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第73話 魔術師の憂鬱

 私は魔術師。子供の頃から優秀で、聖都の学院を主席で卒業した。

 教団の神官部隊に加われば、末席だろうと収入は安定する。これでやっと田舎に残した家族に仕送りが出来る。親孝行もこれからたくさんしよう。

 私の道は光輝いていた。勿論努力も必要だろうが、意気揚々に前途揚々。これから魔術師として名を上げて、やがては神官職に就くんだと。

 数年が瞬く間に過ぎ行き、それまでの功績が認められて教皇様直系の神官長リラ殿の序列に名を連ねるまでに上った。20代半ばでの昇進は異例の類い。私は胸を張った。

 それなのに。

 「ガレイトスよ。君は優秀だ。順調に行けば私たちとも肩を並べるだろう」

 「リラ様、有り難きお言葉感謝します。ですが私はまだまだ、遠く足元にも及びません。ご期待に添えるよう、これからも努力と精進に努めます」

 「謙遜などは要らぬよ。そこでだ。修行も兼ねて、ある人物と旅を共にして貰いたい。これは大変に名誉なことである。無事帰還したあかつきには神官職の座位を約束しよう」

 「私が、目障りになったのでしょうか。でしたらハッキリと仰ってください」

 「深読みするでないわ。私の言が信じられぬと言うのであれば、正式な書面も用意しよう。難しい話ではない。たまには、君にとっては初めてになるか。外の世界を見て来なさい。と私は言いたいのだよ」

 「勘ぐってしまって申し訳ありません。そう、ですね。私はまだ世界を知らない。これを機に見聞を広め、術も高めて参ります。証書は頂きたいですが」

 「抜け目がないのぉ。それでこそ我が弟子を名乗るに相応しい。しかと用意するとも」

 「それで、肝心の共引は何方でしょう?知っている人であれば嬉しいのですが」

 「知ってはおろう。誰もない、勇者様だ」

 「は?」

 私は暫し呆然としてしまったのをよく覚えている。

 勇者と言えば世界に散る魔王と戦う存在。彼女と共に魔王の軍と戦えと。死と隣り合わせ。実質の足切りに近い。序列末席に居る自分ならば、例え死んでも痛くはないと。

 反面、勇者の御供を名乗れるのは非常に名誉。生き残り生還しさえすれば、神官職が約束されたも同然。同時に後生に名を残せる。

 中央区画の修練所で彼女を見掛けたことはある。その程度であり、知り合いでもない。

 死地への旅路が怖くもあるが。

 「旅の供は何名ですか?」

 「候補は何名か居るが、皆臆して首を縦には振らん。今の所で君を含めて3名」

 「中に女性は居ますか?」

 「いや女形は勇者様だけだな」

 意外と言えば意外。納得と言えば納得。例え死んでも構わないと言い切れる人間は少ないだろう。女性は彼女だけか。

 「その、勇者様は気にしないのでしょうか?旅の周りが男だけなんて」

 「貞操が危うくなる程に勇者様が弱いとでも言うのかね?」

 無いでしょうね。それに付いては安心してもいいのだろうか。静かにしていれば見た目可憐で清楚な乙女。一度剣を握れば武人の如き。屈強な兵士が10人束になっても抑えるのが難しいと聞く。たったの2年足らずで急成長したとは国中の噂。

 「勇者様よりも、我が身の健常さを疑いますよ」

 大病を患ったことはないが、普通に風邪は引く。関係ない所で彼女の足を引っ張らないように気を付けよう。

 約束の証書を頂き、宿舎に居た他の候補者と顔を合せた。列強な戦士と初老の僧侶。名の知れたフレイズ兄弟だった。彼らの経験値はきっと旅の役に立つ。安心材料が増えた。

 「初めまして。ガレストイ・シーマスです。火と風系の魔術が得意です。よろしくお願いします」

 「おう、よろしくな。おれはメデス・フレイズ。戦士職だ。こっちは」

 「アーレン・フレイズだ。僧職ではあるが、近接も得意にしている。まだまだ若いもんには負けない自信はあるぞ」

 「お二人のお噂は聞き及んでおります。二人の経験、しっかりと勉強させて貰います」

 「カタッ苦しいなぁ。これから長い旅する仲間だ。老いも若いも関係ねぇぞ」

 「まずは仲間の出会いに掛けて祝杯だな。ガレストイ君は酒はイケる口かね?」

 「人並みには。勇者様と会えるのは明日だと聞いてますから、今宵は決起会ですかね」

 それから酒場をハシゴして飲み歩き、二日酔いで彼女との初面会に遅れそうになったのは今では笑い話。あの夜の二人の経験談はとても面白く、戦いの怖さを教えてくれた。

 翌日の昼。私たち3人は彼女と対面し、初めて話をした。したのだが。

 「初めまして。グリエールです。これからよろしくお願いします」

 こちらの自己紹介を上の空で、聞いているのかいないのか。彼女の目は遙か遠くを見詰めているようで。表面上は明るく振る舞い、その目の奥は冷たいと感じた。

 出会った当初、本当に彼女は何も見てはいなかった。達観し、何処か何かを諦めた瞳。少し遅れて仲間に加わったユードと共に、4人の男はどう扱っていいものか悩んでいた。

 北の大陸で、もしもブラインさんに出会っていなければ。きっと、いや間違いなく。私たちは彼女と共に死んでいた。何処かの魔王に殺されていた。

 か弱くはないが、可憐でいつも悲しげな彼女。その背に背負わされた荷物の大きさに、潰されそうなのに何時も跳ね返す。細い身体の何処にそんな力が在るのかと。彼女の背中を見ている内に、胸が締め付けられ、次第に心配とは別の感情が芽生えた。

 彼女の荷物の一部だけでも肩代わり出来たなら。彼女が芯から笑える日が来れば。彼女の笑顔が見たい。本心の笑い声を聞きたい。私の名を呼んで欲しい。仲間の一人としてではなく。

 彼女が好きだ。勇者だからではない。私は彼女の為に杖を振るうと決めた。この命尽き果てようとも。彼女が剣を振るわなくてもいいように。悲しみを彼女だけが背負わなくてもいいように。

 想いをそっと胸に秘めていたのに。ブラインさんに指摘された夜に。思わず口に出してしまった。分相応、不釣り合い。たかが2流の魔術師が。振られるのだろう。旅の仲間から外されるかもしれない。でも口にしたのは本心。微塵も後悔はしない。

 「私の想い人は、グリエールと言う名の普通の女の子です」

 「え?」

 「ただちょっと人より強いだけの。ごく普通の女の子。なのにある日突然、勇者だ勇者だと担ぎ上げられて、聖剣を手に魔物を倒せと言われただけの。でも私たちは知っています。勇者であるその子が、誰よりも優しい事を。魔物を切り伏せながら、いつも御免なさいと泣いている慈悲深い背中を。及ばずともせめてその背を守れたら。大切なその子の盾にでもなれたなら」

 「・・・」彼女は口を閉ざして、泣いていた。泣かせたかった訳ではないのに。

 「私は君が好きです。勇者であってもなくても、君が好きです」

 「・・・ありがとう。私も、同じ気持ちです」

 思いもしない言葉だった。何よりも嬉しい言葉だった。他の3人も祝福して喜んでくれた。実はブラインさん以前から、私の気持ちはバレバレだったと後から聞いて恥ずかしかった。彼女の返事は意外だったとも。

 「でも。前から思っていたけど」

 「なに?」

 「ガレイトスって、呼びづらいなぁと。だから今からガレースって呼んでいいですか?」

 「勿論さ。なら私も。これから君のことはグリエと呼ぶよ」

 あれから正式に恋人として付き合いだした。正直に言うとまだキスまでしかしていない。その点でスケカンさんが羨ましかったりする。戦時に挙式まで上げてしまうだなんて。

 桁外れな盡力に、途方も無い魔術。力ある彼が複数の后を構えるのに誰もが納得した。式に呼ばれたのが近々で、こちらの準備不足もあって合同でという誘いは断った。

 断ってしまった。その事を、私はたった今後悔していた。この身を焼き焦がされる今になってから。私の得意な火の魔術で。魔王化した教皇とも魔術で渡り合った。其れなりに上位であると自負していた。それは急に目の前に現れた男に、脆くも崩された。偽りでしかなかったと。

 「自分の得意な火で焼かれる気分はどうですか?勇者のフィアンセ殿」

 事実スケカンさんには術も武も遠く及ばない。ならばこの男の術も同級か?否、彼ほどの脅威も恐怖も感じない。

 仲間は居ない。グリエも居ない。私がやるしかない。

 「時間を稼げば、勇者が追い付いて来る。ただ君はそれでいいのか?」

 彼女の背中を守ると決めた。愚劣な足枷などにはなるまいと。心には甘えた自分が居る。

 きっと彼女なら有無をも言わず助けてくれる。本当にそれでいいのか?この弱いままの自分が彼女の隣に立とうなど。

 「笑止!出来る出来ない。届く届かない。関係あるものか!」

 「そうだ、それでいい」

 「取り巻く炎、我が身に閉ざさん。バーニング・フォーゼス」

 周囲に散らばる強大な火炎の中で。瞬間的に加速させ、我が身の物とする。言うなれば自爆技。強制吸収した炎舞を身体の芯で膨張させた。

 「見せてみろ。この私を越えてみろ!フレア・ボーネ」

 先程よりも強力に練り込まれた爆炎。男は宙空に飛翔した上で、左の掌をこちらに向け翳す。赤色が凝縮して種は青色へと変色した。増大する威力に耐えられず、右手で左を支えていた。

 彼は命を賭している。ならば、私も応えよう。

 「消え去る闇夜、照らせば怒りの真炎。ナイトメア・エクスプロージョン」

 今の自分の限界点。それすら越えた先。長年愛用した杖は脆くも崩れ去り、自身の両腕も消失して行く。共に臨界をとうに越えた蒼炎同士のぶつかり合い。

 両者の中間で2つは押し合い、混じり合い、更なる高熱で周囲一帯を焼き尽くす。それでも足りぬと上に伸びて天まで焦がした。

 1つとなった炎の塊は、2人の身体を包んで昇華し消えた。遠方からでも見える程、目映く輝いて。

 さよなら、愛しいグリエ。

 「合格だ。力を失った瞬間になって、己の使命を思い出すなんてな。女神様も、最初からあんな物を与えなきゃいいのによ」

 遠くで男が愚痴を零している。もう死ぬと言うのに、意識は残っている。死んだことはないのでこれが合っているのかも解らないけど。

 「力は与えた。後はお前次第だ。じゃあな。おれのほうこそとんだピエロだぜ」

 男の気配が消え去った。どうやら先に逝ってしまったらしい。

 「ガレース。しっかりしてガレース。目を開けて。私を一人にしないで・・・お願いだから」

 ああ、グリエ。最後に君の顔が見られて幸せだ。泣かせてしまったのは残念だけど。

 「チッ、間に合わなかったか」

 ユードが珍しく涙を浮かべている。もうすぐ雹でも降るのかも。

 「何事かと来てみれば。そうか、さっきのはこやつが」

 竜姫様まで来てくれたのか。冥土の土産にはなるな。

 「ゴライアイスさん。薬が、スケカン殿の薬が、効かないんです」

 「芯から燃えておるからのぉ。助ける方法が無い訳ではないが」

 「教えてください。何でもします」

 「有るが副作用も当然ある。後悔するなよ」

 「しません。絶対に。教えてください」

 「私の血を飲ませろ。口移しでな。竜の血は虫を生み出すと忌み嫌われるが、それは空気に触れて劣化するからじゃ。劣化する前に飲めば、強力な回復薬にもなる。常人では耐えられまいが、今の私は半分人間に近付いておる。竜本来の血も薄まっておろう。保証はせぬが」

 「どうやって取り出せば」

 「ガブッと豪快に行け。遠慮は要らん。ただ、ふくーうぉぉ、少しは遠慮せぬか!副作用の話もまだしておらんのに」

 竜姫が差し出した腕に、グリエが豪快に噛み付いて血をがぶ飲みしていた。

 「だ、大丈夫なのか?ゴラさん」

 「私のほうは薬で治る。じゃが、副作用が・・・」

 指示通りにグリエが口移しで竜血を飲ませてくれた。少しずつ喉を生温かい鉄の味が通り落ちて行く。身体の奧底から癒やされて。文字通りに生き返るような気分だった。

 焼け爛れた身体と、損傷激しい腕がゆっくりと再生される。やがて視界もハッキリと。

 「グリエ。あぁ愛しいグリエ。今すぐ君を抱きたい」え?

 「ガレース。私も愛するあなたの子供が欲しい」あれ?

 その後、近場の洞窟に2人とも竜姫に投げ込まれ、ユードは周囲を片付けると言って場を離れた。と後から聞いた。

 「強力な誘淫効果があると言うのは、どうやら本当じゃの」

 洞窟から少し離れた場所で、竜姫は盛大に溜息を吐きながら時を過ぎるのを待っていた。らしい。もう私たちには誰の声も聞こえてはいなかった。

 以降の数時間。勇者一行と竜姫は、諸事情により戦線離脱することとなった・・・。

 後から東方から合流した僧侶と戦士は、こう漏らす。

 「なぁ、わしらの出番は・・・」

 「ねぇんだろうよ」

第7~9のコース。魔術師とその他。


船の上での回想とちょっとくい違いますね。

これは単純な構成力の無さとして。

ご容赦を。修正候補かなぁ


おじ様二人は、書いてる余裕ないので・・・


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