第81話 去りし想いは
失ってしまった。遠くの頃の時間。楽しかったはずの時間。
家族での時間。取り戻せない、時間。私は、その手を、取らなかった。
伸ばせば、届くのかも知れなかった。でも私は、取ってはいけないと思った。
間違いでもなく、正解でもない。あれから、私の時間はどれ位に経ったのか。
あの手は、大好きな兄の手は、私に伸ばしたその手は。私に届かなった。
「取り戻してみせる。何もかも。お前もな、あかね」
懐かしきあの声に、私の心は大いに揺れた。待ち焦がれた、あの声に。
探しても、探しても。見つからなかったその声に。私は焦がれた。
独りぼっち。この世界で、私は、独りぼっち。私は神に祈る。
どうか、私を消して下さいと。何も答えぬ神様に、縋った。私を救い、兄を救って下さいと。
私はただ、消えたかった。やり直せるなら、生まれ変われるのなら。
適わぬ願い。神は無慈悲だった。優しくはない。非道でもない。神様は、いつも平等。
私の兄は、優しかった。大好きだった。届かぬ願いは、ここにも一つ。
この世界に来てから数年。解れば解る程に、理解すればする程に。残酷だった。
誰も居ない。知らない人ばかり。大切な家族も。大好きな友達も。大好きな兄も。
拷問だと思った。いっそ消してくれればいいのにと。
「救いたいけど救えない。届きそうで届かない。神だとしても、届かない」
初めて聞こえた、あの人の声に。私は願った。
「お兄ちゃんを連れて来て!私を消せないなら」酷い願いだとは解っている。勝手な独り善がりだとも。だけれど、私にこんな拷問を強いるなら。私の願いも一つだけ。一つだけでもいいから叶えて欲しいと。
神様は苦慮しながらも、私の願いを、叶えてくれた。たった一つの願いを。
「久し振りだなぁ。本当に、久し振りだ。あかね」
苦しくとも切ない。懐かしい、兄の声。私は、口にしてはいけない言葉を口にした。
「助けて、お兄ちゃん。私を、助けて」縋った。何もかも忘れて。
「救ってみせる。今度こそ」心強かった。だから私は尚も願う。独り善がりに。
「お兄ちゃん。出来るなら、やって見せてよ。私を救って見せてよ!」
我が儘もいいとこだ。何もかも忘れて、私は。助けて欲しいと、願った。
でもいいんだ。答えてくれた。兄が答えてくれた。私の願いの一つの願いを、叶えてくれた。
神様でもなく。友達でもなく。たった一人の兄妹が。だからこそ。
「助けて。お兄ちゃん」
愛飢えて。尚も願う。ただ一つの願いを。伸ばしたこの手が真実ならば。
去ればこそ。尚に願う。この俺の、願うこの手を。決して届かぬこの手でこそが。悪なのだと。
俺は笑って受け入れよう。これが悪だと言うのなら。何が正義なのかと。
女神よ。神よ。笑うなら、笑えばいいさ。然りとて俺は笑い返す。
お前らが言う。真実が、こんな馬鹿げた物だとしたら。お前らこそが、偽物だと。
高らかに笑う。俺は笑う。神を、嘲り笑った。やれるもんならやってみろ!俺は。
俺だけは、間違えないと。
すみません。酔った勢いです。
後付けだけでは怒られますので。
我ながら、短かすぎだと反省。