ご親切にどうも、それはアドバイスか?」
「どちらかというと忠告ね、それで拡大自殺されても迷惑なのよ。死にたくなったら言いなさい、眉間を撃ち抜いてあげるから」
「それはそれは、コールセンターは何時までかな?」
「あんたのためなら24時間いつでも構わなくてよ」
「サービスいいな、じゃあそん時は頼むかねぇ」
確かに、一々気にしていたら気が付いたらおかしくなってしまいそうだ。
今日も爆弾処理だ。いい加減武石が過労死するんじゃないかとヒヤヒヤしているが本人はこの上なく生き生きとしている。まるでハートロッカーのジェレミーレナーみたいだ。
「ここ最近、グリーンゾーン外で爆発事件が相次いでいる。目標は人口密集地、軍人などなど。いつもの火遊びとしてはどうも調子がおかしい。グレッグ、君にはいつもの3人ともう機材を貸す。ここで待機だ」
そう言うと左右田は部屋を後にする。
「何でしょうね?最近のこの騒ぎは」
「どうせ何処ぞの奴らが活気付いててそれの情報収集に躍起になってるだろう」
「連続爆弾魔というわけですか」
椅子を漕いでいると呼び出しがかかる、出動だ。
SUVを飛ばして20分で現着。またもや外国人の多いエリアだ。早速配置に着く。
ものの数分で野次馬の嵐、全く嫌になる。
数十m先に携帯を持った奴がいる。こういう現場で携帯電話はダメだ。最悪犯人に間違われて撃たれかねない。まあ犯人だったら都合がいいのだが。
ちょっくら銃を見せて脅してやらないと後々のためにならない。
「剣崎、ちょっと待ちなさい」
建物の上から見張るイザベラに無線で名指しされる。こういうのは妙に注目が集まるので嫌なのだが。
「そいつは怪しいわ泳がせなさい」
えらく真面目な口調だ。あいつの勘はよく当たる。もっとも勘じゃないのかもしれないがな。
「信じるよ相棒。グレッグ、例のブツの調子は?」
「大丈夫だ、こっちは問題なし。そっちは任せた」
では心置きなくやろう。
男が電話をかける。古い携帯電話だ、どうせプリペイドだろう。
しばらくして異変に気付く。残念ながらあの車から妨害電波を発しているからここいら一帯の携帯電話の周波数は潰している。これはまたクレームものだが仕方がない。クソ野郎をを一匹釣るのにはちょうどいい機会だ。
「もしもしお父さん?携帯電話はダメですよ?電話切って、両手挙げて見せて下さい」
これ見よがしに銃をちらつかせ接近する。
男は携帯電話を片手に目を丸くいている。
「もう一度言います。手を挙げてー」
携帯電話が一直線に飛んでくる。それをとっさにかわす。さながらボクサーみたいだった。
再び前を見ると男が脱兎のように駆け始めている。
「剣崎!逃がしちゃだめよ!」
「わかってる!クソッ、警察の真似事かよ!俺は元自衛官だぞ!」
丸腰のやつとスプリントレースをしてかなうはずがない。撃つか?いいやそれじゃああいつが死ぬかもしれない。結局は鬼ごっこだ、最悪だ。
「止まれ!撃つぞ!」
勿論ブラフだ。空に向け発砲、だが止まらない、余程捕まりたくないのか。
「ここ最近の運動不足が祟ってるよ畜生!」
腰回りかガチャガチャとうるさい、ズボンが落ちたら大事だ。今度装備を見直そう。
男がメインストリートに逃げ込む。
「グレッグ!何処だ!」
無線に怒鳴る。俺だけ汗かいて追っているのはおかしい。
「ここだよ、乗りな」
目の前にSUVが止まる。
すかさずルーフレールにしがみつく。
「行け!行け!」
窓ガラスを叩くと車が急加速する。危うく落ちそうになる。
「グレッグ、加減!加減しろよ!」
「落ちてないなら平気だよ、これで」
「クソ、あんたもそんなトンチキ言うのかよ」
だが犯人との距離ぐんぐん縮まる。やはり文明の力と言うのは素晴らしい。
グレッグがすかさず車を歩道に寄せる。
お膳立ては済んだ、タイミングは…今だ!
車から飛び出す。路駐の車のボンネットを踏み台に更に飛距離を伸ばす。
そのままトライ、日本代表にスカウトされるのではないかというほどきれいに決まった。でも地面との摩擦が痛いぞちくしょう。
仰向けの男が拳を振るう。悪足掻きだ。軽くかわしてお返しに左右均等に食らわせる。相手が守りに入ったところで胸ぐらを掴み頭突きをかます。
俺は頭の固さには定評がある、自衛隊で何度かこれをやって小言を食らったが。
お気の毒に鼻を潰されて戦意も失せたようだ。
両手首をみんな大好きタイラップで拘束する。拘束から擬装までこなせる安くて便利な道具だ。だから部屋には袋で置いてある。
「お前のそれはどちらかというと喧嘩だな」
「頭突きも格闘の常套手段でしょう、俺は極めて普通の日本男児ですよ」
喧嘩って言われると同じ部隊の仲間がぼったくりバーに捕まったのを救出に行ったとき以来だ。あの時は中々楽しかった。相手がグレーな職業だったので正面から殴り込んで暴れて駐屯地まで逃げたんだったか。警察沙汰にならなくて良かったと今でも思う。
男を後部座席に投げ込む。俺の仕事は終わりだ。どうぞごゆっくり地獄までの旅路を楽しんで。
「一狩り行こうぜ!」
「何それ凄く物騒」
突然呼集がかかったと思ったらいきなりこの調子だ。
「いや何、この前捕まえたあいつがゲロってここ最近の爆弾魔の大元が特定出来たんだけどね、事もあろうに警察が逃しちゃったんだよねぇ。でもでも我が社はこれを追跡できてるんだなぁこれが」
どうせこうなる事を見越していたのだろう。
「この犯人、どうもアメリカにも睨まれてたらしく捕まえると漏れなく20万ドルでまーす!そこで、君達にもちょいと頑張って捕まえて欲しい。成功したらボーナスだよ、ボーナス」
「情報だけ流せばいいじゃないですか、俺らがやる仕事ですかい?」
左右田は得意げに鼻を鳴らす。
「いやいや、これはね。当局とISAFに恩を売るためでもあるんだよ」
早速準備に取り掛かる。どうやら目標の側近に内通者がいるらしい。そいつに偽のガサ入れの情報を流してもらい拠点を変えようとしたところを攫うというプランだ。
襲撃方法もいたってシンプル車二台と2班分の人員で決行する。
交差点で速度を落としたところで横から侵入、車の前後をブロックしてやる。後はワンサイドゲームだ。小銃を取り出し自由射撃、ものの十数秒で終わった。
唯一の生き残りの対象を引きずり出す。小洒落た指輪が目に付く。
「子ども殺しのクソ野郎が……」
思わず漏らしてしまった。しかも英語でだ。
「ああ、奴らには感謝してもらいたいものだ。本来なら道端で人知れず朽ちる運命だったのをこうやって意味のある死に方をさせてやったんだからな」
拳を振るう。鮮血と歯の欠片が空を舞う。
「全く…お前みたいな奴がいるから」
腰から銃を抜く。
「それはテメェの中の話だろうが!そんな勝手な考えで人の命弄んでんじゃねぇ!外道!」
眉間に銃を突きつける。
手配書には生死は問わずと書かれてる。ここで撃とうが結果は変わらない。止む得ず射殺、よくある話だ。
周りもそれを許容している。
引き金を引けばそれで終わり。このクズ野郎の命など風前の灯なのだ。
引き金に指をかける。
ふと沙織の事を思い出す。あいつの唯一の育て親は俺なのだ。こんな薄汚れた金で育てておいて今更だがせめて奴らと同じ様にだけはならない様にしよう。あいつに対して向ける顔がない。
「…全く、どうしようもない人間だよ。俺も」
撃鉄を落とし、けん銃をホルスターにしまう。
「なんだ、撃たないのね」
「まあな、別に悪かないだろ」
「ええ、そうかもね」
かもってなんだよという言葉が喉元まで上がって来たが飲み込む事にした。
こんな掃き溜めからは足を洗った筈だったのだが、やはり罪には報いがあるものだ。
「それでも、当面は死ねんわなぁ」
あの日と変わらぬ太陽が俺を見下ろしている。こういう時は暑くてたまらないので日陰を歩くのだった。