第85話 幻のような幸運
予想や予測や予定てのは、よくよく外れてしまう物らしい。
確かな物もあったりする。後一つ魔王を倒せば魔神はすぐ目前。
釣られて俺たちは焦っていたのか、戦局は出だしから狂う。包み隠さず只の兵士たちが滅茶苦茶強い。先が思いやられる。
茜の言うように、このままでは魔王祖父ちゃん打倒も怪しさ一杯だ。
町から離れ、街道を辿り、一山峠を越えた先で元ペルディア王国騎士団が陣を張って構えていた。
雑魚だと踏んで正攻法で、ゴリ押ししようと試みた。考え自体は悪くはなかった。
総合戦力はどう見たってこちらが上だから。
鉄壁?城砦?防御能力が半端じゃない。幾重にも重ねられた防壁を打ち砕けない。
各々の得意な技を披露しながら削っても、壁は何度でも立て直される。
極大魔術を打ち込めばいいじゃんって?打ち込めない理由があるのよ。どうしても。
「まだ離れませんか?」ガレース君が隣にやって来た。
「駄目だなありゃ。あれは囚われているんじゃなくて。自分の意志で参戦してるから」
居るんだ。生存者たちが。敵の防陣の中に。倒させまいと上手い具合に散っている。
彼らも傍らに立つ者が、蘇った死霊だとは承知の上で。
嘗ての仲間。嘗ての友。嘗ての家族たち。恋仲だった者や失った伴侶。彼らが大切に思っていた者たちが、過去の記憶そのままに話が出来る。冷たくとも手が取れる。どんな報われない想いでも、魔王が倒れれば消えてしまう幻だとしても。気付いてしまったら止められない。出会ってしまっては留められない。
生者たちの想いと、死者たちの願いが交錯して。防壁は出来上がった。
避けて通ってしまえば、ペテルか王都での挟撃に遭う。魔王以前にデカいのが待っているのに、敵の増援部隊を後ろに置いてどうするの?
「困りましたね。殲滅も出来ない。置いてもおけない」
「流石にな。知らなくてやっちゃうのと、解っててやるのでは訳が違う」
「スケカンさん。提案があるのですが」
「おれに追加された、治癒師のことだろ?」
「今、無傷で打開出来るとしたら。きっとそれしかありません」
その考えには自分でも至っている。だからこそ悩み、一人離れて高台から敵陣を眺めていた。
ガレース君は提案を伝えに来ただけで、俺の目を見て戻った。この気配り上手め。
町の手前でウィートとダリエが何かと当たっているようだ。こちらも余り時間は掛けていられない。倒すなら倒す。救うなら救う。早くしないと。
「ねぇ、ツヨシ。ウィートなら、彼らを導けるかもしれないよ」クレネが隣にやって来た。
「あぁ、確かにな。高い確率で全部丸っと救えそうだよな」
「でも、そうすると」
「晴れて女王様の降臨。ウィートとはここでお別れ。己の手を汚したくないからってさ。嫌がる人に面倒だからと押し付けてもなぁ。ゲス野郎だなホント、おれって」
「理由を、聞いてもいい?どうして治癒を躊躇うの?」
「心、読まずに居てくれたのか。クレネになら全部見られても構わないと思ってたのに。愛想尽かされては嫌だけど」
「読まなくたって、顔を見てれば解ります。愛する頼れる旦那様だから。ツヨシを信じてるから大丈夫。何があろうと見捨てない」
「ハハッ、丸で逆だな。ちょっとだけ、昔話していいか?」
「うん。何なりと」
「死んでしまった人と、もしも話しが出来たらさ。嬉しくなって、もう失いたくないって思ってしまう。おれも、あそこの人たちみたいな側だから。おれ、前の世界では妹が居たんだ」
「うん。そうなんだ」クレネの優しい手が後頭部に回される。
「本当に可愛らしくてさ。しょーもないおれを大好き大好き言ってくれたのに。ある日、自動車って硬くて速い乗り物に轢かれて、死んだんだ。おれが突き飛ばしたせいで」
「うん。そっか」柔らかく腕に包まれ、額が胸に押し付けられた。今世で初めて出会ったあの日のように。
「それからなんだ。おれが自殺行為を繰り返すようになったのは。自分で殺したくせに。死んだら妹に会えるんじゃないかと。何度も何度も。でも結局死に切れなかった」
「うん。良かった」後頭部を撫でられる。
「でもさ。昨日の夜に、幻聴かも知れないけど。聞いたんだ。死んだはずの妹の声を」
「そう。妹さんは、何て言ってたの?」
「全ての者を救えって。神様からの伝言だってさ」
「うん。なら、ツヨシがやらなくちゃ。救ってあげて、全部。あなたの思うがままに」
「あぁ、そう、だよな。一緒に、やってくれるか?」
「思うがままに、ね。我は問う、汝らの在るべき場所を。賢人の理を以て」
「キュアレスト・ブルーム/リザレシオ・シルフル」
高台から放たれた2対の淡い光は、強力な魔術を撥ね除けた分厚い壁まで飲み込み、やがて天へと舞い上がった。悲壮なる生者たちの嘆きを共に巻き上げて。
「ったく。私の出る幕、ないじゃない」
天に向かう、儚げで優しい光を見上げながら。アカネさんが悲しそうに呟いていた。震えるその背に、何と声を掛けたらいいのか。悩んだ末に。
「アカネさん。こんな時に何ですが」
「何よ。出来れば放っておいて欲しいんだけど?」
「泣いている人は見過ごせないタチでして」
「泣いてないわよ。で、何さ」
「私に斬られた事。今でも恨んでいますか?」
「はぁ??それ、今聞くこと?あんたも、大概空気読めないわねぇ」
「言葉の意味はよく解りませんが。どうしても気になってしまって」
「ふぅ。まぁ、いいわ。私、あの時の事はよく覚えてないのよ。すっごく痛かったと思ったら、意識がすぐに飛んだから。死んだと思ったら、どうしてか女神様に救われちゃってさ。恨むとか以前に、よく解らないってのが本音。これが答え。気は済んだ?」
「女神様に?アカネさんも女神様とお会いになったの?」
「記憶にあるだけで2回はね。ホントは何度だか知らないわ」
「凄いですね。お二人とも」
「スゴかないわよ。人の記憶弄ったり、何度も復活させてくれたりは驚嘆と感謝はするけど。覚えてる印象は至って普通の女って感じだったし。本当に神様?て疑問符ばっかよ」
「でも凄いです。普通では会えませんから」
異世界から来た人が羨ましい。こちらの世界の住人にはお会いにならないのに。
どうして何時も難題ばかり押し付けるのだろう。
「あんたも、何処かで会ってたりしてね。神様と。記憶、消されてるだけかもよ」
「だとしたら。いいですね」
「ポジティブねぇ、あんたって」
「ポジティブ?」
「前向きってことよ」
「ポジティブですか。良い言葉です。ありがとうございます」
峠の対岸にペルディアの生存者たちが並んでいた。みんな泣いていた。どうして、どうしてと口々に叫んでいる。上の2人はまだ降りては来ない。
泣いている人は、放ってはおけない性。私は何時も前向きに。ポジティブに。
私も対岸に立ち、力一杯に大声で答えた。
「前を、向きなさい!振り返っても死んだ者は生き返りません!会えただけでも有り難く。話せただけでも幸運で。他にこれ以上の何を望むのですか!私たちは生きている。この戦いばかりの世界に生きている。大地を拓く腕を持ち。海を掻く足さえあって。国を築く知恵もある」
対岸の人々は、啜り泣きを押し殺していた。
「本当は解っていたのでしょう。この幸せな再会が今だけの幻と。もう一度、お別れを伝えられる機会を与えてくれたのだと。お別れは。さようならは、言えましたか!」
膝を折り、地を掻き毟る人々。悔しいのでしょう。力なき自分たちが。
「私は勇者!魔を滅ぼす者であり!王城で待つ、最後の魔王を討つ者です!大切な人々の命を奪った憎き元凶を倒す者です!どうか。どうか!道を空けてください!」
溢れる涙を拭い、人々は塞いでいた街道を開き、道脇に集まってくれた。
「悪いな、グリエールちゃん。損な役を押し付けて。やったのはおれなのに」
遅れて現れたスケカン殿が後ろで謝っていた。私は笑顔で振り返る。
「いいえ。これも勇者の役目ですから」
後ろに控える仲間たちやアカネさんやクレネさんも、皆笑顔だった。
「ご立派よ。素直に凄いわ」
茶化し気味に胸を抑えるアカネさんの目の端に、薄く涙が見えたのは。きっと、大切な誰かとの別れを思い返していたに違いない。私はそう感じた。
「我らが王を、お願いします。勇者様」
人々の前を行き過ぎる際に、代表者らしい人物から声を貰った。
「この先の南に下った港町に、他の生存者たちが集まっています。今度は、あなたたちが守ってください」
彼らは一斉に片膝を着いて頭を垂れた。
「この命に代えましても」
「無駄にしてはいけません。生き残れた幸せを。ここで起きた幻のような奇跡を胸に。手を取り合い、新しい未来を築いてください。あなたが新しい代表となって」
名も知らぬ代表者らしい人物に、全ての責任を押し付けた。先程の防衛壁の一端でもあれば町一つなら守り切れると信じて。
「解りました。勇者様!」
暫く街道を進み、彼らが見えなくなった後で。
「スケカン殿。頃合いを見てウィートに町から離れるように伝えてくださいね」
「ちゃんと考えてたんだな。ウィートの事」
「当然です。大切な友達ですから」