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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【アスリート&カメラマン】 大城さんと澄香さん。

本作品、既出の【ライバル】湊とサチ。と世界が重なっています(少しですが)。

こちらもサッカー描写など書いてみました。

スポーツカメラマンの澄香と、彼女の被写体であるサッカー選手の大城さんのやりとりも楽しんで頂ければと思います。


「彼女、乗ってく?」


私は道を歩いていて声を掛けられた。

こんな大通りで、人ごみの中、よく声をかけてくるものだ、車で。

無視しようとしたら見覚えのある車、見覚えのある人物。

「・・・こんな場所でナンパ?」

私は運転席の人物にむかって笑いかける。

「澄香さんの姿が目に入ったから、予定変更。」

私に声を掛けた人物は世代の期待を背負う、女子サッカー選手の大城サカエ選手。

女子サッカーといえば男子より年収は少ないはずなのに彼女の乗っている車はイタリア製。

どこぞにスポンサーでもいるのかもしれない(笑)。

「用事が無いならランチでもどうかと思って。」

「お腹は空いてないの。」

「つれないなあ。」

「・・・でも、この間のアジアカップの話は聞きたいわ。」

先日までドバイで行われていた女子のサッカーアジアの大会の事だ。

「サッカーの話でいいの?」

彼女はつまらなそうに笑う。

「サッカー選手に、サッカーの事を聞かないでどうするの。」

「まあ、そうですけど。でもいいや、澄香さんと食事できるなら。」

「じゃあ、交渉成立ね。」

私はぐるっと回って、助手席に乗り込んだ。



食事にと連れていたかれたのは郊外のロッジ風のレストランだった。

駐車場には数台の車が停車しているだけで人の気配は少ない。

「人が多いと落ち着いて食べられないから。」

彼女はそう言ってレストランの扉を開けてくれた。

すぐにいらっしゃいませと明るい声がかかる。

「予約の大城だけど。」

「はい、承っております。どうぞ、こちらへ。」

予約? 私は耳を疑う、予約って事は最初から予定されていたって事よね?

彼女の顔を見ると、一瞬少しおどけたような表情をしたけれど促された席へ移動するためにそちらの方向に顔を向けてしまった。

ウエイトレスが注文を受け、行ってしまったあとに私は問いただす。

「予約って?」

「・・・読んで字の如し。」

「他の人と来るはずだったの?」

私は代わりか、と内心少しがっかりしたのだが。

「まあ、そこはツッコまず・・・・。」

舌を出して答える。

「おごりよね?」

「ええ、もちろん。好きなだけ食べてくださいよ。」

「遠慮ないわよ、私。」

「こちらが誘ったんですから。」

私はおごりと聞いたので容赦なく頼んだ。

ひと仕事のあとだったのでお腹が空いているのだ、ウエイトレスが驚くくらいの量を食べながら彼女と話す。

「あの中国戦はすごかったわね、当たりの激しさは一番だったでしょう?」

「りゃあ、すごかったですよ。私一人に2・3人は付きましたし、見えないところでガツガツと・・・ね。」

ドリブルに入ると何度も倒されたのをTVは放映していた。

その度に文句も言わず、ただ気迫の篭った目でゴールを目指して彼女は立ち上がっていた。

 その、前へ向かうという精神は必要だと思う。

倒されるのを恐れてはゴールは狙えない、パスを出して抜くのも手ではあるけれど、勝つのも大事だけれど

応援してい人たちは良いプレーも見たいと欲張りな思いも持っている。

そういった観客たちに応えるプレーをするのも選手としての努めでもあると思う。

「一番気に入ったのは後半49分のプレーかな、アレは気持ちよかったでしょう?」

「分かります? もう、どんぴしゃでしたからね。」

後半49分、彼女に張り付いていたマーカーは彼女の運動量についていけなくなっていた。

ゴール前でマーカーの隙をつき、低めのライナーをジャンピングボレー。

密集地帯でシュート体勢の確保は難しいと思ったのだけれど彼女は見事、コンパクトにヒットさせた。

しかもボールはゴールキーパーの動いた方向とは反対側へ。

「現地で撮りたかったなあー、アレ。」

「プロでもシビレました?」

「もちろん、ジャンピングボレーなんて結構あるけど成功率は少ないのよ。あんなシュートはそうそう無いわ。」

「澄香さんが同行カメラマンなら良かったんですけど。」

「そこは色々あるのよ、大人の事情が。」

私は笑ってスズキのテリーヌを切って口に入れた。

「じゃあ、専属カメラマンはどうですか?」

「専属カメラマン? 写真集でも出すつもり?」

「そういう話も来てるんですよ、実は。」

「へえ、すごいわね。写真集なんてスター選手みたい。」

スター選手みたいといってから、ああ、そうだったと思い笑う。

「みたい、じゃなくて、スター選手なのよね、大城選手は。」

「よしてくださいよ、そんな仰々しいものじゃないんですから。」

照れたように笑うと水を一口飲んだ。

 その後はアジアカップの裏話やら、日々の話やら話し込みあっという間にランチをとうに過ぎて夕暮れが近づいた。

レストランのオーナーはどうやら大城選手と懇意らしく、長々と話していても何も言ってこないばかりか紅茶やお菓子を持ってきてくれたのだった。

「随分、長居してしまったのね。」

見えている夕暮れに映える山の頂がとても綺麗である。

「久しぶりに、人と楽しく話せました。」

「話してないの?」

「大事な試合が詰まっているのでそんな余裕が無くて。」

「余裕を持つのも大事よ、リラックスも必要。」

「今日は澄香さんを誘って良かったです。」

「あら、本当は別の誰かと来るつもりだったんでしょう?」

「・・・それは言わないでくださいよ。」

苦笑してレジで支払う。

「ごちそうさまでした。」

「どういたしまして。」

車に乗り込み、また喧騒とした都会へまた戻るのだ。

「お腹、いっぱいですか?」

「さっきまで、紅茶を頂いていたのよ?」

どこかへ連れて行ってくれるのかなと思う、食べ物屋はちょっと遠慮したい感じではあるけれど。

「腹ごなしに、ゲーセンへ。」

「ゲーセン?」

思わぬ場所が出てきた。

「サッカー版のストラックアウトがあるんですよ。」

ああ、升目にボールを当てて打ち抜くヤツね。

「あなただったら全部打ち抜いちゃうじゃない。」

話にならなさそうよね、サッカー選手だもの。

「いやいや、それがなかなか難しいんですって。ハンデとして私は左足でやりますから。」

「私もやるの?」

「ひとりじゃ楽しくないじゃないですか、ヒトカラじゃないんですよ。」

それ以前にボールがボードまで届くかどうか・・・苦笑。

「私は応援に回るわ、足が痛くなりそうだし。」

「ちぇー、面白いのに。」

面白いのは面白いけど、やるのと見るのとじゃ大違い。

私は応援する方が性に合う。

「パーフェクトだと何かもらえるの?」

「さあ、実際やったことないので・・・」

「やったことないの?」

「ええ、面白そうだなあとは思っていたんですけどなかなかそういう機会がなくてやらないまま。」

本当はやってみたいのね、自分で(笑)。

「いいわよ、私はやらないけど見てるわ。」

「じゃあ、決まり。」

車はエンジン音を噴かせながら進路を彼女の言うゲーセンへと向かった。



もう21時を過ぎるとゲーセンは人が少ない、まあ平日という事もあるのだろうけれど。

サッカー版のストラックアウトは2人くらいしか挑戦していなかった。

1回10球 400円、高いのか安いのか。

景品は意外と豪華で高級ホテルのペアの食事券とか。

彼女は3回挑戦することにした。

1回目はハンデ通りの左足、2回目は利き足の右足、3回目は私のリクエストで目隠し。

最後はかなり難易度が高いのでパーフェクトが出来たら何かひとつ私が言う事を聞くということに。

 私としてはいくらなんでもね・・・と、タカをくくっていたのであるけれど。

さすが、サッカー選手1回目残念の9枚、2回目は本気のパーフェクトだった。

素人は蹴る時に身体がぶれてしまうのにさすが、彼女はぶれずに足首は固定される。

ボールの弾道は失速することなく、的に当たった。

従業員も他のゲームをやっていた客も皆、いつの間にかこのストラックアウトに注目している。

しかし、彼女が女子サッカー選手だということはバレていないようだった。

まだまだ、認知度がね・・・(苦笑)。

彼女は難なく5枚を打ち抜いた。

おおっ、と客がどよめく。

私も関心するばかりの美技だ、カメラを持っていないのが残念・残念。

6枚・・・7枚・・・8枚・・・一枚打ち抜くたびに、その場の熱気が上がった。

最後の一枚で”あと一枚”コールが上がる。

彼女は目を瞑りながら笑う。

 ああ、多分打ち抜いちゃうんだろうなあ。

確信にも似た事を思って私も笑い返すしかなかった。


ブーーー。

電子音が鳴って、パーフェクト達成した事を示す。

2回連続パーフェクト、しかも最後は目隠しでのパーフェクトとは今だ誰も居ないはず。

挑戦だってしないか(笑)。

景品の食事券を貰い、ポラロイド写真も撮られて飾られることになった。

まだ、誰も彼女の正体に気付いてはいないけれどこのポラロイド写真を見て分かる人が出てくるかもしれない。

「はー、楽しかったです。」

「良かったわね、リラックスできたかしら?」

「ゲームは心のゆとりができますね、勉強になりました。」

私達はゲーセンの一角、ガラス張りで夜景が良く見える休憩室でジュースを飲んだ。

「3回目、本当にパーフェクト取るなんて思わなかったわ。」

しかも、目隠しキックでなんて。

「実は得意なんですよ、アレ。」

「本当?!」

「はい、色々なシュートのシュミレーションをしてるんですけど特訓メニューに入ってるんです。」

にっこり笑って言う。

「・・・得意なの知ってたら約束なんてしなかったのに。」

この、確信犯。

「何を頼みましょうかねえ。」

今度は意地悪そうな笑みを浮かべる。

「あまり無茶な物はダメよ、私にも出来るものと出来ないものがあるんだから。」

野菜ジュースは早く飲み終わってしまった、ゴミ箱へ捨てようと立ち上がる。

「大丈夫ですよ、そんなに難しくないし。」

彼女も一気に缶コーヒーを飲み干し、一緒に立ち上がった。

「で、何をすればいいのかしら?」

缶をゴミ箱に入れて、私は彼女を見上げる。

私は168センチ、彼女は175センチくらいなので見上げる格好になった。

「キスさせてください。」

「は?!」

思わず、聞き返してしまった。

予想外のお願いに驚いている、予想外すぎて呆然となっているといった方がいいかもしれない。

「冗談は・・・」

「冗談で言いませんよ、こんな事。」

「本気で言っているの?」

「からかうつもりならあなたが聞き返してきた時に否定してます。」

どこまでも本気のようだった、けれど・・・・。

「でも・・・ダメならいいです、今言った事は忘れてください。」

大城選手は自分で言ったくせに苦笑して出口へ向かってしまう。

私はというと彼女の願いを受け入れられず、少し離れて後ろを歩くしかなかった。




しばらく彼女との接点はなく、顔を合わせることは無かった。

次に見かけたのは全日本女子代表として国立競技場に立つ日で、オリンピック出場がかかる大事な試合だった。

若年向け、スポーツ雑誌の記事の為にこの試合を撮るという仕事が来たのだ。

もちろん、カメラの大半は彼女に向けられる。

日の丸を背負い、オリンピック出場をかけたプレッシャーをひしひしと感じているらしく少し緊張気味に見える。

さすが、代表試合ということでTV放送も予定され、観客もひときわ多い。

今度の相手は北朝鮮、このチームも中国チーム同様強い。

FWの宿命は執拗なマークと削り、今日も削られるかもしれない。

アジアカップでのボレーは現地で見られなかったけれど、今日はゼヒあの時のようなプレーを見せて欲しいと思った。

スター選手には他の選手にはない”何か”がある、土壇場にめっぽう強い。

ここぞ、というタイミングで観客を驚かすような事をする、彼女はそれができる。

私はそんな期待を抱きながらわくわくしてカメラを構えていた。

 試合は均衡し、後半までタイ。

予想通り、大城選手はガツガツと削られた。

マーカーはタフらしく大城選手に元気に張り付いている。

日本は得点源である大城選手をマークされ、パスが出せずに攻めあぐねた。

中盤も押し上げて、中から切り崩そうとするものの北朝鮮の守りは堅い。

時間は刻々とすぎて行き、競技場に諦め感が漂い始める。


ガッ


観客がどよめいた。

カメラのレンズの先には大城選手がペナルティエリア内で倒れている。

審判の笛とともに、地鳴りのような歓声が響き渡った。

勝利を確信したかのような歓声が。

日本の選手達も歓喜の様子でもう勝ったかのようだった。

しかし、私は大城選手から目が離せないでいた。

何回も削られて苦悶の表情をその度にしていたけれど、今回の表情はいつもと違う。

蒼白な顔つきで何とか手だけで、上体を起こし、ベンチにメッセージを伝える。


”担架を”


そういう仕草だった。

集まってきた日本選手もやっと異変に気付く。

大城選手の意思を素早く汲み取り、ベンチが動いた。

担架がグランドに近寄ってくると、やっと競技場もざわめき出す。

PKをもらって勝つ確率が98%以上だというのに不安の方が強く私の胸を締め付けた。

結局、大城選手はそのまま病院に運ばれた。

PKは別の選手が蹴り、辛うじて日本代表はホームで勝ちをおさめた。

チームの得点源を失うという事を犠牲にして。



大城選手の怪我は骨折、オリンピックの出場は絶望とTVやマスコミは報道。

骨折は治癒に時間がかかる、どんなにがんばっても代表復帰は難しいと医師は示したという。

思わぬ怪我に本人もショックを受けており、某所の病院で養生中だとチームの広報部も発表。

私もお見舞いに行きたかったけれど、まだ報道が沈静化されていないので混乱しているし、本人の心境を考えるともう少し時間が経ってから行こうとった。

それから2ヶ月経ち、少し騒ぎが収まる。

彼女は病院を退院し自宅に戻っているという。

私は意を決して連絡を取った、返事はくれないと思ったけれど彼女はちゃんと返事をくれた。


 退屈なんで遊びに来てくださいよ。


と、随分明るいメールだった。

お土産に好きなチーズケーキとにぼし(笑)を持って行った。

「いらっしゃい、澄香さん。」

私を迎えてくれた大城選手はこの間別れた時より少し痩せた感じだった。

足には石膏をつけ、松葉杖。

「大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ、澄香さんの顔を見たら元気になりましたから。」

「・・・それだけ、言えれば大丈夫よね。」

「ははは、今紅茶入れますからそこに座っててください。」

「いいわよ、怪我人にそんなことさせられないわ。」

「心配ありませんって、状態はいい感じなんですから。」

「?」

「医者も驚いているみたいです、代表復帰は難しいっていっていたのに早々に撤回しましたよ。」

「直ってきてるの?」

「直しているんですよ、澄香さん。」

にっこりと。

脅威の治癒能力、怪我はトレーニングで早く直せる場合もあるって聞いたことがあるけれどここにそれを現実にしようとしている人物が居るのが驚きだった。

「人体の不思議ね、びっくりだわ。」

「私もですよ、コレ使ってもっと早く直すようにしますよ。ありがとうございます。」

私が持ってきたにぼしを見せた。

「にぼしはカルシウムの宝庫だからいいのよ。」

「骨の形成に役立つようなのでナイスチョイスです。」

こぽこぽとお湯が紅茶のティバックが入ったカップに注がれる。

紅茶の良い匂いがして鼻腔をくすぐった。

「ミキサーで砕いて、ふりかけにすればいいかもね。」

「ダシじゃなくてですか?」

「ダシにしたらカルシウムになりそうもないじゃない?」

「同じにぼしでしょう?」

思い込みが大事だと思うけど・・・エキスを取って身体に入れるかバリバリ食べて身体に取り入れるかの違いよね。

「でも、にぼしを人にもらったのは初めてですよ。」

「悪かったわね、色気もない物で。」

けがをしてナーバスになっているのかと思いギャグのつもりで持ったのに。

「別に変なものを・・・とは言ってませんて。澄香さんとのギャップが可笑しくて面白いです。」

「私はどういう風に思われてるのよ、一体・・・もう。」

「私の怪我を心配してくれたんですよね。」

「そうよ。」

ぷんすか。

骨折にはカルシウム→牛乳の構図だけど、牛乳を持ってくるのもねえ。

ちょっとナーバスになってそうな分をにぼしにしてみたんだけど、ちょっと失敗だったかしら。

「よかったです。」

「何が?」

向かい合って座ったテーブルで、私の目の前で彼女が言う。

「澄香さん、もう連絡くれないかと思ってました。」

「どうして?」

彼女は一瞬引いてなんとも言えない表情をした。

「どうしてって・・・」

「頼みごとの件?」

「・・・そうですよ、自分で言うのもなんですけど嫌じゃないんですか?」

「あの時はびっくりしただけなのよ。」

いきなりあんなこと言われたら誰でもびっくりするじゃない。

はい、そうですか。いいですよーだなんて余裕を持って答えられないわよ。

「びっくりしただけ、ですか?」

「そうよ。それにあなたはすぐに出て行っちゃうんだもの、答えようがなかったわ。」

「あのままだったら気まずかったし・・・」

「あんな事を言ったあなたが、そんなこと言うの?」

「言ってからやっぱり言わなきゃ良かったって、後悔しました。」

「嫌われるから?」

「はい・・・。」

消沈する彼女。

「気にすること無いわよ、ノリでいっちゃえば良かったのに。」

ノリで、ですか?と、納得しかねるような表情で聞き返してくる。

「私ね、女の人にキスしていい?って聞かれたの2回目なのよ。」

私は笑って何気ない様子で言った。

大城選手が自分自身を責めないように。

「え?」

思い出すとなんだか彼女とは正反対なシュチュエーションだった気がする。

その時の相手は、聞きはしたけれど私が答える前にもうキスしてたし(笑)。

じゃあ聞くなよって、叩いた覚えが(軽くね)。

「ええっ?!」

大城選手は二度、驚く。

「なんなのかなあ、そういうのって結構あるのよ、私。」

「結構あるんですか。」

はあ・・・と困惑したような顔をする。

「だから、別に気にしていないわ。」

「・・・・・」

ぱったり机につっぷす。

「心配して損しました・・・・。」

「ご苦労様ね。」

私はそう言って紅茶を一口、出されたクッキーを一口ぱくり。

「・・・誰なんですか、その人。」

つっぷしたまま、大城選手は言った。

「気になる?」

「そりゃあ気になりますよ、私の先人ですから。」

「確かに先人よね、あなたの先輩でもあるし。」

「・・・・・」

しばらくの沈黙の後、目の前の彼女はがばっと起き上がった。

「先輩ですって!?」

「そ、そうよ・・・。」

ちょっとその剣幕に驚く。

「って事は、同業者なんですか?」

同業者・・・今は引退しちゃったから過去形かも・・・・。

まだ出来そうだったのにきれいにすっぱり辞めちゃって今は後進の育成にがんばっている人。

それでもフットサルの試合には出ているようで時々、写真撮れとかいって誘いメールをよこすわね。

人の都合とか全然気にしない人だわ、今も昔も。

「あ、今は辞めてるから同業者ではないわね。」

「私も知ってる人ですか?」

「知ってるわ。でも、探すなんてつまらないことはしない方がいいわよ。」

「どうしてですか?」

「逆に聞くけど、知ってどうするの? 私とキスしたんですか?って聞くの?」

それとも、顔を見て『この人が!』って納得するのかしら。

「う・・・。」

「この話は終わり。今あなたのすべき事はきちんと足を治す事よ。」

「はい。」

「足が治ってまたサッカーが出来るようになったら、約束どおりさせてあげるわ。」

させてあげる、というのがちょっと上目線だけど(笑)。

「本当ですか?」

「約束は約束だもの。」

たとえ遊び半分だったとしても違えるのは私は嫌いだし。

それに、大城選手は嫌いではない。

「じゃあ、がんばって治します。」

拳を握って大城選手は言う。

「そうそう、その調子。」

なんだか変ながんばり方のような気もしなくもないけれど・・・目標に向かってというのは良いと思う。

馬だって目の前にニンジンをぶら下げられたらがんばって早く走るし。

不純な動機だって、怪我の治りに良い方向に作用すれば結果オーライなのである。

私はお見舞いを兼ねた訪問だったので早めに帰宅することにした。

大城選手は帰って欲しくなさそうな感じだったけれど、長居は無用よね(笑)。




「・・・私の現役時代の時からモテたからなー。」

私の横で、グラウンドの試合を見ながら友人、城田博実は言う。

「私の現役時代からって何よ。」

今日は代表試合じゃないのだけれどそこそこ観客が入っている女子サッカーの試合。

なんといっても怪我から驚異の治癒でグラウンドに戻ってきた大城選手の復帰第一戦なのである。

それなのに今回は私は客席から観戦とは・・・とほほほ。

「ちょくちょく写真撮りに来てたじゃない。」

「言っとくけど仕事よ、仕事。」

ちょくちょくって安易に言われると腹が立つ。

「結構、女性メラマンって少ないから目立つわけよ。とりわけあんたの場合は見目がいいし、人当たりもいいからよく選手が寄って来たでしょうが。」

「そうだった?」

普通に接して交流を図ってきたつもりなんだけど。

「・・・しかも、本人は無自覚だし。」

溜息をつきながら友人はペットボトルの飲み物を飲む。

「まあ、確かに声はかけてもらったけど別に何も無いわよ。」

「そりゃあ、指輪してたらそれ以上は踏み込んで来んでしょうが。」

「あなたが言うセリフ?」

「ふふふふー。」

ふふふふーじゃないっつーの! キスしていいかって聞いたくせに”はい”とも”いいえ”とも答える前にキスしてきた張本人じゃないの。

「ダンナ、まだ怒ってる?」

「あの人の前ではサッカーの話題は今でも禁止、あなたを思い出すんじゃないの?」

「いやーまったく見えなかったからねえ、存在感無しで。」

友人城田という人物は一般的に言われる人気者だ、明るく人から嫌われる要素がまったく見当たらない。

彼女のまわりはいつも人で溢れていた。

私は建築師の夫と結婚しているのだけれど、その夫と彼女の初対面が最悪だったのだ。

夫の前で妻たる私にキスしたのだ。

本人が言う通りどうやら本当に夫だとは思わなかったらしく、紹介したら思った以上に顔を崩して驚いていた。

夫はその場は何とか冷静を保ったものの、家に帰ってからが大変だった。

手がつけられないくらいに罵詈雑言・・・別にキスぐらいいいじゃないと思ったけれどとても言い出せる雰囲気ではなく、はいはいと頷くだけ。

・・・・夫とのキスより気持が良かったというのは言わないでおこう(笑)。

「悪い事したかな。」

「傷を残したわよ、これ以外は順風満帆なのに。」

「・・・また、ダンナ怒るかもね。」

大城選手に顔を向ける。

「あなたじゃあるまいし。」

グラウンドでは選手が中央でボールを回して突破口を探している。

「どうかな?」

「変なこと言わないでよ。」

「普通なんの好意も無い相手にキスしていいかなんて聞かないもんじゃないの?」

「自分はどうなのよ。」

「怒るかもしれないけど、私の場合はただしたかっただけだし。」

あっけらかんと言うな。

「・・・そんな理由で?」

「ちゃんとした理由がないといけないのかね。」

人間は衝動的な動物なのだよ、とのたまった。

「彼女は違うみたいだけど。」

「どうしてそんなことが分かるのよ。」

また、ふふふふーと邪悪な笑いを浮かべる。

「集中してない。ほら、見てみ。」

そう言ったかと思うとグランドを指差しながら私の肩を引き寄せた。

「何する・・・!」

私はおもっいっきり引き剥がした。

「見た?いくらなんでも試合中に余所見はしないんじゃないの、私だったらしないけど。」

「え?」

城田の身体を押しやりながらグラウンドを見るとキープしていたボールを取られた場面だった。

「ただ、取られただけでしょ。」

「集中してれば取られなかった、ほかの事に気を取られていたからだ。」

「こっちを見てるって事?」

「カメラが無いとよく分からない?」

どれくらい離れてると思ってるのよ、近くても300メートル以上はある。

それに大事な復帰第一戦なのによそ見するような選手じゃ・・・。

私の思いとは裏腹に彼女と視線がばっちり合う、けれどすぐに視線は外されてしまった。

「フッ、まだまだ青いな。」

「・・・からかったのね、かわいそうに。」

「ふっ、ふっ、ふっふ、嘴の青いひよっ子だ、人妻に手を出すには早かろう。」

「なんでそうなるのよ・・・。」

キスの次はそうなるに決まってるだろう!と力説された。

「別に私は・・・。」

「じゃあキスはしない方がいいんじゃないの?」

「約束だもの。」

「守れる約束と守らなくてもいい約束ってものがあると思うけど。その気が無いのに気が有りますっていう態度を見せたらそっちの方がもっとかわいそうなんじゃない?」

そう言われると言葉も無い。

・・・でも、それでも大城選手を拒否する感情は私の中には無かった。

「・・・欲張りなのかなあ。」

「ほんっとに、欲張り。」

笑って言われる。

「ま、いいんじゃない? 一度だけの人生だし、太く短く起伏に富んだ道を生きるか、細く長ーく平凡に生きるか。」

「城田が友人(親友)で良かったわ。」

こんな事、あっさりばっさり言ってくれるんだもの。

「おたくの友人ですから。」

「それは自慢してもいいことなの?」

「一応、オリンピックに出てWハットトリックを決めたから自慢の友人だと思ってるんだけど。」

そうだったわね、辞めてからしばらく経ってるから忘れてたわ(笑)。

「勝算0パーセントと言われたイタリア戦よね。」

奇跡とまで言われた伝説の試合。

低迷していた女子サッカーの勢いと熱を一気に上げた試合。

「奇跡なんかじゃない、ちゃんと研究した成果を出しているのに奇跡にされるのは今でも心外だな。」

「辞めることなかったんじゃないの?」

「いやいや、燃え尽きたよ・・・ジョー!ってな感じで。」

城田は帰国後に引退を発表、世間をあっと言わせて現役を退いてしまった。

その後は、先だって述べた通り後身の育成に努めていたり、フットサルをしたりと気ままな生活。

「伝説は伝説のままでいた方が何かと便利なのだよ。」

「肉体的衰えはどうしようもないものねー」

「あ、ひどいな、そういうことを言うかね!?」

オリンピックがピークだったのか、引退してフットサルの芝でプレーしている彼女を見た時に現役時代より

印象が変わってしまっていたのに驚いた。

イタリア戦、3点目を奪った時の精悍さと貪欲さにはフェンダー越しにちょっと、惚れちゃってたのに。

頬づえをつく。

「でも、ゴール前での嗅覚はまだあなたには及ばないわね・・・大城選手。」

ボールに行くタイミングが遅れている。

FWは常にボールに誰よりも早く反応し、触らなければならない。

それがFWに必須とされるゴール前の嗅覚だ。

「それは落ち込むから彼女には言わない方がいいと思うね。」

城田は笑い、すくっと立ち上がった。

「行くの?」

「よそ見してても勝つ試合は勝つだろうし、人の試合を見るのはあまり面白くなくて。」

後半37分、スコアは3対1。

大城選手のチームが勝っている。

「よろしく言っておいて。」

・・・どう、よろしく言っておくのかと思ったけれど一応頷いておいた。




大城選手の復帰戦の夜は遠慮して翌日に連絡を取り、1週間後に会うことになった。

が、久しぶりに会ったというのにまだ、引きずってるのか大城選手は仏頂面。

子供っぽいといえば子供っぽい(苦笑)。

「どうしたの、復帰したっていうのに顔が笑ってないじゃない。」

一緒に来たバーのカウンターで隣に座った大城選手の頬をつつく。

「嬉しいのが半減しました。」

はいはい、動揺してボール取られてたし、センタリングにも反応が遅れてたものね。

みんな、城田博実のせい(爆)。

「試合中は集中するものだって言ってたわ。」

「誰がですか?」

「この間、見てたでしょう?」

観客がグラウンドを見るのは当然だけど、得点した以外でグランドを見るのは頂けないんじゃないのかな的な感じで。

「分かってましたか。」

わからいでか、バッチリ視線が合ったじゃないの。

「つい、見てしまって・・・」

「行かないほうが良かった?」

「あ、それは無いです。澄香さんには復帰戦は撮るか、見てもらいたかったから。」

「次はゼヒ、集中した時のスーパープレーを撮らせてもらいたいわ。」

「もちろんです、がんばりますよ。」

やっと仏頂面が直った大城選手。

「それより誰だったんですか、その人。」

・・・って、蒸し返しますか・・・・。

「気にしない方がいいわ。」

「気になるじゃないですか、旦那さんじゃないみたいだし。」

遠目からは男の人に見えてたかな?

あまり言いたくないんだけど・・・あなたには。

城田は元サッカー選手だからライバル心バリバリになりそうだし、困った。

「あ、もしかして・・・ゲーセンで言ったキスしていいかって聞いた人とか?」

鋭すぎ!・・・っていうかナゼ、そこで当てる!!

「ま・・・あ、色々あるのよ私みたいに年を取ると。」

ごもごもと・・・・。

「そんな年でもないでしょうに、十分若いですよ澄香さん。」

私より5歳以上も年下の子に言われるのはちょっと・・・ねえ。

ちびりとカクテルを舐めた。

「カッコいいし、素敵です。」

「ありがとう。」

「あ、ほんとですよ!」

私が社交辞令と納得したと思ったのか、あわてて追加する。

「あなたも、カッコいいわよ。大城選手も。」

「呼び方ですけど、”選手”はやめませんか?」

「んー、ずっと大城選手って呼んでたから。急に”大城さん”はちょっと恥ずかしいかな。」

「そうですか・・・じゃあ、いいです。今までどおりで。」

少し、がっかりそうに言ったのが怒るかもしれないけれど可愛く見えた。

「慣れるようにがんばるわね。」

「はい、よろしくお願いします。」

頭を下げるようなことじゃないんだけど・・・と思いながら苦笑する。

大城選手は純粋なのね、ずっとサッカー1本で走ってきて挫折らしい挫折が無くてスレていない。

この間の怪我も何でも前向きな本人にはなんでもないようなことなのかも。

「それより、まだ、私にキスしたい?」

本題である。

「・・・いきなりですね。」

困惑気味な様子で、いきなりぎこちなくなる。

「私もね、言われたのよ。その気もないのに気のあるような振りしてキスさせるのは可哀想だって。」

「私は・・・・」

「自分のことは棚に上げてよ?」

したかったから”した”ですって、ふざけてるわ。

その気もないのにキスしたのはどっちなのよ。

城田のヤツ、こんな時にでも出てくるとは(怒)。

「私はあなたに好きです。」

大城選手・・・もとい、大城さんが私の方を向いて言う。

告白? 

「私は好きよ、大城さん。」

「そういう好きじゃなくて・・・」

あっさりと私が言ったので好きの意味を違えたと思ったらしい。

「こういう意味の好きじゃないの?」

笑って私の言った意味を彼女が理解する前に私の唇は彼女の唇に触れた。

これじゃあ、人の事も言えないわねと思う。

さすがに初めから驚かすのもどうかと思ったので軽く触れるだけにした。

少し驚いたようだったけれど動じて慌てはしなかった。

ゆっくり唇と身体を離し、お互いの顔を見ることが出来ると彼女は口を開く。

「澄香さん・・・」

「ご要望通り、気は済んだ?」

「・・・私はしたかったんですけど。」

ぷっくり、少々納得がいかない様子。

「あまり変わらないじゃない。」

「変わりますよ。」

「どこが変わるのよ。」

「気持が、です。」

・・・若いっていいわよねぇ(苦笑)。

最近はどれもこれも一緒と思えてしまうと若くないのかなと思う。

「じゃあ、もう一度する? 今度はあなたから。」

「えっ」

ここで?という仕草をする。

「もちろん。心配はいらないわ、ここはそういうところだもの。」

「え・・・・」

絶句に近い表情をしてから初めて彼女は周りを見渡した。

今更ながら、というような呆れたような顔になる。

「気付きませんでした・・・お客さん、みんな女性なんですね・・・」

「バーテンダーもね。」

私は首をななめ向かいでシェイカーを振っているバーテンダーに振る。

「観察力が足りませんでした。」

「普通は、こんな所には連れて来ないもの。気にしないのも無理もないわ。」

「こういう所、来られるんですか?」

「幻滅した?」

「そんなことはないですけど・・・イメージが結びつかなくて。」


「結婚したらこなくなっちゃったけどね。」


不意に横から声が割り込んできた。

「マオ! 心臓に悪いじゃない、いきなり会話に割り込まないで。」

「ごきげんよう。」

マオは悪びれる様子も無く、そう挨拶をして私の横の席に腰掛ける。

「私はマオ、職業某美術館の学芸員。そちらは?」

見た目の派手さとは裏腹にまっとうな職業についているマオ。

日中に受けるストレスを夜に解消するタイプらしい。

「あ・・っと・・・私はー」

むぎっ。

私は大城さんの口を手の平で押さえる。

素直に本気で名乗ろうとするんだから・・・。

「どうでもいいでしょ? 」

「興味があるなあ、結婚5年目にして浮気? それも年下と。」

「違うわよ。」

「そういう事にしておきましょうか。それより、目立ってるよ二人とも。」

「いつからキスくらいで目立つようになったのよ、ここ。」

足が遠のいて5年経つけどそんなに雰囲気は変わらないと思ったんだけど。

以前、通っていた頃はもっと濃かった(笑)。

「澄香さんが帰って来たからでしょ。」

「私が?」

「普通に結婚したのにここに戻って来て、しかも女の子連れでさ、キスなんかしてたら目立つでしょうカクジツに。」

「人気者だったんですね。」

「そうそう、分かってるじゃない。・・・気をつけた方がいいよ、さっきのキスで澄香さんほぼ”解禁”したような感じだから。」

「解禁って・・・私は魚じゃないのよ、マオ。」

「わかってないなあ、そこら辺で隙を狙ってる連中が居るの気付かない?」

「・・・なんとなく分かります。」

大城さんは頷いた、なんだか馬鹿馬鹿しく真面目に。

なんであなたが言う(分かる)かな。

「でも、ご心配なく。」

「そう?」

「はい、隙なんて私が作らせませんから。」

「え?」

妙にはっきり言った大城さん。

そして今度は私がキスされる番だった。

しかも、経験があるんじゃないかと思うような遠慮ないキス。

「おお。」

ナオが感嘆の声を上げるのが聞こえる。

 ・・・参ったわ。

どんどん深みにハマリそうな気がしてきた、城田の言った言葉が頭を過ぎる。

 

 キスの次はそうなるに決まってるだろう。


次に会ったときには絶対悪魔の笑みを浮かべているに違いない。

私は不覚にも大城さんとのキスに心奪われてしまって先の事は何も考えられなかった。


この先、どうにかなる・・・かしら?


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