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第74話 侍女の流義

 この大陸には良い思い出は無い。私が生まれた時から、両親とは離れ離れ。

 物心付いた頃には両親は国の政治的な謀略により破綻させられ、あっさりと暗殺されて私たち兄妹は追放に近い形で国外退去。幼少の頃からずっと質素な生活を余儀なくされた。

 「これでも貧民街よりはずっとマシなんだよ」

 兄はいつもそんな風に笑っていた。両親の死去後、王道を退いた兄。それが自分の為だったと理解出来たのは、もう少しだけ時が経ってから。実際私だけで放り出されていたら、とうの昔に野垂れ死んだか奴隷商に売られていた。

 西の大陸に渡ってからも、助けられてばかり。初対面で優しげな行商に騙されて奴隷商に捕まった時も、身を呈して助けてくれた兄は右足の腱を切られた。当時早く走れない私と足を引き摺る兄を窮地で救ってくれたのは、随分と人相の悪い盗賊の人だった。

 「お前ら大丈夫・・・ではなさそうだな。助けたついでに手当してやっから、逃げられそうなら西に向かえ。一山向こうにアッテネートの町がある。商人の町だが奴隷ギルドが存在しない数少ない町だ。従者の当てでも探せ。金にはちーと五月蠅いが、情には厚い人も多く居る」

 彼は貴重な情報をくれ、兄の応急手当を済ますと、下級ポーションと僅かな銀貨を置いて立ち去ろうとした。兄と私は涙ながらにお礼を言うと。

 「ついでだって言ってんだろ。あそこには他にも捕われた子供たちが居る。これからその拠点の1つを潰しに行く。そのついでだ。恩に着る必要ないぜ」

 親指を立てて無精に笑っていた。彼の名を聞きたかったが聞けないまま去ってしまった。

 人は見た目ではないのだと教えられた出来事の1つ。どことなくグリエール様の仲間のユードさんに面影が似ている気がしたが。先日お話する機会があって尋ねてみると。

 「10年以上前の話だろ。その頃なら西には居たが、そんな義賊紛いなことをした記憶がねぇなぁ。何かのついでだったんだろ、そいつも」

 照れ隠しなのでしょうか。私の拙い勘が正しければ、正解は彼。彼がそう望むならと、私も気付かない振りを通した。

 次の機会には真相を伺いたい。この死地を切り抜け、兄を救えたなら。

 何時しか私の周りは与えられたもので溢れ返っていた。兄様の無償の愛。主人様の数え切れない供与。お姉様の大切な人でさえ。まだ私は何物も成し遂げてはいないし、何事も造り出してはいない。私は何時も、誰かに救われてきた。

 一緒に飛んだはずの仲間は周りに誰も居ない。再建してしまった魔城の近くに居るのは、自分だけ。ツヨシ様は東端、お姉様はアカネ様と共に中部付近を東へと移動中。ゴライアイス様とグリエール様たちは南に固まっている。あちらは上手く合流出来ている。

 「今度は、今度こそは。この私がお救いします。ゲルトロフ兄様」

 戦闘を繰り返して返り血塗れの白剣を手に、高らかに吠えた。

 「私はウィーネスト・アレ・デルト。滅したペルディア王国の末裔。道を空けよ!」

 斬っても斬っても沸き返る死霊たち。死霊でありながら、魔王に従属させられていた頃よりも確たる意志を持ち、生き生きとしている。何の皮肉ですか!!!

 魔城までの道程に変化はない。マップもある今迷いもしない。迷いはしないが敵の数が進路の邪魔をしている。

 「邪魔です!火遁・剰熱」手にする白剣に方術の火を纏わせる。火を噴きながら猛る剣を振り回して強行に突き進んだ。

 中人型の魔族の胴を薙ぎ斬り両断。切断した上半身を左手で貫いて急場の盾とした。飛来する弓矢の全てをそれで受け止め、役目を終えた段階で投げ捨てた。

 大型甲虫系の魔物を探り、横腹に潜り込んでがら空きの腹を蹴り上げた。堪らず飛び立つ羽の根に爆薬を仕込み、近場に落ちていた大盾を拾って岩場の隙間に飛び込む。

 「火遁・華烈」仕込んだ甲虫に向かった火は、虫を包み即座に着火。飛んでいる敵が数珠繋ぎに誘爆して散った。上に向けた盾に降り注ぐ火の粉と死骸の雨。

 赤黒い雨が止む前に、剣を足場に突き立て唱えた。

 「大地の豊穣。鉄壁なる石英。アース・バインド!」

 周辺の岩を隆起変形させて、砂場の縫い目を除去。中軸に垣間見えたワーム対策に、一時的な要塞防壁を造り出した。

 「大地の霊脈。真泉たる息吹。フォース・フィールド!」

 前述詠唱無しでも唱えられる術でも、盡力ロスを抑えるためには丁寧に付与。まだまだ先は長いのだから。

 触手を伸ばしていたであろうワームの一部が、苦しみ藻掻きながら消滅した。それでもまだ半数以上は現存。加えて陸戦部隊が一斉に押し寄せた。

 限りある爆薬丸は温存して、防壁の一部を内部から切り崩して縁に立ち、大きめの石片を左手で放り上げる。即座に剣の柄を両手で握り絞る。腰を引き、右肘を背に回す。石の下降と同時に左足を上げてタイミングを測った。顔辺りまで来た石の横面を剣の凹面で叩いて、力の限り振り抜いた。

 魔王ロメイル戦で見せた、ツヨシ様の構えた技。技名・・・聞いておけば良かったです。

 「死にたくなくば、気合いで避けなさい!どんどん行きますよー」

 後に知る技名。千本ノック。聖剣の力で増長された火遁の火を身に纏った、紛う無き火球の弾丸は、押し寄せる敵の波を打ち崩した。

 打ち出された弾丸は数、速度、精度を上げて行く。線状から扇状、扇から波状と進化する。何せ球となる石はほぼ無限に在る。大小織り交ぜての同時射出へと更なるレベルアップ。

 打球の先端が魔城の袂まで届くようになり、容赦なく土台の岩盤まで崩し始めた。

 「何故だか、楽しくなってきましたー」

 防衛戦が何時からか殲滅戦に切り替わった。時折爆薬丸も織り交ぜたり、喉を潤す為にポーションを飲んだり、宙を舞う羽虫を狙い撃ちにした。

 ポーションで上乗せされ動作と打球の速度を更なる高みへと誘う頃になって、気が付けば目の前の敵の数は当初の1割程に激減していた。

 立ち籠める黒い爆炎。抉りたくられた地面。敵の微塵にされた死体や死骸。後退し始めた残存兵の背を高みから見送った。

 築いた防壁はもう狭い足場しか残ってはいない。どころか周囲の岩場が綺麗な更地へ変化を遂げている始末。我ながらやり過ぎたかもと思う反面。

 やりましたわツヨシ様。私も範囲攻撃が欲しかったのです。

 これで愛する彼らだけに罪を背負わせずに済む。やっと私もお役に立てます。

 「おい!ウィート、止め・・・てるのか・・・」

 下界の異変に堪らず、本命が魔城の頂上から飛び出し降りて来た。黒い魔剣を携えて。

 「あら兄様!そちらから来て下さるなんて。今、お救いします!」

 更地に突起した足場を駆け降りて、救うべき兄の元へと走った。

 「ちょ、待て。おれの話を」

 「問答無用です!正しくお逝きなさい!」

 助走の勢いそのままで、魔剣の黒網を掻き潜り、出会い頭の刺突で兄の身体を後方へ弾き飛ばしたが、仕留めきれずに、起き上がってきた。

 「聞いてくれ!いや聞いてください!ウィート」

 「魔に囚われた者に貸す耳は持ち合わせません。兄様のお身体を今すぐ返しなさい!」

 「魔に囚われてなどいない。おれは正気だ」

 「正気?なら何故、死霊を引き連れ魔王に堕ちたのですか!」

 「魔王に堕ちたか・・・言い得て妙だな。逆に聞こう。どうして勇者の力がありながら、この大陸の生き残りを導いてやらなかった?」

 「私のスキル。女王、王国復興と導き手のお話ですか?」

 「そうだ。それを手にした時点で発動させていれば、少なくとも滅亡は防げた。魔族の復活は予測出来ただろう」

 「魔神が居ると言われる以上、確かにその可能性は考えました。ですがそれは私の望みではありません」

 迷わず毅然と言い放つ。別段動揺はしていない。

 「どうして、そうなる。力を発動し、国を安定させた後、権を委譲するだけの話だろ」

 「だけ?その様な無責任な事などするくらいならば、最初からやらないほうがいいのです。疎い政治に手を出して、混乱を招き、分裂、内乱。譲れぬ権力の覇権争い。今の現況といったい何が違うのでしょうか?」

 「・・・」

 「加えるなら。同じような傷ならば、例え深くとも自分たちの足で、自分たちの腕で、新たな頭を称えながら進み、全くの新しい国を興したほうが治りは早いと私は思いました。滅してしまったのは結果でしかありません。その責がこの私に在ると仰るなら、どうして兄様は死ぬ道を選ばれたのですか!無責任なのは兄様ご自身です」

 「なぜ・・・?」

 「なぜ?アッテネートでお別れした日、兄様は私にこう仰いました。自分は滅国の亡霊だと。あの時から己の死を覚悟されていたのでしょう。私が薬を届けるのが遅れたのも一因でしょうが、それ以前にもう1つの選択肢をお捨てになった」

 「もう一つの?」

 「どうして?兄様はスケカン様・・・いえ、私の愛する旦那様のツヨシ様のお力を借りようとは考えなかったのでしょうか」

 「・・・そうか。あの御仁と結ばれたのか。失念していたな・・・確かに彼の力なら」

 兄様は膝を落として、その場に蹲った。

 「自由を求めて何が悪いのでしょう。折角檻を出られて自由になったのに。私はもう自由だと言ってくれたのに。力を与えられたから使わなければいけないのですか?望んで得られた力でもないと言うのに」

 「ウィートの、望みか」

 「はい。前言を全て退けて本心だけを言うと、私が嫌悪したのは繁栄です。私が国を選んだら望まぬ相手と、何処かの馬の骨と交わり子を設けなければならない。そう考えただけで虫唾が走りました。ですから、私はツヨシ様を選びました」

 「なるほど、納得した。だよな、おれが自分で言っておいて今更な話だな。救う救わないは、おれの仕事か・・・悔しいねぇ」

 「お解り頂けたなら、その魔剣をお捨てください」

 「いや無駄だよ。これは偽物だから」

 「偽物?」

 「真打ちは、ペルディアの廃城の主が持ってるさ」

 起き上がった兄様は、再び黒剣を構えた。

 「それでは・・・、まさか!」

 思わず南西の方角を振り返ってしまう。

 「余所見をするな!おれを倒せ。魔王や魔神の力を削ぐ為にも。おれを解放してくれ勇者よ」

 「解りました。全力で参ります。賢人流奥義、天楼芽突・破式!」

 「は!?何だよその技は!」

 兄様が知るはずもない流義。愛するお姉様から、意図せず受け取ってしまった技ですから。

 応手で柄を改め、正面に立てた刀身を曇天に向かって突き上げた。

 天に舞う満開桜の花びらは、風に乗り、揺れ落ちて地に着く前で止まる。花片はそれぞれ光輝く刃となって自分の動きに追従した。共に引き連れ兄に向かって走り出す。

 私は振るう。悪ではない者を斬る為に。私は救う。今まで有り難うございますと感謝しながら。 

 「まるで出鱈目な。まぁこれも本望か。ウィート、幸せにな」

 「はい。もう充二分に」

第10のコース。侍女さん。


真打ち登場の前に、

主人公の後半戦を。


突然和漢っぽい技出しましたが、

これまで流派をいくつか出しながら一切技が無いな

と気付いたので補完の一環です。

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