第75話 贖罪
折角師匠に頂いた、拳聖の職号。魔術寄りの戦闘スタイルに切り替えてからは、直接近接攻撃は魔王ランバル戦から遠退いている。
今一度思い返す。「術も失い、剣も折れた。唯一君に残る物とは何だ」
この拳とこの身体のみ。身体一つでこの状況を打開する。
全ての敵を倒す必要はなかったのに。先程妹の声に、全てを救ってあげろと女神の指示が伝えられた。途轍もなく面倒な話になった。
戦闘に突入して体感30分くらいが経過した。減敵率で表わすなら、ほんの数%程度。今はマップが無いので見た目だけで。後続や伏兵も含めれば計れない。あーマップさえあれば。
グチグチ文句言っても変わらん。岩陰で一息ついて軽く整えて、辺りを伺う・・・までもなく敵がわんさか居ます。減るどころか増えてね?
武器を持った奴を探した。ゴブ系の棍棒ではすぐに折れる。手頃な大木でも殴り倒して武器としたいが、枯れ木でもなければ後でクレネさんにど叱られる。
手頃な丸太・・・手頃な木片・・・手頃な、柱!さっきまでお世話になっていた家屋の一角を許可なく破壊して、ようやくの武器を手に入れた。
大抵のゲームの勇者の類いの初期装備は、大概ひのきの棒。世の中にはひのきの棒でラスボスを倒す鬼畜が居るんだから。ひのきの柱ではどうだ。
居場所を嗅ぎ付けた先陣たちの頭の上に豪快に振り下ろした。グシャリと鈍い音がしてピンクの霧が幾つか見えた。イケる!!と思っていたのはさっきまでの俺だ。
数十匹を殴り倒した後、急に現れた大型カマキリの鎌に我が家の大黒柱がへし折られた。刈り斬られたに訂正しよう。寧ろあれだ!
「その鎌よこせーーー」2本もあるんだから分けなさい。いい大人が。幾つか知らんけど。
普通の突進を咬まして、カマキリの土手っ腹に右ブローを喰らわせて・・・全部吹き飛んでしまったがね!つ、次は先に鎌を奪おう。まだ百匹くらいは居るんだし。
それから試行錯誤の10匹目辺りで、やっとこさカマキリの鎌(第二関節まで)をゲットした。試しとばかりに両足を基軸に遠心ぶん回し。切れ味上々。スッパスパ斬れる斬れる。近付いた者たちが我先にと塵へと化した。イケる!!と思っていたのはさっきまでの俺だ。
近接タイプが続いている間までは良かった。かなりの数を冥府に送り返したのに。
続いて現れたのは、悪霊系。レイス君たち。さん?ちゃん?知るかよ!
物理を一切受け付けない。有効なのは火系か聖神系。共に我が盡力があれば・・・くどいな。後はお塩くらいか。倒壊させてしまった家屋(家主ごめん)を省みたが、期待は全く出来ない。それにだいぶ離れてしまったので、戻ろうとも思わない。
今回の反省点。BOXには普通の武具も入れとけって話。
ガラ空きなのに、元からの貧乏性の性で薬と最小限しか入れた事がない。買うお金はアホ程あるのに服しか買った事がない。お金が充分に貯まってからは、売れそうな魔石をたまに拾う程度。高級そうな大きな魔石は中の豚野郎が食い散らかした事があってから、二度と入れずに粉砕してきた。そんなこんなで御握りも食べてしまったので、今現在入っているのはリンゴジャムの残りと自分用のポーションが3つだけ。後は手記だとか着替えだとか。豚魔剣は知らん。
あれやこれやとレイス軍団から走って逃げ回りながら考えていた。
ふと、今は夕刻だと気付いた。夕方に悪霊の類いが平気な顔をしてお外に出ている・・・。それが夜に入れば・・・あー、不味い。非常に不味い。美味しくない!
逃げるのを止めて悪霊に向き直った。
職種、拳聖。聖なる拳。魔を打ち砕ける拳。師匠、ありがとう。
「シャァァァーーー」ぼっちなのをいいことに、俺は奇声を発しながら空を切る拳や蹴りを悪霊に対して打ち込んだ。始めはやはり空を切ったが、俺は信じる。俺を信じる。俺は。
「やれば出来る子だーーー」寂しさは、時として痛い。免じて許して欲しい。
レイス4体が両腕と両足を掴んだ。甘んじて受ける。奴らに生身が掴めるなら、逆が出来ないはずがないじゃない。もう1体が心臓を掴まんと腕を伸ばしてきた。
感覚を研ぎ澄ます。触覚、味覚、嗅覚、視覚、聴覚。第6感は個人的には感情、意覚だと考える。諸説あるなら何でもいいじゃん。どうせ誰にも確定出来ない物なんだしさ。諸説の中には7つ目は時覚だとか言ってる学者さんが居るらしい。不思議だねぇ、6つ目さえ確定してないってのにさ。脱線した。悠長な感情論を並べている場合ではなかった。
俺の命を奪わんとする意志。大きな殺意の波とうねり。黒い蜘蛛の糸みたくぶつかり合い、寄り合い絡み合う。目を閉じても感じる黒い意志。それが今俺の心臓に向かって来ている。
感じる。寄り合った太い糸のような腕と手、鋭く尖った爪。見えた!
こつを掴んでしまえばこちらの物。目を閉じたまま、向けられた意志の糸だけを辿り、両腕に絡み付いた物をぶつけて相殺した。出来た!片脚を蹴り上げ、足の糸を引き千切った。踵を落としてもう一方も。敵の消失を感じた。
着地してからの反撃開始。群がる敵に特攻を掛ける。までは良かったが、走り出した途端に岩に足を取られて豪快に転けた。マップさえ・・・。
諦めて目を開けて走り出す。接近までは、って普通の敵まで接近中。大半が人型の巨人族。あれはオーガだったか。
物理と感覚の両立。言うは易し。相手の巨体を大いに利用させてもらって格好の練習台となってくれた。両立も出来そう、じゃなく出来る!
突き、殴り、蹴り上げる。いなし、躱し、避ける。捻る、担ぐ、掴む。抱える、へし折る、放り投げる。退いて、逃げて、折り返す。奪い、ぶち込み、引き裂く。最後のがレイス君の末路。
状況説明?伝わらない?単純作業?派手さが無い?うっせぇよ。
実際の戦闘の模様がそうなんだから、許してくれよ!ああ作業だよ作業。個としてはまずまず強いのが数え切れないくらい沸いてるんだからさ。そりゃあちらとしては失っても命懸け。悪霊だって己の魂懸けててるんだろうけど。こっちだって死にたくないし。失礼とか味気ないとか、大きなお世話だし。俺はいったい誰に文句言ってんだ?
葛藤を抱えながらも、真っ黒な空を見上げると来やがったぜ飛行部隊。巨大蝙蝠やらワイバーン。その他異形種。空飛ぶ奴らにはこれだ!
「あの世の先まで飛んできなーーー」人類の初歩。投石!たぶんね。
クリーンヒットは狙わず、狙わなくても投げれば必ず当たる。地上にはオーガやゴブリンの低級装備の他にも、石やら盾やらがゴロゴロ落ちてるんで。たまに現れるダンゴムシだとか。初めから丸まって転がって来るもんだから、そりゃ投げちゃうよね。ソイヤッ?
ワイバーンたちを敢えて残すようにして、挑発してやると盛大に火を吹いてくれたので、地上方面も幾分楽になった。狙われているのは俺だけど、俺自身が敵の真ん中に居る訳で。
自分は当たっても平気。ステと耐性付いているので関係ない。着衣はドンドン燃えてしまうから数分後には全裸になりました。ぼっちで良かった。グリエールちゃんだけにはセクハラになるが、以外の人に見られたって構いはしない。着替えだけはあるし。終わったら風呂入って一晩寝たい。
終われば、の話だが。
辺りはすっかり暗い。ワイバーンたちの火で明るさと暖を取り、空は満天の雲。火が消えると暗いなぁ。飛竜たちは火を出し尽くしたのか旋回を繰り返している。下手に叩いて虫でも沸こうものなら減った気がする敵がまた増えてしまうので放置決定。むしろ火をくれ。
地上部隊の動きが活発になってきていた。夜行性の動物系が動き出したのか。がしかーし、いったい何が来ているのか近距離じゃなきゃ見えないから解説も放置決定・・・では進まないので確認出来た者たちを並べてみよう。
大きなは略して。狼、虎、豹、キャッツ、ネズミ、フクロウ、モグラ!?おいおい土竜さんだけは殺した覚えはねぇぞ。自覚はないがそこらじゅう地面割ったり、ダンジョン埋め立てたりしてたからなぁ。恨まれてるのねぇ俺て。
気配察知の勘もかなり取り戻せている。肉弾戦であれば問題無い。暗さのお陰で時間感覚を失ってしまったが。早く日付越えねぇかな。
敵襲の波が急に止んだ。この隙にポーションを取り出して飲んだ。全身の痛みが消え去る。今日も、いい薬です!何が起きるか解らないので服は着ない。グリエールちゃんだけは来るな!
遠目に見て松明の火がチラリと見え始めた。迷わずこちらに向かっている。
俺は腕を組んで堂々と仁王立ちで来客を待った。何を隠そうともしないフリーチングスタイルのままで。そう、ここは銭湯だと思えばいいのさ。タオルくらい巻こうかな・・・。でも何気に気持ちいいしな。いえ別に露出狂じゃないよ。違うと思うよ。
「本当に、まだ生きているとはな」
「初めまして」胸を張って応えた。
「・・・」
ご来場のお客様は、顔色がとっても悪い魔族の方々。女性の部隊が目を背けている。
「で、なぜお前は裸なのか?そういった趣味か。人間とは解らないものだな」
「バカめ。生まれた時はみーんな裸じゃボケが!!!服は燃やされたから無い!」キッパリと嘘を吐いてお答えした。
「ボケは知らないが、バカは解るぞ。お前の名は?」
「スケカン・ロドリゲス・ツヨシだ。たぶ・・・間違いなく、俺があんたらを全滅させた張本人だ」
「やはりな。異常なまでの強さ。最早人間でも魔族でも枠には入らない。答えは何気なくも解る気がするが、敢えて聞こう。どうして一般民の我らまで殺した?ランバルの呪縛さえなければ真の共存も、望みの端にあったのに」
「魔城の周囲に一般人が居るとは思わなかった。一極だけの攻撃の積もりだった。あれだけの規模に広がるとは思っていなかった。我ながら、無責任過ぎたな」
リーダー格の後ろですすり泣く声が連鎖した。
「私は族長のシーパス。人で言う非戦闘員側の長になる。すでに終わってしまった事。今更嘆いた所で生きて帰れる訳もない。お前の答えだけが聞きたかった。予想通りで残念だ」
「後悔はしたさ。それこそ神にも悔いて祈ったくらいに。もっと良く調べるべきだった。今のように直接に挑めば良かったと。すまない、服はあるので着るから待ってくれ」
「ただの変態に我らは・・・」後ろが嗚咽している。全裸じゃ謝罪もクソもねぇ。
下着とズボンを取り出して履いた。それと一冊の手記も。
「なぁ、失望させて悪かった。話を変えるが、これを書いたのはあんたか?」
高く持ち上げたそれに松明の火も上がる。
「よくは見えないが、我らの中では文字を書ける者も少ない。朦朧としながら恨み言を書き殴っていたような記憶が残っている。おそらく私で間違いないだろう」
「これは大変勉強になったよ。おれの過ちへの戒めとして。有り難く貰っておいた。もう一つ聞くが、今でもおれを殺したいか?」
「・・・解らない。恨みはある。だからこそ来た。新たな魔王に呼ばれて、生前よりも力は感じるが。ここに集う我らが束になっても適いはしまい。たった一人で同胞の半数を屠ったお前に、どうして勝てるだろう」
まだ、半分だったのね。変わらぬ空を見上げた。
「我らは長き時を生き、少ない命を繋いで。何の為に果てたのだろうな」
返す言葉も無い。静けさの中で、すすり泣く声だけが響いた。
「答えの無い問いだったな。惜しむらくは願うだけ。もう一度、我らを消し去ってくれ。死霊となってまで、世に縋ろうとは思わない。お前のその手で送ってくれ」
もう一度殺してくれと言っている。救ってくれと言っている。誰かに代わって欲しいとも思う。でもその役目は、他の誰でもなく俺。本当は魔剣を使ってやるべきかも知れない。だが今は使えない。本当は勇者の聖剣で導くのが正しいのかも知れない。しかし今はここには居ない。
今度は、この手でか。全ての者を。女神様よ、今だけは恨むぜ。慈悲か・・・。死者蘇生だけはこの世界にも無かった。もしそれが出来るのだとしたら、神だけなんだろうな。
今日復活した者たちは、魔王の消失と共に消える。一度限りの仮初の幻。ここから逃げ出しても誰かが魔王を倒せば消え去る。でもそれじゃ何も救われない。傷付いた魂たちは、悪霊にでもなるのかな。
逃げはしない。正々堂々と向い合う。
「覚悟は、いいのか?」
「ああ、未練はない。我らも、抗おう。例え無駄だとしても」
嘘だ。未練がないはずがない。未練や何かをやり残した気持ち、誰かに対する怒りがなくては戻っては来ない。これ以上の問答は無意味。
爪で血が吹き出るくらい拳を強く握り締め。魔族の一団の中にに飛び込んだ。
許して欲しいと、泣きながら。
PHASE.2 罪と罰
どんな形でも、罪は罪。
消えない過ちと、あの日消えてしまった命。
完全シリアスでも良かったですが、
まったく打てなくなったのでこんな形になりました。
所詮三流にも満たないアマアマ素人。