表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/130

第86話 希望を背にする守り手

 推測の段階で2人やスケカンさんたちに伝える事は出来ない。

 そんなに余裕な状況でもないし。

 上出来だ。上手く力を奪ってはいる。押し合いはこちらに傾き始めた。

 「くっ、人間の小僧めが」

 「黙れ豚!耳が腐る!」豚の口端が吊り上がり、ブルブルと震えている。続けて何かを叫ぼうとしていたが、言葉は何かに遮られて出せずに終わった。豚が驚いていた。

 静寂。いいね、使えるぞこれ。考え事をするには丁度いいし、呪文を唱えるのも阻害出来る。

 対術者なら多少の力量差は埋められそう。当たってみないと解らない部分が多々あるけど。

 「・・・」豚が苦しみ始めた。

 あ、でも僕も目が眩む。足に力が入りきらず、空回りする感覚。

 再び押し合いは拮抗状態に戻る。だけど、奴の力を奪うのは止めない。よりウィー姉さんが倒し易くする為に。豚肉を大鍋で煮込む。

 憑依と従属?きもちわりぃ。奪ったけど捨てよう・・・。あ、捨てるのは無理みたいだ。

 スケカンさんからアスモーデの剣預かっておけば良かった。後悔しても、今やるべき事は何も変わらない。奪って奪って奪い尽くす。

 盾を構えた左腕から出血が始まった。呼吸が整わない。鼻血まで出ている。口の中が血塗れで鉄臭い。歯が食い縛れない。歯茎からも血が出たのかな。

 身体が悲鳴を上げている。もう少しだけ頑張れ!あと、もう少し。

 「ダリエ君!止めなさい!試作段階ですが出来ました」

 ま、間に合った・・・。僕は最後の力を絞り上げて横に飛び退いた。着地は疎かに、その場の地面に転がった。でも見なくては、勇者の技を。魔を絶つその力を。この目に焼き付ける。

 「炎氷一体、新たなる日の出。賢人流奥義!天楼芽突・ライジング・サン!!」

 見た事も聞いた事もない技の名。

 彼女の背に散り散りの光が注いで、その全ては手に持つ聖剣へと集約した。

 聖剣が白からオレンジ色に変化した。共に走り出す橙色の剣の刃は、燃えがかる朝日のように眩しくて。それでいて儚気に輝いた。

 通り過ぎた彼女の後ろには、見事に割られた豚一匹。叫びも出来ずに散り行く姿は、何処か笑っているようにも見えた。知らないけど。

 「無茶をした罰ですよ。自分で飲みなさい」差し出された透明な瓶から、一滴だけ口の中に垂らしてくれた。

 「ありがとうござ・・・」

 身体の芯が震えた。回復したからじゃない。恐ろしい何かを感じて。

 「ぶぉぉぉぉぉぉ」太い猿の鳴き声が、空の果てから木霊した。

 咄嗟に盾を構えて、ウィー姉さんを背にした。そして、僕らの眼前に現れたのは。

 白い大猿。あいつの名は知っている。あんな奴は一つしか知らない。北の大陸で賢人種の人に押さえ込まれていたと言う。魔王、カリシウム。

 グリエール様たちに討伐された。討伐されたはずだった。嘘であって欲しかった。自分の行き過ぎた妄想だと笑っていたかった。

 「ウィー姉さん。あいつは元魔王、カリシウムです。さっきのはもう一度打てますか?」

 「元魔王・・・。直ぐには無理です」

 さぁやろう。もう一度やろう。何度でもやろう。自分の役目、時間稼ぎを。

 確定じゃない。まだ、確定じゃない。確定してしまったら。あの人はどうなる。数刻前まで共に笑っていた、あの竜姫様は。

 お会い出来たのは奇跡に近い。話が出来ただけでも家宝に出来る。お馬鹿な小僧が居ると笑って貰えた。とても優しい人だった。スケカンさんの奥方様の一人。

 頭を振って、考えを払った。やるべき事は何も。何一つ変わらないじゃないか!

 「また時を稼ぎます」

 「頼みました」

 彼女の声を背に受けて走り出す。盾を二の腕に移し、両手で長槍を番えた。ふと、猿はその場から消えた。速過ぎる。とても目で追う次元ではない。でも、行く先は嫌でも解る。

 狙いは彼女。僕など眼中にすら入らない。なぁに、だからこそ出来る。

 「分身!従属!憑依!」手に入れたばかりの技。修練の時間が欲しい。

 彼女までの進路を自分の分身で埋め尽くした。肉の壁、自家製。従属の効果で分身の制御が容易くなった。憑依で分身の間を移り回った。

 白い拳が見える度に、分身が一つ一つと消されて行く。消される度にまた造る。不意にダメージが戻ってきた。相殺された訳ではないらしい。それだけで血反吐を吐いた。

 大丈夫、まだ生きている。何発かなら堪えられる証。段々と目が慣れてきた。拳だけなら合わせられる。

 盾を差し出した。壊れないはずの盾が砕け散った。

 槍を突き出した。壊すはずの槍が壊された。

 標的が完全にこちらに移ったのを感じて、分身を解除した。どうやって逃げ回ろうか。

 背中から巨大な拳が打ち込まれた。地面を抉って転がる身体を立て直す。

 意識飛びそう・・・。まだ!まだ僕は生きている。必要な時間も稼げてない。意識を失った時点で対象がウィー姉さんに移ってしまう。絶対にやり遂げる。やり遂げてみせる。

 攻撃の手が無い。肉弾系の体術の持ち合わせもない。堪えるのみ!

 次の攻撃で宙を舞いながら、僕は蒼空を仰いだ。目の端で何かが煌めいた。真っ昼間に星?

 回転しながら衝撃を最大限軽減する。地面を這いながら立ち上がった。立ち上がった先の荒れた大地に、それまで存在しなかった銀色の剣が一振り突き立っていた。

 さっき見た星はこれか。アスモーデの剣にも造形が似ている。柄を握ると全くの別物だと解った。身体に流れ込む力。略奪でも排出でもない。これを使えと訴え掛けて来る。

 「誰だか知りませんが、使わせて貰います」

 「・・・しょうねんよ。もうげんかいか?それがきみのげんかいか?」

 「げんかい?限界!笑止です!僕はまだやれます。魔王なんかに負けません!」

 「・・・おもしろい。ふるうがいい。そのけんのちからは、ガーディアン。だれかをまもりたい。そのつよいおもいに、こたえることだろう。わたしはもうたすけられない。あとは、たのんだぞ」

 遠い何処かで聞いた気がする。懐かしいような美しい男の声が、途絶えた。

 剣を構え、頭に情景を浮かべる。僕が守りたい者。今、守るべき人。そんなのは決まってる。

 大猿が握った剣を見て、一時だけ怯んだ。

 「・・・し・・・しょう・・・」

 奴の言葉の意味は解らない。人の言葉を話したと思えば、歓喜したように叫び始めた。

 「喧しい!」静寂にレベル差は関係が無いみたいだ。途端に静かになった。

 この隙に、この大き過ぎる隙に。頭に浮かんだ言葉を吐き出した。

 「堅牢なる盾。燦々たる矛。駆ける脚は牙。ナイツ・オブ・ガーディアン!出でし者たち。還らぬ代償を我は求める。レギオンズ・ゲート!!」何て、傲慢な。僕はそう思った。

 大猿との間に巨大な鉄状門が現れ、高い金属音を奏でて勢い良く猿の側に開かれた。こちらからは猿しか見えない。が、門を回潜ると風景が一変した。

 「へ・・・?」開口一番に出せた言葉がこれ。

 総勢で20騎。半分は黒衣の騎馬隊。駆る馬までも全て黒毛。見た事も無い立派な甲冑馬。もう半分は白衣の槍兵。兜も鎧も槍も盾までも全て白色。相対する2対は、指示を出す前には動き出していた。

 呼び出した僕のせいかな・・・全員得物が槍なんですけど?

 「時間を稼いで!何でもいいから全力で!」

 荒々しい豪声を張り上げ、大猿に向かって特攻が始まった。うん、僕より余程強そう。

 自分の出る幕は・・・あった。

 「騎兵隊。別れ、両側から削れ!」

 命令通りに動く騎兵たち。

 「歩兵。正面から攻めろ!喰らう前に退避!」

 歩兵はヒット&アウェイ。白き大猿は、劣勢でも崩れなかった。強い。只強い。手にするこの剣が無かったら。

 猿は拳、足、身体ごと。振り乱し、猛攻を回潜り、確実にガーディアンたちを葬って行く。

 恐ろしい。素直に恐ろしい。偽りのない恐怖がそこには在った。堪えられたのが嘘みたいに。

 だからこそ。僕は立つ。守るべき存在を背にして。

 「稼げ!兎に角稼ぐんだ!僕たちなら、やり遂げられる。1秒でもいい。数瞬でもいい」

 剣を振り上げると、後方の門から増援が走り来た。

 「だからそこ!あればこそ!」

 増援合わせた兵隊たちが雄叫びを上げた。これが最後だとでも言わんばかりに。

 積み重なる数秒。重なる数分。出来た。僕は、出来た。

 門が消え去り、兵隊たちも打ち砕かれた。僕は膝を折る。でも、それでも。

 「遷ろう陽炎。遙かなる地平。賢人流亜派、天楼芽突・ライジング・ゼロ!!!」

 天と地平線を分かつ、目映い閃光は只の昼間でも尚明るく。天と地を裂き斬った。僕は見た。

 僕だけが見た。伏した背を乗り越えて、放たれた光を。魔を穿つ、尊き刃を。

 「・・・ありが・・・とう・・・」猿は、カリシウムは。最後にそう言っていた気がした。

 全てが消え去った後、倒れ込む彼女の身体を支えて薬を一滴口に流した。僕も一滴貰い。

 伝えなければ。僕が、伝えなければ。

 「少しだけ、手を借ります」

 ウィー姉さんの左手を取り、薬指の指輪に触れて念じた。

 「スケカンさん。聞こえますか?ダリエです。こちらは片付きました。でも聞いてください」

 「なんだ?ダリエか。無事なのか?」

 「はい、大丈夫です。それより、聞いてください。魔神は、魔神は2体、居ます!」

 その言葉の持つ意味を、スケカンさんはどう捉えたのか。後はもう、任せるしかない。

 全てを覆せるのだとしたら、それは間違いなく。彼だけしか、居ないんだ。

 「こちらには、ブシファーとカリシウムが来ました。もしも、そちらにあいつが来たなら・・・。彼女は、竜姫様は。・・・諦めてください」

 彼からの返事は、無かった。これでいい。後は、この目の前の魔物たちを退けるのみ。

 地平の果てまで続く街道を。東へと向かう。魔物たちが蔓延る巣窟の中を。気を失った彼女を担ぎ上げ、僕は走り出した。当てなどなく、味方など居なくとも。

括り付けるのは彼の役目ではなかった・・・で修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ