第2章 第3話 届かぬ想いがまた一つ
憂いよ有為よ、曲がりもすれば折れもする。この胸の切なさが、届かぬ想いを押し上げて。
あれから3ヶ月が過ぎた。もう戦わなくてもいい。誰も殺さなくていい。
奪う事も、与える事も、争う事も、憎み合う事も。それは日本にだってあるんだ。
あの子たちは元気だろうか。頑張って戦っているのだろうか。
私たちは元世界に帰って来た。
友達は各々の仕事を始めていた。約束していた卒業旅行も行けなかったし、出遅れた感はあるけど悔しさは感じない。負け惜しみじゃなくて。
全く別の場所で、異世界で旅していたんだから。
剛も週5の肉体労働で汗を流し、毎日あそこが痛い、ここが痛い、また誰それを助けちまったとか、マップ封印したいとか言って笑ってる。
薫さんや健さん(剛のお父さん)は最初こそ心配していたが、以前とは比べものに成らない元気な笑顔を浮かべる彼に安心してくれた。たまに実家に帰っては、お父さんと晩酌しながら茜ちゃんのアルバムを開いては、泣き笑いだそう。名前的に複雑だよ。何れは本当の娘になるんだから、今の内に慣れておくのもありかなぁ。
彼はもう大丈夫だ。これからも心配は無い。
毎日凝り固まった背中や腰を・・・全く凝ってないけど。
揉んではイチャイチャと、また笑い合って。同じベッドで眠る。充実していた。
私も新しい夢を追い掛け始めた。私の両親も剛も薫さんも、驚きはしてたけど。皆納得して応援してくれた。剛が「俺のせい?」て言ってたけど、その通りよ!
分厚い参考書をリュックに押し込んで、授業を終えて専門学校のロビーを後にした。
「茜さーん。夕飯まだなら、一緒に」
歳は4つも下だけど同級生の子が、帰り際に話掛けて来た。
「ごめーん、今日はご飯当番なの。また今度いこ。それよりちゃんと病院行った?前より顔色悪いよ」
私には見えてしまう。
「変だなぁ。全然元気なんですけどぉ。茜さんだけですよ、そんな事言うの」
「整体師の娘なめんな。週末でもいいから、騙されたと思って行きなさいよ。何ならパパの知り合いの病院紹介してあげるからさ」
見えてしまう。人の悪い部分が。性格とかじゃなくて。
「整体師ってそんな事まで解るんですか?すごーい。でも、紹介してくれるなら行ってみようかなぁ」何気に神経太いな、この子。仮にも同じ医療系の道を歩もうとしてるんだから、もう少しとも思わなくも・・・、あーおばさん入ってるわぁ。
「解った明後日くらいには持って来てあげるから、ちゃんと行きなよ」
「はーい」
明るく振る舞う彼女の左脇腹が黒く見える。腹黒い!じゃなくて。んもー剛に似てきたな。
あの部位は腎臓辺り、小さな結石程度ならいんだけどね。
「ちょっと私スーパー寄ってから帰るから、ここでね」
「茜さーん。今日こそは逃しませんよ。彼氏さんの写真見せて~」
同じ駅なので一緒に帰り、駅前にあるスーパー辺りで別れようと。したのに。女って面倒くさいなぁ、て私も女か。
これまで散々食いつかれては、あれこれと逃げていたが今日は逃げられそうにない。振り切って病院行かないとか言われるのも癪だし。
渋々スマホを取り出して、保存してあったデート中の数枚を見せた。
「これで満足でしょ。恥ずかしいから!はい、終了」
「すごーい。結構普通なイケメンさんじゃないですか。恥ずかしくないですよ。全然見せてくれないから、てっきり見栄か嘘かと思ってました」
どんだけ正直よ!覚えてなさい小娘め。
「彼が就職してから、結婚するの。身内みたいなもんだから恥ずかしかったのよ」
「学校はどうするんですか?」
「結婚と夢と仕事は、何も関係ないと思うけど?ぶっちゃけ全部やるよ?」
「ぜ、全部・・・かぁ」あれ、今少し顔色が赤い。敵意?どうして?
「あなたは、何かを諦めたの?」
「学費とかって?」
あーそれかぁ。そこなのかぁ。つまりはお金。私の場合は親が少々、その他は剛が出してくれている。今はバイトもしていない。ここは正直に言うべきか。悩むがここは。
「ほぼ全部、彼氏持ち」
「・・・羨ましいなぁ。お金で苦労してないなんて・・・」
手にしていたスマホが震えた。見なくてもだいたい解る。剛がご飯の確認をしてくる頃だ。
「お金で散々迷惑掛けてる人だから、剛は。これくらいは働いて貰わないと」
「へぇ、ツヨシさんねぇ。返事しなくていんですか?ツヨシさんでしょ」
「解った。ちょっと待ってて・・・」
スマホのロック画面に目を落とした直後。彼女はバッグのサイドポケから、出してはいけない物を出していた。出してしまった。
銀色に輝く、小さなナイフを。
これが私でなかったら、4ヶ月前の私であったなら。刺されていたか、斬られていたか。
あぁ、今の私でなかったら。
「ムカツクのよ!お前みたいな女が一番!」
こんな一等賞は要らない、第1位。
夕暮れ時に駅近く。人通り多い。彼女が叫んでしまったから、数人がこちら側に目を向けている。彼女が私の腹を狙って、血走った目で迫って来る。距離は2m程度。
避けるのは簡単。私の後ろにも通行人が居る。避けるのは却下。
周辺に警察官の姿は見えない。騒ぎになる前に抑えないと。
にして遅い鈍間なナイフ。まだ私に届いてない。掴んでもいいけど、掌切りたくないし。
刃先の腹を軽く指で摘まんで、彼女の動きを封じた。
「な、なんで!うご、動かない・・・」
その上に脱いでいた上着を被せた。
「なんで、こんなしょーもないことで将来棒に振るの。私のパパは武闘家よ。こんな玩具で私を刺せるワケないじゃん」
「離せ!この、怪力女!」間違っちゃないけど、ちょっと傷付くな。
「何でもいいから落ち着いて。叫んだら人集まっちゃうよ」
空いてる右手で彼女の口を塞いだ。ふごふご言いながら手を噛もうとする。獣か!
手刀でもいいけど、人の目がある場所で気絶させるのもどうかと。
2度、3度。何回か手を口に付けたり離したり、叫ばれるを繰り返す内に、興奮した彼女も次第に落ち着いて行った。良かったぁ。
漸く動きが収まったのを見て、口から手を離した。
「落ち着いた?」
「・・・ハァ・・・ハァ・・・は、はい・・・」
「良かった。先ず、ゆっくりナイフから手を離して」
離されたナイフを上着で包む。周囲の人は疎らに騒いではいるが、警察は来てない。
「すみませーん。ジム帰りで彼女暴れ足りなかったみたいで。騒いでごめんなさーい」
特に興味も無くなったのか、周囲から人が散った。普通の人には瞬間の出来事であった為、カメラを向けているような輩も居ない。セーフ。
「・・・ご、ごめんなさい」
「人を羨む気持ちも、殺してやりたいって思うのも解るけどさぁ。こういうのは場所考えてからやらないと」
「・・・はい。次からは」
「やるなよ!」
「はい!ごめんなさい」
「仮にも私たちって、救う側に行こうって頑張ってるのに、増やしてどうするの?」
「・・・どうして、茜さんは。そんなに冷静なんですか?普通、刃物向けられたら、怖いと思うのが普通じゃ?」
「何が普通か解らないけどさ。ちょっと前まで、海外の紛争地域で医療活動のサポーターしてたのよ。ロケランの弾の雨の中を渡った事もあったし、肉片や臓物だらけの死体も一杯。山のように見て来たから」殆ど嘘。一部だけホント。
「ロケラン?て何ですか?」食い付くの、そこ!?
「ロケランって、バズーカ・・・もういいわ。冗談だから」
「ですよね。茜さん、普通の日本人ですもんね」何か自分で勝手に解決してるし。
普通かぁ。難しいな、普通って。女神様は、マジで余計な物をくれた。
私の背には翼は無い。
人並みよりは頑丈な身体と、人並みよりは回復する身体。病気だってし辛いし、人の悪い所も見えてしまう。たったそれだけの事よ。
「お腹空いたね。何か食べようよ。お金無いなら私の奢りで」
「え・・・、さっき刺そうとしたのに?馬鹿なの?」
「傷付くわぁ。せっかく恵まれないあなたの悩みを聞いてやろうってのに。お金の相談でも乗ってやろうか考えてたのに。シラけるぅ」
「う、嘘です!茜さん、大好きです。尊敬します。します!」
現金な子だなぁ。
「ちょっと剛に電話するから待って」
今度こそ通話を繋ぐ。前は念話もあったんだよなぁ。私ももうちょい使っても良かったかな。
「ごめーん、剛。後輩メイトとご飯食べて帰るから。今日は何か食べてて」
「何かそれっぽいな。赤消えたけど、その子ピンクいぞ。別の意味で気を付けろよ」
「アハハッ。大丈夫よ。そっちの気は、全部あっちに置いてきたから。じゃあね」
懐かしい。あの3人と、真の意味で裸の付き合いしちゃったしな。この身体ではないけどさ。
すっかり大人しくなって素直に待っているその子の元へ行き、そっとナイフを彼女のバッグのケースに戻した。
「あぁあ、上着ボロボロ」黄色の上着を広げると、所々の穴で向こう側が見える。
「ごめんなさい。必ず弁償します」
「まぁいいわよ。量販物だし。これから夏だから涼しくなっていいかも。さて、何食べたい?さっき誘おうとしてくれたでしょ?」
「そ、創作和食イタリアンのお店があって。この近くに」もたれそう。
私も若い。大丈夫と言い聞かせ。彼女が以前から目を付けていたお店に向かった。
結構な繁盛店。女子比が高い。殆どがお仕事帰りみたい。
混み具合を確認した所、丁度キャンセルがあって入れた。
「運が良いねぇ、色々と。で?弥生ちゃんは、何でお金ないの?病院我慢するくらいでしょ」
「バレバレですよねぇ・・・」
彼女の名前は、柊 弥生。今時古風な名前。茜も古風カテに入るの?
未成年でお酒が飲めない弥生ちゃんが、出て来たどっかに栄えそな色彩可愛いご飯たちをガシガシむしゃむしゃ食べながら語るには・・・、せめて味わえ。
さして難しい話じゃなくて、所謂シングルマザーのお家で金銭的に余裕は無く。コツコツ母親が溜めてきた貯金と、自分自身のバイト代でやっとこ専学の入学金を工面したらしい。
普通の大学まで出ておきながら、就職も投げて同じ学校に入学し直した私が、出会った時から気に食わなかったそうな。
別に何も感じてない自分に、病院行け行けウザい。
彼氏居るって言いながら、全然証拠を見せない。
自分は高校時代もバイト三昧で、部活も恋も友達付き合いも切り捨ててきた。
18は越えたので、割のいい風俗系のバイトまで考えてたのに。
なんなのよ!私が妬ましい!一言。そりゃムカツクわね。だからって殺さなくても・・・。若い子怖いわぁ。
自分の腹も満たされた頃に、本題に入る。
「絶対病院行くこと。それで全部チャラ。私の占い外れないの。ここまで言って死なれたりしたら後味悪いじゃない。お金無いって言うなら、出してあげてもいい」
見えている物を占いで誤魔化した。あながち間違いでもない。所詮はその程度でいい。
「・・・どうして、そこまで、私に」
「無償で、じゃないよ。出世払いで返して。ちゃんと資格も取って、卒業してさ。同じ病院じゃなくても、一緒の仕事頑張りたいじゃない。そんな理由じゃダメ?」
「・・・」
ぐじゅぐじゅになって涙を流す弥生ちゃんの返事を待った。
「一つだけ教えて下さい。茜さんは、どうして看護師になろうと?」
「私は、何も出来なかったから」
「?」
「私の彼氏。さっきの剛だけどさ。ちょっと前まで事故で寝た切りの時期があったの。結婚もしてない彼女って立場じゃ、何も出来なかった。たまに下の世話くらいしかやる事なくて、後はずっと起きない彼の寝顔を見てるだけ」
「・・・辛かった、ですか?」
「辛くはなかったよ。本当に辛かったのは、彼の両親だし。いっそ死んでくれれば周りのみんなが楽になれるのにって考えてた」
「どれくらい、寝た切りだったんですか?」
「結局、3ヶ月くらい。今じゃピンピンして、元気に土木現場のバイトしてるけど。当時はガリガリに衰弱して、関節とかもカチカチに固くなってく彼の姿を見てる内に。私も何かしたい。何か出来れば。堂々と彼のお母さん、お父さんまで支えてあげられるようなって。そっから看護師の道を本気で考えだしたの」
「就職、失敗したからじゃなかったんだ・・・」
心底には、それもあったかもね。
異世界を旅して、剛と共に歩み、もう二度と出会う事のない3人や勇者たちの戦う姿を見ている内に。誰かの為に、家族の為に、手の届くみんなの為に。
身を粉にして、その身を投げ出して、時には盾にしてまで。戦う姿。
私自身に果たしてそこまでの勇気や覚悟があったのかと自問した。答えは、無かった。
こちらへ帰りたいとばかり願っていたから。心の何処かで逃げの気持ちも在った。
眩しく、愛おしく思え見えた、仲間たち。
代わりに、もしも帰れたなら。今度は思う存分、頑張ろう。戦おうと心に決めた。
戦おう・・・って意味、間違ってない?女神様・・・。
弥生ちゃんの大きな誤解も解けた所で、美味しいチーズケーキを堪能し終えて解散した。
明日もキッチリ授業があるから早く寝ないと。
帰りがけにパパへの無理矢理発注を済ませた。電話の向こうで、そんなのどうやってと声が震えていたが聞かなかった事に・・・は出来そうにもないので、一度は医院に弥生ちゃんを連れて行かないと。
夜も更けて、人も疎らになった帰り道。剛が待つ、(まだ)2人のマンションへと向かう。
空を見上げても、どんより星も疎らにしか見えない。異世界の夜空が恋しい。
たったの3ヶ月で、パパの借金はどうしたって?もう返済しちゃったし。
どうしてマンション?買えたんだからしょーがないじゃん。
どうせ結婚するんだし、住まいは早いほうがいいでしょ?違う?
お金は退院後、すぐに稼げた。主に副業で。悪い事はしていない。ゴキブリ並に悪い奴らから奪ったお金だもん。そっちは普通には使えなかった。洗浄方法が見つかるまで、とある倉庫で寝かせてある。
親には大口の宝くじが当たったと言ってある。嘘じゃない。
最初は試しに、誰も購入しなくなった売り場の枚数限定宝くじで稼ぎ。
それを元手に公営ギャンブルで、税金が掛からない所まででコツコツと。
私たちはルールを決めた。大勝ちはしない。剛のバイトは続ける。余剰分は匿名で慈善団体に寄付をする。高額の買い物はマンションだけにする。
勝つだけのギャンブルはしない。ちゃんと負ける時も作る。
自動車免許は2人とも取得中。けど車は暫くは買わない。必要なら中古で。
その他いろいろ決めたけど、メインはそんな感じ。
何でって、一つしかないじゃん。
人の世の不思議。お金が動く時。誰かだけが幸せになる時。
何処からともなく現れ、群がって来る。悪い組織の人々。
潰しても潰しても湧いて来る害獣。それは、今みたいに。
私はマンションから離れた道に入って、電話を掛けた。
「ねぇ、剛。この世界ってさ。こんなに面倒だったっけ?」
「ハァ・・・。悲しいかな同意見だぜ。全くキリがねぇ。いつも通りでよろしく」
「了解。後はよろしく。ホントに、痕跡残してないよね?」
「残してないはずだけどなぁ。ここまで来ると、何か見落としあるかもな」
「一度、大掃除してみる?」
「まぁ、それは行く行くでいいだろ。なぁ、茜」
「ん?何?」
「異世界、恋しいか?」
「うん、恋しいかも。もしもまた会えるなら、あの3人と、グリエールちゃんには会いたいな。会って、ちゃんとお別れ言いたい。でもそれはきっと無理。だから、2人で頑張ろう」
「出来たらいいな。俺は行けないけど」
電話を切り、マンションとは逆方向にダッシュした。後を付けて来る気配が複数。
本気で走れば置き去りにしてしまう。良い感じでバラせば、後ろで剛が各個に駆除をしてくれる。いつも通りに。
この想いが叶うなら、今度はちゃんとお別れを。
走りながら、異世界の光景を思い返した。
どんな戦いより。片割れの剛と交したキスより。あの夜の情熱的なセックスよりも。
クレネと交した、最初で最後のキスを一番印象深く思い出す。
「切ない!」こんな私に、誰がしたのよ!
何と言うことでしょう。
書いている内に、あらぬ方向に。
本編に再臨させるかは未定です。
未定だったんです・・・。
どうしよう、枠がない。
元世界も織り交ぜて本編も進行させますので
幕間ではなく、本章割りの中へ入れ込みます。