第92話 魔王の帰還
召喚された死霊を魔王を介さず、冥府に直行させる。効果は絶大だった。
「ぐっ・・・、愚劣な者よ」
只でさえ悪い顔色が更に悪くなった魔王祖父さんが居た。
「どっちがだよ!」
盡力の消費は、底付き手前で止まってくれた。即座にポーションを一口。一気に叩く。
ウィートが起きてしまうその前に、祖父さんに引導を渡し切る。
これ以上の問答は不要。
魔王の魔剣ごと叩き斬ろうと振り抜いた。再び打ち合いに縺れ込む。
当然押しているのは俺。しかしあっちの魔剣は皹さえ入らない。
「フェイクでも、魔剣は魔剣かよ」
「我が夢。我が野望。人間が幸せに生きる。たった、それだけの事・・・」
「高尚な望みだがな。祖父さん、忘れてるぞ」
「なんだと言う」
「魔族と、家族がだよ!スピードスター・オメガフルバースト!」
打ち、払う、払い退ける。これに追い付ける奴はもう居ない。居るとしたら嫁さんくらいか。
魔剣同士の大きな火花が散り、魔王の胸元が少しだけ開いた。
相手が死霊の魔王なら、例え祖父さんの成れの果てだとしても迷う余地は無い。
「振り抜け!ツヨシ。罪なら私も、同罪じゃ」
「有り難い。さらばだ祖父さん。ドラゴニック・スラッシャーーー」
暁の濃い朱色の刃。彼は両断された瞬間だけ、本当に笑っているように見えた。
「孫を・・・頼んだぞ・・・、身勝手な私を、許せと・・・」
「本当に、勝手な人だよ。あなたと言う人は。頼まれなくても、任せとけ」
塵と消えた、魔王ガルトロフ。後に残ったのは魔剣が一つ。アダントの時と違うのは、同時には消えずに留まっている事。意味は一つしかない。
「砕けぬのかえ?全力で行けば、或いは」
「いや。これはこのままでいい。こいつが向かう場所。そこに魔神が、必ず居るから」
「敢えて渡すとはのぉ。私のためか?捨ててしまえば楽であろうに」
ゴラちゃんは渡さない。大切な嫁の1人なのだから。この魔剣の代わりが有るのなら、そちらで我慢して貰おう。
「捨てる?何言ってんの?そんな選択肢、端からねえよ。愛想尽かされたなら別だけど」
「厄介な人間に惚れてしもうたものじゃな。まったく・・・」
魔王の魔剣が動き出した。微妙に震え、勝手に宙に浮き、テラスから西方の空へと・・・。
「待ちなさい!逃しません!エスパライゼ・ライト・レクイエム!」
外で盛大にグリエールちゃんが叫んでいた。
「ちょ、ま・・・」慌てて駆け寄って追撃を止めさせたが、放たれた一部は魔剣の後を追って行った。あれ位で魔剣の逃避行が止まるとは思えないが、果たして。
「どうしてですか?叩き落とせば、魔神の力が削げるのですよね?」
「あれは、ゴラちゃんの身代わりにしようと思ってな」
「すまんのぉ」
「あ・・・。なるほど。先走ってすみません」
「いいよいいよ。因みに、さっきの全力でやった?」
「割と、全開で」あちゃー。仕方ない。まあ落ちないでしょう。
「7つ目は?倒せたの?」
茜が両翼をパタパタさせている。心なしか茜が霞んで見えるのは、疲れ目だろうか。
「あったりまえよ」
勢いで振り上げた拳も、透けて見える!!!
「スケカン殿!アカネさん!」
「はて・・・」
「な、何コレ・・・」
完全に消え去る寸前で、クレネから念話が飛んで来た。
「ツヨシ!どうしよう、私にだけ見える虹色が、虹色が動き出したの!気をつけ・・・」
最後の言葉までは聞けずに、俺たちの意識は何処かへ飛んでしまった・・・。
たぶん、心配要らないって伝えたかったけど。届いたかなぁ。
魔剣が西の空へと消えた後、突如スケカン殿とアカネさんが目の前で消えてしまった。
竜姫様の魔剣だけを残して。
「ど!どどどどどうしましょう!ガレー・・・じゃなくて、ゴラ様!」
「落ち着け。何が起こるか読めん。私を掴め、勇者よ」
えーーー!勇者が魔剣を手にしてもいいのですか!?ま、まあ私はどうせ道化ですし。
聖剣を鞘に戻してから。恐る恐る、魔剣の柄に触れてみた。
「あ、掴めます。普通に・・・」何も、起きない。
「私が中に居るからか。それとも、魔剣としての役目を終えたのか・・・」
「お二人は近くには居ないようです。まだ私にはマップの広域は見られませんので、恐らく別の離れた場所かと思います」
魔王の討伐と共に、敵の姿も消え去った。魔神が現出するまでの束の間の平和。
「何にせよ。主の仲間たちを拾って、先ずはクレネたちと合流じゃな」
「そうしましょう。念話もガレースが一番得意なので」
「クレネには私から飛ばしておく。暴走されると困るしの」
「お願いします。私はガレースに送ってみます」
受ける分には問題なく受けられる。送るほうはかなり苦手だ。でもやらなければ。スケカン殿側の5人は普通に会話するように相互に送り合えているらしい。クレネさんは遠距離のお母様と念話をしていた。私もしてみたくて挑戦したが、相手側の適正も問われ上手く出来なかった。
私は辛うじてガレースとだけ遣り取りが出来ている。これも適正の差、なのかも知れません。
「ガレース。動けるならこちらに急いで来て下さい。スケカン殿とアカネさんが突然消えました」
「グリエ。こちらでも確認出来ました。向かいます。詳しい話は後で」
100km程度なら半刻もあれば充分。全力ならより短縮も可能。何も言わずとも全力で来てくれる。合流するまでは動けない。
「不味いのぉ。クレネでも見えない見えないとかなり取り乱しておる。私の言では収まらぬ」
「クレネさんが?他に止められる人・・・、ウィート!」
「まだ寝ておるようじゃが、勇者同士なら或は起こせるかも知れぬな」
「ウィート!起きて、ウィート!お爺様ならもうお帰りになりました。安心して起きて!クレネさんを止めてあげて!」
心の底から願い、言葉にも出して東の空へ向かってそう叫んだ。
意識はかなり前から覚醒していました。身体のほうは未だ起こせません。
仮死にも近い状態でしょうが、致し方ありません。何故かと申されましても・・・。
新たに備わった、寡欲。これが、非常に厄介なスキルでしたから。自身でも制御出来ないスキルを与えたのは、果たして女神様なのか。確信が持てるまでは起きないと決めました。
白き元魔王カリシウム。あのお猿さんを討つ為に放った奥義の直前で、私にはお爺様の声が聞こえました。
「我と共に・・・、この世を統べるのだ。我が孫、ウィーネストよ」
時間が差し迫っていたあの時に、数瞬だけ心が揺らいでいた。早くしないとダリエが死んでしまう。そんな焦りの中で、そんな馬鹿げたお爺様の願いを聞いてしまった。
激しい動揺を、寡欲が喜びにすり替えようとするのを感じて。これまた出力を制御出来ない亜流に切り替え、全力以上を出し切った。私の身体から、意識だけを奪えるように。
お爺様。私は奪われる人生は、もう二度と嫌なのです。本当に自由に生きたいのです。ツヨシ様とクレネお姉様と、出来れば子供たちと、生きて行ければそれで良いのです。
それが、神の裁きを受けねば為らぬ程の罪なのですか?
それが、邪魔立てされるまでの罪なのですか?
それが、私の罪だとでも仰るのですか?
女神様・・・。そこにどうしても違和感を感じてしまう。全く違う、別の何者かが邪魔を・・・。
「ウィート!起きて、ウィート!」
状況は思う以上に切迫していた。これ以上は引き延ばせない。ツヨシ様とお姉様の窮地と聞いてしまっては。
起き抜けに気怠さを感じたが、常時スキルの寡欲の動きは感じない。お姉様のお願いなら何でも聞いてしまいそうですが、恐れても居られません。胆力と根性で乗り切ります。
お姉様の姿はすぐに見つかりました。玄関近くのリビングで床板を掻き毟っていた。
「ツヨシ・・・、ツヨシ・・・どこ・・・」
人よりも丈夫なはずの指先から、血が出てしまっている。綺麗だった爪まで捲れて。
「お姉様・・・」
「ウィート・・・。ツヨシが・・・マップ・・・見えないの・・・」
「大丈夫です。ツヨシ様なら、絶対に大丈夫です」
「連れて行かれるよ!あっちに連れて行かれるのよ!」
お姉様が縋り付くように私の胸に飛び込んで泣いている。私も釣られて泣きそうになったが、ぐっと我慢我慢。根性です。
「大丈夫です。ツヨシ様なら、何処かへ行っても絶対に戻って来ます」
「駄目なのだ!賢人種は、両親が居ないと子が上手く育てられないのだ!」
それは初耳でしたが、ゴラ様からの念話で懐妊のお話は聞いていましたので、驚きは半分でした。賢人種と人間との子供も初めて。子育ても初めて。そう言った不安とは別の物であるのかも知れません。
ですので敢えて私は言おう。
「大丈夫です。お姉様。私がずっとお側に居ります!一緒に探しましょう」
子供のように泣きじゃくるお姉様と抱き合い、背中を摩った。私の背中は床と同じく掻き毟られて血が出て痛む。お姉様の心の痛みに比べれば、大した痛みではありません。
玄関の外で2人の気配がしましたが、こちらを察して離れて行きました。そこまで気を遣わなくとも大丈夫だと思うのですが・・・。
「お前、今入れるか?」
「いいえ。幾ら傲慢な僕でも、女性の涙は苦手です」
「だよな。お前がまだ人間だと再認識出来て安心したよ」
「何ですかそれ!僕は歴とした人間ですよ。とっても今疲れてますし」
「あー、確かに疲れたなぁ。あと嬢とガレーたちもこっちに来るってよ。それまでのんびり外で待つかぁ」
「ですねぇ。・・・スケカンさんは、大丈夫なんですかね」
「お前があの旦那の心配なんざ、百万年早えよ。心配なんか要らねぇ世話だぜ」
「ハハハッ。百万年と来ましたか。でも、そうですよね。要らぬ心配ですね!」
主人公と堕天使はどっかに飛ばされました。
魔神は西のどっかで復活します。
それぞれ別の場所です。とだけは言ってしまいます。