第87話 キヅキ、キズツキ
「・・・」どうすればいい。ダリエに伝えられた言葉を。俺は、考えから外していた。
「どうしたの?ツヨシ。ウィートと繋がらないけど。あっちは?」クレネが心配そうに見ている。
「今のとこ大丈夫らしい。それよりも・・・」
ペテルの町まで約20km程度まで迫った街道沿いの脇道で休憩を取りがてら、ウィートたちに連絡を取ろうと念話を試みた。しかし繋がらず、思案していた所でのダリエからの急報。
「どうしたっての?剛」
「みんな、聞いてくれ。魔神が、2体居る。可能性がある」
皆が押し黙る中で、最初に口を開いたのは。グリエールちゃんだった。
「・・・それは、薄々とは感じていました。漠然とですが、ウィートと触れ合う度に。チクチクと胸を刺す、何かが在りました。彼女も同じ物を抱えていたのかも。私は自分の挙式のことで頭が一杯で気付きませんでした。今にして思うと・・・」
「今念話でダリエに指摘されて、おれも気付いた。と言うか、考えないように避けていた」
「避けていた?」
「2本の聖剣。2人の勇者。2本目の魔剣を初めて見た時も、そこに何の違和感も感じてなかったてのに。魔神の可能性だけは考えないように避けていた」
「それは、どうして?」
「ウィートとダリエのほうに、ブシファーとカリシウムが来たらしい。倒せたみたいだから問題ない。茜が倒したペルチェ。おれが倒したランバル。ウィートが送り届けた兄のゲルトロフ。魔王級が5つ。・・・この上で、もしもあいつが来たなら6つ目まで揃う。揃ってしまうんだ」
「止めるべきでした。私も違和感を覚えながらも、あの時何も言わなかった。戦力以前に、私たちは分散するべきではないのではないかと、考えていたのに」ガレー君が口端を咬んでいた。
悔しいのは俺も同じだよ。安易に出した指示の結果がこれだ。何時も何時も、毎度毎度。自分の浅はかさにはウンザリだ。どうやりゃ治るんだよ。このゲス野郎が!
「落ち着いて、ツヨシ。まだ決まった訳じゃないでしょ」
「何でもアリな世界なんだからさ。誰かが決めたルール何て破っちゃいなよ」
2人の手が怒りに震える両肩に乗せられた。他の皆も頷いている。口には出さずとも、導き出される7つ目の該当者が誰なのかを理解して。
「わりぃな、嬢ちゃん、スケカン殿。おれもここで抜けるぜ。誰かさんが起き出す前に、東の2人をこっちに連れて来る。別れ際の言葉とは逆になるが、いいか?」
「ああ、構わない。どころか、2人をお願いします」
「・・・調子狂うぜ。何時もみたく、上から来いよ」
「私からもお願いします。必ず救ってあげて」
「なぁに。眠れるお姫さんを叩き起こしに行くだけだ。簡単な仕事だぜ。後、ガレー」
「何ですか?」
「おめぇだけは、冷静にな。見極めろ、熱くなるなよ、色男」
「だから、それは止めて下さいって。解ってますから。薬はどうしますか?」
「おれには必要ない。万一失敗して敵の手に渡っても事だしな。先手必勝だろ?スケカン殿」
「・・・おう。よろしく頼んだ」
「そう来なくちゃよ。影よりも深き闇、求むるは光。ディープハイディング・チェイサー」
ユードの姿が消え去った。誰かのように、マップ上からも消えてしまった。
「なんか雲行きが怪しいわね。予定よりも早いけど、変身しとこうか?」
「いや、もうその必要ないかも」
迷わず魔剣をBOXから引き摺り出した。思った通り、何も起きず大人しかった。
「あれ?あの豚。居なくなったの?」
「やっと。やっと普通に魔剣が振れる。なんか晴れやかな気分だ」
「スケカン殿が、もう人間だとは思えませんね」グリエールちゃんの視線が痛い。
誰かだけに都合良くもなく。皆に都合が良い訳でもなく。誰しもに可能性があり、誰しもが手に出来る訳じゃない。
ウィートたちに倒されたブシファーは、間違いなくこの魔剣に居座っていた奴であり。こいつは晴れて純粋な魔剣となった。認めろ、お前の主は、この俺だ。浅はかで、邪で、ゲス野郎で。
本当に欲張りで「強欲」な、俺にこそ。お前は相応しい。だろ?
天に翳した黒い魔剣は、静かに瘴気を流し出して小さく震えた。了承されたみたいで何より。
「おれは、誰も死なせない!この世のルール何てクソっ喰らえだ!」
「言っている事は至極真っ当なのですが」ガレー君が苦笑いを浮かべている。何か?
「握ってるのが、魔剣じゃなきゃねぇ」
茜が東の空を見え上げて続けて呟いた。
「どうやら、来ちゃったみたいよ」
「スケカンさん。あいつだけは私たちに任せて貰えませんか?」
ガレー君だけでなく、アーレンとメデスが歩み出た。
「3人で倒すってのか?」
「聖都での失態の借りを返します。あの時は覚悟が足りませんでした。街中での被害も出したくありませんでした。ですが、今回は何の障害も有りません。近くに生存者も居ませんよね」
「ああ、居るのはペテルの町と王都だけだ」
「なら今回は思う存分やれるってもんだ」メデスが斧を握り直して胸を張った。
「足止めだけなら、わしらだけでも充分だからな」アーレンも普段は隠しているメイスを取り出して肩を回して見せた。
「足止め?倒すんじゃなくて?」
「スケカンさん。魔剣を持った魔王の力は未知数です。これ以上雑魚を減らしてしまっては敵の思う壺。何か、気付きませんか?」
「あ・・・、あぁ、そうか。その手が・・・」
「どうしたの?ツヨシ」
「魔神が2体居ると仮定して。7つの魔王を倒す事が絶対条件ならさ。一つだけ、手があるんだよ。敷かれたルールを破る、とっても簡単な手が」
目前の魔王に目を奪われ、襲い来る敵に思考を削がれ、単純で明快な物さえ見えなくさせる。ここまで来て尚、俺たちは神の御手の上で踊る道化。否定はすまい。俺は確かに盲目だった。力に溺れ、ただ敵を倒せばいいと。それだけに捕われていた。
女神様は悪戯大好きで、何を考えているかも解らない。なんだけど。やっぱり慈悲深い神様なのかも知れない。こんな道まで用意してくれてるとは。
「要はさ。魔王級を倒さなきゃいいんだよ」
「それってさ。復活するはずの魔神も倒さないってこと?私は、帰れないの?」
「いいや。心配すんなって。そっちの魔神は倒すから。片方だけ、はな」
「条件を、満たさなければいい。成る程、ツヨシらしいね」
「だろ。おれは何でも欲しがる、強欲だからさ」
「よく解んないけど、任せるわ。どうせ自力じゃ無理そうだし」
「詰り。私はどうすれば?」
不満顔の茜と、話に付いて行けてないグリエールちゃんが顔を見合わせていた。何気にいいコンビなのかも。
「ちょいとお耳拝借」
戦闘に突入したガレース君たちを横目に、これからの展開予想を摘まんで説明した。
「ほうほう。魔神が2体なんて一度に相手したくないしねぇ」
「えーっと、それだと私は何時魔王を叩けば良いのでしょう」
「最速でいいよ。最速でな」茜の肩を叩いて見せた。
「でしょうね。だと思ったわ」諦めの悪い茜の肩をもう一度叩いて、俺は初めて望んで魔剣を握り掲げた。
「ペテル到着後に迷わず飛んでくれ。あの子はおれとクレネで抑える。ガレース君。ちょっとした置き土産だ。スピードスター・リミットブレイク!」
「助かります。では後ほど。グリエ、一人で無理なら一端退くこと!」
「解ってますよ。あ・な・た」迷いのない投げキッスを返している。結婚って・・・女の人を変えるものなのねぇ。軽く驚きと感心を抱きながらも、聖都で見た巨大魔王ロメイルの左足を、膝の下から斬り飛ばして残りのメンバーで街道に戻った。
後ろから絶叫「ま~け~ん~」が聞こえて来たが、負けないように頑張れ。あの木偶の坊を相手にしている暇は無くなった。勇者の旦那も頑張れ。ん?よーく考えると、俺もか!
鼓動が早い。息が切れる。状況だけ見れば私は逃げたに等しい。
ペテルには近付きたくなかった。魔神と会いたくないのも有ったのだが。あの町で待つ者が何物なのかは気付いていた。何せ、私の分身なのだから。
「自分だけ、幸せになろうと言うのかえ」片割れの声が頭の中に聞こえて来た。
最初にペテルに飛び込もうとしたツヨシのテレポートは、他の誰でもなく分身が私を通して阻害したのだと漸く気が付いた。勇者が言っていたアスモーデとやらは、何を意図して自分がやったなどとほざいたのかまでは解らぬが。
ムールトランドを抜け切り、レミアンドリベラの地に渡っても分身の声は止まず。南に居た時よりも逆に強く響いた。まるで魂が千切られて行くような。
レミアンドリベラか・・・。人種が我らを称した呼び名らしい。妙な話だ。今なら、ツヨシと言う人間の嫁になった今だからこそ。納得してしまう。
この大陸には森を守る賢人と、山々を守る竜族と虫や動物しか居なかった。何時からか人間が隙間に入り込み、森や山の一部を勝手に拓いて町や国を造ってしまった。
自然を破壊する人間に対し、当然我らも手を取り合い戦う事となる。結果も当然。武で勝る我らの勝利。一方的な蹂躙に、人間は恐怖した。
戦いを重ねる度に、僅かに少しずつ、局は傾き始めた。武器を変え、改良を加え、武器は鋭く宙を駆けるようになった。少数から精鋭。精鋭が引き連れる編隊から軍隊へと。別の大陸から集まり群れを成す魔術師たち。やがて現れる勇者の片鱗たち。
人間種は恐ろしい。倒しても倒しても沸いて来ては責め立てる。挙げ句、魔族さえも仲間に加えて攻勢は留まらず。いつの間にか、恐怖を抱いていたのは我らのほう。
段々と数を減らされ、竜族は一時的に賢人の里へと降りた。負わされた傷を癒やす為に。
賢人たちは森に呪いを掛けて、森と同種と竜族も守ってくれた。それから暫くは平穏な時が流れたが、平穏はやはり一人の人間によって潰えた。
我らに人間程の繁殖力はない。思うようには数が増やせず、何例か賢人種と交わってみても実りは無かった。絶望程ではないにしろ、落胆していた我らの前に一人の人間の男が現れた。
森に張られた結界を抜けて、平然と立ち。
「平和的な交渉を、求めに来ました」
当時の我らの先祖たちも笑っただろう。とても可笑しな話だ。そこで何が起き、どうして賢人種と争う羽目になったのかは最早誰にも解らない。
今なら少し解る気がする。居たのだ。遠い昔にもツヨシのような強き存在が。強すぎる人間が。
我らが共に望むるは。種の繁栄。子孫の繁栄。賢人は知を求め、竜族は強さを求め。だからその者の種を欲したのかも知れんな。
私たちの種は残せた。希望は残せた。勝手な未来を託して。
南方に連なる山脈の峰を暫く眺め、立ち寄ることもなく。私は賢人たちが待つ森の里を目指した。頭に響く声に抗うのも止めた。
「寂しがり屋じゃのぉ、片割れよ。共に私も逝ってやる。少し大人しくしておれ」
今の私を殺せる者が居るとしたら。それは賢人の里の最強の貴婦人。エルド・ファーマス。
「エルドよ。私を、私を殺すのじゃ」
生き延びて、魔神に喰われるくらいなら。
「何だか物騒ねぇ。死にたがる人の目ではなさそうだけど?竜の人よ」
クレネの母。同じ赤髪。冷たいようで柔らかな瞳。底知れぬ強さ。あの日、ツヨシが現れなければ戦っていたであろう人物。あの日も結界を通して睨み合っていた。
「殺して欲しい。其方を見込んでな」
「クレネからは助けてあげてって言われているのだけど?死に急ぐ理由、教えてよ」
「魔神の復活が近い。私が持つ自己再生能力だけは、絶対にくれてやる訳にはいかん。逃げられるとも思えぬ。渡せぬ、逃げられぬ。なら死するしかないじゃろ」
「極端ねぇ。ツヨシ君に助けて貰うと言う手は?」
「考えたがのぉ。ツヨシは誰より優しくて臆病者じゃ。ツヨシは私を殺せない」
「その覚悟は買うけど。それでツヨシ君が納得するかしら」
「せぬじゃろな。さて、私にも時間がないようじゃ。ツヨシの薬を飲んでからというもの。胸の奧底の分身が狂うておるわ。戦え、戦えと」
強者を前にして踊る胸の奧底。その心赴くままに、私は森に向かって火を吹いた。
「そう・・・。それが貴女の答えなのね」
眠れる御姫様を柔らかそうな野原に寝かせ、僕は剣を握り直した。
思うようには進めずに。態々ペルディアの王都から離れているのに、敵の数は増え続ける。
元人間の兵士たちではなく、魔物の軍勢が。上位の魔族に連れられて。
手数が欲しいと、再度のレギオンには失敗した。唱えようとした瞬間に刀身に皹が入った。説明を受けなくとも解る。あれは、1日に一度切りの技。
こんな貴重な逸品を失いたくもないし。ウィー姉さんの聖剣を借りようとも考えたが、柄を掴んで彼女から離れた途端に鉛の塊が如く重くなり、持ち上げることすら難しかった。聖剣は勇者しか握れない。嘘偽りありません!
「東には行かせぬぞ」
「黙れ!」
東に何が在るのかなんて知らないけど。どうやって切り抜けようか考えてるのだし。少しはこちらの身にもなって欲しい。うん、静かになった。魔法も飛んで来ない。
敵の数こそ百には満たない。けれど強豪揃いで技も魔法も多彩多種多様。自分の才能か適正が無いのか、魔法は一向に奪えない。奪えるのは体術系。侵食、溶解、暴虐、触覚、触手などなど。触手て!!!なにさこれ。絶対要らない奴だよ!ウィー姉さんに使おうものなら、本人にもスケカンさんにもグリエール様からも、八つ裂きにされる自分の姿が目に浮かぶ。
こんな卑猥な技ばかり。我が輩も血気多感な男の子故に、魔族の女性が襲い掛かって来たので色々使ってみた。使って・・・落ち込んだ。御免なさい、魔族の人よ。死んではないよ。死んではいないけどさ・・・。
後ろでスヤスヤとウィー姉さんが眠っている。良かった、今の見られてない。
「よぉ。急いで来てみりゃ・・・、随分と楽しそうだなダリエ」
「ユードさん。いつの間に!た、楽しんではいませんよ。どうか今のは内密に」
「こりゃ良いネタ出来たぜ。魔物女の武装を触手で溶かす少年。どっちが魔族だか」
「い、言わないで・・・」
「よっと。このまま東に向かうと、絶対に襲われない不思議な小屋があるらしい。そこまで行くぞ」器用にウィー姉さんをロープで縛り上げ、背に担いでいた。良いか悪いかは別として。
暫く襲い来る魔物だけを撃退しながら一路東へと向かう。
「ユードさん。どうして倒さないのですか?」
「敵は減らせば減らす程、残りの個体が強くなってる。これ以上雑魚減らしたら、王都で待つ魔王の思う壺って訳さ。豚と大猿、馬鹿みたいに強かっただろ」
「ええ、はい。でも僕らは倒してしまったのですが」
「しゃーないさ。下手に加減なんかしてたらこっちが死んじまうからな。そんな芸当はスケカン殿たちに任せときゃいいんだ」
「器用ですね、ユードさん。交代しましょうか?」
顔色一つ変えず、深い眠りの中のウィー姉さんをおぶり、走りながら片手で虚構のナイフを投げていた。敵の足だけを狙って。
「大したこたぁねえ。女性に重いって言ったらダメだぞ」
「言いませんよ、そんな事」
女性と聖剣の重さに関しては、永遠の謎の一つに加えよう。きっと誰かが知ってるのではないかな。餓鬼の自分には解らないだけで。
「おれは前だけ見てる。お前は後ろに注意しろ。積もる話は小屋に着いてからだ」
「はい!任せてください」
振り返っても誰も追い掛けて来ない。影縫い。己の影に身体の一部を縫い付ける。彼らや彼女らはあの場から動けなくなった。恐ろしい技です!自分の身体を引き千切れるまでの覚悟が無ければ、再び動けない。追って来れる者が居たとしたら、その覚悟を越えた者か、ユードさんのステータスを越えている者のどちらか。
来ないでくれとの願いは虚しく、何体か後方から追従している。
「チッ、面倒な奴らだぜ。変更だ。相手にするな、全力走だ!」
「はい!了解です」
走りながらのゆったり回想は、
さすがの私も無理だと思いまして。