第1章、終話 其れなりの理由
2人を旅立たせ、手元に残った物は魔剣用の茜色の鞘と、返却された茜の指輪が一つ。
茜に持たせてある薬はそのまま一緒に飛んで貰った。魂以外は全て消えるのだろうけど、実際何処で消えてしまうのかの検証を兼ねている。ただ残念なのは・・・。
「何も感じない」感じませんね。閉じてしまったゲートからは。
ここはスパッと忘れよう。帰る2人への手向け。きっとあちらで栄養ドリンクとなるのだろう。素は亀さんの生き血なので、精力剤成分が強い。後は2人で頑張れ。
「良いですねぇ。人間はすぐに忘れられて・・・」
隣で激しく嘆く女性が1人。名を知らないので、軽く剥き出しの肩をポンポンしておいた。
「魔神が強いってのは想定通りなんだろ?あんたの」
「私の、と言い切るのには少々語弊があります。私が造り出した分、までであれば。残る貴方たちの力を総動員すれば届いたでしょう」
「そのルールをおれの片割れが破り、魔神の力も2倍相当。神でも読めぬ力量ねぇ。正直実感湧かねぇな。なぁ女神さんよ。おれ達に何か神罰でも与えるのか?」
「特にその様な事は致しません。元を正せば、私が貴方の魂を2つとも使おうと、こちら側へ招いた故の結果です。罰をと言うなら、私も、となりますし」
「素朴な質問だけど。ウィートにどうして寡欲なんて厄介な物付けたんだ?」
「それは・・・、お答え出来ません」
「したくない、じゃなく。出来ない、か」
「・・・」
この件では口を閉ざす女神さん。彼女でもないなら、一体誰が。
「ならさ。おれが何かしらの罰を受けたら、寡欲消してくれるか?」
「心配性ですね、貴方は。正しく使えば、彼女は何処まででも強くなれますのに」
「正しく使えば、あんたより?」
「そ・・・」
「折角手に入れた自由を諦め、女王と成り、人々の望みを叶える。彼女の下にどんどん人が集まり、積もり積もった想いの力は彼女を神だと押し上げる。新たな女神の誕生だ。それがあんたの狙いだろ」
「・・・言うべき事はありません」全面否定は、しない。
「まぁいいや。あんまし女神さんを苛めると、後ろから感じるどっかの師匠が痛くお怒りモードな気がするから。今は止めとく。で?出来るんでしょ?」
「・・・貴方も何処まで読めるの・・・。異世界人は素晴らしくもあり、同時に恐ろしき存在。未熟な私が手を出すべき者たちではなかった」
誰に向けての反省かは知らないけど。神様も反省するんだな!
「出来ます。しかし与えるのは罰ではありません。身重の賢人の娘以外の人たちの、全体的な底上げも必要です。この際、最も過酷な道を貴方に与えましょう」
「言い出したのはおれだしな。甘んじなくてもやってやるぜ」出来るとハッキリ言い切ってくれたことだし。いっちょガツンと行こうじゃない。死ぬ程の努力ってのを。
「意味は良く解りませんが。制限が在るとすれば、彼女の出産まで。理由は言わずとも、解りますね?」
彼女が発する言葉の中には、無駄も多いが大切なヒントも多く存在する。今回は輪を掛けて解り易くて丁寧だ。詰り、クレネの出産に俺が余裕を持って立ち会わなければ、とんでもない事が起こりますよ。と言っている。
何度でも間違える俺に、これだけは間違えるな。と念を押してる。態々面着してまで。
賢人種の出産サイクルは不明瞭。元々時間的概念に疎く、総じて母体がとても頑丈。統計データは皆無。ご長寿恐るべし。出産間際まで、初産の人でも平気で働く(狩り)よとか何とか。
里に婚礼参りで行った時に、御母様からお聞きした話である。
御母様からは出産にマストで立ち会えとは念押しされてはいない。子は宿らないとの諦め予測が半分。もう半分は何だろう。
その時にはなれば解る事だし。余裕ありきで立ち会うのなら、過少見積もりで8ヶ月前後がリミットか。
「概ね正解です」
あ、心も読めるんだったわ。狡いわぁ、神様って。
「狡くはありませんよ。さあお行きなさい。手始めに、暗き場所の者から」
「は?」
今度は身体は消えずに、意識だけが飛ばされた様です。この感覚だけは一向に慣れる気がしないぜ。
「慣れますよ。この旅を終える頃には。嫌でも」
何時もながら含むねぇ、女神様は。彼女が名を記憶から消去したのも、きっと意味がある。今度会えたなら、そこんとこを是非聞いてみたいもんだ。
私は女神。そう生み出した民たちから呼ばれる存在。
先輩の神らが創造された世界を参考にして、私はこの世界を造り出した。
何処の世界でも平然と戦争は起きた。同種異種問わず、殺し合い、憎しみ合い、奪い合う。多種多様な武具を操り、技や術を織り成し競う。
どの神もそうしたように、私も争いの無い平和な世界を望み、願い生み出した。
上手く行っていたのは初原のみ。時代を重ねる程に、例に漏れず私の世界も荒廃の兆しを見せ始める。小さな盤上を眺めるだけの退屈な作業はそこまで。
こと人間種は扱いが難しい。近しい先輩から忠告は受けていた。
同種で殺し合わないように、強き竜種を生み出した。人間種の壁となる、賢き賢人種も同時に生み落とした。人間の敵となる魔族はその後に。
私は先輩方の失敗例を踏襲し続けてしまった。
人は殺し合うのを止めない。肉食系動物の食物連鎖ではない。勝手気ままに生を奪う者まで現れた。地上の覇者と成らんが為に、竜や賢人に挑む者まで現れた。敵対する魔族とも手を取り合う者も居た。いつの間にか、余裕の在った盤の上は予期せぬ者で溢れ返っていた。
自由。耳障りは頗る良い。彼の者曰く、自由は全ての者が持つ権利。
欲望。全ての知有る生物の、誰もが持つ真理。
愛情。生命が生命を繋ぎ、新たに生み出す為の大切な鍵。
知識。己が種を向上させる為の、欠かせない術。
経験。磨き上げた物を、他人や子へと伝承も可能。
言語。時として争いを抑制も助長もする。人間の主な意志の伝達に使われる。
金銭。神である私には、これが理解出来なかった。
創造。我らの得意分野であるが、人々の中からも生産者が自然発生した。
殺し、奪い、犯す。反面で愛を語り、生を繋ぐ。
騙し、欺き、嘆く。反面で喜び分ち合う、愛情にも似た友情。
人が人を形無き金で買う。虐げられた者たちが泣き悲しむ。反面で売買した側の者たちは喜びに沸き立っていた。
人が人を形無き金で殺す。殺された者の家族は悲しみ憤慨する。反面で殺した側の者たちは笑いながら金を受け渡していた。
全く以て。何の欠片も理解が出来なかった。人間は愚かな種族でしかなかった。
手始めに人間種にカルマを与えた。他人に悲しみを与えた者には罰を科し、行き過ぎれば魔族に堕とした。喜ばせれば良き知らせを与える。最初はそんな単純な物を与えて、勝手に複雑化したのは人間たちの自壊。ある程度は上手く機能してくれて良かった。
カルマの機能が軌道に乗るまでの間に。盤の上を持て余した私は、一方で魔族を育てようと試みた。世界の各地に魔王を置いて、増長する人間種の抑制に取り掛かった。
それでも人は手を取り合い、魔王を打倒しようとする。数で押し、武具や技を磨き、身体を鍛え上げ、代を重ねてまで挑み続けた。結果魔王やそれが率いた魔族は一時敗北する。
私はそこで愚手を打つ。これだけは私の失策と言えよう。
魔神。終焉を意味する、最果ての神。神と称するだけあって、我が力の一部を与えてしまう。 憤怒。全てを怒りで塗り潰し、全てを破壊してしまう抑えられない衝動。
我らは生み出してしまった物は戻せない。造り出してしまった者を無かった事には出来ない。
急激に勢力を拡大して行く魔族たち。狂い始めた盤上を整える為、対抗手段として人間の中から勇者を造った。
造ってみても所詮は人間。神の力を分け与えた魔神に及ぶ謂れは到底無い。
各地の魔王を段階的に強化して、勇者を導きそれらと戦わせた。勇者と仲間たちに修練を積ませるが為に。当初の目論見は成功したかに見えた。見えただけだった。
勇者は途中で殺されてしまった。仲間であるはずの人の手に掛かって。
布石は足りなかったが、魔神の力が幾分だけ収まった隙を突き、ある場所に封印した。
次の勇者が現れるまで、出来うる対策を打とうと考えた。
考えた結果。賢人種に守護させている世界樹の力を借りて、異世界人の魂と文化を取り入れようと、不慮の死を遂げた少女の魂を入手した。
「それが端に成らねば良いが・・・。後悔するでないぞ」
近しい先輩の言葉。私はしませんと答えたが、後悔はする事となった。
異世界人は恐ろしい。こと人間は恐ろしき生き物。
幼き少女の魂は、偽りの分身体に入れ、私の意志と共に世界を歩いた。成長し、見識を広めるに連れて、彼女は一つの代価を私に要求を始める。
「私のお兄ちゃんも、こちらに連れて来て」
同じ身体の中で、そう何度も訴え掛けられては、私も折れて頷くしかなかった。
それ以降の認識は、概ね彼らの語った通り。違う箇所も幾つか在るが、それはまた別の機会に話そう。特に色欲に溺れてしまった彼は、勇者たちを育てさせる為に追加で呼んだ者なのに。彼らが勝手に改竄してしまった所とか。
現代の日本人の魂は仮初の平和に腑抜けて扱い易い。そう聞いていたのに。
いったい・・・、何処がでしょう?特に彼には滅茶苦茶にされています。
私は女神、アフロディーテ。それが真名、であった者。今ではオフロディーテにされてしまい、創造主としての力の大半を失った。以降の大規模な変革は出来ていない。
この世界に生きる者、全ての記憶と記憶から名前を消せさえすれば、失ってしまった何割かを取り戻せる。そうした後に・・・。水泡に帰した事を愚痴っても始まらない。
彼の受け売りではあるが、真理は獲ていると思う。思うが、異世界日本人、怖い。
「良かったのか?2人を行かせてしまって。全力で割って入れば止められたが」
私が唯一愛する者が、後ろから声を掛けて来た。
「良いのです。私の真名を知る者の最大の愚者でしたから。痛み分けです」
「彼女に持たせたエリクサーはどうなる?」
「彼女への謝罪と迷惑料として贈ります。とは言えあちら側では、こちら程の効果は発揮しませんけど」
「其れなりの苦労が向こうの世界で待っているのだな」
「其れなりに、です。先輩方がお造りされた世界は、こちらよりもずっと複雑に見えました。きっとこちらの世界も、生き残った何者かが築いて行けます」
「魔神を倒さねば、叶わぬ願いか。彼の身体はどうする?」
「彼の帰還を待ちましょう。期間は8ヶ月と切られましたし。その間に魂を失った彼女と、片割れの彼の身体が戻ります。そうすれば、漸く私たちも・・・」
「今度は、私は老人の姿になるのだな。愉快なようで手痛い」
「分身体のほうは無理ですが、彼の方なら多少の変更は致しましょう。私自身の我が儘も多分に入りますが、どうかお許しを」
「神に許しを請われるとは!君は本当に面白い」
誇らしげに笑う彼は、昔の趣のままでした。
時間。非常に曖昧な物だった。それを異世界から来た彼らが固定化した。私は少し順序を入れ替えただけ。私が今出来るのは、ほんの些細な味付けだけ。神の力なぞ、其れなりでしかない。偽りにも似た、真実がそこには在った。
遂に!お待たせしました!我らが女神様
待ってない?
全解答を握っているのは彼女以外居ませんので
終話での登場となりました。
だからと言って1話だけで満額回答はしませんが。
魔神戦には彼女たちも参戦表明。
彼はまた何処に飛ばされたのか。
仲間たちの行方は。
唐突な1章の終わり。
元世界に帰った彼らのその後を書いた上で
2章魔神討伐編へと参ります。