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The order is war  作者: 冬の鍋物
6/8

熱砂の歓迎

 備え付けの時計から発せられる気合の抜けたアラームが意識を呼び覚ます。

 喉の奥が張り付いているみたいだ砂漠の乾燥は恐ろしい。

 アラームを切りベッドから立ち上がる。

 冷蔵庫から水を取り出す。まるでしばらく水をやってなかった花壇の土のように体が水を吸収してゆく。適当なシャツとチノパンに着替え身支度をする。

「髭…髭はどうしようか、うーむ」

 まあ、必要だったら明日から生やせばいいかと能天気に構えることにしよう。

 時間もいい塩梅なのでブリーフィングルームに向かうことにした。

「よう新入り、調子はどうだ」

 背中をこれでもかと叩いてくる。餅をのどに詰まらせた老人か俺は。

「背中の痛みを除けば大体いいぞ」

「ならよし!今日は頑張れよ!」

 とどめの一発、思わず声が漏れる。あれは新種の阿保か何かか。

 ブリーフィングルームに入ると先日のヤギ髭や筋肉モリモリマッチョマンなど熱量の大きそうな奴らがまあまあいる。ただでさえ暑いのに熱量の中に飛び込むのはまっぴらごめんだ。

 一番マシそうなのはイザベラの隣だ。すかさず滑り込む。方眉が上がった気がするがまあ、いいだろう。

「では、ブリーフィングを行う」

 ブリーフィングは我らが左右田警備部長だ。日本から出国するとき以来だあのペテン師め。

 目があってしまったので適当に手を振る。

「今回は物資輸送の車列を護衛してもらう。この後10時に15台のトラックとともにここを出発、君たちは護衛車両5台に分乗しろ。運転手は下請けが雇った現地人だ。正直信用できない。ごめんみんなケチりすぎた」

 会場から笑いが起きる。いいのかそれで。

「話を戻すと、物資を下ろす場所つまり前哨基地だがに到着するのが順調にいけば1時間半、物資を下ろし終わったら直ぐに出発。戻って来い」

「交戦規定は?」

 マッチョな白人が質問する。

「武器を所有、発砲してきた人物は敵だ。だが勘違いするな、我々はやりあっても給料は変わらん、割に合わない喧嘩は?」

「するな」

 一同が声を合わせる。知らないのは俺だけか。

「よろしい、では皆の無事を祈っている。解散」

 解散の一声とともにそれぞれが席を後にする。

 武器庫ではデイブが幸せな顔で銃を取り出していた。それは引き金の重さを調整しただのなんだのいちいち言っているので効率が多少悪くなっている。幸い俺の銃は特にいじらなかったらしい。

 地上に上がるとトラックと我らがトヨタ製SUV、ピックアップトラックを改造した装甲車両が整列していた。

 その脇ではトラックのドライバーと思われる現地人と覆面姿の人間が別々に通訳越しに説明を受けていた。覆面姿の人間は恐らく当社の人間だろう。

 車に乗り込むと時間ちょうどに先頭が出発した。これが最初のお仕事だ。気合は入らないが。

「そういや剣崎は実戦経験(童貞は捨てた)のか?」

 いきなりのお下品ワード、女もいるんだぞコンプライアンス崩壊してるんじゃないか?

「元は中央即応連隊だしイラクも2回目だ。あんたらには負けるが」

「成る程、いや陸自さんの兵隊がどんなもんか見てみたかったんだ。俺らは海人だからさ」

 特殊部隊にいて何を言っているのだか、あくまでこっちは精鋭が多いとは言ってもそっち程厳しくはない。

 

  意外なことに行きの道中は平和だった。荷物を降ろしている時偵察要員の先頭車の連中が今日は物を投げずに済んだと言っているあたりそうなのだろう。

 生温い紙パックのジュースを吸いながら聞き耳を立てる。

 だが帰るまでが任務なのだ。町の手前の幹線道路はだだっ広い荒野を貫く一本道だ。

 事前に確認した地図でも大体わかってはいたがざっと見渡しただけで歩兵の射程内には遮蔽になりうるものが多いわりにこっちは丸見えというここで待ち伏せをしなければどこでするというぐらい待ち伏せに適している。

 車内の空気も変わった。全員自分の責任区域の監視を厳としている。

 ふと運転席を見る。数字は見えないがスピードメーターの針はしっかりと速度違反の角度を示している。数字が見えなくてよかったと思う。

 しかしこれでテクニカルの銃座の連中はよく大丈夫だなと感心する。揺れもすごいが風圧もヤバい。

 銃座にいる現地人は身元を隠すため覆面を被り生活のために命を質屋に預けているのだ。同じ会社の社員として不憫には思うがどうにもしてやれない。

 不意にイザベラが車速を落とした。

 すると目の前のトラックの前にいた護衛車両が爆発とともに飛び上がった。

 頭の中まで爆発が響く。耳栓でも詰めておくべきだった。

 ドライバーがパニックを起こしたのかトラックは振り子のように姿勢を崩していく。

 イザベラはそれに巻き込まれることなくガードレールとトラックの間をすり抜ける。

 イザベラはその操作を無駄がなくさも当然であるかのようにやってのけた。

「お見事、東映とハリウッドに今の映像を売ろうきっといい小遣いになる」

「冗談言ってないでさっさとトラックの運転手乗せなさい、ここに長居するわけにはいかないわよ」

 振り返るとトラックはガードレールに垂直に刺さっていた。見事に道路を封鎖しているがドライバーは生きているようだった。

 適当に返事を返し武石と車から飛び出す。

 焼けたアスファルトを蹴りトラックへ急ぐ。

 運転席側のドアを開けるとすっとこどっこいのドライバーはお昼寝の真っ最中だった。外傷も特に見当たらないところのでただの気絶だと思われる。

 でかい図体を下ろすのは苦労する。俺が運転席まで登り運転手を引きずりだす。それを武石に受け止めて貰おう。

「重いな、落とすな。割れ物だぞ」

「天地無用はよろしくて?お客さん」

 トラックの窓から吹き飛んだ護衛車両が見える。煙に包まれている。

「おい、あいつらは諦めろ。それよりもさっさとずらかるぞ」

 いや、あれはもしかすると。

「グレッグ、逃げて下さって結構です俺はちょいと4号車を見てきます」

「ちょっと?アンタあほなの?はや」

 グレッグに言った筈だが返事の第一声はイザベラだった。どうせ邪魔されるので無線を切る。最悪置いて行かれてもこのトラックの動力関係は生きている。これで逃げれば勝算はゼロではない。

 助手席側のドアから飛び出しひた走る。心臓が鼓動を早め息が荒くなる。久しぶりの本物の鉄火場だが体は案外ついてきている。

 4号車に滑り込む。判定はセーフ。五体満足で到達だ。

 車内は見ただけでダメなのがわかる。

「すまん」

 力尽きた同僚にせめてもの謝罪の言葉をかける。ベストから発煙筒を取り出し投げる。

 煙幕を壁に銃座を覗く。そこには大柄の覆面男が倒れていた。

 呼吸もあるすぐに車両の陰に引きずり込む。こいつもさっきの男に負けじと重い。それとも俺の鍛えが足りないのか?

「おい!聞こえるか。どこをやられたか言え!」

「英語…?あんた外国人か…?助かる、上半身は大丈夫だが足が動かん…」

「足だな?よし診てやる。あー、グレッグ?聞こえてたらで結構です4号車の生存者を見つけました。もう5分追加でお待ちいただけますか?」

 足は折れてる、いくつかの出血はあるが今急いで処置する必要はなさそうだ。転がっている小銃を添え木にして応急処置をする。

 車両のガラスに影が映る。とっさに小銃を構える。

 正体は影だけでなく服装も真っ黒の男だった。引き金をに力を籠める。

 しかし俺が発砲する必要はなくなった。奴は脳漿を飛び散らせアスファルトに倒れこんだ。

 立て続けに2発の発砲音が聞こえ僅かに遅れて湿った音が響く。

 覗くと他に2人の死体が出来上がっていた。恐らくこいつをさらいに来たのだろう。

 射点と思われる方向を見るとトラックの下の隙間に少女のシルエットが見える。イザベラだ。

 しかし最初のはかなり危ない射撃だった。射線上に俺がいるのに撃ちやがった。

「外したらって発想は無しか?」

「この距離よ?外す訳ないじゃない。良ければアンタのその減らず口に叩き込んでもいいのよ?」

「イザベラもそこらへんにしておけ、剣崎、さっさと戻って来い。援護してやる」

 グレッグもいるとは律義に残っててくれたようだ。悪いことしたな。

「どうも感謝します」

 大男を担ぎ上げる。やはり重い、両足がアスファルトに沈みそうだ。

「担ぐ俺の身にもなれ、次会う時までにダイエットしやがれってんだ!」

「悪いな旦那。恩に着る」

「はいはい!どういたしまして!」

 足を踏み出し走り出す。重力が倍になったのかという程足が上がらない。

 しかも周りは早くしろというように銃弾を撃ち込んでくる。

 こうなればもう悪態のオンパレードだ。放送コードなんざ知ったこっちゃない。

 イザベラは道の向こうの稜線に射撃を加えている。意外なことにボルトアクションとかいう前時代的な狙撃銃を使っていた。その銃でさっきの三連射ができるのだから凄まじい。

 トラックに差し掛かった頃に俺らの車がバックで突っ込んでくる。運転手は武石だ。

 リアゲートを開け男を下ろし俺も乗り込み閉める。

「いいぞ出せ!」

 叫ぶとエンジンがうなりタイヤが悲鳴を上げる。

 横の脇道からテクニカルが姿を現した。

「勘弁しろよ!追手だ!」

「文句言わない、あんたが遅いからよ」

 イザベラはまるで些細な問題でしかないというように静かに喋る。

 リアゲートの窓を開け応戦する。

 車内で銃声が反響してより一層やかましく感じる。

 地面の凹凸を拾い車が揺れるちゃんと狙わなければ当たったものではない。

 相手の武器も重機関銃だ。さっさと片さないと碌な事にならない。

 息を大きく吸い短く吐き止める。車の揺れを同調させ照準器に運転手を捉える。

 そして

 静かに引き金を引く。

 ビンゴ、フロントガラスが赤く染まり運転手を失ったテクニカルがバランスを崩す。

 トリプルアクセルだ。これは芸術点が高いぞ。

「クリア」

 そう呟く。

「はいはい、了解了解。剣崎、今回はナイスプレイだが次からは私の許可取ってくれ」

 如何にもくたびれた中間管理職といった口調だ。ここの人間は戦闘をなんとも思わないのだろうか。

「すいません。絶対に止められると思ったので」

 正直に謝る。

「あんなの全員が全員死んだと思っているのだから見捨てればいいものを、あんたは死体に興味でもあったわけ?」

「おいおい、本人の前で言うなよ」

 口が悪いと思っていたがまさかここまでとは。

「旦那、お嬢さんの言う事は正しいですぜ。俺なんぞ死んでも何の問題にもならん捨て駒なんですし何より、手前の命が大切でしょう?」

 お前が言うなよ悲しいな。安全装置をかけダストカバーを閉める。

「そう言うなよ、確かに生きてるかどうかはよく分からなかっただが俺にだって一人でやっても勝算があった。だから動いた。別にイザベラが立ち去ろうがお前が死んでようが俺は無事に帰ってた。ああ加えておくが別に感謝してないわけじゃないぞ」

「はいはい、そこまでだ。まだ目的地に着いたわけじゃないんだ。ちゃんと見張れ」

 グレッグが手を2回たたく。ここいらでやめにしておこう。

 溜息をつく。

「グレッグ、彼に包帯を巻いてやっても?」

「いいぞ」

 どうもと軽く礼をしてゴム手袋を着用し救急セットから包帯とガーゼを取り出す。

 破片で切ったらしい切り傷がそれなりにあるがまあ包帯を巻かなかったとかで死ぬほどでもない。

「悪いな、旦那。助けてもらって」

「剣崎だ。剣崎隆二、覚える気があったら覚えておけ嫌ならそのまま旦那でいい」

「いや、そうだなありがとうミスター剣崎。俺はサイード・ヴァファーだ。ええと…あんた日本人か?」

「そうだが?珍しいか?」

 お次は頭だ。傷が多くてミイラ男でも作っている気分になってきた。

「ここは初めてか?ミスター」

「いや、二回目だ。前は自衛隊にいたんでな。…あんたの祖国の事は申し訳なく思う。結局何もしてやれなかった」

 サイードは首を振る。

「いや、あんたが謝ることじゃないミスター。あんたは俺の命の恩人だ。何か困ったことがあったら言ってくれあんたの頼みなら喜んで聞こう」

「面と向かって言われると恥ずかしいし間に合ってるよサイード。ほら、できたぞ病院まではこれで我慢してくれ」

 包帯を軽く叩く。ここでできるのはこれぐらいだしこれ以上は必要もない。

 銃を手に取り照準器で辺りを見渡す。そろそろ会社のある町に着くらしい。町の入り口とと会社はそう離れていない。最初のお仕事も佳境といったところか。

 所感としては割に合わないだ。これから先が思いやられる。

「まあ自業自得か」

 自分でも驚くぐらい割り切った発言だったがそれでいいのかもしれない。

 明日も、明後日もきっとろくでもない毎日なのは以前とそう変わらないからだろう。そう考えることにした。

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