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第8話 転移

 青々しい草原を吹き抜ける風は、黒髪を巻き上げて清涼を交えて行き過ぎる。周囲を岩山に囲まれて、剥き出しの自然と人が過去に造ったであろう造形が相まって哀愁を感じた。感嘆が乏しいのは許して欲しい。なにせ自己申告した転移の直後なので、気怠さが抜け切らない身体がそうさせる。

 「ふぅ・・・」軽い目眩を覚えて近場の岩の上に座り、目を閉じて一息付いた。道具袋から水筒を取り出して、栓を抜いて喉を鳴らし満足するまで水を飲んだ。生きている実感。衣服から露出していた肌を確認した。元日本人らしい黄色の肌色だった。やれば出来る子やないの。鼻を触って確認する。今度は豚鼻でなく適度に低い人間の鼻の形。道具袋の中には掌サイズの手鏡があり、恐る恐る自分の顔を映し見た。暫く長く付き合う顔なのだから、普通レベルであって欲しい。鏡の自分と目が合った。

 「誰だ!このフツメン!」まずは一安心。どことなく前世の面影が在る、気がする。特にカリスマやハーレム製造機イケメンの希望は出していなかった。これは純粋な女神様のセンスや好みか。

 あんな少年誌には載せられないことまでしたというのに、あっさり許してくれた懐の深さに少し、いやかなり感動し感謝した。何となくあの面影は・・・いや止めよう。叶わぬ希望は苦しいだけ。綺麗な思い出は思い出として胸に仕舞おう。願わくば俺が死んだ後にも彼女に幸せが訪れますようにと。

 「マップ」口で唱え両手を目の前に翳す。両手の間隔を広げると自分と思われる青いマーカーを基点に周囲一帯が空間に投影された。旅には地図がないとね。大きな町や都市に着いたら地図を買っても良いだろう。売っているのか、軍資金がゼロだとかは置いておいて。投影されたマップは意識しただけで拡大と縮小、移動や再起が容易に出来た。ここはカゼカミグエ大陸の東部の平原地帯。魔王の続きだとでも言うのか。単なる当て付けかも。

 意識をデラウェア火山へと移し、勇者一団が居ないかと探ってみた。麓の灰の町に6個の緑色のマーカーが見えた。ただの勘だが緑色は真っ赤な他人と推測する。赤じゃないけど。赤は定番のエネミーが妥当。他にも見えたら、その場に向かうも良し。煮て良し焼いて良し。

 場所を魔王城(廃墟だと)と思われる箇所をイメージした。「うわぁ・・・」黄色のマーカーがコミケくらい無数に見えた。仲間の類いが黄色らしい。しかしこの人間の姿で突入でもしたら、きっと洩れなく赤に反転するに違いない。一旦マップを閉じた。

 「ステータス」これも説明不要なド定番。脳裏に浮かぶ己のステ。


 スケカン・ロドリ・ゲス・ヤロウ(元魔王ブシファー) 女神よ。すまなかった・・・。

 職種 体現者 これ職業なの?

 レベル 12 腕力 24 体力 33 盡力 60 胆力 35 素早さ 45 精神力 71

 精力 128(集中力向上有) カルマ -200 女神よ。許してくれ・・・。

 スバ抜けた精力により、俺は性犯罪に走り出すのだろうか。普通に怖い。

 スキル 集中力向上、剣術(我流、初段)、棒術(我流、初段)、槍術(我流、初段)、読心術、

読唇術、言語理解(適時)、魔術(志向投影)、志向投影、野営術、憑依、従属、

逃走、逃亡、戦線離脱


 おい、最後の3つ・・・。精のお力はさておき、能力的には剣士戦士のパワープレイよりも魔法、魔術師寄りである。ブシファーのスキルがあるということは、俺が倒した形になっていると思われる。その他色々不明な点は多いが便利そうな感じは受けた。今後ゆっくりじっくり試して行こう。

 ゆっくりと伸びをしてから立ち上がり、東に在った町へと向かう。序盤はマップをバリバリ程々に使って進もう。人前とかでは派手には使えないだろうし。何より嫌な予感が頭を掠めた。

 「アイテムBOX」これも定番と言えば定番。そして予想通りに、そいつは居た。

 魔剣ブシファー(抜き身) 女神よ。どうしても持たせたいらしい。それ以外は中級ポーションが10数個と堕天使の魔石が1つ。これは黒い翼のあれだろうな。堕天使と魔王を倒した呈にしてはレベルの上がりが悪い気がする。判定についても今後要検証と。

 太陽は頂点からは傾いている。何となく午後っぽい雰囲気を感じ、まだ重い腰を上げた。まずは町へ行き、何かしら金策をして宿を取ろうと考える。1つくらいならポーションを売ってもいい。手続きが簡単なら冒険者ギルドに登録しても良し。大きな町や王都なら、闘技場の類いだってあるかも知れないし稼ぐ方法は幾らでも。

 女神との面談では敢えて聞かなかったが、転移者が俺1人な訳がない。真っ当な転生かもだが何をするにしろ仲間(お友達)作りから始めよう。別に正義のヒーローになる積もりはさらさら無いが。

 便利な鑑定スキルはくれなかったので、この身体は普通の人間。怪我もすれば病気にだってなると思う。普通に老衰とかもありあり。例え女神の希望通りに成らなくたって。そんなもん知るか!


 太い街道に出て、考え事をしながらトボトボ歩いていると。不意にそいつらは現れた。

 「おいお前。有り金と荷物を全部置いて行け」盗賊Aが吠える。

 「どうせ殺すけどな!」盗賊Bも吠えた。

 そっと俺は後ろを振り返った。こんな真っ昼間からお仕事熱心なことで。そもそも金さえ持っていないのにね。

 「お前だ!馬鹿野郎」盗賊Cが怒鳴った。勇者の反応と同じく、ここの住人はセンスが無いな。

 前に3人。後ろに5人。全員汚らしいおじさんばかりだ。全員首回りに渦を巻いたタトゥーが入っている。悪い人たちの中で流行っているのだろうか。手に持つ武具も草臥れてボロボロになった鈍鞍な短剣ばかり。しかし普通の人間である俺がその刃を受ければ、簡単に致命傷に繋がる。防御力くらいは魔王から引き継ぎたかった。状態異常耐性とかもあれば・・・。今更だな。

 ほぼ無反応の俺に対して、痺れを切らせた盗賊たちが一斉に襲い掛かってきた。冒険も戦闘も対人戦も人殺しも初体験だというのに。決して避けては通れぬ道なれど。

 「ファイアーランス!アイスブランド!サンドストーム!」はい、自棄クソ魔術の3連打。己のゲーム知識で志向が反映されるならば、この世界の理などはガン無視だ!

 手元に具現した赤く輝く剣が前衛3人を貫き、宙より出現した白い槍が後衛3人を穿ち、残りの2人を砂塵が包んで巻き上げた。一瞬の出来事。罪の意識は無かったが、残された盗賊たちの屍は。

 「うっ」胴から焼け爛れ、無造作に腕や脚を折り曲げ、くすんだ白目を向いた、人間だった者。その光景から逃げ出し街道の脇で蹲りながら嘔吐した。肉が焼ける匂いに目眩を覚え、更に吐いた。固形物は無く、逆流した胃酸だけを吐き出す。苦しい。道具袋から水筒を取り出して、煽り飲み下した。

 「マップ!」盗賊の仲間が居るかも知れないと。周辺一帯に敵影無し。安堵した。町まではこのままマップを開きながら行こう。盗賊たちの死体から追い剥ぎはしたくなかったが、金が入っていそうな皮の小袋だけ毟り取った。再び目が合う。「うっ」口を手で押さえて、出来る限り迅速に見ないように。

 周囲の人気に注意し、その場を放置して逃げた。自分の与えられたスキルをさっきは馬鹿にしてしまったが、逃げの一手でも良かったのだ。無闇に殺人を犯した罪の意識が、背中を追い掛ける。

 続く吐き気に苛まれ、アイテムBOXからポーションを取り出して丸々一瓶飲み干した。随分と和らぐ嘔吐感。喉奥の苦みから解放され、少しだけ冷静さが戻った。

 「ステータス」

 レベル 15 腕力 30 体力 39 盡力 64 胆力 43 素早さ 51 精神力 78

 精力 128(集中力向上有) カルマ -208

 状態 異常軽微

 詳細までは見えないが、カルマ値の下げ数が物語る。人間1人につき-1。これで俺は殺人者。決して笑えない。笑い話にしてはいけない。罪悪感で手の震えが止まらない。そう、これからは相手の肢体を狙い、逃走を図るべきだと心に誓った。殺し合いなら正義と、今はまだ割り切れない。

 果たして慣れる事が良いのか悪いのか。この先の道のりは険しい。平和ボケした一般日本人にはこの世界は毒毒しい。今夜は安全な場所で、強い酒で強引に眠りたい。本気でそう思った。

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