第89話 突入
伝え忘れていた。私がとても。とっても乗り物に弱いと言う事を。
普通に飛んでいるだけならまだ良かったのに。王城からの対空砲撃を回避する為に、右へ下へ左へ上へと高速移動に旋回に。気持ちが・・・悪いです!
「あーもー鬱陶しい!対飛行部隊が飛んで来るならまだ解るわよ!対空砲って何よ!時代いつまで飛んだのよ。ホントに爆発してるし。まさか・・・剛の真似したの!?」
「ご、ごめんなさい、アカネさん」
「なに?どうしたの?忙しいんだけど」
「は、吐きそうです」
「え?マジで!?ヤダ、待って。勇者のゲロってどうなの。魔族の身体・・・溶けちゃう」
一旦王都から離れた場所に着地して貰って、盛大に吐いた。背中を摩ってくれるアカネさんの手が冷ややかで返って気持ちよかった。
貴重な薬をこんな事には使えないので、普通の水で喉を清めた。
「ごめんなさい」
「危なかった-。ゲロ掛けられて死ぬのだけは勘弁だわぁ。ちょい待ってて、剛に少し文句言ってくるから」
数歩離れた位置でアカネさんが念話を開始していた。
「ちょっと、そっち終わったんなら手貸してよ。対空砲が鬱陶しくて玉塔にまで行けないのよ」
カリカリと頭の銀髪を掻き毟っていた。
「なんでって、あんたが爆薬なんてもんを開発しちゃうからに決まってるでしょ」
更に毟っている。血、出てませんか?
「ゆっくり歩いてる?なんでよ。は?クレネが妊娠したかも!?なら仕方ないわね・・・て!あんた関係ないでしょ。そっからでいいから外周壁潰してよ」
衝撃的な言葉も漏れ聞こえて来た。これはめでたい。私には・・・特に変調は感じない。気持ち悪いのは乗り物酔いの性ですし。
直後に上空を数十の隕石が飛来して、王都に降り注ぐ。
「生存者の皆さんは・・・」
「大丈夫。無事よ。・・・無事ではないかもだけど、生きてるわ。・・・まだ生きてるはずだけど、急いだほうが良さそう」
翼を開いたアカネさんの背中に慌てて飛び乗った。
「今度は振らないでください!」
「それ、向こうに言ってよね」
今度は砲撃が来ない。良かった。真っ直ぐに飛んでくれれば問題はありません。
五月蠅かった外郭を抜けて、王城まで一っ飛びに到着した。下から登るのかと思いきや、玉塔の真上に降り立った。
「王手よ。外は任せて。フェザーズ・ミラージュウォール」
大きな翼の羽の一枚一枚が、銀色の壁となり、玉座の間の外周全域を囲んで封じた。
天板の一角を斬り崩し、玉座の間へと侵入を果たした。途端に感じる重圧。
「お初にお目に掛かります。私はグリエール・シーマス。聖都より遺派され参りました」
「お主が勇者か。若いな。私は元ペルディア国王、ガルトロフ・アレ・デルト。望んだかどうかも危ういが、死霊の魔王として再臨された者。さぁ見せるが良い。勇者の力を。人々の希望の石立を。魔を討つ者よ」
聖剣を手に構える。ここまで良く付き合ってくれた。歴代の勇者たちが辿り着けなかった場所。7つ目の魔王。胸の奧底で波打つ鼓動。この私で、終わらせる。
「このような悲劇など要らない!孫娘は、ウィートは誰よりも幸せになるべき人!例え神であろうと、実のお爺様だとしても、邪魔をする権利など微塵たりとも有りません!行きます」
柄の先に右の掌を添えて、歩を進めた。先ず一歩。数歩進めて飛び上がらずに、正面から打ち合った。力でも押し負ける。剣技でも下回る。
私は弱い。誰よりも弱い。本当の勇者は誰であるかと問われれば、私は笑って答えよう。それは私の親友のウィートであると!
触れ合った時の短さ。笑止。それが何だと言うの。
上段下段も弾かれた。私は笑う。本物の偽物は、この私だと。
己のステを垣間見て、私は悟った。真勇者(愚かなる道化)だと。面白い。人を散々たりに駒にしておいて、今更そんな解り切った戯れ言を。神よ、女神よ。笑いたければ笑いなさい。
だとしても、私は仲間と共に、地獄の果てまで突き進むまで。
「流石ですね。美しい剣技です」
「荒々しくも猛々しい。もう後幾ばくか、あれば輝きもしたのだろうぞ」
「お褒めと捉えましょう。エスパライゼ・カリファルア」
十字星の光がガルトロフを捉えた。身じろき一つしない。こちらも硬直時間を相殺し、次の一撃を放つ。相殺は放った技と同量の盡力を支払えば硬直時間も零に出来る。
薬が無ければ成立さえしなかった荒技。
王の軌道は揺るぎが無い。何事も無かったように反転した私に向き直った。
「死の礎、生の掟、我は従わぬ!スフィア・ボーナ・デルト」
芯から身が震える波動。死への怒り、生への執着。相反する2つが重なり合って無刃の波が飛んで来た。回避しようにも軌道が存在しない。
空刃の波動なら私にも撃てます。
「越えます。私たちの未来の為に!セバ・ライト・エグゾーラ」
相殺されても王の眉は動かず、次の攻撃体勢に入っていた。感情の起伏が乏しい。
僕らは目的地の無傷の小屋に辿り着いた。ウィー姉さんはユードさんの背中で起きることもなく眠り続けている。ロープで鬱血が心配だったが、それは杞憂で終わった。
2人で息を切らしながら、会話もなく寝室に姉さんを横にしてロープを解いた。
どんな結び方をすれば中身が無事なのか。今度余裕がある時に是非聞きたいな。
姉さんの薬をこれ以上勝手に飲む訳にも行かないので、僕らは普通のポーションを飲み干した。普通って言いながらの、上級なんですけど!
「襲われないってのは本当らしいな」
「安全地帯が用意されているなんて。この小屋には何があるんでしょう」
呼吸と体力が回復した所で、窓から外の様子を伺いつつ今後について相談していた。
「ここに留まっていれば、スケカン殿が後で向かえに来てくれるとよ」
「なら、これ以上戦わなくてもいいんですね」
「そう上手く行くとも思えないがな」
「どうしてですか?」
「この小屋に掛けられたのが何者かの呪いだとしてだ。何処の世界にも反発する奴は居る。仮に魔族でも必ずしも一枚岩だとは言い切れない。人間だって同じだろ。国が違う、文化が違う信じる神様が違う。それっぽっちの理由で平気で殺し合ってる」
「これが敵の呪いにしろ、神の御心にしろ。同じく反発した者たちなら襲って来ると」
「ただの気苦労に終わればいいが。更に問題がある」
「ウィー姉さんがいつ目を覚ますのか、ですか?」
「いつ目覚めるかよりも、目覚めた後が問題だ」
「解りません。どうしてですか?」
「お前、寡欲ってスキルの危険性考えたか?」
「姉さんの新しいスキルでしたね」
「人の欲望を己の欲望としてしまう、謂わば転嫁だ。誠心誠意の願いとか、魂からの叫びを受けて実践しようとしてしまう危険な状態だ。お前、願っただろ?」
「何を、ですか?」
「元魔王を倒してくださいって、願っただろ」
「たしかに、願っていました」
「実際問題としてお姫さんの力が無ければ難しかったはずだ。だがお前の願いが上乗せされて必要以上に出し切った。気を失う程に。それが今だ」
あの大猿を両断した時。美しく尊いと思いながら、心の何処かで過剰ではないかと感じた。
ユードさんの手が肩に置かれた。
「ならどうして、僕と一緒に町に残したのでしょうか」
「お前が持ってるからだ。静寂ってのをよ」
「お、成る程。僕が敵を黙らせて、僕らは余計なお願いをしなければ良いと」
「おれらの中でも気付いたのは、スケカン殿とクレネさん。ガレー辺りか。絶対に王都に来るなって言うくらいだから、これも予想の内かもな」
「現在の魔王と会わせたくなかった・・・ですか」
正当な王家の末裔で、勇者で。寡欲を持ったまま魔王に会い、もしも懇願されたら。
「神様は、どうしても姉さんを女王にしたい、のでしょうかね」
略奪を限定的に適応出来るなら、今すぐ奪い取るのに。嫌がっている人に無理矢理押し付けようなんて、神様って意外に粘着質なのかも。え?お前に言われたくない?はて?幻聴かな。
「頭は回るみてぇだな。悪くねぇが、もう一つ問題がある」
「まだ何か?」
「お前、お姫さんが起きるまで寝られねぇぞ」
「あー、そう言う事ですかぁ・・・。少しだけ、仮眠してもいいですか?」
「そうしとけ。外はおれが見張ってやるから。襲撃者が現れる前に、たっぷりと罠仕掛けといてやる。爆音が聞こえたら、合図だ」
「了解です!副官殿!」
「は?それならガレーだろ」
「ガレストイさんは恋敵ですから」
「まだ諦めてねぇのかよ」
「だってスケカンさんだけ狡いですよ。多妻が認められて、どうして多夫は駄目なのでしょう。僕は狙います。第2夫人の座を!」
「一途なのか馬鹿なのか・・・。お前、ある意味すげぇわ」
ユードさんが褒めてくれた。誇ってもいいのかな。
この時、僕は失念していた。多妻も多夫も、相手が選んでくれないと成り立たない事を。
これが若さか・・・
少しあっさり説明回しすぎてたなと
ちょっとだけ無意味にお肉足しました。
少年には、叡智が・・・師匠の剣を握った瞬間に
なーんて