場外 プロローグ1
白い砂浜。ギュッ、ギュッと歩く度に小気味の良い音が足元から聞こえる。
僕は1人の少女の手を握り、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩いた。
あれから5年。聖院歴で708年。最後の戦いからもう5年も過ぎたのか。
「ダリエ君。ママとパパは?まだ見つからないの?」
「うーん。まだだねぇ」
少女は僕を「さん」でも「お兄ちゃん」でもなく、「君」と呼ぶ。それは別に構わない。嘗ての仲間の中では呼捨てか君で通っていたし、彼女と6人を除いて一番の若手だったのだし、ウィート姉さんにそう呼ばれていたのは、とても気分が良かった。
未だに慣れないマップを見てみても、表示出来る範囲も狭く地形の隆起と付近の敵くらいしか見えない。これでは首都で購入出来る紙の地図に毛が生えた程度。
近くに敵は居ないようで先ずは安心した。少女を守りながらの戦闘には慣れたとは言え、まだまだ油断は出来ない。
彼女自身の戦闘能力は非常に高い。あの両親の子供なのだから強くない訳がない。しかし別れ際の言伝で、身体とスキルの調整が完了するまでは戦闘には参加させるなと、きつく言われているので戦わせられない。
海岸特有の潮の匂いと、やや強めの風に彼女の焦げ茶色の髪が揺れた。髪の隙間から見える尖り気味の耳先がヒクヒク動いていた。嬉しい時や楽しい時に見せる動き。
「もう少し歩いてみる?」
「うん、歩く。この砂利気持ちいいし」
手を離し、硬い革靴と靴下を脱ぎ捨てて、彼女は砂浜を走り出した。
「あまり遠くに行くなよー」
脱ぎ捨てられた物を拾い集めて、小規模なBOXの中へ収納した。スケカンさんやガレーさんたちのようには行かない。僕には魔術系の才能が殆ど無いから。借り物のスキルでも、容易に扱うのは難しい。
僕も彼女に習い、ブーツと靴下を脱いで際まで歩いた。おぉこれは気持ちがいい。蒸れた足が解放されて、足皮が喜んでいるのが解る。感じる水温は温い。1人で居たら裸で泳いでみたい。
少女は波打ち際を行ったり来たりして、はしゃいでは笑っていた。
マップの時刻は14時過ぎ。今日はまだ昼食を取っていないので、そろそろ。
「ダリエ君。お腹空いたー」やっぱり。
ここの季節は夏の終わり。でも日差しは強烈に肌を刺す。BOXからテントの骨組みだけ取り出して、簡易の日除けを海岸の上方に設置。厚手の藁御座を敷いて、彼女の好物を用意した。
イカフライサンドに白身魚の素揚げ。野菜サラダも忘れずに。僕は魚介より肉系が好きで、一時別々の物を食べようと提案したら、酷くお怒りになったので仕方なく今では合わせている。
長期保存が可能なBOXではあるけれど、どうしても揚げ物が多くなるのは長旅の常。温かいスープ系は町や村までの我慢であり、楽しみの一つ。
鮮魚の入手方法はあり、ナイフもあるが、残念にも釣りの腕が足りない。彼女の栄養の偏りもそろそろ心配しないと、両親が見つかった時に何を言われることか・・・。
冷えた牛乳に葡萄と切ったオレンジを添えて飲んで貰った。
母親譲りなのか、肉系は得意ではないらしい。以外は特に好き嫌い無く、野菜もバリバリ食べてくれる。僕は昔から緑の葉物が苦手だったり・・・。心配なのは僕のほう?
薄い果実水で喉を鳴らしながら、努力しようと心に誓った。
片付けと木陰で用を済ませ、それぞれの下と足の砂を洗い流して乾かしてから、また手を繋いで歩き出した。
ここまで来るのは長かった。結婚もしていないのに、女の子の下の世話をするとは。世界の何処かで、同じように旅をしているであろう家族を思い浮かべて、ちょっぴり泣いたものです。自立してからは会えていないが、それまで育ててくれた事に感謝して。
魔術ではない火遁と水遁は大変に便利です。習得させてくれたウィート姉さんにも感謝。戦闘に転用出来るまでの技術はないので、主にこういった雑事に使用している。
彼女は生まれながらの特性である風を器用に操り、トイレは早々と独り立ちしている。初期の頃は自ら発した風に煽られて、宙を舞っていたりしたのですが。
今ではすっかり大人の女性へと・・・。いや立ち始めてから・・・。いや言葉を発するようになる前から・・・。物心付く前から、彼女の意識は大人顔負け。この旅の最初の頃には恥ずかしがって、やだやだと泣き叫んでいたものです。今では少し懐かしい。
両親と仲間たちとはぐれてから4年目の誕生日の夜。彼女は寝言で。
「やっと・・・、越えられた・・・」と呟いていた。さっぱり意味は解りませんけど。
今では彼女も満9歳を数える。人並よりはやや身体の成長は早い気がします。人間でも個人差があるので、個体差の範疇でしょう。竜族のあの6人の成長速度に比べれば、人間や賢人は然程変わりません。
父性的な贔屓目を除いても、彼女の容姿は折り紙付き。将来有望間違い無しです。お世話係の僕が判を押します。実父を差し置いて、結婚相手は僕よりも強い人でないと絶対に許しません。世界で片手で数える程しか居ませんし、1人は妻帯者、2人は初老で独身は1人、1人は縛られるのが大嫌い。人を縛るのは上手いのですが。
海岸沿いをかなりの距離を歩き、日が傾き始めた頃に目的地へと到着した。目的地ではありますが、そこに町や村や集落が在る訳ではなく、目的の人物がその場所に居ました。
「お久し振りです。メデスさん。釣り、ですか?」
聞くまでもないが、彼は長くて太い竹竿から海へと糸を垂らしていた。素人だけど、普通良く撓る若竹を使うのでは?
「おー、久し振りだな。ダリエと嬢ちゃん。おれの事覚えてるか?」
「熊さん・・・。覚えてるよ、メデスのおじちゃん」
「おれが熊か。面白ぇ。竿なんか止めて、素潜りでも始めるか!」
余り手入れはされていなさそうな立派な黒いお髭を靡かせ、釣り竿を投げ捨て、上着と靴を脱ぎ捨てて海に飛び込んでしまった。
「ちょ・・・、話がまだ・・・」
人の話を聞かずに走ってしまうのは、自分にも当て嵌まるので少々心が痛い。
齢50に乗ったとは思えぬ身体付きと堅牢さ。寧ろ5年前よりも若く見える。共に旅していた頃はまだ泳げないと自称していたが、見ている限りその点は上達した様子です。
海から目を離して、辺りを見回すと近場に小屋が在ったので、そこで待たせて頂く事にした。
「ご免下さい!」玄関前で宣言して、軽くノックしてみた。
「ご免下さい!」彼女も遅れて僕の真似をして見せた。
特に返事も無く、中から人の気配もしなかったのでそっと玄関ノブを回した。
「駄目!罠!」
カチリとの起動音よりも早く、彼女は僕の上着を掴んで飛び退いた。成長著しく、お世話係としては感慨深いです。嬉しさ反面、反応が寸手で遅れた自分が情けなく。
半分だけ開いた玄関から、大きな斧の先端が覘き、立っていた場所の床からは鋭利な竹槍が2本突き出していた。斧と竹槍・・・。メデスさん、防犯でしょうけど何やってるんですか!
「ありがとう。助かったよ」
「しっかりして下さい、ダリエ君。こんなんじゃママに認めて貰えないよ」
後半部分は良く解らないが、彼女には感謝感謝。
メデスの家であるのはほぼ確定したので、彼が帰って来るまで大人しく外で待つ事にした。
半刻程が過ぎて、メデスが大魚のような物体を担いで帰って来た。
「悪い、待たせたな。罠の説明するの忘れてたぜ」
「別にいいですけど。それが釣果で・・・」突然の暗闇。お先真っ暗です。
慌てた様子の彼女が後ろから僕の目を塞いでしまった。それまでに確認出来た姿を総合すると。ある姿が脳裏に浮かぶ。
「一応半分は人っぽいしな。よく解らんが怪我もしているみたいだったから、思わず攫って来てしまった」
「それ人魚っすか?あの伝説の人魚っすか?」非常に見たい。見てみたいけど背中の彼女が手を退けてくれない。どうしてかなぁ。お兄さん何か悪い事したかなぁ。興味あるのだけど・・・。
「メデスのおじちゃん。早く服着せてあげて!」
裸なの!余計に興味あるんですけど!手、食い込んで痛いよ!
「こいつらの習慣は知らねぇが、取り敢えず何か着させるか。ちょいと待ってな」
メデスが横を通り過ぎて行き、玄関前の砂地の何かを踏んでから小屋へと入った。存外罠は原始的なようです。
「もういいんじゃない?目、痛いよ」
「後10年・・・。ううん、後6,7年経てば、私だって・・・」小さな抵抗は聞いて貰えず、結局メデスさんからの入室許可が得られるまでの間、僕の盲目状態は続きました。
小屋に入ってから、見回すと人魚さんは水浸しの麻布を掛けられ、暖炉から離れた隅の比較的涼しい場所に寝かせられていた。お魚だけに保湿は大切?
「この人、呼吸は大丈夫なんですかね」
お顔の見た目は鼻もあって人間と大体同じ。決定的に違うのは、両頬骨の下に魚類特有のエラ状の襞が2列並んでいるのと、首筋にキラキラした鱗が在る所。
肌は真っ白で、火を通した白身肉のよう。美貌としては、伝説通りに美しいと思う。後ろで睨むような眼差しを向けて来る彼女と、彼女の母親、2人の勇者様や竜姫様を除き。超個人的な観点にはなるけど。
「呼吸はしっかりしている。傷の状態も浅くはないが、直ぐに死ぬって程じゃない。スケカン殿の薬でもあれば良かったが、生憎おれの手持ちは切らせてしまってな」
「それなら、まだありますよ。お預かりした荷物の中に・・・」
「おぉ、物持ちいいじゃねぇか。お前もすっかり冒険者だな」
照れつつも、BOXの中を覗いて探る。使い挿しが1本と、新品が2本。あの戦いの後に残ったエリクサーの瓶。
「どうして・・・、こんなに、残ったんだ・・・」残りの本数を確認し終えたスケカンさんが、青い顔で言っていた言葉。そして世界は、スケカンさんの悪い予感通りに進んでしまった。
二度と手に入らない秘薬。僕は次に来るべき戦いに備え、これまでに預かり分から一滴だけしか使っていない。
取り出した使い挿しから、清潔な小鉢に一滴垂らして小さな口へと流し入れた。
暫く様子を見ていたが、眠った状態では上手く飲んでくれない。
「水分が足りねぇのかもな。だからって真水や海水を多量に飲ませちゃ不味いだろうし。起こして暴れられても困るしな。うーむ」無精な髭を掻いて唸っていた。
「人口呼吸でいいと思うの。お鼻とエラを押さえながら、フーって息を吹き込むの。私でも出来るけど、おじちゃんがいいと思う」
人工呼吸。いつの間にそんな知識を!頭良い子!流石はあのお方の娘!
「やるのは構わんが。しかし、それだと肺に入って苦しいだけかも知れんぞ」
「彼女はお魚さんでしょ?人間の呼吸構造とは違うと思うの。海の中では常にお水取り込んで生活しているし」
「う、うーむ。賢いなぁ、嬢ちゃんは」
迷うメデスさんに割り込んで。
「なら僕がやりましょうか?」挙手をした。
「ダリエ君は絶対ダメ!」何故だか凄く怒られてしまった。
「ま、まぁやるだけやるか。貴重な薬だ。無駄にはしたくないからな」
ひょっとしてメデスさんはキスした事無いのかな。僕もユードさんに連れられて行った、聖都の大人の階段を上らせてくれるお店以来、経験は無いので大差はないですけどね。
まだ睨まれてる!触らぬ神に何とやらなので触れないよ!
彼女に言われた通りに、メデスさんは人魚さんの顎を引き上げ、大きな手で鼻を摘まみエラを塞ぎながら、口付けして息をそっと吹き込んだ。
コクリと人魚の喉が鳴るのが聞こえた。上手く行った様子で、真っ白なお肌がほんのりとしたピンク色に染まっていた。呼吸の乱れも幾分落ち着いたようだ。
何年経っても薬の効果は変わっていない。喜び半分、やはりまだこの世界にはこの薬が必要なのだと言われているようで、少しだけ不安を覚えた。
あの激戦以上の物が待っているのだと。
数分後に、人魚さんが目を覚ました。目を見開いて周囲を見ている。人間よりも黒目が大きくて白目部が少ない。とても驚いている。無理もない。
「ここは地上だ。解るか?」
「・・・」メデスさんが伸ばした手に怯え、一瞬身を引いていたがじっくりと時間を掛けて、差し出された掌に水かき付きの6本指を添え返した。意志の疎通は可能。
「おれはメデス。海底で傷付いて気絶していた所を引き揚げた。海に帰りたいか?」
「め・・・で・・・す・・・」伝承通りの美しき音色。この音色に依り、大抵の男は一聞で魅了されてしまうらしいが、僕らには全員状態異常耐性が付いているので問題は特に無い。発言能力も有している。首を傾げている所は人間的で可愛らしい。
「聞こえるし、話せるようですけど。まだ理解は出来ていないみたいですね」
喋り出した僕を見て、再び怯えて震えていた。自己紹介もしていないけど、余り一度に情報は与えてはいけないみたいだ。人魚の理解が追い付くまでは不用意な発言は止めよう。
「あなたの、お名前は?」同性(と思われる)ならばと、彼女は人魚の手を取り優しく語り掛けていた。もう9歳児には見えません。いつの間にか子供は大人になって・・・、早過ぎでしょ!
「な・・・ま・・・え・・・。わたしは、フリージア」かなり言動がしっかりしてきた。
「まあ!地上のお花の名前ね。生花は見た事はないけど、綺麗なお花よね」
何処で見たのでしょう・・・。
「お・・・は・・・な?お母さんが、付けてくれたので」嬉しいのか、麻の下の尾ひれがパタパタと揺れていた。
「異種言語理解と・・・、変身?凄いね。フリージアは人にも成れるのね」
何ですって!お兄さん頭が付いて行かないよ。彼女の鑑定能力は父親譲り。血は争えないけど、9歳にして発現したのは良いか悪いか。・・・待って。僕のいかがわしいスキル群は、とっくに彼女に網羅されていると!折角苦労して、彼女の前では隠していたのに。無駄な足掻きだったのね。今日はお外で1人で寝ようかな。
「うん。あと、3年くらい、練習すれば・・・。あれ?もう、出来そうな気がする!」
エリクサーの影響で、あらゆる成長が早まったに違いない。言語も然り。
「やってみる?駄目でも、焦らないこと」すっかり彼女はお姉さん的立ち位置。
「うん。解った!やってみる」
元気に答えた人魚フリージアは、大きな瞳を閉じて深い瞑想を始めた。大袈裟な光に包まれる、ような事も無く。静かに少しずつ変化して行った。頬からエラが消え、鼻筋が少し高くなる。首筋から鱗が消え、血管の薄い筋が浮かんだ。薄かった鎖骨が立ち、同じく低かった胸元に谷間が出来た。男2人は同時に固唾を飲み込んでしまう。
閉じた瞳の目尻が切れ長に上がり、濡れて張り付いていた蒼髪にボリュームと張り艶。おちょぼ口から太め横長ピンク色へ。お兄さんとおじちゃんは一時呼吸を忘れました。
彼女は変身の途上が見られて、目を輝かせていた。
下半身は布に阻まれて見えないが、隆起が2つになっているので尾ひれが脚になったのだろう。見えなくて残念です。とても興味があります!
子供っぽい変身を勝手に想像していたが、結果は魅惑的な美少女。
腰骨が変化して、上半身を起こせるようになり、手を床に着いて身を起こした。残るは腕から先だったが、今日の変身はここまでで終わりらしい。深い溜息を吐いて瞳を開いた。
「全部は、出来なかった」
「初めてだし。仕方ないよ。ママほどではないけど、綺麗。羨ましい」
4歳で別れた母の顔を良くぞ覚えていますね!ん?羨ましい?
「そうだね。初回にしては上出来だね。初めて人間と真面にお話するのに、どうしてか理解出来るし、喋れるの。不思議」それはきっと薬のお陰。
「どの位、その姿は保てそうなの?」
「うーん、どうかなぁ。今は1日くらいかな。練習すれば1週間でも1ヶ月でも出来るようになるけど、長く保つ程、切れた時の反動が凄いから止めなさいってお母さんが」
「具体的にどうなるのか知ってる?」彼女の興味が止まらない。
「うーんとね。確かね。変身してた時間と同じだけ、寝たまま動けなくなるんだって。だから万が一人間と子作りするなら、周期をよーく考えなさいって」
「ふーん。便利だと思ったけど、案外リスキーね」
今、なんて!!!そして、なんて話を!!!お兄さんの幻聴です!もう1人で寝ます。
外でテント張って・・・。いやそれよりも、一山向こうに見える魔物たちを駆逐しに行こうか。もう外は夜だけど、一晩中でも暴れたい気分です。それがいい、そうしよう。
「おれは、ダリエ。ちょっと今日は気分が優れないから、ちょっと徹夜で外走ってくるよ」
立ち上がって玄関前の罠解除装置を探した。
「気分が悪いから走るのか?お前も難儀な奴だな。罠なら扉の左にある凹みを更に押し込めば解除出来るぞ。外からは階段脇にある砂地の出っ張りを軽く踏めばいい」
ご丁寧にどうもです。あなたも大概呑気ですね。こちとら子供だ子供だと思っていた子が、急に大人になってしまって気持ちと思考が付いて来ないんですよ!ああ、ご両親に何て説明すれば良いやら。お宅の娘さんは、齢10も数えぬ内にすっかり大人になってしまいましたと!
「お待ちください。私を契約の口吻を交したのは、どちらの殿方ですか」
お預かりした責任を、半ば投げだそうと玄関ノブを握った手が止まる。はい?
「こっちのお髭の、メデスのおじちゃんだよ」まぁ元気の良い密告ですこと。
「待ってくれ。したのはおれで事実だが。契約ってのは何だ?」
「我らの故郷を救って下さるのでは?」
「救う?故郷を?おれが?契約って?」
「今、我らの故郷の海底都市では。海底神派と海王神派に別れ、血で血を洗う争いを」
「神様が突然2人も?よく解らんがおれがその戦争を止めるとして。おれは普通の人間のおっさんだ。素潜りが出来るっても精々20m程度。海底都市ってのはそんなに浅いのか?」
「いいえ。ここより一番近い海溝から潜っても、人の距離に観じて凡そ6千m程」
「普通に死ぬな」
「ですから!私たち魚人の結日の血が必要なのです。それさえ飲めば海の中でも息が出来て深海の圧にも負けずに自由に動けるようになります」
「新しい話がまた出たな。潜る問題は解決としてだ。その結日の血ってのは?」
「そのままの意です。身も心も結ばれたその日でしか採れない生き血の事です」
「身も、心も?まだ心が追い付かないが・・・」
急展開過ぎて、話に割り込む余地が無い。隣の彼女も黙って見守っているが、お耳が激しく振れている。興奮してるよね?話の意味、完全に理解してるよね?それは賢人との娘ですけど。ここまで頭良いのは何故?賢人に対する知識が足り無さ過ぎて、お兄さん悲しいよ。
「先程、私の変化を見て。欲情、しましたよね?子供欲しいって、思いましたよね?」
「よ!欲情ってのは・・・、確かにしたが。いきなり子供ってのは」
メデスさん。正直にも程ってものが。
「意気地無し!おじちゃんの馬鹿!私のパパなんて、一晩で4人ものママたちと子作りしてたんだから。1対1なら楽勝でしょ。それでも男なの!」
「ストーーーップ!!き、君は。もしかして、生まれる前の記憶が・・・」
「あるよ。自分で望んでママの中に飛び込んだんだから」
生命の神秘、ここに極まれり。あぁもう駄目です。思考の限界です。完全に白旗です。助けてスケカンさん。ユードさんでもいいや。でもユードさんは今遠く離れた都市で奮闘中だし。ウィート姉さんは竜の谷で精神修行中だし。竜姫様と子供たちは山の上で特訓しているだろうし。
グリエール様とガレーさんとアーレンさんは、聖都で大規模な孤児院を建てようと頑張っている頃だし。メデスさんは海底に行こうとしているし・・・。待てよ。
「割り込んでごめん。フリージアさん。その故郷の海底都市に、ひょっとして。人間の男の人と、賢人の女の人って居たり?」
「良くご存じですね。海王族の生き血を直接その身に受けられたお二方が、現在海王派として奮戦されておりますの。黒き忌まわしき魔剣が地上より振り落ち、海底神がそれを手にしてから地底の全てが変わってしまいました。一時押された海王神様の前にお二人が突如現れ、恩があるから味方すると仰って」
「あー成る程・・・、道理で」
「地上やダンジョン。幾ら探したって見つからない訳よね。ママとパパ」
「あぁ・・・。そんなとこに居たんじゃ、見つからないよねぇ」
「何だよ。あの二人、海の底に居たのか。ならやるしかねぇなぁ。フリージア、覚悟はいいな」
「は、はい!喜びまして!」
「上出来だ。一晩で血は何人分採れるんだ?」
「今は、何故か海王様のお力をこの身に感じております故、どれだけでも!」
「最低でも13人分だ。ダリエ、薬の空き瓶全部ここに置いてけ!それと嬢ちゃん。ガレーの奴に伝言送ってくれ。時は来た、とだけな」
「「了解しました!」」声を揃えて応えた。もうどうにでもなってしまえ!取り敢えず、見つけてしまった魔窟は潰させて貰います。
取り出してみた空き瓶は、丁度の13本。今は未だ、ここは神様の盤の上。抗える術を持つ者は彼と、僕らなのだろう。
小屋全体に静寂を施し、罠を解除して退出して外へと出た。
「君って人は、いったい何処まで見えていたの?」
「あの子のスキル?結日、契約、口吻。それだけだよ。だから、どうしても嫌な予感がして、ダリエ君だけにはさせたくなかった」
「どうして、僕じゃ駄目だったんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。ダリエ君が、私の未来の・・・。こっから先は、内緒」
女の子って解らない。常々思う。明日の朝、これは夢でしたとか。彼女の妄想でしたとか。言われたほうがまだマシです。悲しいかな現実だけれど。
「もういいや。どうせ今夜はやることないし。暴れたい気分だし。徹夜だよ!」
「お付き合いします!」
「どうしてこうなるのか、本当に理解してる?」
「してるわよ。さぁ行きましょう。これでやっとママとパパ。だけじゃなく、ウィートママとゴラママやグリエちゃんにも会えるのだもの。これ以上の楽しい冒険はないわ」
もう駄目です。吐きそうです。彼女が悪魔にも見えて来ました。が、あのお二人の子供なので至極納得です。
聖院歴708年、9の月。その夜。僕らは地上に湧く、魔神の卵を道すがらに潰しました。
名も無き彼女に手を引かれ、魔物たちが待つ巣窟へと走り出した。
「CQ、CQ、ガレストイさん。こちらクレネとスケカンの娘。メデスさんからの伝言を伝えます。時は来た。繰り返します、時は来た。以上!」
元気良く、念話をガレーさんに伝える彼女の小さな背中を。あらゆる絶望を物ともしないその姿を、全力で守ると。決意を新たにした。
2章をすっ飛ばして3章のプロローグ。
お約束した幕間は、次話で必ず書きます。
何の理由も無く、スキルは与えません。
脈絡もないまますっ飛ばす事が出来るのも
WEBなろう系の神髄と考え、こんな形を描きました。
序盤に置いた読み辛さを乗り越えられた方だけに
2章以降をお送りします。
1章終盤からは、そんな筆者の思いを連ねております。
この回は、当方の願望も多分に含みます。
こんな駄作が人気作や売れ筋書籍になるはずがない。
結果は狙い通りでしたが、せっかく読んでブクマ頂いた方に
時間の無駄だったとは思われないような作にしたい。
筆者の私はその様に思います。
2018年末。
31日までに幕間は必ず投入します。
皆様のご健勝とご達年を祈願しつつ、良いお年を~