幕間 再出発01
俺のイメトレは完璧。其れこそ、時間は腐ってしまうほど在ったのだから。
異世界を卑下にした俺が、この場所に立てるのにも不思議な感覚を覚える。
「茜。見えるか、待ち望んだ元の世界が」
「見えてるわよ。あんたが、勝手に下らないと断じた世界が」
「そこまでは、言ってない積もりだけどな」
結果として、望み。その結果の結論が今目の前に在る。
集団部屋で、隣り合う形で眠る俺と茜の姿が見える。
「済まない、茜。ここまでになるとは思っていなかった」
「言い訳はいいわよ。起きても、私の夢は諦めなきゃいけないんだから」
「達観してるな。もう、諦めたのか?」
「誰の性よ!私は、起きないあんたの、面倒を。薫さんの、手助けになればと。それだけを願って、悲劇のヒロイン演じて、願った振りして。祈った振りして・・・」
「済まない」
「済まない?あんたはたったの一言で済ますの?関係のない私を巻き込んで、仲良くなったクレネやウィートやゴラちゃんと別れさせて。私が、本当に悲しくないと。友達と別れて、悲しくはないと。あんたは本当にそう思うの!」
答えられない。あの世界にそこまでの執着が俺には無かったから。無責任。その一言に尽きる。尽きてしまえばとそうも思う。
異世界で、俺は我が儘を通して。慈悲深き女神様や神々、友人や仲間と呼べそうな者を巻き込んで、欺き騙した。神とも呼べる存在を欺いて、酔いしれた。神の手の上とも知らずに。
知らずに?本当に、そうなのか?いや、俺は解っていた。本当は、理解していた。
俺の望んだような世界は、リアルにも異世界にも無いのだと。
楽に死ねたら終わりだと。そんな温い世界は、何処にだって在りはしないのだと。
解っていた。理解していた。だからこそ、俺は唱える。
「茜。俺と生きてくれ。どうなる何て解らない。前よりも辛い人生が待っているかも知れない。そうなる可能性のほうが強い。それでも生きてくれ」
「狡い。あんたは狡い。私は、首から下の脳漿麻痺で。あんたはリハビリさえすれば、自分の足で歩けるようになる。セックスも出来ない私を、生涯支えられる?嘘ね。あんたは絶対に浮気もするし、子供が作れない私の目の前に、ある日突然他の人との子供を連れて来るわ」
本心からの否定が出来るか?答えは否だ。首から下の麻痺を告げられて、絶望し涙に暮れる茜の両親の姿を前に、俺は。どんな言い訳を並べようとも、茜の身体は動きはしない。
結婚と。戸籍上は見繕っても、茜の指摘通りに俺は行動してしてしまうのだろう。
この手に預かった秘薬。あちらの世界にまで持ち込める?馬鹿を言うな。こんな万能薬が元の世界に存在する訳がない。
「鑑定」馬鹿にも程がある。俺は懲りずに、エリクサーを鑑定した。逃げでしかない。
「バーカ」茜に馬鹿にされても、何の否定も出来ない。
難病に苦しみ喘ぐ伴侶に対し、こう願った相方がどれ程居るだろう。
「いっそ、死んでくれ」と。いっそ、このまま死んでくれればと。
鑑定の結果は。何も起きない、単なる栄養剤。効果は、60秒。
「ハハッ。効果も無いのに、60秒ってさ」
「そんなに面白い?私には、どう転んでも絶望しかないんだけど?」
茜は冷めた目で俺を見ていた。
「いや、覚悟を決めたのさ。何処まで続けられるかも解らない覚悟を。約束だろ」
「本当に馬鹿ね。私や、パパやママはあんたを生涯恨むわよ。薫さんだけは関係ないと、私がどれだけ訴えたって。聞いて貰えないんだから」
「ああ、解ってるさ。でも、もう。俺は、逃げない。それだけは、それだけは信じて欲しい」
「見てるからね。ずっと。あんたが私を前に、どうするのかを」
胸の奥が苦しい。身に詰まされるとは、きっとこの事に違いない。
「見ててくれ。俺がどうするのかを。許してくれなんて言わない。絶対に、許すな」
不具合だらけの、この俺を。ずっとその目で。
「ええ、許さない。絶対に。もう、帰るしか道がないから」
何も残せず、何も為し得なかった。この俺が唱える我が儘を。どうか、2人で。
目が覚めた。元の世界で、望み焦がれた世界で。
すぐ隣のベッドに茜が寝ている。俺の手足には、拘束衣に連なるチェーン。自殺防止ではない。他へ対する傷害防止用に。茜には本当に申し訳ない事をした。
言葉で言ってしまうのは簡単だ。取り返しは尽かない。
ここで俺はまたも考えてしまう。自殺したほうがマシだと。いっそ茜を道連れにと。
俺は密かに笑った。何の冗談かと。茜は何も関係が無いのだと。自殺したとしても、満足するのは俺だけで、残された家族や友人、茜とその家族。何も、誰も幸せには成らない。
いっそ死んでくれればいい?それで喜ぶのは誰か。答えは俺だけだ。
だからこそ。俺は目覚める。逃げるのはもう飽きた。逃げるのには、もう充分だ。
道が他にないからじゃなく。道が他にあっても。俺は、もう誰も不幸せにはしない。
車椅子生活が余儀なくされる茜にも、俺は告げよう。君の夢さえ俺の夢だと。
起きた。待ち望んだ目覚めの朝。壁に見えた時計は昼過ぎ。でも俺には朝。生まれ変わった俺たちの朝。茜も起きているだろうか。
声は押し殺す。巡回の看護師も、両親の姿も周りには居ない。
隣との敷居の分厚いカーテンは閉じられている。隣からの死角は多い。まだ俺が起きた事には気付かれていない。
現実に戻って来たのだと実感する。拘束された手首と足首と首。硬直した身体の拘束としては万全だ。リアルには、魔法も魔術も存在しないし通用しない。念じたって眉唾物。手足はチェーンが許す範囲しか動かない。
身体中の感覚を研ぎ澄ませ、ポーションの瓶を探した。
今更。本当に今更。俺は何に縋っているのか。提示された60秒と言う数字に。
右の手首を捻り、関節を外して拘束衣を逃れた。千切れてしまっても構わないと思ったが、腱を痛めただけで繋がっていた。
外した側のチェーンが音を立てて軋んだ。隣に気付かれてはいないかと心配したが、どうやら難を逃れたようだ。
右の手首を腹を叩いて嵌め直し、左手首の拘束衣解除に取り掛かった。15秒。
左手首を緩めるまでに20秒。
間を置かずに両手で両足の拘束を外しに掛かった。
白いベッド。クリーム色のカーテン。消毒薬の匂い。窓際は茜のほう。こちらは内廊下側。
巡回が来ていないのは運が良い。足首を解除出来たのは40秒。首が外せたのは50秒。
後、たったの10秒しかない。茜の父親の説得は不可能。
9秒。締め付けがキツくなかった首輪は直ぐに外れた。
8秒。感覚で掴めなかった、小瓶を探した。
7秒。入院用のパジャマの腹の下で瓶を見つけた。
6秒。瓶の蓋を開け、中身の全てを口に含んだ。
5秒。小瓶を滑らせて床に落とす。
4秒。徐に隣のカーテンが開かれた。
3秒。開かれた瞬間に、俺はベッドのバネを利用して飛んだ。
2秒。茜の父親の頭を乗り越えて、茜の胸下に跨がり着地した。
1秒。父親に右腕を掴まれたが、構わず引き千切り茜にキスをした。
0秒。口の中の物を、唾液を含めて茜の口に全て流し込んだ。
「茜!戻って来い!」曖昧になる意識の中で、俺は力の限り叫んだ。
右の肩や肘が外れたのは、どうだっていい。茜が生きてさえくれれば、死んだっていい。
「この、馬鹿者が!!」
父親の怒鳴り声が後ろに聞こえた。同時に、茜の目も開いた。
「パパ!違うの!全部」
「何がだ茜。クソ、離さないか、この」
「嫌です。僕の話を聞いて下さい!」
「喧しい。この犯罪者め」
「パパ!止めて、お願いだから」
動かないはずの茜の腕が、俺の首に回された。それを見た父親の動きが止まった。
「聞いて。私、あの日の事を全部覚えてる。剛君は、私を助けようとして首を掴んだだけなの。疲れて階段踏み外して落ちそうになったのを助けようとしてくれたのよ!それでも支え切れずに落ちてしまった。それだけなの!」
「茜・・・」
茜の両腕が俺の背中に回され、半身を起こして抱き締めてくれた。
何だよ。効果が無いなんて。嘘っぱちじゃんよ。ちゃんと、効果あったじゃん。女神様。
神様は、何時だって嘘つきだ。
一時的に茜と引き剥がされた俺のベッドに、落ち着きを取り戻した父親が来た。
「剛君。君を、疑って済まなかった」
「いいえ。僕も、茜さんを救えなくて、済みませんでした」
「君に対する告訴や慰謝料は当然取り下げる。その上で、親の我が儘になるが。どうか娘を貰ってやって欲しい」
「我が儘なんて。お願いには及びません。僕と茜はもう既に将来を誓い合いました。ご挨拶は改めて僕からお伺いします。けどその前に、内の親に孝行したり、就職先探し直したりしてからになるので、お待たせするかも知れませんが」
「待とう。いや、待つとも」
父親は笑い飛ばしながら、外れたままの俺の右腕を叩いた。
「敢えてお義父さんと呼ばせて下さい。それで、お願いなんですが・・・」
「何だね?言ってくれ」
「外れた肩と肘。嵌めて貰えます?出来ればタダで」
「おぉ、これはすまんな。医者には拘束を外した時に痛めたと言っておいてくれ」
父親は笑いながら、俺の右肩と肘を嵌めてくれた。かなりの衝撃と苦痛だったが、懐かしくもあった。ブライン師匠。何も世話になったのは片割れだけじゃない。俺にとっては友人関係にあったブラインに、笑いながらボコボコにされた事は何度だってある。それを不意に思い出した。
あの時の痛みに比べれば、死なないだけどうとでも無い。
「しかし興味深いな。衰弱しているはずの剛君や、頸椎損傷で神経麻痺だと診断された茜が。2人ともこうしてリハビリも無く、ピンピンしているとは」
「考え過ぎですよ。あー、何か。節々が硬いなぁ。歩けそうだけど、走れないなぁ」
「か、考え過ぎよパパ。医者だって人間。間違える事だってあると思うの」
お見舞いのリンゴやバナナを口一杯に頬張りながら、モグモグ答えていた。食べながら手足指先を動かして、自分の身体を入念にチェックしていた。抜かりはないようだ。
そんなこんなで談笑していると、窶れきった母が病室に入って来た。
「母さん。今までありがとう。そして、御免なさい」
あちらの世界では何度目になるだろう。こちらでは初めてに近い、土下座。上手く動かない右腕は垂れたままにして、病室の床に額を着けた。
「剛・・・。あなた、もう大丈夫、なの?」
「ご迷惑お掛けしました。今後一切自殺なんてしません。妹は、やっとお別れ出来たので。吹っ切れました。これからは一杯、沢山楽させる積もりですので父さん共々待ってて下さい!」
あちらでの言動を引き摺っているのか、言動が滅裂だ。
「薫さん。いいえ、お母さん。私も一杯頑張ります。身体の調子が戻ったら、肩揉みでも料理でも何でもします。だから、改めまして今後とも宜しくお願いします」
女子は強くて冷静だね。あちらではややヒステリックな面が強く前面に出ていたが、こちらではこれが茜の普通の状態だった。人間誰でも嫌な事があれば怒るし、冷静で居られなくなる場面は幾らでもある。嬉しい事があれば笑い喜び、悲しい事で涙し惜しむ。それが誰にでもある、普通の感情。俺は、戻って来たんだと実感した。
「茜さん。どうぞ、内の馬鹿息子をよろしくね」
「薫さん。2人とも奇跡的に起きましたが、念の為検査を受けさせます。状態が良ければ、近く退院でしょう。2人の費用については、先日お話したように」
「お父さん。待って下さい、先程のお話は?」
「ん?あれか?あれは嘘だよ。君の反応を確かめる為のな。元から訴えてもいないし、困窮状態の童蒙家から慰謝料など取るはずもないだろう。あの日、見つけて下さった看護師さんの話では、ちゃんと茜を庇うような姿で共に倒れていたと聞いてな。それでも信じられずに、君を少し試させてもらった」
「お人が悪いですよ。お父さん」
「本当によろしいのですか?神埼さん。折半してしまっては、こちらの割合が・・・」
「薫さん。何度も話し合ったじゃないですか。いい加減私に華持たせて下さいよ」
随分と強引な口振りだったが、話の詳細を聞いてみると。
俺と茜は大学を卒業した事になっている。茜のほうはスレスレだったらしい。必要単位は何とかクリア。留年や中退扱いでなくてホッとした。
医療費の折半。余り聞き馴染みはないが、何の事はない。支払いの時にキャッシュ一括振込さえすれば、金の出所なんて病院側やお役所には全く関係がない。折半で軽減されても高額医療費には変わりなく、伴う税金控除の割合も全額だろうが7割だろうがほぼほぼ変わらない。
一般医療費分は国保の上限制度が適用される。そちらは普通に親父と母さんでも無理なく払えた。問題になったのは、俺の治療に当てられた先進医療分と特別看護分の費用。
主に拘束衣と監視に纏わる特別枠の人件費。先進医療については、加入していた保険での補助があったが、事由が事故ではなく故意の自傷行為では軽減率は微々たる物。
累計で500万近く。親父の手取り年収に近い。ローンも勿論組める。組めるけど、家や車ではないので最低利息が年10%以上。待っているのはローン地獄。俺もバリバリバイトするから、切り詰めれば地獄って程ではないか。
童蒙家に蓄えは殆どない。積み重ねた俺のクズ行為による賜だ。涙が出そうだが、泣いて金が入るならギャン泣きでもしてやる。現実は至ってシンプルでドライ。
大きな借金が無いだけマシ。親父に頭上がらないわ。
そこで余裕が多少ある神埼家で茜の分をお支払いする時に、内の医療費諸共一括でお支払いして貰い、額面上半額分の領収を切って頂くと。
こちらにはメリットしかなく、実情1円も支払わない。借金も出来次第返してくれれば良い。
太っ腹過ぎるだろ、お父さん。
「お父さん。その借金、この童蒙剛が全額お支払いすると証書に一筆加えて貰えますか?お支払いの時期については未定ですけど。僕が作った借金なので、自分で返します。全額返済が完了次第、茜さんを改めて頂きに上がります。加えて了承して貰えると助かります」
「剛・・・」
「君は・・・何だか。随分と変わったな、雰囲気と言うか何と言うか。男らしくなった」
「煽てられても、今は1円もお出し出来ませんよ。それより腹が減りました。母さん15時回ってるけど夕食追加間に合うか聞いて貰える?胃腸弱ってるから、まずはお白湯かなぁ」
「剛?この部屋に、時計・・・無いのだけど・・・」
「嫌だな母さん。あるじゃん、右う・・・え・・・に・・・」
視界の右上に、映り込むデジタル時計。それは恰も宙に浮かんでいるようで。
「何よバカ剛。まだ寝ぼけてるんじゃない?バナナでも食べてシャキッとしてよ。1本あげるから。ゆっくり食べてみて。良く咬んでも飲み込めないなら、まだ固形物は無理ね」
徐に立ち上がり、茜のベッドまで歩き、痛めたはずの右腕を伸ばしてバナナを受け取った。
普通に、動いてしまった。
「剛君。君、右腕は?」
「あ、もう・・・治ったみたいです」
「そんな馬鹿な。私は整体医も開業している。少し改めさせてくれ」
「いいですよ。どうぞ」
バナナの皮を剥いて、一口囓り咀嚼しながら。右腕をお父さんに差し出した。
丁寧に咀嚼し、ゴクリと飲み込む。特に吐き戻しもなく、柔らかい物なら固形でも行けそう。
「本当だ。腫れも赤みも消えてしまった。驚異的な回復だよ。兎に角、先生と看護師さんを呼ぼう」
「大袈裟ですよ。母さん、追加出来るんだったらお粥頼んで」
「え、ええ・・・解ったわ」
「それどころではないですよ、薫さん。こうしては居られない。医院長の所に行ってくる」
この病院の医院長さんとお父さんは旧知の仲らしい。それで多少の融通は利く訳だ。
目まぐるしく過ぎて行く、起床1日目。俺と茜は簡易検査と共に、身体の隅々までこねくり回され、少量血を抜かれ、間に合った夕食を食べた。病院食のお粥。不味いイメージを持っていたが杞憂だった。何せ茜は実質1年振り。俺に至っては実に数百年振りの和食。薄味だろうと美味しかった。食の大切さが身に染みる。
邪魔な点滴はお断りし、シャワーに歯磨き、伸び放題の髭を親父が置いて行ったシェーバーで剃り上げた。飛び出た鼻毛さんにも押し当てて。くしゃみも出たが、逆にスッキリして一人で洗面所の鏡の前で笑ってしまった。
帰って来た。日本に。それを実感し、見る物全てが楽しく新鮮に見えた。
「まだ起きてたのか、茜」
夜景が見える窓側の茜のベッド。彼女は端に腰掛け、ボーッと外の夜景を眺めていた。
「眠れる訳ないじゃん。身体はずっと寝てたんだし」
面会時間を過ぎ、消灯時間も過ぎた。テレビのタイマーも切れている。
ここは特別病棟の6階の一室。通常4人部屋の所を、お父さんが無理を言って2人部屋にしてしまったらしい。病院にとっては迷惑な話だろうが、正直これは有り難い。
俺のスマホは停止中。解約させずに温存しておいてくれたのは助かった。
茜のほうは生きているはずだが、彼女はスマホは出さずにずっと夜景を見ていた。
「俺も隣、いい?」
「どうぞ。エッチは無しだからね」
「わ、解ってるって。ここは病院だぞ。退院までは我慢する」
「ならヨシ」
左隣の空きをポンポンと軽く叩いて整えてくれた。そこに俺も腰掛け、同じように夜景を眺めて見る。茜の頭が右肩に預けられた。動かない代わりに彼女の左手を取り、指を絡めた。その薬指には片割れと交した指輪はもう無い。就職先が見つかって余力が出来たら、指輪と共に正式なご挨拶。何だか緊張して来た。
「何だか不思議な気分」
「何が?こっちの世界の事?」
「違うよ。同じ人に何度も告られて、何度もOKしてるような気分ってことよ。双子のほうがまだ理解出来るのに、それが同一人物だなんて。ワケ解る?」
「解んない。俺に取っちゃ初めてだし」
「だよねー。私がOKしてるからって、油断したり疎かにしたりしないこと」
握り合う手の圧が上がった。
「しませんとも。だからちゃんと見てて欲しい。結婚して下さいはお預けだけど。昔も今もこれからも愛してる。あっちでの出来事は片割れの担当だったから知らないけど」
「それ余計だよ。私も、愛してます。これ何度目?」
「もう何度でもいいじゃん。何度でもしよう」
「ま、いっか。でも余計に不思議だね。てっきりあっちでの記憶、女神様に消されるかと思ってたのに、殆ど消えずにそのままだし。薬にも効果あったし。これで私も夢を追える」
「うん。俺の記憶もそのまんまな気がする。それで茜の夢って?」
「まーだ内緒。その内解るよ。剛は?そのマップで何するの?」
「やっぱり、これがマップなのか。万里眼とは使い勝手が違うな。特別ボーナスにしても、こりゃ与え過ぎだぜ」
「正義のヒーローごっことか?」
「ごっこねぇ。ごっこか・・・。使うも自由、使わないのも自由。人並みより頑丈な身体があるだけで、他の魔法や魔術は使えない。地図だけならと、試さずには居られないってか」
「やってみる?」
「やってみようか?」
「「ワールド・マップ・オープン!」」
2人の目の前に映し出された世界地図。そこには大量の赤と緑と黄色。世界各地に散らばる青と水色と白にピンク。ピンクはこの場所の俺たち2人か。この世界は悪意に満ちている。
「すっご・・・。殆ど赤じゃん。海にまで在るし」
「見なかったってことで。閉じようか」
「閉じる前に、ちょっとだけ興味湧かない?」
「湧くけどさぁ。これ、絶対後悔する奴でしょ」
「見るだけよ。ここをこうしてっと」
茜が自分たちだけを拡大して行き、2人の表示をタップした。
「きゅ!」
「ないないないない、絶対に無い!クローズ・マップ!」
「無いよね。ね?私たちが、きゅ・・・」言葉に出そうとする茜の口を、慌ててキスして塞いだ。
更にモゴモゴ言う茜の口に舌をねじ込んで封じた。口に出してはいけない事だって、世の中に一杯あるさ。これもその一つに過ぎない。
再会後の最初のキスは、もう少しだけロマンス溢れる物にしたかったのに・・・。
ディープなキスで言動は落ち着いたが、全く別の感情が沸いて来る。
もっと欲しい。強く茜を抱き締める。腰裏から茜の腕が切なげに回された。
「こら!童蒙さんと神埼さん。ここは病院で、消灯ですよ!」
「す、すみません・・・昂ぶってしまって」
「つ、つい・・・」
巡回の看護師さんに止められて、気分もすっかり収まった。数分のお説教と、次やったら真夜中だろうと部屋を変えます宣言を受け。俺たちは大人しく就寝した。
あんな物は忘れよう。忘れてしまおう。忘れ、られるかな・・・。
2人部屋の病室の片隅で、誰にも見られる事もなく。小さな透明な瓶が一つ。
音も立てずに、静かに砕けて消え去った。
茜さんの夢については書く予定ですが、
この話の続きを書くかは未定です。
完全なアナザー√です。
現実世界を描くのはハードル爆上がって
筆力も問われます。
ハッキリ言って自信がないので。
でも含みを持たせて「01」としました。
「きゅ」に続く言葉は・・・皆様ならきっと解るはず。