第76話 2つの翼、4人の想い
移動中に、私は考えながら整理しております。現在の状況をです。
兄様は魔王ではありませんでした。私が自分で送れたのは良い事です。
王城で待っている誰かは、既に解っております。
唯一解らないのは、誰一人王城に向かっていません!
お姉様とアカネ様がツヨシ様の所へ向かっているのは納得です。
でも、でもですよ。グリエール様たちは南で固まったまま動きません。
一定の動きはあります。綺麗なピンク色の2つを真ん中に、他の皆さんは着かず離れず。
ピ、ピンク色って何ですか!!命の危険もある戦場の只中で、何をしているんですか!
信じられません。私だけ放置ですか?一人だけで戦えと仰いますか・・・。いえ、そう望んだのは自分です。文句はありません。ありませんが、寂しいです。
お姉様方は合流した後はどうするのでしょう。私を助けに来てくれるでしょうか。すぐに?すぐに来て・・・くれるとは思えません。
南に走るのを止めて、身体が勝手に東へと向く。
「させるものですかぁー。ご自分たちだけでなんて」
極度の寂しがり屋だった女が独り。無我夢中で東へと走り出した。求める人たちはそこに居ると解っていたから。己の使命なんぞ何の其の。全てを放り、愛する者の元へとひた走る。
責めてこの背に翼があればと。適わぬ願いを抱いては。
「おーい。ウィートや」
「あ!ゴラ様。南は大丈夫なのですか」
「ようやく勇者が正気に戻ってな。後は他の者だけで充分と判断したのじゃ。東に向かうのじゃろ?乗せてやってもよいが、魔王はいいのかえ?」
「兄様は魔王ではありませんでした。お見送りは果たしたので、魔王は後回しです。それよりも今はお姉様方に追い付かなくては」
「そうかそうか。では急がなくてはな。クリエイション・ウィンズベール」
2人の周囲を柔らかい風のカーテンが包み込んだ。
「す、凄いですね」
「ツヨシの真似ごとじゃ。飛ばすぞよ。さぁ乗るがよい」
華奢な身体に見合わない大きな黒翼が生えた。剣を鞘に収め、背中に静置してゴライアイスの背に乗った。首を絞めないように注意し肩越しに腕を回した。
「追い付けますか?」
「誰に物を言うておる?生まれてすぐに飛び立つは竜種の特異。ちょっとばかり前に翼を手にした初心者に、遅れる訳がなかろう」
「頼もしいです!流石です!ぶっ飛ばしましょう」
「行くぞ」
「ひょーーーーー」
背に乗るウィートは変な悲鳴を上げて、景色を楽しむ余裕などはなかった。
一旦上方に飛翔した後、方向を定めて滑空加速。景色は流れて消え去った。
目の端で後ろを垣間見る。「さようなら、お爺様」
12年くらい前に別れたペルディア国王。正当な血筋でありながら、何故か私たちだけを追放された。去りし日の最後の邂逅。祖父は別れを惜しみ、涙していた。
あの時に現況を予想していたのかは解らない。大陸を出る時には、小さくない恨み心も持っていたけれど、今は感謝しています。ありがとう、さようなら。
私はもう振り返らない。全てをグリエール様に託して。
「ねぇ、遅くない?」
「文句言わないでよ。人乗せるなんて慣れてないんだから!」
「文句じゃないって。事実だし、2人追いかけて来てるし」
「うっさいわね。私にも見えてるわよ!そんなに言うなら走って行けば?」
「もう今日はダメ。あなたに追い付くのに使い切ったから」
「どんだけ必死なのよ。どうしてそんなにまで・・・愛してるの」
「愛かどうかなんて知らない。理由なんて解らない。出会ってしまってからは、私の魂が叫び続けるの。初めは姉さんの気持ちだったかも知れない。ツヨシを絶対に離すなって。共に旅をしていても、何度も夜を過ごしたって。ツヨシは何時も何処か別の場所を見ているようで」
「剛はもう帰らないってハッキリ言ってたから。私がどうこう言っても変わらないって」
「ツヨシが、もしもこちらで死んだら・・・元の世界に戻るんでしょ?」
「どうかなぁ。最初は私もそう思ってたけどさ。なんか違うのよ。実際に女神の力か、何度も転移してるじゃない?アダント、魔王、今のスケカン。私の記憶にも無いけど、きっとそれだけじゃないって気がする。魔王の時は一度死んだっちゃ死んだしさ」
「死んだの?」
「あの時は私も瀕死だったから。真相は真に女神のみぞ知る、ね」
「一度でいいから、お話し出来たら聞いてみたい」
「クレネも死んだら会えるかもよ」
クレネは茜の背中の上でクスリと柔らかく笑った。
バサバサと羽ばたく翼の間を、気持ちの良い風が巻いては抜ける。
「アカネと話せて良かった。少しだけ、安心した」
本当に疲れてしまったのか、アカネの背に添い静かな寝息を立て始めた。
「ちょっと、寝ないでよ。余計にスピード出せないじゃない・・・」
後続の2人に追い付かれるのも時間の問題。急ぎたいけど急げない。敵が蔓延る地上に置いても行けないし。心で小さく溜息一つ。気を持ち直して東へ向かう。
「私も、あなたと話せて良かった」
後続の2人は・・・、もう既にすぐ後ろまで来ていた。ドラゴン、やっぱ最強だわ。
どんな逸話にも、どんな冒険記にも、どんなラノベにも。彼らは最強の存在として現れる。本当に何も持たぬ人間が、勝てるはずのない存在として。神の力でも与えられぬ限り。
彼らは何故に存在し、人は何故に倒そうとするのか。どうせ勝てもしないのに。
彼らは何故に消え、人や動物は生き残ったのか。元の世界にも恐竜絶滅の色々な諸説があるが、本当はどれも推測に過ぎない。真実は神のみぞ知る。
「おーい。随分遅いと思ったら」
「お姉様、眠っているのですね」
「今更下ろせないし。先行ってて。剛をよろしく」
背中に感じる温もりを、優しく流れる微風のように運びながら。横を過ぎ行く2人にそっと手を振った。
「はい。急ぎましょう、ゴラ様」
「じゃな。のんびり来るが良いぞ」
友達かぁ。元の世界の皆はどうしているのだろう。自分の身体の状態も気になるし。剛と同じ病室だったり、私だけは死んでたり・・・。
早く帰りたいと思いつつ。仲良くなってしまった3人と、元の世界でも恋人だった剛との別れを思い、少しだけ切なくなった。魔神が倒されたなら、本当に帰れるのならば。
ああ、女神様。この世界は何でもありそうで、何かが足りない。何でも出来そうで、何もかもは出来ない。とても優しくて残酷な。こんな世界をどうして造ったの?
それは、元の世界と何も変わらないことに。気付かぬ振りをして、私は翼を運び続けた。
短めの繋ぎです。
1人だけ想いを語ってはいませんが・・・。
行動で示した感じです。